第五十三話「ドラゴンバスター」⑥
速力はこっちが上だから、簡単に追いつく。
加速では向こうが上なんだけど、空気抵抗で上限が来て、急激に速度が落ちたように見える。
それに、プラズマ雲そのものには入りたくないみたいで、器用に隙間を抜けていってるんだけど、避けるたびに速度が落ちて、見る間に距離が詰まる。
けど、そう言う事なら、むしろ狙いやすい……こっちも偏差射撃!
今度は三連バースト!
けど、背後を取ってるのに、ちらっと頭だけ後ろに振り向きながら、細かくギュンギュン動いて、器用に全部避ける。
けど、プラズマ雲に入らないなら、逃げ場も少ない……やがて、壁ギリギリに追い詰める。
……殺気に反応してるって解ってきたから、フェイク混ぜたら、律儀に反応してるのが解る。
そろそろ、見えてきた? フェイクと本気の違いも解らないなんて……そんなの素人っていうのですよ!
パワーチャージ……照準ロックオン……そこっ!
と思ったら、瞬時にレティクルからシュバッと消える。
「ええっ! なんでーっ! 何処行ったの!」
「う、後ろです! まさか、自分からプラズマ雲に突っ込むなんて!」
……強引にプラズマ雲に突っ込んで急減速して、オーバーシュートさせた?
いきなり、攻守逆転! おおーっ! やるねっ! このトカゲ!
こうなると、逃げ場がないのはこっちも一緒!
高速反転、撃ち返す!
荷電粒子砲が至近距離を通過。
機体帯電……コクピット内でも放電……。
帯電反射で、身体がビクンとのけぞる!
「いったっ! あっつぅっ! よ、よくもっ!」
けど、向こうも直撃をもらって、大きくのけぞってる。
……相打ち? むしろ、こっちの被害が大きいような。
けど、ここは攻め時、マッハ2で落下状態からの、エンジン点火急上昇……とんでもないGが来る!
と思ったら、加速しない……その代わり、なんか黒いのが立て続けに機体を追い抜いていった。
複雑な軌道を取りつつの誘導弾攻撃っ! ど、どこから撃ってきたの?
「自由落下中にフルブーストとかロケット打ち上げじゃないんですよ? そんな無茶な操作しないでください! 「水狼」? 今のは、味方の潜航艦の援護射撃ですかね……。「援護する、離脱せよ」を繰り返し打電してます」
……どうも初霜ちゃんがリミッター代わりに操作割り込みしてくれたらしい。
確かに、自由落下中に反転状態でフルブーストとか、無茶が過ぎる。
「水狼」……ユリが危ないって思ったみたいで、戦場のど真ん中に出てきて、上空へミサイル攻撃を実施してくれたようだった。
けど、ミサイルなんて、当然効くわけがない!
あっさり全弾撃ち落とされた挙げ句、潜ってる辺りにプラズマ雲越しに荷電粒子砲をめちゃくちゃ撃たれてる!
「ハルマ叔父さん? なんで逃げてなかったのです? にげてーっ!」
思わず、目を覆いそうになるんだけど……。
派手に流体面がドバドバ爆発してるだけで、水狼は健在……?
「……いいから落ち着けって、あまりアツくなるな。荷電粒子砲と言えど、エーテル流体下には10mも届かない。桜蘭あたりでは、砲弾の後ろから荷電粒子砲を放つハイブリッド砲みたいなので、潜航艦が潜りながら荷電粒子砲を撃ってきてたが、ドラゴンのは潜ってる限りは安全みたいだ。ったく、あのオッサン……あんな船で一切ためらわず、弾除け役を買って出るとか正気か? だが、実際助かったみたいだな……。今のうちに一度安全圏まで離脱しろ! ここは一度仕切り直せ!」
「あの方って、一般人なんですよね? いくら潜ってるからって、アレだけ撃たれたら、流体面下は沸騰してますよ! どんな勇気してるんですか! ヤバいですねー、惚れたりとかしないでくださいね? 提督って、割とチョロいんですから」
「いや、確かに悪くないタイプだけど……ち、違うからねっ! ユリコちゃんっ!」
にゅふふー、解るのですよ?
……もうねっ! ハルマ叔父さん、昔からここぞって所で、あんな風に出て来て、ユリに助け舟を出してくれるのですよ。
いちいち、カッコよすぎなのですよ!
そいや、昔は良く独り身の叔父さんにユリが大きくなったらお嫁さんになってあげるーとか言ってたっけ。
叔父さんと姪は結婚できないって聞いてショックだったなぁ……。
けど……確かに、ちょっとカッとなってアツくなりすぎてたかも。
叔父さんも相変わらず、無口だけど……少し頭を冷やせって言ってくれてるのですよ
「ユリは気にしないのですよ。けど、それなりに撃たれたし、何度も撃ってるから敵の行動パターンや回避アルゴリズムとかも見えてきそうですね」
「そうだな……。って言うか、今の戦闘機動……なんかもう次元が違ったぞ。戦闘機って空戦機動中に真横向いたり、後ろ向くとかそんなじゃないだろ? 加速Gとかとんでもないことになってんじゃないのか?」
……とんでもないことになってましたのです。
プラズマ放電でこっちはボロボロになったし、旋回Gで手が滑って、腕ぶつけたせいで、腕の骨格ユニットが一箇所折れたっぽい。
人間で言うと上腕骨骨折……うん、重傷……だよね?
