第五十五話「最終決戦」③
……続く、ケスラン攻防戦。
本来ならば、絶対に負けられない人知れぬ決戦の舞台。
ここでもカイオスの計算外が起きていた。
本来ならば、銀河連合評議会を脅迫した上で、エスクロンの身動きを止め、各地に散った黒船の対応で辺境艦隊が動けない間に、シュバルツ艦隊とクリーヴァの戦闘艦隊を送り込み、実力で民間船団を排除した上で、ケスランを平定する予定だったのだ。
実際は、300匹の黒船の出現と言う数のインパクトに銀河連合軍が過剰反応を示し、準戦時体制を発令。
挙げ句に、遥提督の半ば独断によるケスラン星系接収宣言。
ここでは、ハルマ大佐が遥提督をまんまとその気にさせて、星間国家間紛争に辺境艦隊を引き込むことに成功したのだ。
もはや、この時点でカイオス達の目論見も全て潰えたようなもので、カイオスの協力者の一人だったクリーヴァのカレギオも、遥提督との過去の因縁が元で、銀河連合軍の将帥の一人である遥提督への武力行使と言う誰にも言い訳出来ないような失態をしでかした挙げ句、エベレストと共にドラゴンの暴走に巻き込まれ、あえなく戦死。
今の銀河連合軍では、絶対に太刀打ちできない切り札中の切り札だったはずのドラゴンフェイズ2も、ユリコ達エスクロンの精鋭と、銀河連合軍の力押しで呆気なく撃破されてしまった。
かくして、二重三重に用意されていたカイオスの逆襲プランはユリコに限らず、様々な人々の活躍で次々と打ち破られていき、浸透支配の要だったケスラン星系も銀河連合軍の進駐を受け、将来的にも奪還の目が失われ、クリーヴァの総帥も完全に追い詰められ、シュバルツとの協力体制の解消を伝えてくる始末だった。
シュヴァルツでの地位回復を画策し、入念に準備を施し、必勝を期していたカイオスの計画の全てが失敗に終わった。
それどころか、状況はかえって悪化……もはや、すべてが水泡に帰しつあったのだった。
トーン達は、刺し違えてもせめてロンギヌスを沈めて見せると息巻いていたが、結局、それも適わず艦ごと消し飛び、敢え無く退場……。
この作戦に動員されたシュバルツの残存艦隊や残りのロストナンバーズ艦もグエン艦隊や増援に駆け付けた辺境艦隊の追撃を受けて、壊滅しつつあった。
一連の戦いは、カイオス達の完敗……。
地位回復などもはや望めないほどの大敗を喫しつつあった。
もはやカイオスに残されたものは、エスクロンやアドモスの重役や評議会員と言った初戦で得た人質とシュバルツの残存エーテル空間戦力、それに加えてカイオスがセカンドのエーテル空間に留守居役として、温存していた殲滅空母レプライザル。
そしてあまり役に立ちそうもないネオナチス幹部と構成員程度……。
この戦いの敗因は、致命的な情報漏えいもあったのだが、戦力投入タイミングと規模に明らかに問題があったのだが……。
何より、問題だったのは、そもそもの戦略目標と言うものがいい加減だったから。
……この一言に尽きた。
本来、彼らが最優先とすべきだった目標は、クリーヴァによるケスラン奪回。
ゼロCEOが、ケスランを制したものが勝利するという明白な戦略目標を立てていたように、カイオスもそこだけに注力していれば、少しはマシな結果になったのかも知れなかったのだが。
300匹の黒船を送り込んだ時点で、勝ったような気分になって、その後の戦略も場当たり的な楽観想定ばかり……。
それで勝てるなら誰も苦労はしない。
結局、カイオスの逆襲は最序盤から躓いて、リカバリーも出来ぬまま、滅びの道を邁進したようなものだったのだ……。
回り回れば、そもそもユリコにちょっかいを出し目の敵にした時点で、この男の命運は決まっていたのかも知れない。
フォルゼの台頭にしても、そもそも彼女をユリコにぶつけなければ、彼女もシュバルツ特務部隊の一士官として埋没していたはずだったのだ……。
本来、このシルバーサイズにしても、カイオスを安全に逃がすため……要は敗走の際の足程度の扱いだったのだが。
カイオスは持ち前の勘の良さで、ユリコがアドラステアにいる事に気付いてしまった。
そして、止せばいいのに、アドラステアに最後の反撃を仕掛けた。
もっとも、それでもシルバーサイズの奮戦に助けられ、そのアドラステアに手が届く直前まで漕ぎ着けたのだ……。
だが、ここで最後の壁に突き当たった。
