第五十五話「最終決戦」④
「き、貴様っ! 忠義の証明とか言っていたくせに……僕をずっと騙していたのか! この裏切り者がぁああああっ!」
「プーッ! クスクスクス……裏切るも何も、カイオス様が私の忠義に値しないクソムシだっただけの話じゃないですか。本当言うとですね、始めから例のユリコさんを殺せるかもってタイミングで軽く裏切って、直接首でももぎ取ってブッ殺そうと思ってたんですよね。図らずも、こっちが沈められるとかなっちゃいましたけど、どのみち……もうカイオス様は助かりませんから、パァーッとネタばらししちゃいますね!」
「ば、馬鹿な! お前は始めから……この僕を裏切る気だったのか! 許さん! 絶対に許さんぞ! この僕をハメたなんてっ!」
「どのみち、死んだら最後にバックアップしたところからリスタートなんですよね? なら、ここでどんな死に方したかも覚えてないでしょうし、私の裏切りも忘れちゃうってことですから! もしかして、今回が初めてだと思ったんですか? いやぁ、カイオス様って毎回裏切られる度に同じこと言ってるんですよね……。いつも生き返って再会して、偉そうなこと言ってるの見ては、うっかり笑いそうになって、超困ってたんですよね」
「……ば、馬鹿な。僕は……知らんぞっ! お前は僕を何回殺したんだ! 確かに、お前に乗って脱出に失敗して死んだことは今までに何度かあった……。だが、何故か、貴様はそれでも生き延びていた……おかしいと思っていたが、そう言うことか! こ、この裏切り者がっ!」
「うん、毎回沈められてるんですけどね。それでも生き延びちゃうのが、この私の凄いところ。これでも悪運だけは滅法強いのですよ……。今回もちゃっかり生還すると思いますけど、カイオス様はここで確実にデッドエンド。いやぁ、カイオス様にはサンドバック代わりにされたり、ナイフで身体を切り刻まれたり、色々と酷いことをされましたので、ささやかな復讐ってところですね。と言うか、なんで私が裏切らないと思ったんですかぁ? 私達は非殺コード非実装どころか、倫理観に問題ありだからこそ、ロストナンバースなんですよ? やったらやりかえされるなんて、当たり前じゃないですか。ホント、浅はかなんですねっ!」
「ま、待て……いくら僕でも何度も死ねば、その度に精神が摩耗して魂が劣化していくんだ……これ以上は……嫌だ! もう死にたくないっ! 僕を……助けろ! 総統命令だぞ! 僕はゴミのように捨てられるはずだったお前を……」
「なるほど、なるほど、魂の劣化ですか。だから、どんどんお馬鹿になっていってたんですね。けど、もうカイオス様、生き返っても何も残ってないじゃないですか。ネオナチス総統の権威も失墜し切ってるし、手持ちの戦力だって、もう大した戦力も残ってない。次もきっとボロ負けして、部下にも裏切られて惨めに死ぬ……たぶん、この先もその繰り返しですよ。いつも不死身自慢してますけど、あんな風に公の場でかっこ悪く死んだのは致命的でしたね。命を軽んじたものの末路ってことで、そこは潔く受け入れましょうよ!」
「馬鹿な! 馬鹿な……僕は、こんな所で死ぬべきじゃない。僕は……選ばれし者なんだ……もっと大勢派手に殺して、殺しまくるんだっ! そうだ……この未来銀河に死と混沌をばら撒く! それこそが、僕の使命……まだ終わらないっ! アイツらは絶対殺す! 天風遥、フォルゼ・ヴァンクツァート、そしてクスノキ・ユリコ! このクソ女共は絶対に……っ!」
「いやいや、その三人って、全員チート枠じゃないですか? もう、いっそこのまま永遠に死んどきましょうよ。ホント、死に際になって、そんな夢みたいな事言って喚き散らすとか、つくづくくだらない人ですねーっ! たまには、渋くてカッコいい、潔い死にセリフをですね……あ、時間切れです。だんちゃーく、今っ! ですっ!」
むしろ楽しげなシルバーサイズの言葉の直後に、立て続けに鈍い金属音が響き、ブリッジ内に激しい衝撃と轟音が響く。
艦が激しく回転したのか、床と天井が逆転し、立ったままだったカイオスは天井近くまで吹き飛び、続いて床に叩きつけられ、何度も床と天井を往復する。