でも、ペインカットしてるから、別に痛くないし、ポッキリプラプラってほどじゃないから、腕はまだ動く。
もっとも……結構、あちこちダメージ受けてる。
機体もだけど、ユリ本人も……。
電装系が一部ダウン……予備系に切り替え……パイロットスーツも放電の余波でちょっと焦げてるけど……まぁ、この程度の破損なら、シールでも貼っとけば問題ない。
「……気にしない! 気にしないー! なのですよ!」
「無理するな……あんな無茶な戦闘機動連発してて、至近弾も何発も食らってて、無事なわけがないだろ?」
「問題……ないのですよっ!」
「ああ、君はそう言うやつだったな。どのみち、空の上も宇宙の下も一度飛んだら、引くも進むも己の意思一つだからね。君が引かないなら、アタシには何も出来ない。まぁ、ベイルアウトして余裕があれば、拾うくらいは出来るけど、こんなヤバいのと戦闘中にそんな余裕はないだろうから、あまり期待はしないでくれよ」
まぁ、そんなものなのですよ。
でも、この人……ユリがベイルアウトなんかしたら、自分の危険も顧みずに拾いに来てくれるんだろうな……。
なんとなく、そんな気がするのですよ。
「ところで、ユリコちゃん……君は、明らかに相手が砲撃準備の段階で、見えても居ないのに、回避機動に入ってたみたいだが、あれはどう言う理屈なんだい? 初霜みたいに未来予測でもやってるってのかい?」
「レーザー避けるのと一緒なのですよ。ここに居たら死ぬって感じがピキーンと来るから、そこで相手の予想外の機動やタイミングで一気に避ける。天霧とか遥提督も普通にやってるんじゃないですか?」
遥提督の戦いのムービーとか見たこと無いけど、スターシスターズの他の艦とかも撃たれる前の段階で回避行動に入って、超音速の砲撃を回避とかやってるの見るのですよ。
「レーザー避けるとか軽く言うなよ。アタシらがやってるのはあくまで統計予測だ。数多くのサンプルを取った上で、相手の行動パターンを予測して、この動きをしたらこう来るから、対応する。その積み重ねだ。こんな初見の相手、それも見もしないで勘だけで回避とか、なんだそれ? 意味が判らんぞ!」
んんんー?
アレ、ユリのと違うの? 初霜ちゃんとか砲弾落としたりとかしてるし、あれはどうなの?
「わたしは、解るような気がしますね。殺気を避ける……そんな感じなんですよね?」
初霜ちゃんがフォローしてくれた。
上手いこと言ってくれたのですよ。
「そうそう、たぶんそれなのですよ! 初霜ちゃんならきっと通じると信じてたんですよ」
「……解り合うなよ! お前ら! アレか? 強者同士に解らないとか言うアレか? 大体、初霜……お前の砲弾を砲弾で落とすのだって、アレおかしいだろ。真正面からならまだ解るが、横からだろうが撃ち落とすってなんだ! どれだけ精度を上げても今の技術じゃ、迎撃率なんて一割にも満たないんだぞ? お前の理屈やハードがおかしいんだ……なんなんだ、その自己進化ってのは!」
「……知りませんよ。色々苦労してきたんで、足りなきゃ自前で作るって、それだけです。そう言う意味ではエスクロンの皆様とそう変わりないかもしれないですね。幾多の戦場を超えて不敗……それって相応の理由があると思います。多分、ユリコさんもわたしの同類なんじゃないですかね」
凄い、幾多の戦場を越えて不敗とか。
ユリもそんな風にカッコよく決めてみたいのですよ!
