第五十三話「ドラゴンバスター」⑦
「目で見て、気配を感じる……つまり、野の獣と大差ないわけか。要するに索敵レンジがやたら広い獣……そう見るべきか」
「案外、その認識で合ってるかも知れませんね。それと当たったパターンとしては、意識の範囲外……視界の外から、当てようと思わずに撃った時に限って当たってますね」
「いずれにせよ、後方のロンギヌスやエスクロンのAI群がアレの機動パターンと推定スペックを総力を挙げて分析してます……。ここは焦らず、皆で力を合わせて、敵の能力を丸裸にするつもりでがんばりましょう! 解析が済めば、機体の機動アルゴリズムとFCSに反映させて、最適化するので、もう少し楽になるはずですし、後続もそれを元に効率良く戦える……。でも、凄いですね……これがエスクロンの戦い方なんですね。後方から続々と支援の申し出が届いてますよ」
後方支援AI群の数はもうとんでもない数になってる。
こう言うときは、エスクロンのAI達は頼もしい。
戦闘に臆したりすることもなく、次々と連結し、演算力を積み重ねて巨大化していって、大規模戦場支援システムを自前で構築してしまう。
白鴉の各種システムドライバもリアルタイムで更新されて、問題ありだったイナーシャルキャンセラーのドライバも更新されて少しはマシになってる。
「……そうなるとユリ達は噛ませってところですね。まぁ、先遣隊とか威力偵察ってそんなものですからね。いいですよ! ユリも本気出します!」
「あの、ユリコさん……本気だすのはいいですけど、そろそろ燃料が厳しいですよ……? ここは一度退きませんか。エスクロンの母艦が近くに来てるようですから、今ならまだ間に合いますし、ユリコさんも負傷? してるみたいですよ。ここは引き際じゃないかと……後方支援のAIさん達もここは一度退いてーって合唱してますよ」
初霜ちゃんの指示に頭から冷水をかけられたように冷静になる。
戦闘機乗りの鉄則。
フェルゲージはライフゲージだと思え。
それが残り1/4を切ってる……。
けど、ここでユリが退いたら、遥さんとハルマ叔父さんに、この敵を押し付けてしまうことになる。
天霧はかなりの高性能艦で、今も牽制を繰り返して、ドラゴンの攻撃を寄せ付けてないし、増援の三隻も一気に距離を詰めてきて、そろそろ援護射撃も届きつつあるんだけど。
こんな超機動で自在に空を飛ぶ敵。
エアカバーもナシの駆逐艦じゃ、どれだけ数が居ても絶対に勝てない!
もっとも、後方支援のAI群やエスクロンの戦術支援官と言ったバックアップは、全員一致で一時撤収を考慮するように、要請してる。
ここが戦闘限界ギリギリ……なのは、確実だった。
「ユリコちゃん……とにかく、ここは一度退け! 君は長駆2000kmをかっ飛んできて、装備だって不十分のはずだし、隠してても負傷してるのは解るぞ。おまけに燃料の底が見えて来たってのなら、それはもう引き際だ! それくらいアタシだって解る。なぁに、この程度の逆境……慣れっこだ。あのオジさんも相当な強者だしな。ここは、今度こそ古強者共の意地ってもんを見せつける時だな」
……遥提督まで。
なんかもう、首に紐がついてたら、強引に引っ張られてたんだろうな。
「けど、遥さん一人でアレの相手は無謀です! くっ! まだ振り切れてない?! って言うか、なにこれ!」
唐突に首筋がザワッとする。
ドラゴンは遥か後方……砲撃を警戒するけど、何かが違う。
上空を抑えられたまま、ヤバい領域がこれまでより遥かに広範囲で広がっていくのが解る。
映像情報だと、ドラゴンの後ろに大きな放電球みたいなのがいくつも浮かび上がってる。
「範囲攻撃? 上からくるぞ! ブレイクッ! 天霧、牽制ッ! 水狼にも緊急潜航……出来るだけ深く潜れと伝えろ! あれはヤバいっ! こっちも退避! なるべく距離を取れ!」
遥さんの警告……こっちも増速! オーバーブースト!
イナーシャルキャンセラーでキャンセルしきれなかった重圧がのし掛かる。
背後の方から立て続けに衝撃波が来る。
ギリギリで避けきったけど、背後ではエーテルの海が沸騰したようになってる!
戦場監視ドローンの映像だと、放電球がいくつも放たれ、それが空中でいくつもに分裂して、一斉に流体面に落ちるなり盛大に弾けたようだった。
うーん? プラズマグレネードの超大型版の乱射?
