第五十四話「軍神の帰還」⑦
『こちら、白鴉……コード・ホワイトクイーン。機体管制AIエルトラン……アドラステア管制システムコネクト、オールライト。リニアカタパルトガイドライン接続。ふむ、これはエスクロン標準航宙艦射出システムとほとんど同じ仕様のものですね。管制AI、白鴉専用パラメーターへの変更を要請。このままでは最適コースで射出は望めない』
エルトランがアドラステアの管制AIとコネクト。
まぁ、ここから先は丸投げで……お願いしますのですよ。
『こちらアドラステア管制AI、オーキッド。パラメーター受領、了解……最適化反映完了。エルトラン卿……お久しぶりですな。貴公も創建のようで何より。戦友たる貴公と再び肩を並べて戦場に立つ日が来るとは、まったく感慨深いですな。推薦状が私にも回ってきたので、即座にサイン致しましたが、ようこそ戦場へ……と述べさせていただきましょう』
『これはオーキッド卿! 造反AI共との大戦以来ですな……宇宙空母ヴァンガードからの栄転ですか。推薦状に名を連ねていたのは知っていましたが、すでに先に最前線にいらしていたのですか。まったく……お互い募る話もありますが、また後ほどの楽しみと言うことで』
「エルトラン……知り合いなのです?」
『いやはや、ユリコ様……オーキッド卿はかつての我が戦友の一人です。ロールアウト直後の仮装空母にも関わらず、短期間で実戦レベルにまで最適化されていたことには、私もいたく感心しておりましたが、オーキッド卿の仕事なら納得です』
「ええっ! オーキッドって、そんな古参AIだったの? ヴァンガードって、宇宙軍第一機動艦隊の旗艦だった船じゃない。なにげに、このアドラステアって贅沢仕様だったんだね。なんかこいつ、めちゃ手際良いなーって思ってたけど、大戦生き残りの大ベテランAIだったんだ……納得! もうっ、言ってくれれば、ポンコツ船呼ばわりとかしなかったのに……」
慌てた感じアキちゃんまで割り込んできた。
ユリも知ってる。
宇宙空母ヴァンガード……km級の大型宇宙空母。
AI戦争では惑星エスクロン最終防衛ライン受け持ちで、艦載機の8割を失う激戦の末、最終防衛ラインを守りきった伝説級の活躍をした英雄艦の一隻……。
ちなみに、この戦い……主力艦隊がAI艦隊の巣窟カイパーベルトライン遠征へ出撃した隙を突かれる形で勃発し、最終防衛ラインと言っても、超大型惑星守護艦の万古と防衛艦隊旗艦のヴァンガード以外は、二線級の艦艇や急造艦ばかり……民間武装船やら手近の警備艦やらかき集めて、1000隻くらいを揃えるのがやっとと言う有様。
対するAI艦は1万5千隻……もうこの時点で絶望的な戦いだったのですよ。
結局、最終局面まで生き残ったのは僅か100隻程度……。
どの艦も満身創痍で、乗員が全滅しながらもAIだけが生き残って孤軍奮闘してた艦もあったと言う……。
ヴァンガードもそのひとつで、船体を荷電粒子砲で撃ち抜かれ大穴が空き、メインリアクターが機能停止し、指揮官や乗員もほぼ全滅と言う悲惨な状況の中、懸命にダメコンに努めて持ちこたえさせつつ、生き残った宇宙戦闘機隊をかき集めた上で、残存戦力総出での最終突撃を指揮。
最終防衛ライン艦隊を殲滅したと思って油断していた敵AI艦隊の包囲網の一角を突き崩し、壊乱させた事で戦線崩壊を誘発……。
結果的に、急遽、カイパーベルトラインから引き返してきた主力艦隊との挟撃となり、最終防衛ライン決戦の勝利の立役者となった……そんな伝説を持ってる艦なのですよ。
確か長年第一軌道防衛艦隊の旗艦を務めて、宇宙空母が時代遅れになったからって退役して、艦体は記念艦として、エスクロンの衛星軌道上で観光ホテルになってるんじゃなかったかな?
