第五十四話「軍神の帰還」②
「……お姉さま、お久しぶりでございます。まったく、お姉さまはいつもトラブルを連れてくるんですね。もう少し大人しく帰省は出来ないものなのでしょうか」
フランちゃん!
空間戦闘の模擬戦で、いつもエレメント組んでた腕利きドライバーなのですよ。
アスクレピオスは、彼女が一人で操る重巡クラスの大型艦。
つるつるした感じの半透明の柔らかそうな表面装甲と先端部の大きな複眼みたいな大型光学観測システムが異彩を放つ。
見た目は……巨大芋虫。
スペックデータも受領……200mmレールガンや対空レーザー砲とかで、武装してる高速巡洋艦。
装甲は衝撃吸収構造の特殊軟体装甲。
レーザーや荷電粒子砲の直撃にも耐える最新鋭の装甲らしい。
ただし、見た目はキモい……どうなんだろ? これ。
どうも、エスクロン完全オリジナル設計重戦闘艦の一番艦らしい。
レベルとしては、概念実証艦みたいだけど、ここに来るまでに実戦もこなしてて、クリーヴァの戦闘艦を何隻か沈めて来たらしい。
それのどこが概念実証艦なんだろ?
その軟体装甲もすでに仕事してるみたいで、良く見ると砲弾が装甲に突き刺さったままになってる。
ホントに装甲だけでレールガン止めるとか、すっごいなぁ! こんなのまで完成させてたんだ!
さすがエスクロン……エスクロンの科学力は銀河一なのですよー!
「フランちゃんまで! じゃあ、皆、来てたのですね……」
「それはむしろ当然と思ってください。ユリコお姉さまが先に戦場に着いたって聞いて、これは出番なしかと思って、皆ガッカリしてましたけど、そうでもなさそうですね。どうも戦闘データ見てると、ユリコお姉さまの戦闘機動に付いてくる上に、レールガン当てても死なないとか……なかなか手強い相手のようですわね」
……推定スペックだと、なんかもう空飛ぶ戦艦みたいな感じ。
チートもチート! ファンタジーRPGのボスキャラ、現代戦に乱入って感じなのですよ!
本格的な初陣の相手があんなのなんて……因果な話なのです。
「そうなのですよ。さすがにあんなの想定外。けど、ダーナちゃん達が足止めしてくれてるから、ユリも急いで補給済ませて、戻るつもりなのです」
「いえ、いっそこの場は私達にお任せください。如何に頑丈な相手といえど、こちらは200mmのハイパワーレールガン装備艦ですからね。この「軍神」フランにお任せですわ! 私達、殺る気満々なので、あまり戻りが遅いと全部食べちゃいますから、戻ってこられるようでしたら、お早めにお戻りくださいね。それでは、戦場でお待ちしております。フフフ……」
相変わらず、フワフワしてるけど。
フランちゃんはユリとエレメント組めるくらいには腕利きのエースドライバー。
なんかもうスターシスターズの戦闘艦とはかけ離れた異形の戦艦って感じだけど。
フランちゃんが駆るなら、間違いなくヤバい。
それにエーテル空間航行艦にしては、破格の速度が出てる。
時速120km……60相対ノットとか駆逐艦でも出ないような速度。
なんか、文字通りエーテル流体を引き裂くように、かっ飛んでる!
「ユリにも残しといて欲しいのですよ。こうなったら、チームユリコの皆で仲良く平らげちゃうのですよ!」
「ですね! うふふ……これは楽しくなって参りましたね! ああ、ゾクゾクキュンキュンしますわ……生きてるって素晴らしいっ! では、フラン……行って参ります! マックスマックス、パワーパワー! やぁっと、ご機嫌にスピード乗ってきましたねー!」
楽しそうなフランちゃんと、ビシッとエスクロン式敬礼を交わし合って、アスクピレオスをフライパス。
……更に後退を続ける。
戦況はモニターに表示されてるけど、皆、距離を十分にとって、無理せず堅実に攻めてるみたいで、危なげない戦いを繰り広げてる。
三人の駆る鴉自体は白鴉のデチューン量産機……みたいなんだけど。
メインエンジンとか構造材をダウングレードした程度で、基本設計はほぼ一緒。
こっちは、リミッターとかもちゃんとしてて、実戦レベルのモノに仕上がってるらしい。
どうも、エスクロンの技術者もアドラステアに同乗してるみたいで、現場でトライ&エラーを繰り返し、調整しつつ一気に完成度を引き上げた……そんな感じみたい。
……エーテル空間の戦場に乗り込んでくるとか、さすがクレイジーさに定評あるエスクロン技術陣なのですよ。
それにしても、白鴉って自重しないオーバースペック機って解ってたけど、思いっきり殺人機だ……これ。
本気でぶっ飛ばすと、強化人間ですら死にかねない……軽くオーバーホールレベルのダメージ受けてる。
これ、上手く誤魔化さないとそのまま、医務室に強制連行されかねないよ。
フランちゃんはレールガンの射程ギリギリから、支援射撃に徹するつもりのようで、アンカー打って船体固定状態にして、ドカドカ戦闘空域に撃ち込んで、弾幕張ってるみたい。
おまけになんか、いきなり初弾当ててるし!