対地超広域制圧攻撃とはまた……。
こっちも低空飛行してたから、危うく巻き込まれるところだった。
弾速はあまり早くないみたいだけど、攻撃範囲が尋常じゃない。
見た感じ一発あたり危害半径300mってところかな? 軽くkm単位の範囲が地獄絵図になってる。
……範囲だけなら軽く核反応兵器級だ、これ。
それを10個くらいの同時発射? 密集陣形とか組んでたら、艦隊だって一発で消し飛ぶよ。
距離を取って、退避入ってたから間に合ったようなもので、近くに居たら避けようがなかった。
今頃になって思わず、身震いする。
でも、フルブーストで大避けしないとならなかったから、フェルゲージが目に見えてゴリって減った。
あれなんどもやられたら、キツいかも……。
と言うか、さっきからイナーシャルキャンセラーが全然効いてないよ……。
ドライバの精度じゃなくて、これ単純に出力不足……最高精度、最高効率の最新式のはずなんだけど、機体性能の方が想定を上回ってしまったらしい。
このままだと、ユリの身体が持たない……どのみち、一度母艦に帰って要調整……。
初霜ちゃんとか大丈夫なんだろうか。
「……さすが、初見の範囲攻撃を相手が見えてもいないのに、こっちが警告するより先に軽く逃げに入ってるとか、君も大概バケモノだよ。水狼も……さすがに逃げ足が速いな。それになかなか優秀な潜航艦みたいだな、無音で気配すらも消せるのか。乗員も含めてエラい練度だし、使ってる技術も半端じゃないな」
「ホントだ……叔父さんの気配が消えてるし。結構な人数乗ってたはずなんだけど、全員息を殺して、気配消し切るとか……ほんと、スゴイ」
水狼の詳細情報は特務の艦だけに一切ない……。
もっとも、浸透偵察とか、隠密作戦母艦とか想定してるはずだから、厳粛性とかはかなり高いはず。
集中すれば、叔父さんの気配で解ると思うけど、さすがにそんな余裕はない……。
「全く、あのオジさん……やるねぇ。けど、確かに今の所、敵の意識が分散されてるから、かろうじてなんとかなってるようなものか。このまま、空海連携で揺さぶりをかけつつ、敵のスペックを分析して、丸裸にした上で勝機を見出す……それしかないだろうね。出来れば、もう少し味方の頭数が欲しいところだな……増援が待ち遠しいなんて、こんな戦い久しぶりだな……」
そこは同感……さすがに、あのレベルを単機で相手ってのはかなり辛い。
正々堂々と一対一とか、空戦でそんな事……普通はしない。
空戦ってのは、本来チーム戦……。
様々なポジションで自分の仕事に専念して、個々ではなくチームを生かすべく戦う。
一人じゃ、大したことも出来ない。
これが機動兵器戦闘の現実。
そもそも、宇宙戦闘機なんかでも二機単位……エレメント組んでのコンビネーションが基本。
たった二機でもソロと比べるとやれることが急増するし、生存性も格段に高くなる。
実際、このドラゴンだってユリ一人じゃなくて、遥提督の支援があるからこそ、まだ戦えてる。
うん、一人より二人……二人より三人!
皆で力を合わせれば、未知の難敵だってなんとかなるのですよ。
とにかく、ここは増援の来援まで持ちこたえるってのを、優先するべきなのです。
「ですよねーっ! せめて、もうひとりかふたり腕利きの助っ人が欲しいところだけど……。けど、大丈夫……燃料だって節約すれば、まだやれます! 白鴉の兵装じゃ全然豆鉄砲って感じですけど、こうなったらギリギリまで援護しますから! もうちょっと頑張りましょう!」
……足りないものは気合でカバー?
まぁ、燃料不足は気合じゃどうしょうもないけど……やっぱり、増槽もっと積んどけばよかったかなぁ……。
「それはいいから、鼻血くらいなんとかしてくれよ。酷いツラだぞ? ったく、ここは良いからさっさと下がってくれないかな?」
遥提督に言われて、ミラー見て気付いた……鼻水かと思ってたら、鼻血出てる。
強化人間だからこんなもんで済んでるけど、瞬間30Gとか40Gなんてのがバンバン記録されてる……生身だったら、軽く内臓破裂で即死してるよ。
腕の骨も折れてるようなものだから、伝達系に問題が起きてるみたいで指先とか微妙に上手く動かない。
さすがに、ここまでポッキリ逝ってると手持ちの装備やナノマシンでも治せないし……。
まぁ、イザとなればディーブダイブして、機体と一体化すれば身体が半壊してても戦えるんだけどね。
なんにせよ、この戦いから生きて帰れたら、確実に全身オーバーホールなのですよ……。
身体パーツの半分交換とかなったら、どうしよう。
リハビリで一ヶ月くらい……お正月休みが潰れるっ!