攻勢限界……シルバーサイズは、すでにそれを突破したと悟っていたのだが、カイオスはまだその現実を認められないようだった。
「さぁて、カイオス様どう致しますか? 敵の増援が続々と迫りつつありますし、新手の敵の超高機動戦闘機は対潜装備を持っているようで、デコイも次々と撃破されています……。このままでは、本艦の位置も特定されて沈められるでしょう。残念ながら、もはや……ここまでかと。今ならまだギリギリ逃げ切れる可能性も僅かながら残されています。……ご決断を……お願いします」
シルバーサイズが冷静に戦況図を示しながら、言外に即時撤退を促していた。
実際、攻性デコイの数はもはや一桁まで撃ち減らされており、稼働限界に達し自壊するデコイも続出していた。
……もう馬鹿が見ても分かる程度には劣勢だった。
シルバーサイズの攻性デコイによる奇襲攻撃から始まった戦闘自体は、前衛の護衛艦を沈めたところまでは上手く行っていたのだったが。
最後の戦力である夕凪達の粘り強い戦いぶりに手をこまねいているうちに、潜航艦に対して恐ろしく正確な攻撃を仕掛ける新手の航空戦力が出現。
これが完全に潮目だった。
対空装備を持たないシルバーサイズにとって、対潜索敵能力と対潜攻撃手段をもつ航空戦力と言う時点で、相性最悪の天敵のようなもの。
それが一気に攻性デコイをまとめて破壊したことで、形勢は一瞬で逆転された。
もっとも、シルバーサイズ自身は自らの性能限界を熟知するがゆえに、自分が待ち伏せや短期間の陽動攻勢などには向いているものの、正面切っての戦いでは継戦能力に明らかに不備があることは解りきっていた。
それ故に、ここが攻勢限界だと彼女はとっくに悟っていたのだった。
「もともと、私の攻性デコイは短期決戦兵器ですからね。敵に逆襲に出られて、受け身に回ると脆いものですよ。まぁ、こんなものですかね……。残念ながら、これが限界じゃないかと……」
カイオスは、負けが見えた戦況図を見て、血走った目で頭をかきむしる。
「……くそっ! くそっ! おのれ! おのれ! おのれ! 何故だぁっ! 僕の計画は完璧だったはずだ! 何故だ! どこで躓いたんだ! 何だこのザマはっ!」
喚き散らすカイオスを見つめながら、シルバーサイズはむしろ楽しそうに笑い始める。
「あははっ! なんですかそれ! 今更、一連の作戦の失敗要因を聞くんですか? それであれば、簡単ですね。あちこち欲張りすぎたからじゃないですかね。そもそも、とっくに失われたモノを取り返すために、戦争を起こす。この時点で駄目ですよ……誰もカイオス様の勝利なんて望んでないし、何もかもが敵……そんな状況でとにかく勝って、もう一度ハイル・カイオスとか、しょうもない夢見て……。そもそも、300匹もの黒船投げ込んでおきながら、まともな戦略目標も決めてなかったみたいじゃないですか……。カイオス様って、ホント馬鹿で無能のクズですよねー! キャハッ! 言っちゃった!」
唐突に、この緊迫した状況に似つかわしくない態度を見せるシルバーサイズ。
その態度が余程気に入らなかったらしく、カイオスが露骨に怒気をはらむ。
「貴様っ! この僕に向かってなんて口の聞き方だ……! 黙れ、このクズがっ!」
そう言って、カイオスはシルバーサイズをドカドカと殴りつけるのだが。
相手は微動だにしないし、カイオスの殴打を浴びながらも、シルバーサイズは涼しい顔をしていた。
「……あはは、オイタはいけませんよ。カイオス様ぁ……ここはいわば、私のお腹の中も同然ですからね。この程度、撫でられた程度ですが、私の機嫌を損ねると手足へし折って、魚雷発射管に無理やり詰め込んで、ドーンって打ち出しちゃいますよ?」
そう言って、軽い様子でシルバーサイズがカイオスを殴りつける。
カイオスもとっさに腕でガードするのだが、その腕は容易くへし折れて、シルバーサイズの拳が容赦なくカイオスの横っ面に突き刺さった。
「ぶげらっ! な、な……貴様! こ、この僕を……この僕を殴っただと! き、貴様までこのシュバルツ総統たるカイオス様をコケにするのか! こ、こ、殺すぞ! ああ、こうなったら貴様の腹をかっさばいてやる!」
そう言って、カイオスも腰に吊るしていたサバイバルナイフを突きつけるのだが、シルバーサイズは笑顔のまま、そのナイフの刀身を指でつまむと軽くへし折ってみせる。
それを見たカイオスの顔が恐怖で引き攣る……。