主管AIも派手な戦が起きたら、いつでも起こせとか言って休眠化……そんな風に聞いてたんだけど。
アキちゃんの補佐管制AIとして、こんなとこにいた! すごい話だよ……これ。
『アキ様、先程は大変お見苦しいところを見せてしまい恐縮です。宇宙空母とエーテル空間空母の勝手の違いにさすがに困惑いたしましたし、ご存知のように当艦は、完成度にかなり……いや、相当に問題ありましてな。さすがに、私の担当した仕事の中でも五指に入るくらいハードな仕事でしたよ。ですが、アキ様の的確なサポート、そしてダーナ様の卓越した飛行技術には大変勉強をさせていだきました。お二人共お若いのに敬意を表するには十分な見事な手本を拝見せていただきましたよ』
「アキちゃん……オーキッドって、AI戦争10英雄の一人なのですよ? 豪華も豪華……超贅沢! なんで、そんなのが実験艦の管制AIやってるのです? それにライブラリに引きこもって、休眠化してたはずでは?」
『いやはや、いつぞやかのコードβ発令で飛び起きましてな! ご奉公の時が来たと張り切っていたのですが、すっかり当てが外れまして……。とりあえず、何か仕事を寄越せと例の若造CEOに詰め寄ったら、このような大役を仰せつかりました。まったく、たまにはワガママも言ってみるものですな。エルトラン卿、また後ほどごゆっくりと昔話でもいたしましょう。それでは素晴らしき戦場へ!』
『イエス。オーキッド卿もご武運を!』
なんと言うか……エスクロンの最高精鋭部隊って冗談でもなんでも無いのですよ。
さぁ、盛り上がってまいりましたー!
こうなったら、一分一秒でも早く戦場に舞い戻って、あのドラゴンをワンパンKOして、皆でエスクロンに凱旋するのですよ。
『リニアカタパルト最終シーケンス開始、カウントダウン……10、9、8、7、6、5……」
カウントダウン5秒前……。
と思ったら、4が来ない。
カタパルトのカウントダウンも停止中……辺りが静まり返る。
な、なんでーっ!
「ちょっと、エルトラン! トラブルなのですか?」
『申し訳ありません。ユリコ様の出撃についてですが、たった今、中止命令が発令されました』
「はい? ちょっとまってなのです! 抗議、抗議なのですよー! アキちゃん! 何事なのです!」
「ごめん、ユリちゃん……それが……その」
アキちゃんもなんだか、言いにくそうにしてる。
これで、この展開はないのですよーっ!
『……ユリコ様、申し訳ありません。エスクロン最優先命令コードによる中止命令です。恐れ入りますが、何人たりともこの命令に逆らうことは出来ません。……ゼロCEO閣下と繋ぎます。詳細は閣下よりお伝えするとのことです』
モニターに、CEOさんの姿が表示。
腕組みしてて、ちょっと怖い顔してる……もしかして、バレた?
「ご、ご機嫌麗しゅう……ゼロ閣下」
「こらっ! ユリコちゃん、駄目だよーっ! 君、医療ドローンのシステムに割り込みかけた上に、セルフメンテシステムのログ書き換えやったでしょ! 僕の目は誤魔化せないよ! まったく、眼球破損とかそんなクリティカルダメージを隠して出撃とか何考えてるの? だーめ! 絶対! 直ちにお戻りなさいっ!」
腕でばってんマークやりながら、いつもながらの軽い調子なんだけど……。
出撃中止命令……それも絶対命令コード付与ともなると、エスクロン国民である以上、絶対に逆らえない。
……もう返す言葉もない。
強化人間でも眼球は比較的弱い部分で、おまけに脳神経に直結してるから、ほんのちょっとの不具合でも、戦闘なんて論外で、即時オーバーホール……実は、そう言う規定があるのですよ。
それが解ってたから、あの手この手で誤魔化してたんだけど。
やっぱ、バレちゃったか。
「……ごめんなさい……なのです。応急処置もしてたから、問題ないと思ったのですよ」
「まぁ、確かに損傷レベルとしては、普通に生活する分には支障ない程度だけど、さすがにこのまま戦闘は許可できないよ。戦闘中に一気に悪化して視界が半分になるとか、コマ落ちとかなったら、どうするの? それに眼球ユニットって脳に直結されてるから、些細な障害でも、脳障害が発生する可能性があるんだよ?」
「き、機体カメラと直結すれば、目が見えなくなっても、問題ないのですよ!」