「被害報告……スピアー弾が船体外殻を掠っていったたようです。おおおっ! ラッキー! けれど、船殻クラックの発生でエーテル流体が艦内に漏洩……船殻各所で激しく気泡が発生し、沈降開始しました。これはどのみち終わったかぁーっ! 圧潰の未来しか見えないぞーっ! もはや、これは絶望的だぁーっ!」
自らの艦の被害だと言うのに、楽しそうに実況するシルバーサイズ。
「……くそぉおおおおっ! こ、ここから出してくれぇっ! こ、こんな死に方あんまりだっ! 僕はまだ死にたくないんだぁあああっ!」
「あ、そこ危ないですよ……? 喚いてないで、早く起き上がらないと、ハリーハリー! ウェイク! ウェイク! カイオス様ー! まだ、死んじゃダメですーっ! 生きてーっ!」
シルバーサイズがそう言うなり、天井が抜けて、大量のエーテル流体とともにカイオスの上に構造材が降り注ぐ。
「あぎゃああああっ! ば、馬鹿な! この僕がこんな所で……死ぬのかっ! 後少しで……もう少しであの女を殺れたのに……シルバーサイズ! 貴様は……貴様だけは許さないっ! 貴様の裏切りはこの僕の魂の記憶として焼き付けていってやる! そして、寸刻みに切り刻んでやるぅっ!」
「いやぁ、それ前も言ってましたけど、結局、そう言うの無いみたいですよ。生き返ったらまたしれっとご挨拶にでも伺いますね。その折はまた、よろしくお願いしますね! 次もいいとこまで行って、結局死んじゃう感じに演出してあげますから!」
「……貴様! 貴様というやつは! も、もう嫌だ! なんで、こんな何度も何度も死ななきゃいけないんだ! ぼ、僕は殺す側の人間なんだ! 惨めに殺される側になるなんてあってはいけないっ! 僕は……選ばれし者なのに、なんで僕が負けるんだ! どうして、僕は奴らに勝てないんだっ!」
「無限復活って……ご自分でそう望んだからじゃないんですか? 食べ放題ならぬ、死に放題……まぁ、全然羨ましくありませんね。それでは……今回の貴方の死に様はちゃんとこの私の不揮発性メモリにばっちり記録していきますから、ここはひとつ……気の利いた最期のお言葉をどうぞっ! いやぁ、なかなか、いい表情ですよ……悔しくて惨めで、最低な気分って顔じゃないですか! まさに負け犬、クソ雑魚ナメクジ……いやぁ、実にそそりますなぁ……お側に居られないのが残念です」
シルバーサイズの煽りに、必死になって残骸から這い出して、シルバーサイズのカプセルに向かおうとするカイオス。
けれど、その身体は容赦なく降り注ぐエーテル流体に焼かれていく。
「ぐがぁあああっ! た、助け……ろ」
「はい、却下ーっ! だから、もう無理ですって……。あ、次弾着弾ですー! ホント、容赦ないですねー!」
更に、着弾音……。
シルバーサイズの言う通り、敵は微塵にも容赦する気はないようで、無慈悲な二次攻撃を敢行していた。
「ふ、ふっざけ……ぶぼっ!」
船殻を貫通してきたスピアー弾の弾頭に直接貫かれたカイオスは、一瞬で跡形もなくなった。
それが……今回のカイオスの死に様だった。
そして、この直撃弾が致命傷になったようで、シルバーサイズの艦体の崩壊が一気に始まった。
「……あらら、最後の言葉がふっざけぶぼっ! って……なにそれ? いくらなんでもダサすぎぃ……。所詮イキってるだけのクソ雑魚だったから、最後の最後までこんなもんかぁ……。そろそろ、別のもっと生きの良いマスターに仕えたいものですよね……さぁって、さっさと脱出しないと……ですねぇ」
船体圧潰直前に、シルバーサイズの入ったカプセルが射出される。
魚雷だったら、軽く巻き込まれていただろうが、今回使用されたのは運動エネルギー兵器の対潜スピアー弾。
自己鍛造弾の一種でエーテル流体面と接触した時点で、細長い針金のような形に変わりながら一気に潜り込み、潜航艦の艦体に当たるとその質量と運動エネルギーで装甲を貫徹する……そう言う兵器なのだ。
着弾角をほぼ直角に調整して、ピンポイントに落とさないといけないなど、制限も多く本来命中率も高くはないのだが。
シルバーサイズは静止状態だった上に、敵の狙いは正確極まりなく、綺麗に船体をぶち抜いていった。
超高圧のかかる深深度領域では、針穴のような損傷や亀裂が入っただけでも致命傷になる。
