第五十四話「軍神の帰還」⑤
ユリもなんだかんだで、CEOさんの言うことはナチュラルに聞いちゃってるし。
頭が上がらないのですよ。
「……えっと、エスクロンってそう言う国ですからね。民主主義の対極、独裁全体主義国家とか言われちゃってますからねぇ……。でも、非常事態を想定すると、絶対権力者がいて、トップダウンで誰もが精密機械のように動く秩序ある社会ってのは理想と言えますからね……」
「まぁ、そうだね。僕らエスクロンは、目的がはっきりした、いわばシステム国家だからね。そこら辺、外国勢と話してるとヤキモキしてならないよ。なんで、トップ交渉やってるのに、持ち帰って国民の信を問うとか言い出すんだか。国民の信を受けて選ばれた代表なんだから、その場で決めろって言いたくなることなんてしょっちゅうだよ」
「……色々大変なのですよ。解るのです」
「そのくせ、偉そうに民主主義とはそう言うもの、独裁国家とは違うのです……なんて言うんだからね。セブンスターズなんて、代表者が世襲制で、議会の賛同の過半数を取らないと進まない……なんてやってるから、結局何も決められないなんて事が実際に起こってるからね」
「あはは……。大勢が集まって優柔不断で何も決まらないより、容赦ない独裁者の即断即決の方が全然いいと思うんですけどね。そもそも、ユリ達は別にそれで全然、不満もないですし、エスクロン自体、そこまで窮屈な国でもないですからね」
まぁ、不満分子とか反乱もゼロじゃないけど……。
困ったことにそう言うのって、国外勢による工作やら、反エスクロンの組織とかが背後にいるってケースがほとんどなのですよ。
エスクロンは、銀河トップクラスの星間国家だけに、敵も多いし、影や闇も多く抱え込んでいるのですよ。
もっとも、その手のテロリストへの対応については、エスクロンのような全体主義国家だと話が早い。
国外では、テロリストの人権がどうのでテロリストの射殺も許されない……なんて事もあるらしいけど、エスクロンでは、テロリスト認定された時点で、一般人による射殺すら許されるし、賞金も支払われる。
賞金稼ぎなんて職業が成立するくらいには、テロリストや犯罪者に容赦ない事に定評あるのですよ。
「うん、けど……。僕一人の意見で全てがひっくり返るのって、危うく感じないかな? 僕は……自分の持つ力がたまに怖くなるよ」
「ふふっ。自分の力の重さを解ってるってのは、良いと思いますよ。じゃあ、ゼロCEOさんはいっそエスクロンの神様……そんな風に考えていいんじゃないですか? 神様ってのも皆が困った時に、なんとかしてくれる存在がいればいいなって皆が思ってたから、そんな存在が作り上げられたって言う話ですよ?」
今の時代……神様の存在なんて、もう誰も信じてないのですよ。
かつて、母なる星……地球は神様が作った奇跡の星って、言われてたらしい。
でも、この銀河のあちこちに散らばった人類にとっては、今いる世界は自分達が築き上げた世界。
そこには神様の存在の余地なんてなかったのですよ。
神様が今の時代に居るとしたら、それは皆の心の中。
エスクロンは、CEOさんって言う神様の存在を許容することで、これまで発展を遂げてきた国。
自ら祭り上げた独裁者による全体主義国家。
それがエスクロンの実態……それはもう誰もが周知のこと。
なら、もうそう言うことでいいんじゃないかなぁ?
ユリの言葉にCEOさんも一瞬呆気に取られたような顔になると、手で顔を覆って大笑いを始める。
「あははっ、いいね! エスクロンの神様か……。確かにそうかも知れないね。まったく、ユリコちゃんと話をすると、なんだか魂が浄化されるような気持ちになるよ……。うん、ありがとう……答えが見つかった気がしたよ。なんと言うか、君は僕にとっての女神様のようなものだよ……」
そう言って、バチコーンとウィンクひとつ。
だーかーらーっ! なんで、そうやって乙女心にクリティカルヒットするようなセリフと仕草を平然とするのです?
もうっ! シリアスな空気が台無しなのですよーっ!
「……CEOさん。なんだか、カッコよすぎなのですよ。そう言う歯の浮くようなセリフ……女性に向かって言っちゃいけません。禁止! 禁止ですー!」
「あはは、フラレちゃったよ……。んじゃま、そろそろちょっと真面目な話でもしようかな」
「そうしてください! ユリだって忙しいんです!」
3分後に再出撃って言ったのに、とっくに過ぎてるし!
