第五十五話「最終決戦」①
ユリコ撤退から一時間後。
「……こちら、ケリー。全弾着弾確認……さすがに、ドラゴンはバラバラになったようだ。遥提督……上手く行ったようだね」
「さすがに、戦艦も含めた一斉砲撃の同時着弾だったからね。これで生きてたら、軽く絶望するところだよ。ああ、こちらでも敵の殲滅を確認した。全艦状況終了……可能なら、残骸を回収させてもらいたいんだが……こりゃ、無理かな?」
……遥提督たち銀河連合艦隊の取った対ドラゴン戦術は、極めて乱暴なもので、まずアサルト・ゼロ150機による一斉降下攻撃。
数の暴力で一気に流体面近くにまで追い込んだところへ、戦艦クラスによる一斉砲撃。
高密度重質量弾をいくつも浴びて、流体面に叩き落とした所で、駆逐艦、軽巡のVLS飛翔魚雷と爆装型アサルト・ゼロ隊による飽和攻撃を実施。
50余隻の全火力を一気に叩き込むというゴリ押し戦術の前に、さしものドラゴンも呆気なく散った。
「まぁ、そんなモノが残ってるかどうかは微妙だと思いますけどね。しっかし、やはり被害甚大でしたね。こちらの無人機も半数以上が撃破……アサルト・ゼロの損耗率も相当行ったと思うんですが」
「いや、7、8割は消し飛ぶと思ったんだが、4割……60機ほど落とされた程度だったよ。さすがに四方八方から一斉に押し寄せるとなると、向こうもあっさり対応能力を飽和させたようでね。機動パターンや限界性能を見切れてた上に、バカスカ当てて、削ってたのは、やはり大きかったみたいだ……ぶっちゃけガス欠みたいな状態だったらしく、動きも緩慢で荷電粒子砲も連射が効かなくなってて、完全に弱体化してたようだ」
損耗率4割……要するに総攻撃開始から、一瞬で半数近くが撃破された事になるのだが……。
ユリコ達が出していた試算では、アサルト・ゼロで真正面から当たれば、ほぼ確実に全滅すると予想していただけに、思ったほどの被害ではなかったと言うのが、遥提督や作戦参加艦隊の諸提督の感想だった。
「……4割って……普通に壊滅って言うと思うんですけどね」
「まぁ、無人機の航空戦力なんて被害担当の消耗品だろ? 君らの最新の宇宙戦闘なんて、レーザー砲台やらシールド付きの50mもある特攻爆雷を投げ合うような調子らしいじゃないか」
「宇宙空間での亜光速戦闘を突き詰めていくと、そう言う運用が一番コスパ的に良いってなってくるんですよね」
「まぁ、アタシらの頃でも有人の大気圏戦闘機なんて、時代遅れになってたからなぁ……。それより、ロンギヌスの方はどうなったんだい? グエン提督の主力とヒメラギ提督の艦隊が救援に向かってるから、なんとか粘って欲しいんだが……」
このドラゴンへの総攻撃の少し前。
ロンギヌスがカイオス達シュバルツ主力艦隊に急襲されたとの一報が入ったのだ。
グエン艦隊の主力がドラゴン攻撃に離れた隙を突かれた形での強襲だったのだが。
ちょうど、ロンギヌスから派遣された空中補給機とのランデブー中だったダゼルとダーナがロンギヌスを援護すべく急行し、シュバルツ艦隊と交戦。
ケリーはたった一人、エスクロンの無人機隊を率いて、増援艦隊の総攻撃準備が整うまで、ドラゴン相手に時間稼ぎを行うべく、遥提督と共に孤軍奮闘を続け、無事に時間を稼ぎきり、勝利の立役者となっていたのだった。
「こちら、ダゼル……。ケリー! そっちは終わったみたいだな。こっちも終わったぞ!」
「うん、終わったよ。そっちの状況は?」
「先程、シュバルツ艦隊が撤退開始したのを確認した。利根型重巡に良く似たスターシスターズ艦を沈めたら、あっさり引き上げていったぜ!」
「……そりゃ、間違いなくトーンだな。ロストナンバーズのエース艦なんだが、まさか君等が沈めたのか? ……あの艦の特殊兵装はかなり厄介だったんだがな」
「……あのブーメランみたいなヤツか? そんなもん、スピンターンカマして、レーザーで薙ぎ払ってまとめて撃ち落としてやったぜ。こちとら、大気圏内用高出力レーザー装備機なんだぜ? ドラゴンにはまるで効かなかったが、ALコートもしてないようなヤワい代物……一瞬で消し飛ばして終わりだぜ」
