第五十三話「ドラゴンバスター」④
「しっかし、ユリコちゃん、割とピンチっぽかったのにむしろ、ご機嫌だね……。それに今も、ものすごいキモい動きしてなかった? ここから見てると、そっちも軽くバケモノだよ」
「あ、援護助かりました……。けど、何なんですか、あれ!」
と言うか、白鴉も大概なんだけど、このドラゴンも尋常じゃないくらいのハイパワー!
どれだけなのです? 何なのコイツー!
「……進化系の黒船。アタシらがフェイズ2って呼んでる奴ら……だと思う。はっきり言って、従来の奴らとは別格だ。以前、12隻のレールガン装備の駆逐艦隊が巡察中に、フェイズ2の駆逐種に奇襲攻撃を食らったんだが。あっという間に味方10隻が轟沈……悪夢みたいな結果になった。たまたま通りがかったアタシらが助太刀しなかったら、軽く全滅してただろうな。辺境艦隊が装備更新にやっきになってる理由のひとつがこれさ……」
10隻沈んでやっと1隻沈めたって……キルレシオ10:1?
最新鋭のレールガン装備艦がダースで挑んで、それ?
なんなの、そのバケモノ!
「駆逐種なんて、レールガンならワンパンで沈む程度の雑魚じゃないのです? けど、流体面上と言う限られたスペースで動く駆逐種が相手でそれなら、自由に音速で飛び回るこのドラゴンとかどうなるのです?」
「ドラグーン級の個体については、フェイズ2はこれまで未確認だったが……まさか、クリーヴァの奴ら、こんなバケモノを飼いならしていたとはな。もっとも飼い慣らすどころか暴走させて、自滅してちゃ世話ないが……。あの様子じゃクリーヴァの艦隊はもう全滅だろう……。民間船団を早めに退避させてて正解だったな。中継港の設備も派手にやられちゃいるが、一般市民や中継港の職員、逃げ遅れた連中もすでに通常宇宙側に退避済み……。ハルマ大佐、敢えてシェルターを使わせなかったようだが、この展開も読みのうちか? 念入りにも程があるが、ユリコちゃんの話を聞く限りだと、この手の未知の敵への想定もしてたようだからなぁ……さすがとしか言いようがない」
「……ごめんなさい。もう少し上手くやれれば……殺気にビビってつい、反応しちゃいました」
さっきは、ユリがミスしたのは明らかだったのですよ。
相手の正体も良く解らないうちから、先走っての攻撃開始とか……。
悲しくなるほどの大ポカなのですよ。
「あれはしょうがない。気に病むな……あんな怖気の走るような殺気もらったら、普通に撃っちゃうよ。実際、アタシも着弾前に天霧に緊急回避を命じてたから、人のことは言えない。殺気に反応して一手早く対応……むしろ、優秀な戦士の証拠だと思うよ」
「……いえ、すみません。色々段取り台無しにしちゃいました……。要するに、ユリが叩き起こしちゃったようなものですよね?」
ユリが悪い! ユリが悪い! ごめんなさいー!
「……君は悪くないさ。あのまま無力化の上で、接舷制圧なんて悠長な事やってたら、今頃もっと酷いことになってただろうし、恐らくあの段階ですでに目覚めてたんだろうな。すまない……妙な横槍入れずに、もっと早く撃たせてればよかった。あれは目覚める前に船ごとエーテルの底に沈めるのが一番の対応だっただろう。つまり、君の判断こそがもっとも正しかった……アタシが間違ってたんだよ。くそっ……大佐の言う通りだったな……」
「遥提督……わたしも間違ってました。ここが戦場だと言うことを忘れて、つまらない綺麗事を言ったばかりに、ユリコさんを迷わせてしまいました。敵の人達にもなるべく犠牲を出さずに……そう思っていましたけど、その結果がこれですからね……限りなく最悪の結果。わたしが甘かったんです」