「こんなおもちゃで、何か出来ると思いました? うふふ、私……実はカイオス様が大嫌いだったんですよ。ああ、それと……今、誰かがカイオス様の存在を認識したようです。駄目じゃないですか、潜伏してるのにそんな殺気立ってちゃ……。これはもう本格的に駄目かも知れませんね! 報告、監視ブイのレーダーに感あり……。あの悪魔みたいな白い戦闘機が急速に本艦付近に接近中です。あんなの相手に反撃も何もって感じなんで、もう時間の問題ですね……。いや、空っぽの空母だとばかり思ってたのに、あんな隠し玉が残ってたなんて、これは、始めから勝ち目なんてゼロでしたね!」
「ま、まさか! またあの女かっ! アイツが僕の存在を認識して直接僕を殺そうとしているとでも言うのか! 貴様! 僕のせいだって言いたいのかっ!」
「違う意味に取られたなら、心外ですが……。まぁ、そう言うことですよ。カイオス様がそんな青筋立ててブチ切れるから、こっちの居場所がバレた……と、終わってますねっ! いやはや、私に移乗してコソコソと脱出する手筈だったのに、なんでよりによって、アレに手を出そうなんて思っちゃったんですかね……。なるほど、敵意や気配を問答無用で感知する……そう言う特殊能力者なんでしょうね。そんなの普通に私達、潜航艦の天敵じゃないですか……。それで、この私に座乗したまま、直接決戦を挑むとか、死にに来たようなものでしたね……。私も内心、無謀だよなぁって思ってましたけど、敢えて黙ってましたっ!」
「貴様! 何を言ってるっ! 後もう一手なんだぞ! いいから、残った攻性デコイの一斉雷撃であの空母を沈めろ! そ、そうすれば……まだっ!」
「駄目、駄目、駄目ですって、そんな風に殺気むき出しでいたら……。ああ、本格的にバレたかな? これ……。カイオス様、もう覚悟決めてくださいね……」
「……な、なん……だと?」
「警告、本艦上空に逆落として急降下する敵戦闘機を検知。敵機、砲撃開始……着水音検知……これは対潜スピアー弾ですね。およそ一分後、本艦へ着弾します。速度も狙いも完璧ですね……こっちもすぐには動けないんで、もう回避も間に合いません。いやぁ、全動力停止で全く動いて無くても見つかるとか、こんなのもうどうしょうもないですよ。ゲームオーバーです、残念っ!」
「ば、馬鹿な! シルバーサイズ! 貴様は何を言ってる! ま、まてっ! 貴様、どこへ行くつもりだ!」
カイオスの静止を無視して、シルバーサイズはブリッジの片隅に置かれた1mほどの小さなカプセルにその身体を無理やり押し込もうとしていた。
「……ああ、申し訳ありません。この耐圧深深度脱出カプセルは、私専用ですから。カイオス様はそのままそこで死んでくださいな。どのみち、復活できるからここで死んでも、別に問題ないですよね?」
「……貴様、ロストナンバーズのくせにこの僕を裏切るのか? 強制命令コード! 今すぐ、そこから出て、この僕の最終攻撃指令を実施せよ! ……せめて、一矢報いてやる!」
カイオスがそう喚くと、カプセルに身体を収めかけていたシルバーサイズが一瞬固まる。
けれど、顔だけをカイオスに向けると、ニヤリと心底嘲るような笑みを浮かべる
「はい、却下ですーっ! その強制命令コードはすでに期限切れで無効です……またのご利用をお待ちしています。ちゃんちゃんっ! どのみち攻性デコイも射線が通ってたのはきっちり全部やられてますし、護衛艦にブロックされてますんで、やるだけ無駄ですよ。プークククッ! カイオス総統閣下! 今のっ! 今のお気持ちをどうぞっ!」
「な、なんだと! 絶対服従の強制命令コードだぞ! 言う事を聞けっ! この……ガラクタが! 勝手に逃げるなっ! このクソがぁあああっ!」
そう言って、カイオスはカプセルに駆け寄り蹴りを入れようとするのだが、シルバーサイズはすかさず身体をカプセルに収めると、シールドをオンにして、ロック状態にしていた。
それを見て、カイオスもカプセルをこじ開けようとしたり、何度も狂ったように蹴り飛ばすのだが、頑強な構造になっているカプセルはビクともしない。
「クスクスクス……実は私……始めから、カイオス様には、その期限切れコードを渡してたんですよ。土壇場にならないとバレないってのがミソですよね! ああ、スッキリッ!」
その言葉にカイオスは、愕然とすると同時に自分が死地にいる事を悟った……。