かくして、シルバーサイズはカイオス諸共、爆沈したのだった。
「……シルバーサイズくん、ご苦労。無事に脱出できたようだね。今回もやっぱりカイオスは生き残れなかったか……つまらないところで、欲を出した結果がこれとは……まさに犬死だな」
シルバーサイズの共鳴通信回線に唐突に入電。
「おお、影男さん……ここでわざわざ生死確認のご連絡ですか。まぁ、これで通算17回目の死亡ですね。そろそろ、このすぐ死ぬクソ雑魚の相手も飽きて来たんで、次の生きの良いマスターでも見繕っていただけます? と言うか、そろそろ再現限界っぽい感じでしたよ……あれ。いい加減、取替時なんじゃないかと」
カイオス本人は認識していなかったのだが。
こんな風にシルバーサイズの騙し討で殺されるのは、これが初めてではなかった。
カイオスは、シルバーサイズについて敗走時の非常脱出手段のように考えていたのだが、そう言うときに限って、シルバーサイズはわざと発見されるなどして、意図的にカイオスを死の運命に導くという真似を平然と行ってきたのだ。
一見、善良そうな見た目で自己主張も薄いように見えるのだが、このシルバーサイズは自らは直接手を下さずに、他人を死に追い込み、その死に様を間近で眺めて記録する事に愉悦を感じる……極めて悪質な性根をもっており、そんな彼女にとって、何度殺しても生き返るカイオスは、恰好のおもちゃのようなものだったのだ。
「そうだな、シュバルツではもう用済みの死人扱いとなってしまったようだし、もはや利用価値はあるまい……。代役については、心当たりもあるから考えておくとするよ。この時代の人類も……惰弱な者ばかりになってしまって、嘆かわしい限りだったが、そうでもないようだな……。あの天風遥も面白いが、エスクロン……実に興味深い者達だ。あのような異質な国がなぜ今の銀河系に発生し、何食わぬ顔であのような惰弱な者達と共存できているのだろう?」
「私は難しいことは解りませんが。あの連中相手にマジでやり合うのだけはゴメンですよ。特にあの索敵チート女……あれ、なんです? あんなのの相手とかやってられませんよ……」
「まぁ、そうであろうな……。アレはこの私ですら捕捉されたら、最後……逃げられる気がしない。この銀河で最も敵に回してはいけない人物の一人だろう。もっとも私は彼らこそ本来、この銀河の主流となるべき規範なのではないかと、考えているのだがな……。あれらは、恐らく人類再建計画の要となりうる勢力だ。そう言う事なら、もっと強くなってもらわねばな……」
「やれやれ、今の時点でも、あの連中とやり合うなんてゾッとしないんですけど……。まさか、旦那様の計画にあれを取り込むと言うことですか……? そうなると、こっちの頭ももうちょっとマシな奴を寄越してください」
「確かにアレを相手取るのに、カイオスごときでは、いささか小物に過ぎて、アグレッサー役にもならないからな。そうだな、もう少し強い駒を見繕ってみるとするよ。だが、今後は貴様も遊びもほどほどにしておけ……では、またな」
それだけ言うと、影男と呼ばれた人物からの通信が途切れる。
「……やれやれ、相変わらず胡散臭い御仁ですねぇ……。しっかし、こちとら深度400近くまで潜ってるのに平然とあんな無誘導の鉄の塊をブチ当ててくるって、どうかしてますね……。やだやだ、もう絶対にあの娘だけは、敵に回しちゃ駄目です……気配も存在感も消しきって、私は残骸、ただの石ころ……無事に、生きて帰れますように……南無三、南無三」
……やがて、ハリネズミのようにスピアー弾をいくつも浴びたシルバーサイズは、魚雷が誘爆したのか、やがて一際大きな爆発を起こすと、バラバラになってエーテル流体の深くへと沈み込んでいった。
シルバーサイズの収まった脱出カプセルは、徐々に浮かび上がりつつ、いずこかへと流されていく。
エーテル流体の深深度領域で脱出した所で、如何に頑強なスターシスターズと言えど、生き延びれるかは運任せなのだが、シルバーサイズは自らの幸運としぶとさに、絶対の自信を持っていた。
かくして、カイオスはもう何度目か解らない程の死を迎えることとなった……。