けど、一方的に通信切るわけにも行かないし……。
それになんとなく、再出撃には反対されてるっぽい。
なんとか、誤魔化さないと……なのですよ。
「まぁまぁ、でもまぁ、急がなくても良いのは確かだよ。今回の件……実は、もうこの時点ですでに終わってるようなものなんだよね……。ユリコちゃんは今の情勢は理解してるかな?」
「大雑把ですけど……一応、そのつもりです。要するにケスラン星系の領有権を賭けた争いだったんですよね。ケスランは辺境流域の交通の要衝……。ここを抑えられてると、辺境流域の流通にかなりの不便を来すし、ここを通るためにクリーヴァの領域に入ると言うリスクを負うことになっていた。逆にここを解放できれば、辺境流域の風通しは一気によくなる上にクリーヴァの支配流域は一気に寸断されて、実効支配体制が崩壊する……」
「よく解ってるね。さすがだね……まぁ、要するにここはお互い譲れない領域。だからこそ、紛争になったんだよ。もっとも、こっちも色々と想定外だったんだけどね。ここまで性急に事が進むとは思ってもなかったからね……。ケスランの暴動と現地政府があそこまで無茶するってのは、ホントに計算外だったよ」
「そうですね……。それにクリーヴァ側も交渉が終わってないのに、最後通牒突き付けて、挙げ句にあんなドラゴンフェイズ2なんて、冗談みたいなバケモノを投入してまで……」
と、そこまで言って気付いた。
そこまでして、あの人達って何しようとしてたの?
ケスラン星系を奪取?
遥提督……要するに銀河連合軍の介入の時点で、無理ゲーだったよね?
「ん? どうしたの……なにか引っかかることでもあったかな?」
「いえ……あれって、何の意味があったんです? 良く、トップのハ……もあんな無茶を許しましたね……。あれじゃ、何も残らない可能性だってあるし、そもそも銀河連合軍の介入まで許してしまっては、もうどうにもならなかったのでは?」
思わず、つられてハゲオヤジ……なんて言いそうになった!
と言うか、名前よく知らないのですよ。
CEOさんも、名前じゃなくて酷いあだ名でしか呼ばないし……。
他国の国家元首に全く敬意払わないとか……それもどうかと思うんだけど、ユリも人のことは言えない。
「うん、その通り……あれはもう、戦略性もなにもない……ただのやけくそにしか見えないほどの悪手だよ。銀河連合軍の介入を許すどころか、完全に喧嘩売っちゃってんだもんなぁ……。まぁ、銀河連合軍と言ってもあの場には遥提督しかいなかったから、あわよくば遥提督を消して、ドラゴンを暴れさせて何もかも有耶無耶にするつもり……だったんだろうね」
「……なるほどですね。その思惑をユリが台無しにしちゃったんですね……」
「まぁ、結果的にはそうだね。ただどうやら、あのドラゴンフェイズ2は完全にイレギュラーだったみたいなんだよね……。ハゲオヤジも現場の状況を知ってすっかり青ざめててね。当人が言うには、あんなのは知らない。現場指揮官の勝手働きだったって……そう言い張っててさぁ。実際、交渉してておかしいなとは思ったんだよね……。銀河連合を崩壊させる力があるとか言ってる割には、具体的にどんなのかって聞いても、下向いてゴニョゴニョって感じでねぇ……。ハッタリにしては妙に具体的なんだけど、どんなものかは伝聞でしか知らない……そんな調子だったんだよ」
「そ、それって、どうなんです? あそこまで準備万端整えてて、現場の独断でした……なんて、それこそありえないんじゃないですか? そんな言い訳、素直に聞いちゃったんですか?」
「どうだろうね……実際、現場が暴走気味だったのは事実だったみたいだしね。まぁ、相手もトップが出てる以上、その言葉は国の代表の言葉として受け止める……。トップ交渉ってのはそんなものだから、相手が現場の暴走って言い切るなら、こっちは受け入れるしか無い……もっとも、現場を上がコントロール出来てなかったってのは、武装解除要求も可能なくらいの大失点なんだけどね」
「……いずれにせよ、クリーヴァは今後、大幅譲歩を強いられる……そう言うことですか」
「そう言うことだね。もっとも、あのエベレストはどうもシュバルツが作った純正エーテル空間戦闘艦の試作艦らしいんだけど、現場のことは、他の戦闘艦も含めて、艦隊司令のカレギオって奴が仕切ってて、かなり長いことセカンドの遠征に行っていたらしいんだ。もっとも、向こうで何やってたかってのは、ハゲオヤジも把握してなかったみたいなんだよね。当然ながら、ドラゴンのフェイズ2個体についても、寝耳に水……当人と話した限りだとそんな感じだったよ」
「……今回の件は、カレギオの独断と暴走……そう言うことなんですか? けど、あんなバケモノをどうやって、凍結封印なんてしたんですかね……」