「そうだな……。こんなの手の込んだ自殺と変わりない……。こんなバカな奴らを相手に犠牲をゼロにしろ? 我ながら、平和ボケもいいところじゃないか。くそっ……奴らのやり口は解っていたのに……。敵を侮り、味方を死地に追い込む……いつになっても変わらないじゃないか……!」
……ユリとしては、ヘマやった身だし、自分のやろうとしていた選択が正しかったとか言えないけど。
一つだけ、断言していいことがある。
結局、テロリスト相手にお話し合いも、半端な情けも無用なのですよ。
あの人たちは自分達の正義のためなら、捨て身の自爆特攻もやれば、民間人だって平気で巻き込む。
時には、死んだ振りして救助に来た医療関係者を巻き込んだ自爆すらも、平気でやって来るのですよ。
対テロリスト戦の鉄則。
死んだテロリストだけがいいテロリスト。
そんなもの……なのですよ。
「……戦場で、たらればは禁句なのですよ。どのみちクリーヴァの方々はもう自滅みたいなものなんですから、もう気にしなくていいですよね? とにかく、アレは私達でなんとかしましょう! 航続距離も不明ですが、逃げられたら大変な事になりますよ」
「そ、そうですね! 艦体が無いのが悔やむ所ですけど、あれは危険です……ここでなんとしても落とさないと!」
「ああ……あんなものを野放しには絶対できない。けど、ユリコちゃん、君でもアレの空戦機動についていくのは難しいのは見てて解った。その白鴉も相当なバケモノ機体のようだが、あっちは素性が違う。航空力学なんて軽くガン無視したUFOみたいな動きが出来る……その戦闘機も、あそこまでの機動は無理だろう? 何より、君の機体は君自身と言う限界性能のリミットがある。真正面から機動力勝負なんて間違っても挑むなよ?」
「あはは……この機体、実機での空戦機動始めてだったんですよ。まだ加減が掴めなくて……そもそも、これ実験機なんで、限界性能がどれくらいかも良く解ってないんですよね」
「はぁ? 実験機ってそれ……そんなレベルなのか? そうなるとリミッターとかは?」
まぁ、遥提督が驚くのも無理ないのですよ。
通常、この手の新型機って、開発段階があるのですよ。
まず概念実証機。
これは、コンセプト通りでありあわせのパーツでとりあえず組んで見たくらいの代物。
航空機なら、離着陸が上手く行けば御の字。
最近は、VR開発でかなり深いところまでやれるから、極端な性能向上とか狙わない限り、既存パーツの流用とかでそこそこの性能にはなる。
その次が実験機。
新機軸や新装備などを一通り実物を試作してみて、それと既存パーツを組み合わせてみたプロトタイプとも呼ばれる機体。
この実験機では、基本的に限界性能チェックを行うのですよ。
新素材を採用してるなら、限界機動時に真っ先に何処が壊れるか?
もしくは、通常素材部が何処で足を引っ張ったかとか、新装備や新機軸が想定通りの性能を発揮するか。
その辺りを実際に試してみて、機体その物の限界点を見極める。
それと、乗員の負荷限界の測定なんかもやる。
実際に動かして、なるべく負荷をかけてみて、問題が起きないか、改良点は何処にあるかを測定する。
簡単に言うと、壊すことを前提に色々無茶を試す……そう言う機体なのですよ……本来は。
この段階の機体は、リミッターも安全マージンも全然解らないから、必然的に事故もよく起きるし、じゃんじゃん壊れる……。
白鴉については、ユリがナノマシン侵食カマして、初霜ちゃんがエンジン直接弄ったりして、だましだまし動かしてるけど、基礎設計段階で割と堅実に作ってあったから、意外とちゃんと動いてるのですよ。
と言うか、ここまで無茶やってちゃんと動いてる辺り、すごいのですよ!
