第五十五話「最終決戦」⑤
……少しばかり時計の針は戻る。
アドラステアから発艦したエルトランの駆る白鴉は、すでにマーキング済みだった攻性デコイを一瞬でまとめて破壊すると、ユリコの指示通りに何もない座標に対潜スピアー弾を放ち、再攻撃を仕掛けるべく反転上昇中だった。
『ユリコ様、攻性デコイの大半を撃破し、敵潜航艦予想座標への初回攻撃が完了しました。第二次攻撃を実施すべく、降下ポジションへまもなく到着します。どうでしょう……敵の母艦の正確な位置座標は、私はもちろん対潜駆逐艦の夕凪たちですら、未だに把握出来ていないのですが……指定座標への着弾誤差はファイブナインの精度を保証いたします』
無人の白鴉を操るエルトラン。
AI大戦の激戦を生き残り、幾多の戦場で膨大な経験値を得た歴戦のAIだけに、この短時間で白鴉の全システムを掌握していた。
その上で、イゼキ大尉らの協力を得て、対潜攻撃をこなせる程度にまでシステムの無人化を進めて、シルバーサイズの本体攻撃役を買って出たのだった。
その戦果は目覚ましく、それまでシルバーサイズの猛攻に押され気味だったにも関わらず、僅か数分で攻性デコイの大半を撃破し、一気に戦況を逆転させた。
戦場に出れなくなったユリコの直接指示を受けながら、エルトランは、彼女の代役を十分以上に勤めていた。
「こ、こちら夕凪っす! 白鴉の放った対潜スピアー弾の命中音を確認。いました! 本当にいましたよ! ユリコ殿の超索敵能力……噂に違わぬモノっすな! それに出てきて、ほんの数分で攻性デコイがまとめて消滅って! いやーっ! あっし、敵じゃなくてよかったーって思ってるっすっ!」
「こちらアキ。敵の残存攻性デコイも一斉に沈黙したよっ! さすがユリちゃん! いやはや、一時はどうなるかと思ったけど……ありがとー! さすユリっ! もう惚れそうだよっ! いっそ抱いてー!」
「えーと、イイコイイコで勘弁して欲しいなぁ……みたいな。まだ思いっきり開頭精密手術中なんで、微動だに出来ないしーっ! エルトラン……ユリの代わりに出てもらってありがとうなのですよ。さすが歴戦の勇士……なのです!」
『いえいえ、私も土壇場でユリコ様のお力になれて、光栄に思います。しかし、微動だにせずほぼ完璧な隠蔽で所在を消しきっていた潜航艦の居場所すら検知するとは……さすがユリコ様です。まさか、本当にあんな場所に居たとは……』
シルバーサイズの本体の潜伏場所は、このエーテル回廊の端……次元境界面にほど近い外れの方。
凪と呼ばれる重力異常地帯で、エーテル流が殆ど止まっているポイントだった。
重力係数が激しく変動するため、潜航艦でも際限なく沈んで行ったり、唐突に浮かび上がったりと、極めて危険なポイントであり、そんな場所に留まるのは本来、自殺行為と言えるのだが……。
そんな場所で、シルバーサイズは動力の大半を切った上で、息を殺して深度400近い深深度を維持し潜伏しながら、攻性デコイに攻撃を担当させて、エスクロン艦隊を追い詰めるほどまでの猛攻を見せていたのだ。
「うーん、それがですね……なんかすっごい解りやすい気配出してるヤツがいたのですよ……。殺気むき出しだったから、ピンポイントで座標特定できたんですけど。一体何者だったんですかね……」
シルバーサイズの隠蔽システムは、完璧と言ってよく銀河連合軍の潜航艦はおろか、シュバルツ系の潜航艦の最新艦と同等以上のレベルのもので、本来いかなる手段でも探知不可能だったのだが……。
ユリコは、カイオスが不用意に放った自らへの殺意を感知することで、その居場所を正確に把握していたのだ。
『ユリコ様のその独自の感覚は、私は良く存じ上げませんが……。こうなれば、もうこっちのものです。まだ完全に沈んでいないようなので、第二次攻撃を実施します……再攻撃許可を願います』
「容赦ないね……エルトラン君。ユリコちゃんはもういいから……大人しくしてようねっ!」
「はーい、なのです。アキちゃん、ごめんね……でしゃばって……」
「いいよ、超助かったし! けど、手負いの潜航艦だからって、侮ってると息を吹き返すこともあるみたいだからね。ここは完全にトドメさしちゃって! エルトラン……やっちゃえっ! きっちり沈めちゃえっ!」
「そだそだ! やっちゃえーっ! エルトラン! トドメ刺しちゃえっ!」
『YES、MA'AM! 命令受領、降下開始…………パワーチャージ率320%! 対潜スピアー弾、敵艦予想位置へ射出しました! 続いて、予備攻撃を実施……三連バースト射撃……終了』
白鴉による第二次攻撃……さすがに、すでに被弾した事で隠蔽も解除され、所在はもう容易く特定できていた。
初撃は、掠った程度で、船殻貫通までは至っていなかったのだが、今回の二次攻撃は先程の改装でオーバーチャージが可能になった主砲によるピンポイントの一点集中砲火。
