第五十四話「軍神の帰還」⑥
「真実はパンドラの箱……遥提督は、そんな言い方もしてましたからね。これも人類が学んだ知恵の一つ……そういうことですか」
「そう思ったほうが気楽になれるよ。真実よりも実利を取る。その方が賢明ってもんさ。実際、ケスランを解放すれば、辺境流域の流通網も大幅に改善するからね。我々の戦略目標はすでに達成されているから、これ以上は欲を出すべきじゃないだろう。正直言うと、ユリコちゃんももうここで休んでもらってて欲しいんだよね……。あんなバケモノの相手なんて、銀河連合軍に押し付けて、我々は高みの見物で十分だと思うんだけどな」
「……けど、まだ皆戦ってますよね?」
「まぁね……。ここでダゼルくん達を下げちゃったら、辺境艦隊が軽く壊滅しそうだしねぇ……。あれは今のスターシスターズ達と相性が悪すぎる……あの子達もよくやってるけど、僕らに言わせれば想定が甘すぎるんだよなぁ……。まぁ、少なくともここで遥提督に死なれる訳にはいかないからね。それに、辺境艦隊の大幅戦力ダウンとかなると、こっちも困る……。まぁ、ある程度削って、適当な所で引き上げる……そんなところかな」
「……もう勝ちは決まってる。そう言うことなんですか?」
「まぁね。君のお仲間達の実力は君も知ってるだろう? アスクピレオスの火力なら、ドラゴンのフェイズ2も落とせそうだからね。備えあれば憂いなし……と言うには些か、不十分だったけど、君を含めて現場の皆が補ってくれたからね。まったく、皆にはご褒美をあげないといけないよ」
確かに、戦闘データも十分に取ったし、あの4人なら十分押し切れると思う。
少なくとも慌てなくてもいいかなって気はしてきた。
「ケスランは今後、銀河連合艦隊の拠点化するって話だし、クリーヴァの虎の子だった実力部隊もあの有様だからね。クリーヴァもシュバルツと組んで、浸透侵略の片棒を担いでたんだけど、あそこまで派手にやらかした上に、戦力の大半を失ったんだ……向こうにも貸しを返してもらわないといけないからね。クリーヴァとは不可侵条約を結んだ上で、向こうの武装解除要求を押し通すつもりだよ。そうなるとどうなるかな?」
「……シュバルツもこちらの世界の足がかりと大義名分を失い動けなくなる……なんとなくなんですけど、この戦いって天下分け目くらいの戦いだったんですかね……」
第二世界のシュバルツの傀儡国家だったクリーヴァの事実上のリタイア。
不可侵条約と言うと聞こえがいいけど、武装解除の上でとなると、クリーヴァは引きこもって、細々と交易をつづけるくらいしか出来ることがなくなる。
各所の中継港の実効支配も武力と言う裏打ちがない以上、辺境艦隊の武力に頼るほかなく、何の意味もなくなってしまうのですよ。
そうなるとシュバルツもクリーヴァ同様、辺境に居場所がなくなってしまう。
中央流域のシュバルツが勝手に分捕った植民星系……この辺については、シリウスやセブンスターズが分捕られてるのに、何の対処もしてないだけで、クリーヴァが自分達の領域に引きこもるとなるとはしごを外された形になる……そうなると、シリウスやセブンスターズが如何にポンコツでも、取り返すのは容易なこと。
ああ、うん……確かに終わってるかも知れない。
「そう言うことだよ。具体的には銀河連合軍の遥提督や永友提督が動いてくれたのが大きかったね。本人たちは解ってないかも知れないけど、星間紛争に銀河連合軍が堂々と介入した……この事実が銀河情勢に与える影響は極めて大きいと思う。そして、彼らを動かしたのは……紛れもなく君なんだよ?」
「ユ、ユリはそんな大それた事してないですよ! むしろ、遥提督達はユリを戦場から遠ざけようとしてたんですよ?」