おせち料理がお餅が! 食べられないっ!
……そんな事を考えているうちに、プラズマ雲を抜けたようで、視界が一気に開ける。
そのまま機体を急上昇。
ドラゴンもターゲットを天霧に変えたみたいで、雲越しに派手に撃ち合いやってるのが見える。
さっきのプラズマシャワーみたいなのを撃つつもりみたいで、胸の前に光球が形作られていく。
もう、反射的にトリガーオン。
まともに狙い付けずに撃ったから、外れる……と思ったら、相手が避けずにヘッドショットがスコーンと決まる。
やっとまともに当たった!
しかも、ノーガードでテンプルヘッドショットとか、これ決まったんじゃない?
戦場で強者を仕留めるのは、割とどってことない雑兵の一弾……そんな話もよくある話。
ユリ……やっちゃった?
……けど。
ドラゴンも軽く頭を傾かせただけで、効いてる感じがしない。
まぁ、プラズマボールが四散したのは、悪くない。
攻撃阻止という点ではいい仕事だった。
君、脳みそとかあるんじゃないの? 生き物で側頭部強打とかなったら、普通ピヨるよ?
むしろ、ロボットとかに近いのかなぁ? だとしたら、最悪生身で取り付いて、ナノマシンハッキングで乗っ取るってのも手かもしれない……。
まぁ、軽く捨て身だから、最後の手段って事で。
おまけに、未知の生体ロボット兵器とか、乗っ取れる保証もない。
けど、援護射撃としては十分だったようで、ドラゴンも完全に動きが止まってる。
体も脱力してて、フラフラしてる。
まさかのピヨリ状態だった?
天霧もその隙に増速して、煙幕弾ばら撒いてその中に逃げ込む。
こっちは今がチャンス! ブースト、チャージ! こうなったら、狙うは顎の下。
どんな生物でもそこは共通の弱点!
けど、正面に回り込んだところで、ドラゴンも煩わしそうに、こっちに向くと荷電粒子砲を撃ってくる。
「フェイク? でも、残念……そんな狼狽え弾、当たりませんから!」
軽く横スライドで回避、カウンターでチャージショット!
狙いがちょっとそれて、眉間にヒット!
けど、割と硬いところらしく、砲弾が滑った。
さらに正面から、ビシバシ当てる!
でも、当たる直前で逸らされるようになって、直撃弾はなし。
……ドラゴンと目があった。
めちゃくちゃ睨んでる……こっわーっ!
「あはは……。お怒りのようで……じゃ、そう言う事で!」
こっちは機首を上に向けて、さらなる上空へと逃亡っ!
一気に高度1万メートル突破!
エーテル空間の空の上って場所によって、エーテルロードと外側の境界面……次元境界面の高さが違うんだけど、この辺りは比較的高い位置に次元境界面があるから、上昇限度も割と高め。
白鴉は宇宙空間を飛行する宇宙戦闘機ベースだし、プラズマジェットエンジンは酸素も必要としない。
その気になれば、次元境界面ギリギリまで上がれるのですよ!
ドラゴンはこっちの速度に追従できないようだけど、たいそうお怒りのようで、しっかり追ってきてる。
けど、上昇限界はこちらほどじゃないようで、見る間に速度が落ちていく。
「上昇限度は案外大したこと無い? 向こうもこの高度は想定外……。けど、そんなスピード落としたら……」
言い終わる前に、背中から、天霧の砲撃が直撃……!
うんうん。
強敵相手の基本……正々堂々と背後から、解ってるのですよ。
けど、シールド無しで直撃だったのに、動きが止まった程度。
うん? 120mmレールガンの直撃でもその程度なの? と言うか爆発してたから、榴弾系っぽいけど、ここは徹甲弾一択だったと思うんだけど。
「嘘だろ! 直撃で仕留められないのか! 天霧……構うな! 連射モードで砲身が焼けるまで撃ち続けろ! ユリコちゃんと挟み撃ちにして、頭に血が登ってる今がチャンス! とにかく、休ませるな! 一気に畳みかけろ!」
「うしっ! こっちのターンって奴ですね!」
地上からの対空砲火!
猛烈な弾幕に追われて、ドラゴンも避けに徹して、高度もどんどん落ちていってる。
上昇限度勝負はユリと白鴉の勝ち。
ドラゴンも後ろから撃たれ続けるのは、たまらなかったらしく、ユリに背中を向けて、天霧へ砲撃開始。
背中がら空きチャーンス!
よく見たら、背中の鱗がちょっと剥げてる。
やっぱり、効いては居るみたい。
精密照準……剥げかけた鱗に直撃弾!
よっしゃ! 鱗が剥げて、流血ブシューみたいになってる!