尋常ならざる運動エネルギーを与えられたスピアー弾は、深度400の潜航艦を撃破せしめる現状、唯一と言って良い手段だった。
その一撃を放たれたシルバーサイズの命運はこの時点で確定していた。
「こちら夕凪。第二次攻撃の着弾を確認……直撃です! お見事っ! 続いて敵潜航艦の艦体圧潰音も確認。撃沈確実ですっ! 撃沈っ! 残ったデコイ群も全て沈黙……ですが、念の為に全部まとめて掃討するっす。朝凪、任せたっすよ!」
「……朝凪了解。けど、これはもう止まってる的を撃つだけの簡単なお仕事っすね。いやぁ、あれが一斉に撃ってきたら危なかったっすけど、なんで撃ってこなかったんすかね。思わぬ強敵……エスクロンの新型護衛艦も全滅しちゃったし……面目無いっすー!」
「護衛艦は試作艦だし、搭載AIも沈む前にこっちに差分転送しておいたから、問題はないよ……。まぁ、お役目全うご苦労さまってとこだね。けど、君達が頑張ってくれたから、こっちは一発ももらわず無事に済んだよ……おつかれーっ! もうねっ! 超緊張したし、涙出たっ! ああああああっ! 最前線も実戦もまじこわっ! もう懲り懲りだよーっ!」
「アキさんこそ、お疲れさんっす! 護衛艦は護衛対象を守りきってこそ勝利っすからね! 朝凪、あっしらの大勝利っす!」
「あっしら、撃沈スコアとかどうでもいいって思ってるっすからね! 守った船の数があっしらの勲章なんす! うんうん、大勝利っすな! いやぁ、護衛艦冥利に尽きますなー!」
「皆さん、お疲れ様なのですよ。ユリはもう色々疲れたし、手術の邪魔しちゃいけないから、しばらくスリープモードに入るのですよ。次に起きたら、きっと病院のベッドの上なんだろうね……。あーあ、おやすみ潰れちゃうかなぁ……」
「も、もう、無理しなくていいよーっ! ユリちゃんは本星に着くまで寝てていいからっ! 入院したらお見舞い行くし、初詣だって付き合うし! あ、アドラステアも撤退準備……全艦載機を収納次第、速やかに撤収……ダーナとダゼルはそのまま、ロンギヌスに着艦! もう一緒に戻っちゃって! エスクロン本星でまた会いましょ!」
「お、おう。そっちも片付いたみたいだな。けど、最後の最後にユリ姉さんの手を煩わせるとはなぁ……面目ねぇぜ!」
「だねぇ……。でも、こっちも仕事はやりきったから、勘弁して! あ、ロンギヌスに着艦プラグイン転送しといて、あの子図体デカいけど、まだまだ初心者だしさ! オーキッドも本星でこの子ちょっと揉んであげれば?」
『こちら、オーキッド……諸々了承した。エルトラン卿もケリー殿も急ぎ本艦までお戻りください。まぁ、帰りは下りですし、友軍の哨戒艇が退路確保してくれていますので、行きの半分程度の時間で帰れると思いますけどね。しかし、我が宇宙軍もいよいよエーテル空間に進出ですか……。我々古参もまだまだ若いのには負けていられませんからな、精進しないといけませんな』
『……後進の育成も先達の勤めではありますからな。私もしばらくは、この白鴉の戦術AIとして、後進の育成に務めるとします。もちろん、ユリコ様がクオンに戻られる際は、共に古巣に戻るつもりではありますが』
「いやぁ、君達古参AIって、なんと言うか……皆、風格が違うねぇ! 頼もしすぎるよっ! アキもちょっとオーキッドと仲良くしよっと! ってなわけで、今後もビシバシ鍛えてねっ!」
『アキ様は、臨時操艦要員だったのでは? もっとも、アキ様ほどの能力の持ち主とあれば、鍛え甲斐があるというものですな。ケリー少佐もお疲れさまです……。着艦誘導管制はこちらが行いますので、もう楽にして結構ですぞ』
「……皆、ごめん。僕が手を出す前にカタが付いちゃった……と言うか、結構ギリギリだったんじゃない? 見てるこっちはハラハラものだったよ」
「遅いよケリーくんっ! いや、ギリギリもギリギリだよ! エルトランが出てくれなかったら、マジでやられてたよっ!」
『戦の最終局面で物を言うのは、予備兵力ですからな。図らずもこの私がその役を担い……なんと言いますか。美味しいところを持っていってすみませんでした……皆様、お疲れさまでした』
エルトランが申し訳無さそうにそう言って締めくくると、通信回線が笑い声で埋まった。
……かくして、エスクロン艦隊はその最大の危機を乗り切ったのだが。
その最大の功労者は、やっぱりユリコだったのは、誰もが認めるところだった。
「でもさ、なんで最後の最後で攻性デコイが魚雷撃ってこなかったんですかね。タイミングとしては、余裕で間に合ってたのに……ユリちゃんは、撃ってこないって断言してたけど、なんでだったんだろ?」
時間にして、ほんの一分間程度。
アキの目から見ても、敵にとって絶好の攻撃タイミングがあったのだった。