中継映像で見ると、さしものドラゴンも身体くの字になって、盛大に鱗が飛び散ってる……。
おお、クリティカルヒット!
相変わらず、フランちゃんも理不尽なスーパーショット決めてる。
弾に弾を当てて、無理やり軌道を捻じ曲げるとか、体当たりせんばかりの突撃からのゼロ距離射撃とか。
ゆるふわっぽい見た目に反して、結構、無茶苦茶やってくるから、はっきり言って強敵。
けど、200mmレールガンが当たっても、落とせないのか……。
ホント、どんな装甲してんだろ……。
観測データによると、どうも自己修復機能みたいなのも付いてるみたいで、鱗とか剥げてもどんどん再生してるみたい。
めちゃくちゃ厄介なのですよ……!
これは、早く戻ってなんとかしないと……なのですよ!
でも、皆、バラバラにやるんじゃないかって思ってたけど、ちゃんと統率されてる様子から、皆の指揮管制を遥提督が受け持ってくれてるらしい。
戦いながら、味方を統率して指揮するって、結構大変なんだけど……。
なんとも器用な人だよね……。
お腹も空いたから、携帯戦闘食のカロリーバーをもちゃもちゃ食べてると、長方形の巨大トラックみたいなサイドホイーラー式の200m級中型艦が見えてくる。
スターシスターズの海上船タイプの艦艇に見慣れてると、このエスクロンのサイドホイーラー式のエーテル空間船って、異様に見える……。
けど、発泡素材を使った絶対沈まない船ってコンセプトは、エーテル空間で使うにはとっても頼もしいって評判なのですよ。
「……こちらエスクロン宇宙軍特別実験機「白鴉」……担当パイロットはクスノキ・ユリコ特別少佐です。アドラステア……緊急着艦要請送ります。受け入れ準備出来てますか?」
まぁ、ビーコン誘導受けてる時点で、黙ってても着地するんだけど。
挨拶は大事なのですよ?
「はーい! 当方は仮装空母「アドラステア」臨時主管ドライバーのアキちゃんだよ! やっほーっ! ユリちゃん、会いたかったよぉっ! ささっ、もうそのままガイド・ビーコン任せでいいから、どうぞどうぞ! いらっしゃーい!」
……アキちゃん?
なんで、こんなとこにいるの?
しかも、臨時主管ドライバーって……アキちゃん、電子戦闘特化じゃなかったの?
色々聞きたいけど、今は正式な軍務中……いつものノリは封印、封印!
けど、艦載機の自動離着艦とか……いつのまに、そこまで開発進んでたんだろ?
「……はぅわー。空母への着艦とかさすがに未経験で上手くやれるか、不安でしたけど、向こうのシステムがオートパイロットと連携して、勝手にやってくれるそうです。エスクロンの技術力って凄いんですね。祥鳳さん顔負けですよ……これ!」
初霜ちゃん……復活したみたい。
ちょっとだけだけど、ズタボロだった初霜ちゃんのコンディションデータが回復してる。
自己修復も出来るんだ……。
応急処置とかペインカットで誤魔化すことしか出来ないユリよりも高性能なのですよ。
ユリもセルフチェックでみると、アチコチ黄色点灯なのですよ。
もっとも、この程度……問題ない。
強化人間は、例え頭だけになっても戦えるのですよ。
しぶとさだけなら、スターシスターズにだって負けない自信があるのですよ。
「いやぁ、ははは……。実を言うと離着艦とか出発するまで、実機テストすらやってなくて……。でもまぁ、皆がビシッと決めてくれて、エンジニアさん達も超頑張って、管制AIも最初はワタワタだったけど、すぐに慣れてくれてね……思ったより早く、ここまでのレベルに漕ぎ着けたんだよ。どう? 凄くない? 一日の実戦は半年の訓練期間に匹敵するってホントなんだね」
……未完成状態で、あっちこっちグダグダ状態。
そんな中、リアルタイムで補修や調整しつつ、実戦も交えながら戦場へ……。
……みんな、無茶苦茶なのですよ。
けど、無茶はこっちも一緒か。
オートマチックで「白鴉」が電磁キャプチャーに捕まって、アドラステアの上部甲板に着艦。
そのまま、コロコロと滑走して、ハーフマークでフワリと停止状態になる。
ずっと空飛んでると、この地面に着いたって感じ……すっごく安心する。
そのままトラクターロボットとかがゾロゾロと出てきて連結固定。
赤い消火ロボも出てきて、翼の先端部に消火冷却剤を吹き付けてる。
そいや、思いっきり被弾したんだっけ。
「嘘っ! ユリちゃん、被弾してたの! うっわー、良くここまで持ったね! 身体も結構ダメージ受けてるみたいだし! い、医療班出そうか?」
「大丈夫……掠めた程度だし、身体の方も問題ないレベルなんで、ホットアイドルメンテ後、即出撃……そのつもりで!」
装甲服着たエンジニアさん達がハッチからぞろぞろと出てきて、被弾箇所を緊急チェックし始めてる。
直撃直後は思いっきり赤熱化してたけど、応急処置もしといたし、もう冷めたみたいで見た感じ問題なさそう。
エンジニアさん達もエーテル空間に直に出てくるとか、やってる事は相当無茶なんだけど、どうも緊急事態と判断されたらしい。
けど、状態確認してた一人が大きく腕で丸を作ると、エンジニアさん達全員でわっと盛り上がって、ハイタッチとかしてる。
なんかノリノリなのですよ?