「と言うか、あのトーンとか言う艦も……シュバルツの旗艦のクセに、ただの雑魚だったね。あのブーメラン飛ばしてる間、思いっきり頭の上がお留守。ダゼルに囮になってもらって、こっちは逆落として艦橋とジェネレーター、ツータップで叩き込んだら、あっさり沈黙したよ。まぁ、カイオス総統閣下が乗ってたかどうかは知らないけどね」
「……あのトーンを雑魚呼ばわりとはねぇ……。テクノロジー勝負じゃ、もはや、シュバルツの奴らですら話にならないって事か。ご苦労さん……。だが、例の潜航艦はどうなんだい? ロストしてそれっきりらしいけど」
「どうなんだろう。水狼が追跡してたみたいなんだけど、振り切られたって言ってるよ。かなりの深さに潜れる上に厳粛性能も高いみたいで、完全にロスト。って言うか、なんなんですか? あれ……遥提督、そちらに何かデータ無いですかね?」
「艦名だけは解ってるんだよ。恐らく、USSガトー級のシルバーサイズ。これまで一度も表に出てこなかった潜航艦なんだが、ロストナンバーズ唯一の潜航艦だ。BDSのデータベースに残ってたデータでは、攻性デコイとか言う特殊兵装を使うかなり高度な特殊潜航艦だって事くらいしか解ってないんだ」
「スターシスターズ艦、それも潜航艦か……データが少ない上に、なんとも厄介な相手のようだね。フラン、そっちはどう?」
「後方の観測データ分析によると、とっくに真下を抜かれた可能性大ですって! いつのまに……。ごめん、ちょっとよろしくないかも……ああ、もうっ! この艦じゃ、有効な対潜戦闘とか無理ですよ!」
「砲撃艦のアスクピレオスと潜航艦では、相性が悪い。まったく、この期に及んでまだユリ姉さんを狙うのか、けどこちらも戦力を使い切ったこのタイミングに仕掛けるなんて、カイオスってのは、意外と頭の回るやつなのかもしれないな」
「それは多分買いかぶりだと思うけどね。アイツは、基本思いつきで場当たり的に動く……もっとも、それが上手く噛み合う事もままあるからね。そう言う意味では侮れないと言える」
「いずれにせよ、すでに、回廊内に入られて、アドラステアに迫りつつあるってことか……。すまない……僕らはアドラステアの守りに回るよ!」
「まったく、ドラゴンを落とせば終わりと思ってたが、まだ終わりじゃないってことか。本命はシルバーサイズでのアドラステア強襲? ケリーくん、間に合わないかも知れないが、アタシもそっちの援護に回るよ。後始末は、後続に任せる……。一番近いのはこの天霧だからね……天霧行けるか?」
「もう、無理ぽと言いたいですけど……おっしゃる通りですね。はぁ……燃料も弾薬も心許ないですけど、ここは、やるしかないですよね……」
「天霧ちゃん、私の副砲用の弾薬と燃料ペレット……多分、流用できると思うので持っていってください。こっちは、機関トラブル発生で遅延確実です。あー、このポンコツ……とうとう壊れたっぽいです……ちょっと無理してぶん回しすぎたかなぁ……」
「ほぅほぅ、フランさんそれは、ありがたいですねぇ……。そう言えば、私の装備もエスクロン製にしたんでしたっけ……。違う艦同士で、弾薬や燃料カートリッジが共用出来るとか……。エスクロンってつくづく、戦慣れしてるとしか言いようがないですね。提督……諸々問題解決です……行きましょう! 今日という今日は、あのゲス野郎の息の根をきっちり止めましょう」
「……と言うわけで、こちらも行けそうだ。ケリーくん、先行エスコート頼むよ……。すまないが、天霧……機関全開で追跡してくれ。けど、距離600km……果たして間に合うか……? この様子だと、水狼が追いかけていたのは、デコイって可能性もあるな。ロンギヌスの奇襲すら囮だったとしたら、最初からアドラステア狙い一本だった可能性もあるのか……まったく、やってくれるな!」
「ちょっとマズそうですね……。何にせよ、連中と一番戦い慣れてる遥提督の力を借りれるのは、ありがたいです。では……最終決戦と行きましょうか!」
休む暇もなく彼らの戦いは続く。
全ての元凶であるカイオスを追って、更なる戦いが続く……。
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……一方、アドラステア周辺流域。