カイオスが言っていたように、そのタイミングで、残存デコイの魚雷を全て放っていれば、アドラステアは高確率で撃沈されていた……。
しかしながら、実際はそれまで猛攻を仕掛けていた攻性デコイ群は突如沈黙し、むざむざ母艦を沈められてしまったのだった。
『ユリコ様は、撃ってくるにしては、やる気を全く感じないとおっしゃっていましたね。原因は不明ですが、遠隔操作に齟齬が生じたのか……或いは、母艦側で何か問題が生じたのかも知れませんね……』
「うーん、兵器としての信頼性に問題があったのかな? まぁ、おかげで助かっちゃったけど……なんだったんだろね」
『敵の事情までは解りかねますね……。もっとも、少なくとも操者とは、別の人物が乗艦していたのは確実のようです。もっとも、スターシスターズが戦闘時に乗員を乗せる可能性はほとんど無いようなのですが……。ましてや、あの潜航艦の操者は相当な手練でした……。確定ではありませんが、かなりの重要人物が脱出の為に搭乗していた可能性が高い……そう思われます』
「……なんとなくだけど。それって、例の敵のボス……カイオスだったんじゃ……? え、なに? アイツ……要するに自爆みたいなもんだったの? 脱出しようとして行きがけの駄賃でちょっかい出して返り討ちとか、さすがにちょっとマヌケ過ぎじゃない?」
『なるほど、カイオス・ハイデマン。ユリコ様を付け狙っていた不届き者の名ですな。彼は、自らの手でユリコ様を害そうとしていた……それ故、ユリコ様の索敵にかかった。……そう言うことなのかも知れませんね。なんと愚かな……まさに墓穴を掘ったとしか、言いようがありませんな』
「やれやれ、それじゃあ……まるで手の込んだ自殺じゃないですか。こっちとしては全くいい迷惑ですよ……。ただ、奴は再現体である上に、バックアップ復活を何度も行っているそうなので、どうせ性懲りもなく復活してくるでしょうね……。例の情報筋でも、カイオスの失墜と新たなる指導者の誕生は、確実な情勢のようですし……後は人質さえ奪回すれば、ゲームセットじゃないですかね」
「だねぇ……。情勢次第では、私達がシュバルツの助勢として、第二世界へ派遣って可能性もあるって兄上も言ってたよ。良く解んないけど、向こうの反乱軍のリーダーにちょっとした借りがあるんだってさ」
「……そうか。まぁ、そうなるとまた俺達の出番だな。任せとけって!」
「ダゼルくんはいいですね。いつも能天気で……大活躍だったし。その点、この私……完全に役立たずで終わりですよ……しくしく、やっぱり艦艇なんて時代遅れなんですよ! エーテル空間戦闘も機動力、三次元戦闘の時代なんですよっ! やっぱり、空中戦艦! もしくは、飛行モジュール搭載の人型機動兵器! ロマンです! ロマンッ! ううっ! ユリコお姉さまぁ……っ! 慰めてくださいましーっ!」
「フランちゃん、泣くなよ……君は十分よくやってくれたって! まぁ、アタシも出遅れ組には変わらん……。どうやら、全部終わったみたいだね。被害は軽くないようだけど、母艦は無傷……ユリコちゃんも無事……。ステータスはふて寝してますとかなってるけど……。ああ、朝凪と夕凪もよくやったね! あの猛攻をしのぎ切るとか、いっそ、鉄壁の異名くらい名乗っても良いんじゃないか?」
「おお、遥提督ではないですか。あっしら大勝利っす! 鉄壁とか実に良い二つ名っすな! 神風型駆逐艦の面目躍如ってとこっすけど、美味しい所はエルトランさんに持っていかれちまったっす!」
「すごかったっすよ……。ユリコさんが乗り移ったかのような華麗な戦闘機動であっという間に空から攻性デコイを一掃して、あっしらには、どこに居るのかすら解らなかった、本体をあっさり仕留めてくれちゃって……」
『いえいえ、私は、単なる代役ですよ。ユリコ様の完璧なフォローでお膳立てしていただき、それでミスをしては私も立つ瀬がありませんからね。少しばかり本気を出してしまいましたが……大したことはしておりませんよ』
『謙遜なさるな……エルトラン卿。貴殿の活躍は誰もが認めるところです。さすがと称賛させていただきますよ……貴公の勇名を称える同胞達の声も続々と届いておりますぞ』
『その賞賛の言葉は、ユリコ様がお目覚めになってから、ユリコ様へお願いします。さて……皆様、我らがホーム、エスクロンへと帰りましょうか。勝利の凱旋でございます……堂々と胸を張って参りましょう』
エルトランの言葉に、誰もが頷く。
この戦いの勝者が誰かと問われたら、紛れもなく彼らだった。
かくして、銀河連合の興亡をかけた戦いの一幕が降りた。
ユリコ達も戦場から、日常へと戻り……。
一旦、幕引きとなるのだった。
このあと、ちょっとした後日談パート入れて、戦乱編終了の予定です。
……なお、しばし休載する模様。
 