「あ、エンジニアさんからの報告だよ。「被弾箇所は問題なし。荷電粒子砲の直撃に耐える新素材ウラヌス、マジすっげー」……だってさ。と言うか、荷電粒子砲が直撃って……普通溶けるよね? 白鴉って一体、どんな素材使ってるの?」
アキちゃんが呆れたように告げる。
まぁ、普通はそうだよね……。
何気にプラズマグレネード爆撃食らったときも飛沫みたいなのがいくつも機体に当たってたけど、平然と飛んでたし。
「さぁ? 超お高いスーパーハイグレードなヤツって話しか知らないのですよ」
融点温度がやたら高いとかで、コクピットとバイタルパートの遮熱さえしっかりしとけば、無造作に惑星大気圏突入して、そのまま飛び上がって宇宙に行けるくらい……レーザーや荷電粒子砲が直撃しても融解しないお化け素材らしいけど。
もともと、プラズマジェットエンジンのタービンブレードの表層コート用に開発した希少新素材だったらしいんだけど、それを思い切って構造材にした……なんて贅沢素材なのですよ。
今のエンジニアさんたちのはしゃぎっぷりは、想定の性能を発揮したから……かな?
こんなところでも平常運転って、さすがうちのエンジニアさんなのですよ。
装甲服着たエンジニアさんと一緒に機体がエレベーターに乗せられて、ゴウンゴウンと下がっていく。
そのまま、艦内格納庫に到着。
ハッチ閉鎖……冷却システムがフル稼働して、周辺気温が急激に下がっていく。
生存危険区画を示す赤照明が、正常区画化した事を示す白昼光に変わると、待ってましたとばかりに、各所の待機室の扉が開き、エンジニアさんやメンテロボがぞろぞろ群がってきて、手際よく燃料補給と各種チェック作業を開始する。
一緒に降りてきたエンジニアさんも、ようやっと環境防護服を外して身軽になれたらしく、嬉しそうにしてる。
「やぁ、クスノキ少佐……アドラステアにようこそ! 俺はアドラステア主管エンジニアのイゼキ技術大尉だ。機体についてはここに降りるまでにざっとチェックしたが、問題はなさそうだ。さすが、白鴉……我軍エーテル空間兵器の最先端ハイエンド機だ……やっぱ、半端ねぇな!」
「お、お疲れさまです。極力大事に扱ったつもりだったんですけど、さすがにあんなの相手じゃ、加減してる余裕ありませんでした」
「まぁ、あの戦闘機動で問題がないって時点で、大したもんだ。ところで、装備換装のリクエストを聞きたいんだが、意見はあるかい? どうにも、訳の判らんやたら硬い敵を相手にしてるみたいだな。70mmリニアの直撃に耐えたって聞いてるが、長砲身型のF型と重質量徹甲弾の組み合わせならイケるかな?」
イゼキ大尉……30代くらいの口ひげはやしたオジサンが嬉しそうに、キャノピーを開けて、コクピット内を覗き込む。
コンソールに各種ケーブルを接続して、メンテ作業を開始する。
本来はメンテ中は、パイロットは降りるべきなんだけど、事前にホットアイドルでのメンテを希望してあるから、ユリもコクピットに収まったまま……。
実際の宇宙空母とかでの戦闘だと、短時間の連続出撃とかは当たり前のようにやらない。
帰還したら機体フルチェックとかやってもらいながら、パイロットはふかふかベッドで休憩したり、ご飯食べたり、シャワー浴びて一時間くらい休憩ってなるのが普通。
むしろ、ホットアイドルメンテなんてのは、母艦が被弾損傷してたり、最前線も最前線みたいなヤバい時の応急補給や修理くらいでしかやらない。
けど、今は緊急時……最低限の補給とメンテを済ませたら、即座に再出撃するつもり。
被弾もしてるし無茶な機動もしてるから、ホントは入念な機体チェックしないといけないんだけど、ここは簡易チェックのみで済ます。
本音を言うと、シャワーしたりご飯食べたりしたいけど、我慢我慢!
ご飯代わりに、凝縮カロリー錠剤でも水で流し込んどくのですよ。