「そこはなんとも言えない。セカンド側の黒船の巣では、フェイズ2と呼ばれる新種が次々と誕生しつつあるのは事実のようでね。桜蘭や派遣駐留軍も、フェイズ2個体との交戦で、手酷い損害を受けたりしてはいたんだ。まぁ……休眠状態の奴を拾って来たのか……もしくは、フェイズ2すら支配下に置ける何者かに譲渡されたか。正直言ってクリーヴァやシュバルツなんて話にならない強烈な黒幕の存在……そんな存在が見え隠れしてるんだよね……」
「……セカンドに潜む、黒幕……それっていったい?」
「うん、その正体は今の所全く見えてこないし、何がしたいのかもよく解らない。けど、その何者かの手は銀河連合の中枢にも及んでて、銀河連合の中核をなす超AI達の目ですら欺く程だ……だとすれば、恐ろしく危険な存在だ。君は、エスクロンに古来より伝わる預言者の言葉を知ってるかい?」
「……詳しくは知りません……。エスクロンの国是、未来の脅威に備え続けろって言葉がその一つだってことは知ってますけどね」
「そうだね……。我々は来たるべき脅威、起こりうる銀河全体の脅威に対して、備え続ける。あの言葉があるからこそ、僕らは過剰とも言える戦いへの備えを今日まで続けてる。君や僕もその備えの一環なのは今更言うまでもない。けど、これまで見えてこなかった預言者の言う敵の片鱗……。今回の一件で少し見えてきた気がしないかい?」
「……カレギオ。あの人がその見えざる敵の尖兵だったと?」
「……可能性は大いにある。しかし、こうも直接的な行動に出たとなると、敵の動きも一段階上のフェイズに入ったのかも知れないね。いずれにせよ……君は、奴らの目論見を大幅に狂わせたのは事実だろうからね。よくやってくれたって言いたいところだけど、マークされたと思っていいかもしれない」
見えざる敵……なんともきな臭いのですよ。
そもそも、あのドラゴンフェイズ2も普通に解き放ってたら、エスクロンの民間艦隊はおろかケスランの中継港や銀河連合軍すらも軽く蹴散らしてたと思う。
あの時はヤケになって、解放したって感じだったけど……本当だったら、別の目的で使ってたはず。
その本来の企てを阻止した……だとすれば、確かにユリもそのみえざる敵にマークされたと思って良さそう。
でも、ユリを簡単にどうにか出来るなんて思うなー! なのですよ。
「あのドラゴンは……一体何なんです? それにカレギオって人も……どうも遥提督の同時代の人だったみたいですけど……」
「さぁね……。ドラゴンはテストケースだったんじゃないかって気がするんだよね……それ以上はなんとも言えない。首謀者のカレギオも、ドラゴンの暴走で呆気なく消し飛んでしまったようだからね。彼が何者かなんてそれこそ、同時代を生きた遥提督くらいしか知らないだろうね。一応、君らの会話は僕もモニターしてたけど、コロニー落としをやったとかやらないとか……。第三次世界大戦とか……。我々の記録でも残ってないような話ばかりだったからねぇ……」
「カール……なんとか元帥なんて名前も出てましたね。銀河連合の前身、地球連合と敵対してた人類統合体の総帥……と言う割にはその人と親交があったような感じでしたね」
「空白の半世紀……か。なんにせよ、カレギオがその時代の人物だったかどうかや、そんな無茶やろうとしたなんて記録も残ってないし、証明する手段もないからね。もっともカレギオについては、銀河連合の公式記録では、一応再現体候補になってたみたいなんだけど、VR環境での再現観察の結果、この時代には不適格だと判定されて、凍結封印処置をされたはずなんだけどね」
「……そんな不適格者がなんで、クリーヴァの艦隊司令になってたんですか? 意味が解らないのですよ」
「うん、ごもっともだよ。ただ、カレギオについては、クリーヴァのハゲオヤジもだんまりを決め込んでてね。おまけに関係者もエベレスト諸共エーテルの藻屑……。そのうえで、蜥蜴の尻尾切りされちゃ、どうにもならないさ……」
「……申し訳ありません。ユリがもう少しうまくやっていれば……」
「まぁ、そこは気にしなくていいよ。どのみち、クリーヴァともこれで手打ちって話にはなってるからね。追求はしないつもりさ」
「手打ち……そうなると、クリーヴァも全て譲歩する代わりに、エスクロンもこれ以上の追求はしないという事ですか……。ドラゴンの件も現場の暴走で証拠も皆、消し飛んだから、どうしょうもない……」
「……察しが良くて助かるね。まぁ、そう言うことさ。真実を追求するよりも、双方にとって都合のいい結論……その方が余程マシな事なんてままある事だからね。真実の価値なんてのは思った以上に低いのさ」