「うんうん、ユリも、狙われてると何となく解るし、自分を見てるなってのが解るんですよ。だから、撃たれるより早く反応できる。レーザー回避なんて余裕なのですよ」
「……ハルマ大佐が言ってたヤツか? ……理屈無用の超級索敵能力。やはり、目の当たりにすると尋常じゃない能力だってよく解るな。いかなる敵をもいち早く見つける……言葉にすると大した能力でもないように思えるが。とんでもない話だぞ……。天霧、あの白鴉の戦闘機動を目の当たりにして、アレを落とせって言われて出来るか?」
「無理……この一言ですね。VRの戦闘データ相手でも無理だったんですよ? あんな飛び方がおかしい機体……もっと無理ですよ! って言うか、なんなんですか! あれっ! 我々の常識を軽く飛び越えてますよ!」
エスクロンの強化人間搭乗機や無人機の宇宙空間戦闘なら、アレくらいの機動は普通なんだけどなぁ。
……フランちゃんとかダーナちゃん辺りだと、ユリが本気で逃げても平然と追いすがってくるし。
土俵が違うって言えばそれまでなんだけど。
宇宙戦じゃ、後ろ取っても180ターンで真後ろに向けて撃って、真横にすっ飛ぶとかは……まぁ、普通にやってる。
重力機関搭載機なら、その程度は容易い。
重力機関って、旋回Gとかも軽減出来るから、冗談みたいな動きも普通にできる。
空戦機動で問題になるのは、乗員限界と機体強度限界……。
機体強度限界は技術の進歩で際限なく向上するけど、乗員限界はどうしょうもない。
だから、乗員自身を強化する……そうやって、強化人間ってのは生まれたのですよ。
もっとも、重力機関が使えないエーテル空間で、同じことをやるとなると、結構ハードルが多かったのは事実。
エーテル空間って基本そんなのばっかり。
サイドスラスタや高揚力可変空力翼に、超高強度耐熱素材とか流体抵抗制御技術とか。
さっきの高効率空冷排熱システムなんかもほとんどゼロから組み上げたやつだから、開発費とかいくらかけてるかあまり想像したくない。
ちなみに、元になってるのは、汎用のエーテル空間輸送艦とか、冷凍船なんかで使われてた技術だったりもする。
もっとも完全新規開発かつ、ハイエンド機の白鴉が出来るまでには、素材レベルも含めた新技術の数々が開発され、バンバン投入されている。
そう言うのも含めての開発実験なんだから、そんなものなのですよ。
もっとも、まだまだ問題は多いんだけどね。
イナーシャルキャンセラーの追従性がおっつかないとか、稼働時間の問題とか。
それに、まさかの圧倒的火力不足……。
空の敵に70mmレールガンとかオーバーキル……そんな風に思ってた時もありました。
それがカキンコキン弾かれるとか……誰が予想できたのやら。
……いやぁ、実戦ってのはつくづくヤバいね。
「誰かに守られるようなか弱い存在ではない……か。どうやら、君達の力……認めるしか無いようだな」
「だから言ってるじゃないですか……。ユリもエスクロンも弱くないって……何処の誰が遥提督達に武器を提供してると思ってるんですか?」
「……そうだな、ごもっともな話だよ。ただ、我々にも戦士の矜持はある……。矢面に立つべきは、戦うことでこの世界で存在することを許されているアタシらであるべきで、君等に守られる……なんてのは、言ってみれば恥辱の極みなんだよ……。そこは、認めて欲しいところなんだがね」
……ああ、なるほど。
そう言うことなのですよ……。
遥提督たちは、エーテル空間で現代人の代わりに先陣を切って戦う……その為に存在を許されている。
そう言う見方もできるのですよ。
ユリ達が頑張りすぎると、立場がなくなるってのは頷けるのですよ。
「……そ、そうですね。戦士の矜持とか言われちゃうと、解る気もします。けど、こう言う未知の難敵が相手なら、ユリ達も戦います。我々はこう言う状況……想定を上回る敵との戦いも、想定の範囲内なので……ここは、一緒に戦わせてもらいますよ」
「ああ、さすがにこの状況で民間人は引っ込んでろとは言えないからね。頼りにしてるよ……。とにかく、解ってきたこととしては、こちらから手出しをしようとしない限りは、向こうも反応も鈍いようだ。実際、アタシらも距離を取って、手出しを控えただけで攻撃対象外になってるようだ。どうも、白鴉を優先的に追い回してる様子から、飛行体に強く反応するタイプなのかもな。実際、観測ドローンはほとんどやられたけど、浮遊監視ブイは結構生き残ってるし、水狼が出してる潜航偵察ドローンはしぶとく生き延びてるみたいだ」
「その推測はまちがっていないかと。恐らく向こうの戦闘パターンは対空戦闘優先、索敵手段はこっちの撃つ気とか気配。それに音とか……大気の動き、そう言うのにも反応してるのかも。……先程からの行動パターンを分析した結果、そのような予想が出ています」
初霜ちゃん鋭い! さすが実戦経験豊富なだけに、ちゃんと見て独自に分析してたみたい。
「……殺気に反応してるってのか? なんだそれ……。いや、確かにあれはこっちが撃つ前から反応していたな。ユリコちゃんの話とも一致する。つまり、君等の同類って事か? となるといっそ盲撃ちでもやった方が当たるのかな」
「いえ、闇雲に撃っても、向こうは目視でも反応するので、あまり有効ではないかと。基本は光学観測……。そのうえで気配や殺気、振動波とかを元に大雑把な位置を捕捉する……そんなところなのかも」
ユリと同等って事なら、そんなところだと思うのですよ。
この気配感知もピンポイントの座標や距離が解るようなものでもないのですよ。
あくまで大雑把な位置がわかるだけ。
もっとも、自分を狙って撃ってくるタイミングが解ってれば、避けるのは簡単。
それに、どんな敵でも攻撃の際にこそ、隙が出来る。
そこを狙えば、少なくとも戦闘の主導権は奪える。
ユリはそうやって、勝ってきたのですよ。