初めての目に見えるダメージ! おまけに中身はヤワイって実証された。
怒り狂ってるようで、例の360度薙ぎ払い荷電粒子砲が来る!
「苦し紛れ? むしろ、こんなの隙だらけなのですよ!」
薙ぎ払いと言っても、こっちは三次元機動出来るから、扇状攻撃とかされたところで、回避余裕!
頭が反対向いた隙に、またドカンと一発、後頭部に直撃! またピヨったのかグルングルンと回りながら、どちらかと言うと墜落って感じで落ちていく……。
なるほど、やっぱり見えてない意識外からの、殺気を消した攻撃に弱いみたい。
ただ、死角になってる背中とかの頭とかの装甲は相当硬い……ホント、何で出来てるんだろ?
今も墜落中に天霧がボコスカ当ててるけど、体を丸めてお腹や喉なんかはガードしてる様子。
ただ、頭部攻撃は結構有効らしい……装甲を割れないだけで、衝撃が脳を揺らして、ダメージになるっぽい。
まぁ、普通の空戦なら、あんな風に墜落させた時点で勝負ありなんだけど。
ドラゴンも途中で復活し、一気に逃げていく。
「おいおいおい……。さっきからバカスカ、クリーンヒット当ててるじゃないか。むしろ、向こうを翻弄してるとか……ユリコちゃん、君、対応が早すぎるぞ……? 相手にとっては、なんかバケモノがいるって思ってるのかも知れないな」
確かに、なんか、動きとか先読み出来るようになってきてるし、ユリも白鴉に慣れてきてる。
でも、やっぱり燃料に余裕がないと、この先厳しい。
撤退するなら、遥提督が引き受けてくれて、ダメージを受けて弱らせた今がチャンス……撤退は撤退できるだけの余裕があるうちにするもの。
間違っても、限界になってからするもんじゃない……。
けど、ホントに今、引き上げて大丈夫なのかな?
撤退できる状況だとは思えないんだけど……やっぱり、ギリギリまで粘るべき?
迷ってると、唐突にアラームが鳴って、モニターに表示。
『Connected Request from Friendly Army』
……友軍からの接続要請?
「ユリコさん! 援軍です! エスクロン宇宙軍? しかも早いですっ! これ……マッハ3は出てますよ!」
「はっはっは! 待ちに待ってた援軍到来か! 実にいいタイミングだ……! やぁ、エスクロンの新米共! 地獄の一丁目にようこそ! 諸君らの参戦に心から歓迎の意を表しよう!」
遥さんの声に応えるように、一斉にリンクオンラインの表示。
鴉1、鴉2、鴉3……。
各機体名が表示されて、そのパイロットの姿がモニターに表示されていく。
「おっしゃーっ! どうやら、間に合ったみたいだね! ユリ姉さん、お久しぶり!」
サイドテールの元気っ子……ダーナちゃん!
「ダーナちゃん! 来てくれたのです?」
宇宙服みたいな環境防御服着込んでるから、一瞬誰か解らなかったけど、バイザー越しの目と声でもう解ったのです!
「姉上……挨拶は省くぜ! ダゼル推して参るっ! トカゲ野郎だかなんだか知らねぇが、姉上の相手なんぞ10万年はえぇ! この俺が軽くぶっ潰してやるぜ!」
黒髪のワイルド系少年……うわっ! ダゼルくん?
あれ? こんなイケメンだっけ?
ダゼル機は先陣切ってこっちに向かってて、すでに機体も目視できてる。
ダーナちゃんと思わしきもう一機と衝突しそうな距離で絡み合いながら、上空へ退避したドラゴンへ早速向かっていってる!
「ユリコ姉さん、お久しぶりです。しっかし、何を相手にしてるのかと思ったら、まさかドラゴン相手とは……なかなか、愉快な状況ですねぇ……」
金髪ボーイのケリーくん!
そのニヒルな口調……懐かしいっ!
窮地の中での戦友の来援……思わず、目頭が熱くなって、視界が曇りそうになる。
「皆っ! 久しぶり……なのですよ! サイッコーのタイミングなのですよ!」
……万感の思いってのはこんななのかな?
このタイミングで宇宙一頼もしい仲間達が駆けつけてくれたなんてっ!
「……増援の三機にフレンドタグ追加、これまでの戦闘データも送っときますね。いやはや、窮地の最中、戦友の来援ですか。実に熱い展開ですね……と言うか、もういい加減、下がってもらえますよね? 実を言うとわたしもそろそろ限界みたいです……ごめんなさい……さすがにこれは……もう」
初霜ちゃんが辛そうに告げる。
あれ? ダメージアラート? 初霜ちゃんいつのまにかボロボロになってる!
「初霜ちゃん! しっかりーっ!」