「うん、その代わりに自分達が介入する……そんな決断をしてくれたじゃないか。やっぱり、君のお手柄だと思うんだけどなぁ……。いずれにせよ、あのフェイズ2には驚いたけど、あんなのはただの余興……アレを仕留めるのはもう時間の問題……たった一匹の怪物が暴れた所で、銀河連合の力は強大だからね。いずれ刀折れ矢尽きる……。まぁ、ユリコちゃんのおかげでだいぶ早めに力尽きることにはなりそうだけどね。うちの技術陣も早速、次の機会に備えるべく、頭を捻ってるらしいよ」
「……アレを余興と言い切ってしまう辺り、CEOさんは見えてる世界がユリたちとは違うんですね」
「僕は、国家戦略と言う次元で物事を考えてるからね。そこは理解して欲しい。どのみち、クリーヴァに関しては、賠償責任とか糾弾もしない貸しひとつってことで手打ちにしたから、それで話はおしまい。うまい具合に銀河連合軍も動いてくれたし、評議会も自分達の立場ってものを再認識しただろう。銀河連合艦隊総司令部にしても、コードオレンジなんて軽率だったと言えるけど、戦時体制移行の予行演習としては悪くなかっただろうね」
「……そうですね。銀河連合軍も絶対中立の銀河連合の実力組織と言えど、今のままでは単なる害虫駆除業者みたいなものですからね……。未知なる脅威が現実的になった以上は、銀河連合軍も否応なしに変革を強制される……。そうなるとユリが頑張った甲斐はあったんですかね」
「うんうん、さすがだね……。良く解ってる……そう言うことさ。銀河連合も自分達の力不足を思い知っただろう……。今後は僕らのお得意様として、頑張ってもらわないとだね」
「そうなると……ユリの出番はここまでですかね。最後までやりたかったんですけど」
「いや、君の再出撃の件については、条件付きで許可ってところだから、安心してよ。なにせ、古参AIと言うお目付け役付きだからね。そう言うことなら、僕も安心して送り出せるよ」
「あ、エルトランの事ですね。これってCEOさんのお力添えですよね? クオンからAIデータ転送とか大変でしたよね。けど、長い間異国で民間AIとして過ごしてたエルトランを機密の塊の白鴉に載せるなんて、良く決断しましたね」
「さすがに万古の管制AIエルディアンやら、ヴァンガードの元主席AIやらビックネームの連名推薦状とか持ってこられたら、いくら僕でもノーとは言えないよ。それにエルトランくんはエスクロン系列のAI……それもAI戦争を生き残った歴戦の古参AIだからね。長いこと国外にいたって、そんなの関係ない……彼らの故国への忠誠心を甘く見ちゃいけないよ。まったく、君も異国の地で素晴らしい縁を拾ってきたものだよ。ああ、それより何か食べたいものとかあるかい? エスクロンに来たら、僕のところに挨拶くらい来てくれるだろうからさ。先にリクエストを聞いておきたくてね」
エルトランの言ってたツテって……どんだけなのです?
……エスクロンの大物古参AI達に推薦状書かせて飛び入り参戦って……。
と言うか、真面目な話はここまで……そう言うことみたいなのですよ。
けど、食べたいものとか……この様子だと、どんな贅沢な要望も通してくれそう。
なんと言っても、相手はエスクロンのトップ……CEO閣下!
レディーホルデンのアイス、バケツいっぱいとか?
いやいや、さすがにそれはない。
暑かったからって、まっさきにアイス食べたいとかユリもどんだけなのです?
「えっと……それなら、第3世代の皆やクオンの子達とか、いっぱい集めてお外でバーベキュー焼き肉パーティしたいです! エスクロンの里帰りとか久しぶりだし、皆と会うのも久しぶりなのです!」
思わず出てきたのがこれ。
うん、直火焼き肉……エーテル空間や宇宙じゃ絶対食べられない。
煙もくもく、炭火の香る、香ばしさ満点の直火焼き肉。
絶対、宇宙最強の贅沢だと思うんだよね!
街中とかだと難しいけど、エスクロン本国なら、いくらでも場所もありそう!