そこではカイオスの最後の伏兵、シルバーサイズ相手の熾烈な防衛戦が繰り広げられていた。
『報告です……護衛艦「牡丹」「雪雲」、共に被弾大破……航行不能ッ! 現時点で、敵の総数は20隻を超えています。一体、どこから、これだけの戦力が……』
「……フランちゃんや水狼の収集したデータだと、相手は一隻だけのはずだよ? なんで、こんなにいっぱいいるの? オーキッド……何か解らない? こっちはもう戦力出し尽くしてるから、夕凪達が抜かれたら、詰むよ! これ……本気でヤバイよーっ!」
『わ、解りません。とにかく、こちらは少しでも後方へ後退します……しかし、この数相手に、逃げ切れるかどうか……。警告、全乗員は直ちに装甲防護服を着用の上で厳重防御区画へ移動せよ! 外壁付近は危険です……全隔壁閉鎖の上で至急退避! 繰り返す……』
……アドラステアの航空戦力はすでに全機出払っていた。
唯一残っているのは、白鴉なのだが、パイロットのユリコは緊急手術中で戦力外。
無人護衛艦もすでに二隻が被弾大破による航行不能状態。
エーテル流体の浸透により、時間の問題で沈むのは、もはや目に見えていた。
『報告……護衛艦「六花」……被弾、轟沈しましました……』
前衛護衛艦……全滅。
残る護衛戦力は、もはや朝凪と夕凪の二隻のみ。
アドラステアは確実に追い詰められつつあった。
「……ううっ、こちらの戦力はもう夕凪と朝凪だけ……。二人は歴戦のスターシスターズだけど、敵の数が多すぎる……。こっちは急造艦で、ダメコンもいい加減だから魚雷の一発でももらったら、致命傷になる。ユリコちゃんも今は動かせないし……どうしようっ! どうしようっ! も、もう駄目かも! 誰か……いないのっ!」
絶望的な状況を悟るアキ。
彼女は、本来戦闘員では無く、後方支援要員なのだ。
スペック的には、単独操艦を行える程の演算力を持つのだが、メンタル的には戦闘員として修羅場を潜ってきたユリコ達には遠く及ばない。
ここに来て、その脆さが露呈し、指揮官たる彼女は思考停止状態に陥りかけていた。
『アキ様、ご指示を……貴女が我々の戦術指揮官なのですよ? 窮地にこそ、指揮官は前を向き、兵を導かねばなりません! ここは、総員退艦も視野に入れるべき状況です! 速やかなるご決断をっ!』
「無理だよ! 私には出来ないっ! 何でこんなことに! 誰が助けてよぉっ!」
(……無理ですか……。アキ様は本来非戦闘員……。このような修羅場で毅然とした対応を望むのは酷な話ですな。ですが、この状況……せめて、あと一手あれば……)
状況は端的に言って、絶望的だった。
味方の増援が間に合えば、乗り切れるのは確実だったが、恐らく敵の手の方が早い。
オーキッドも歴戦の猛者であるがゆえにその現実が見えてしまっていた。
けれども、希望が潰えた訳ではなかった。
「アキちゃん、諦めないでっ! エルトラン! お願いっ! 皆を……守ってっ!」
唐突に割り込み!
それは、今も超精密手術を受けているはずのユリコだった。
「ユ、ユリコちゃん!」
『了解。こちらエルトラン。ただいま、白鴉の全機能を完全掌握致しました。アキ様、病床のユリコ様より勅命が下りました……私に全てを託すと、皆を守れと! オーキッド、アキ様……出撃許可をいただきたい! この私がすべての敵を殲滅します!』
「エ、エルトラン? え……完全無人で出るっての? だ、大丈夫なのかな?」
『本格的な空戦機動までは出来かねますが、鴉用の対潜スピアー弾を装備させていただきましたので、対潜戦闘は出来ます。ユリコ様が導いてくれますので、なんら問題ありません……。各種チェックを省略して、直ちに緊急射出をお願いします! ここがギリギリのタイミングです!』
『こちら、オーキッド! 管制AI権限にて、貴公の出撃を許可する! ユリコ殿とのリンクオンラインにしておきますので、心置きなくどうぞ! 我らが命運を託します……些か乱暴な射出になりますが、行ってくだされっ!』
『友よ感謝する! では参りますっ! 白鴉ッ! 緊急出撃、いざ参ります!』
エスクロンの最終兵器、白鴉の無人投入。
戦局はまさに最終局面を迎えようとしていた……。