「ふっふっふー! そんなのある訳無いですよ。けど、少なくとも機体が壊れるよりもユリが壊れる方が先ってことは解りました。なら、まだまだ底は見えてません。それにユリだって、生身の強化人間の実戦レベルでの耐久リミット測定とかってやってませんからね。あの程度で追いつかないとか言われるのは心外です!」
実際、G耐性については、当初耐久目標としては生身の3倍、瞬間30G位を想定してたみたいなんだけど。
セルフカスタマイズ強化と、それを参考に根本的にパーツ単位での見直しとかも入ってるから、当初目標値は余裕でクリアしてる。
限界がどのレベルかを測定ってなると、軽く人体実験で被験者も命懸けになるから、シュミレーションレベルでしか判定されてないけど、今の感じだと50Gくらいなら耐えられそう。
まぁ、さすがに末端血管とかがプチプチ逝っちゃったし、補強してあるとは言え、脳みそは生身だから、あんま無茶しちゃ駄目だねー。
多分、首筋とか内出血で血腫が出て、赤いブツブツだらけで、キモいことになってるはず。
こんなのエリコお姉さまに見せたら、卒倒されちゃうかもなのですよ。
「……はっ! この怪物め……頼もしすぎて、笑えて来るよ。だが、相手の性能もまだまだ底が見えないな。天霧のあのタイミングでのクロスファイア弾幕を全て避けられるとか、信じられない……。こりゃ相当やばいな……」
「増援や後方支援はどうなってます? 先遣隊なんだから、後続が居るんですよね? どの程度の規模ですか? 駆逐種で駆逐艦隊三個艦隊相当ってなると、もう生半可の戦力じゃ、死にに来るようなものですよ?」
「ああ、後続はグエン艦隊に、ベリフォード艦隊、ヒメラギ艦隊。有力どころとしてはこんなものか。赤松少佐は、例のフェイズ2との交戦経験者だから、多少は頼りになるし、リチャード少佐も古参のベテラン提督だ。本来なら、これだけ精鋭がいれば余裕って言いたいところだが。正直、余裕とはとても言えないな。あのレベルの航空戦力を相手取るとなると、こちらもまともな対抗手段がない」
「そうかもしれませんね……。黒船の飛行種なんて、どれもこれも話にならないくらい弱いですからね。白鴉なら200匹とかいても軽く一掃出来るくらいですからね」
「……ああ、それは君の基準がおかしいって言っとくよ。現時点でのそっちのエスクロン側の増援予定は? いずれにせよ、その様子だと空中戦はそっちが頼みになるだろうな……。辺境艦隊主力のゼロ系レシプロ機では、あれと勝負にもならないだろうからね」
……遥提督の言葉から、公開情報を元に戦力計算。
グエン艦隊は軽空母千歳に千代田……合わせて40機くらい。
軽空母と言えど、詰め込めば50機くらい詰めるはずなのに妙に少ないのは、オールファイター編成だから?
もっとも艦隊旗艦……高速戦艦フッドは、荷電粒子砲搭載艦。
けど、あんな高速目標に当てられるのかな?
荷電粒子砲も最初チョロチョロ中パッパッ……みたいな出力特性だから、高機動力を持つ相手だと、結構当たらないし、そもそも黒船の飛行種に荷電粒子砲を撃つ機会ってあったのかな?
そこら辺、結構不安要素。
もっとも、荷電粒子砲対策は相応にしっかりしてるだろうから、ドラゴン相手でも真正面から撃ち合いもこなせるだろうし、辺境艦隊に戦艦クラスはあんまり居ないし、実戦経験もトップクラス。
……一番頼もしい艦なのですよ。
他は駆逐艦が多数だけど、どの艦艇も実戦に裏付けられた精鋭ぞろい。
ベリフォード艦隊は、重巡オーガスタを旗艦にして、空母ホーネットなんてのが居る……搭載機も70機と優秀。
米英混成艦隊だけど、各艦の能力は割と標準クラスかな。
他に防空巡洋艦のダイドー級のユーライアラスとシリウスがいる……どちらも対空戦闘に関しては、かなりの腕利き。
永友艦隊所属のハーマイオニーとその姉妹艦なんかも臨時編入されてるみたいだから、総勢17隻の大所帯……これはこれで、悪くないかも?
ヒメラギ艦隊は、巡洋戦艦榛名が旗艦、空母戦力は瑞鳳と加賀、防空巡洋艦摩耶、鳥海……って、思いっきり中央第一艦隊所属の精鋭部隊だ……これ。
ヒメラギ提督自体も本来は第一艦隊副司令……うわ、凄い! こんな人まで来てたんだ。
航空戦力は、二艦合わせて80機、中央からのゲスト艦隊だけど、航空機は最新鋭のアサルト・ゼロType2.1に更新済みで、瑞鳳には10機ほどのゼロ・スナイパーの先行量産型まで配備されてる。
旗艦の榛名はしっかり大口径レールガン装備艦で、対空装備も小口径レールガン山盛りでかなりの重装備。
瑞鳳は多分、姉妹艦の祥鳳からフィードバックでももらってるのかな? 中央艦隊のゼロ・スナイパーの先行試験運用艦ってところなんだと思う。
昔は、役立たずの文鎮艦隊とか馬鹿にされてたみたいだけど、どうもエスクロンから最新装備もぎ取って来て、辺境で実戦に揉まれて経験値も上げてと地道に頑張ってるみたい。
……なんと言うか、こうやって見ると辺境艦隊の最高精鋭クラス揃い踏み……だよね?