「えっと……? あのさ、エスクロンの三ツ星レストラン貸し切りフルコース、おかわりし放題とかだっていいんだよ? ああ、エルトランくん、資料ありがとう、君気が利くね」
『どういたしまして、ゼロCEO。ユリコ様がおっしゃってるのは、ご覧いただいているように、大勢で集まって、地上で直火を使って、肉や野菜を適当に切って焼いて豪快に食べるものです……。私、クオンにて長年子供達の地上キャンプの支援業務に携わっていたのですが、いつもそれが定番で皆様、大変美味だと口を揃えていたものです。まぁ、高級レストラン等とは対局ですが、なかなか悪くないと思いますよ』
「……なるほど、意外と楽しそうだね。これ……! うん、解ったよ。この「宮殿」の庭って結構広いから、皆集めて、バーベキューパーティをしようじゃないか。街中で直火で煙モクモクとか、さすがに消防ドローンが団体で飛んでくるけど、どうせここは大海原のど真ん中だからね、誰も文句なんか言わないよ。食材は思いっきり最高級の天然食材を山盛り集めてみるよ。せっかくだから、永友提督辺りを監修役として招待ってのも悪くないかも! なんせあの人には、ちょっと貸し作っちゃったからね。……ってゴメン。皆、命懸けで戦場でやりあってるのに、こんな話、ちょっと呑気すぎるよね」
「いえ、上の人は余裕たっぷりで、最前線のことは丸投げにして、むしろ、戦いの後のことを考える。それでいいと思います。永友提督さんも似たようなこと言ってましたよ」
最悪一人で戦うことだって、覚悟してたのに……。
宇宙一頼もしい援軍なんて、お出迎え付きで、ユリのワガママを聞いてくれて、万全の体制で送り出す準備まで整えてくれてた。
最前線で戦うものとしては、それだけで十分なのですよ。
戦うのはユリ達のお仕事。
でも、後ろで見守るのだってとっても怖いのですよ。
戦場ってのは、いつ誰が死ぬか解らない過酷な世界。
自分の命令で誰かが死ぬかも知れないってのは、とてつもなく重い。
……ゼロCEO。
初めて顔見たけど、なんと言うか心から尊敬できる人なのですよ。
「そっか、それは良いことを聞いたよ。あの永友提督と並べられるなんて、むしろ光栄に思うべきだね。ありがとう。本当は僕も君達と肩を並べて戦場でって思うんだけどね……。残念ながら、それはちょっと難しいんだ」
「それには及びませんよ。マイマスター……ゼロ。我が身は閣下の剣とならん事を誓います」
マイマスターなんて言葉が自然に出ちゃった。
胸に拳を当てて、一礼。
狭いから今はこれでお許しを……。
「ととっ、ユリコちゃんにそんな挨拶されると調子が狂うね。まぁ、こんな戦い……軽く勝ってちょうだい! 僕はいつもどおり、後方でハラハラしながら見守るとしよう」
「かしこまりなのです! と言うかCEOさん……これ狙ってました?」
タイマー見ると三分余裕でぶっちぎってた。
コクピットの外では、イゼキ大尉が苦笑しつつ、最終チェックリストのサインを要求してる。
ぶーたれながらサインして、整備完了。
「さすがに、三分で仕上げろは無茶振りだったからねぇ。ちょっと時間稼ぎさせてもらったよ! 皆も、暑い中ご苦労さま。CEO命令を平然と無視した罰として、無事に母港に戻ったら、キンキンに冷やしたとっておきのシャンパンを振る舞おうじゃないか!」
「おお、大将、マジっすか! 野郎ども、楽しみが増えたぞ! んじゃ、女王様……リクエストには完璧に応えたつもりだ……健闘を祈る。いいか? 無茶はやっても絶対に死ぬんじゃねぇぞ? アンタに死なれると国家レベルでの損失なんだからな。総員帽振れ! 白鴉……出撃シーケンス開始! 全員撤収するぞ!」
イゼキ大尉達に見送られながら、キャノピー閉鎖、総員退避。
艦内移送が始まり、やがてリニアカタパルトの射出規定位置に収まる。
「……ユリちゃん、少しは休めた? 結構無茶したみたいだから、心配してたんだぞ……これでも」
「CEOさんに騙されて、10分くらい余計に休まされたのですよ……でも、いい人だったのですよ」
でも、おかげさまで応急処置も終わって、一応コンディション・グリーン。
腕の骨格ユニットのポッキリ折れてたところも分子接着剤で接合済みで、同じところぶつけたりしない限り大丈夫。
……医療AIさんは、帰還次第ふんじばって本国医療施設に強制入院、精密検査のうえで全身オーバーホールって言ってたけど……。
「そっか、なんかすっごいご機嫌だったんだけど、そう言うことか。少なくとも悪い人じゃないってのは解ったと思うよ。んじゃ……そろそろ、再出撃行くよ……。リニアカタパルト準備よし、機体電磁固定完了。あ、射出シーケンスはもう機体管制AI丸投げでいいからね。エルトラン君だっけ? あとよろしくー!」
どうも、最初はフル手動でやってたみたいなんだけど。
ここに来るまでにプロセス最適化済ませて、AI丸投げにしたらしいのです。
……けど、ぶっつけ本番で始めて、こんな短時間でここまでやるって、結構な離れ業だと思う。
アキちゃんも凄いんだけど、管制AIが普通じゃない……どんな子なんだろ?