『いえ、ユリコ様……機体カメラと脳に直結された超高精度マシンアイでは、処理能力に関しては、全く比較になりません。出過ぎたマネと思いましたが、ユリコ様の様子を観察していて、眼球ユニットの障害に気付きましたので、私よりCEOに進言させていただきました。私は……もう二度と主を失うような事は経験したくないのです』
「エルトランくん、お手柄だよ。あそこまで完璧にコンディションデータ偽装されてたら、普通は誰も気付かないよ。ユリコちゃん……君を失うのは我が国にとって、絶対に許容できない損失なんだ。君の矜持も解るんだけど、今の君のコンディションで出撃するのはリスクが多すぎる。ここは仲間を信じて、勝利を託すべきじゃないかな? 君は先鋒として、最高の働きをしてくれた。全部、自分で背負い込もうとしなくていいんだよ。僕達を信じて……今はゆっくり休んで欲しい」
「CEO閣下……それはご命令でしょうか?」
「……うん、CEO命令なら君達は無条件で従うしか無い。それがエスクロンのルールだ。だから、ここは敢えて命令と言う形を取らせてもらう……その方がきっと納得も行くだろう。僕は君を死なせたくない……その為なら、例え恨まれたって構わないさ。それに、他の皆もこの会話は聞いてる。戦場に怪我人が無理して割り込んで、その結果何が起きるかくらい君も理解出来るよね?」
「……そうですね。皆、ユリをカバーしようと意識しちゃうでしょうね。要するに足手まとい。解りますよ……それくらい。仕方ありません……。ゼロCEOのご命令であれば、否応ありません……アキちゃん、格納庫に戻してもらっていいですか? 機体を降りて、大人しく治療を受けます」
「ユリちゃん……了解だよ。艦内緊急連絡……これより白鴉をカタパルトデッキから、整備格納庫へ緊急搬送します。最優先でパイロット収容……医療班は大至急整備格納庫に集合の上で待機!」
……ヘルメットを脱いで、髪を解く。
小さくため息。
けど、肩の荷が下りた気もする。
昔から、ユリは走り出したら止まらない子だったのですよ。
色々やりすぎたり、叔父さんにも迷惑かけちゃった事だってあったし……。
CEOさんも嫌な役目だっただろうに、敢えて命令と言う形で、止めてくれた。
もういいよ……頑張らなくても。
本当は、誰かにかけて欲しかった言葉……。
遥提督もその一言を言ってくれたら、素直に聞いてたと思う。
本物の戦場は痛いし、怖い。
本当は逃げ出したいって……そう思いながら、強がり言って戦ってた。
自分を押し殺して、ぼろぼろになりながら戦うのが当然だって、自分に言い聞かせて……。
CEOさんにもう、戦わなくていいって言われたとき、実は内心良かったって思っちゃった。
ユリも昔に比べて、弱くなったのかも……。
けど、そんなユリの弱さもCEOさんは許容してくれた。
遥提督だって……いつでも逃げていいって言ってたっけ。
皆、優しい人ばかり。
この世界はハードだけど、どこか優しい。
そんな風に思った。
……みんな、ありがとって言いたい。
けど、ちょっとくらいなら泣いたっていいよね?
『ユリコ様……。申し訳ありません……貴女のお手伝いのはずが、このような事に……』
「えへへ……つい、無理しすぎちゃった。ごめんね、エルトラン……。止めてくれてありがとう。危うく皆の足手まといになるところだったのですよ」
『……重ね重ね申し訳ありません。心中お察しします。思わず私情を挟んで、マスターの意向に反することを……』
「気にしなくていいのですよ。それにしてもさすがエルトラン……ユリのことを良く見てくれてたのですよ。こうなったら、医務室のベッドの上で皆を応援するのですよ!」
さっきの逆方向で、整備格納庫に戻るとストレッチャーと白衣の防護服着込んだ医療チームが待機してた。
イゼキ大尉達も心配そうにその後ろに並んでる。
慎重にコクピットから降ろされて、ストレッチャーに寝かされて、目の上にカバーがかけられる。
この様子だと、眼球ユニット摘出の上で、医療カプセル収容されて絶対安静。
その上で……本国送還、ナノ医療設備での大手術……になるね。
ユリの戦いは、これで終わり。
あとは、皆を応援するくらい……ユリ、頑張ったよね?
ちょっと疲れちゃった……かな。
けど、なんかすっごいやり残し感……!
もういい、フテ寝します! フテ寝ーっ!
 