エベレストを戦わずして追っ払うって目的で、永友提督が過剰戦力なのは承知の上で、手配してくれてたみたいなんだけど、結果的に大正解。
中途半端な戦力だったら、あっさり全滅してただろうからね。
なお、増援艦隊の航空戦力は、総計200機超……エーテル空間の戦力としては破格と言って良い数なんだけど。
数押しでなんとかなる相手なのかな? あれ……。
なお、ドラグーンフェイズ2の最高速は推定マッハ1.5くらい。
バイパートレイル引いてたから、音速超えてたのは間違いないけど、意外と遅い。
最高速は、白鴉の方が圧倒的に優勢だけど、向こうはゼロスピードから一瞬で最大速まで加速できる超加速性能持ってる。
最高速が思ったより低めなのは、多分流体抵抗の問題。
あんな形じゃ、遅くて当然。
でも、飛びやすいように身体形状変化とかされたら、もっと行くと思う。
……可変機の一種とでも思ったほうがよさげ。
平然と滞空してる様子から、機動力想定は重力機関搭載型の高機動大型宇宙戦闘機あたりと同等かも。
慣性制御や斥力場も使ってそうだし、Gコントロールとかも余裕だろね。
そんなのとやり合うとなると、距離を取って戦えて、音速戦闘もイケるゼロスナイパーでやっと。
近接戦用レシプロ機のアサルト・ゼロじゃ、多分まるっきり相手にならない。
なお、増援艦隊の航空部隊の数的主力はそのアサルト・ゼロ。
実際、ノーマル種相手なら、アサルト・ゼロでも十分強いんだけど。
間違いなく相性が悪い。
どうしよう……全滅したって、ユリはちっとも驚かないよ。
「うーん、戦力自体は銀河連合軍の最高精鋭と言っていい布陣ですけど、それでもかなり厳しいんじゃないかと。正面から戦ったら、相当な被害を覚悟しないと……なのですよ。特に航空戦力はもう片っ端から落とされると思います」
「……はっきり言ってくれるね。けど、それは多分事実だ……このまま普通に戦えば、確実にそうなるだろう。まいったな……恐れていたことが現実になってしまったな。こりゃ、さっきの300匹の大群なんかよりも遥かにヤバいぞ……。後方支援もあまり期待できそうもないしな。一応、現場の状況は伝えてるけど、総司令部はデフコン2移行の苦情対応でフリーズ状態らしい。馬鹿な話だと笑ってくれていいが、デフコン2移行でどうなるかの事前想定もマトモにやってなかったようでね……。影響が予想外にデカくて、軽くキャパ超えたらしい……」
「……笑えない話ですね。それ」
こっちからしたら、信じられない話なんだけど。
そんな準戦時体制移行なんてなったら、普通に考えて、影響範囲は尋常じゃなく広がる。
それこそ、事前の根回しや入念な事前訓練とかで地ならしをした上でないと、大混乱が待ってるのはむしろ当たり前……。
エスクロンは、普段からその手の抜き打ち訓練もやってるし、各部署もちゃんとマニュアル持ってるから、コードβの時も、ほとんど混乱もなく発令準備体制まで、持って行けたんだけど。
銀河連合規模でそれやったら……まぁ、酷いことになってるんだろうな。
経済的な打撃もとんでもないことになってそうだし……。
後方司令部が対応に奔走してるとなると、もう前線のバックアップどころじゃないだろう。
せめて、これを教訓に組織改革を進めるとか、銀河連合自体の意識改革とか始めて欲しい。
「ああ、笑えない話だ。もっとも、幸い前線の各級指揮官はすでにそれぞれに独自判断で動いてるし、永友提督が過剰なくらいの増援を出してくれてたから、戦力は十分揃ってる。でも、さすがにドラグーンのフェイズ2を相手にするなんてケースは誰も想定してなかったからな。それこそ、当たって砕けろの泥縄対応になるのは否めそうもない……。そっちのエスクロン側はどうだい? まぁ、君がここにいる時点ですでに巻き込まれてるようなものだから、黙ってても首突っ込んでくるとは思うけどさ」
「はい、エスクロン側はスペシャルズ艦隊がまもなく来援します。戦力は有人機3機と無人機18機。重巡クラスと軽空母クラス、駆逐相当が3、後続として駆逐艦の朝凪と夕凪が来援予定です。それと一応味方に「水狼」……特殊潜航艦がいますけど、こっちは戦力外……かな? 一応、予備戦力として、PMCが10社……数にして、50隻くらい居ますけど、どれも警備艦クラスなんで、この際役に立つとは言えないので、民間船団の退避誘導に回してるみたいです」
どうしようって思ってたら、ナイスタイミングで水狼からのエスクロン側の最新情報提示。
多分、会話モニターされてるっぽいね。
まぁ、いつものことだから良いんだけど。




