第五十三話「ドラゴンバスター」②
「大丈夫……天霧健在ですっ! ですが、エベレストは……あ、ば、爆発……してます」
エベレストの格納庫内で大きな爆発を確認。
……どうも、格納庫内の燃料か何かに火が回って、誘爆したらしい……。
荷電粒子砲を撃った何かも相応の被害を受けてると思うんだけど……。
まだ気配はある……確実に当てたはずなのに……。
直後、副砲の砲台群で小爆発が立て続けに発生。
あんな状態だったのに、無理に撃とうとしたようで、暴発事故が同時発生……。
AI制御の砲なら、こんな危険な状態で撃ったりなんかしないけど、砲手がパニックを起こしてトリガーを引いちゃったらしい。
当然ながら、それだけで済まず、暴発した砲塔の隣の砲塔も次々と誘爆。
連鎖誘爆状態になったようで、即応状態だった砲台群はあらかた壊滅したようだった。
こんなのどうしょうもないよ……。
なんともやるせない気持ちになるけど、今はそれどころじゃない。
格納庫……というより、エベレストの後ろ半分が吹き飛ぶくらいの盛大な水蒸気爆発が発生……。
おそらく、連射した砲弾が機関部に直撃……タービンが破損して、一気に割れたんだと思う。
……図らずもエベレストを無力化すると言う目的は達成した。
けど、その状況にも関わらず、その何かは健在。
続いて、再度放たれた荷電粒子砲がグルリと周囲を一周するように薙ぎ払われると、エベレストの艦橋に赤い筋が浮き出る。
エベレストのピラミッドみたいな艦橋の上半分がズリってズレたと思ったら、当たったところが爆発して、上半分が格納庫へと落ちていくんだけど……真上に荷電粒子が放たれると、直後にそれが大爆発する。
……降り注ぐ炎ともうもうたる水蒸気の煙の中で、ゆっくりと何かが立ち上がる……。
50mほどの巨大な……く、黒いドラゴン?
エベレストの艦内は……恐らく地獄絵図。
悲鳴や怨嗟の声が聞こえたような気がして、思わず顔を伏せる。
「……なんだ今のはっ! あれは……まさかドラグーン級? いや、違うな! あんな雑魚とは訳が違う!」
「ユリコさん、大丈夫ですか? アレはユリコさんのせいじゃないですから! それよりも、あれは敵ですっ! 前を向いてっ! しっかりっ!」
初霜ちゃんの声で、顔を上げる。
マインドセット……私はエスクロンの守護者!
戦場が地獄だなんてとっくに知ってる……!
戦えば誰かが死ぬ……そんなのは戦場の絶対原則。
ならば、せめて、自分の知ってる誰かを守る!
その為ならば……私は修羅となろうっ!
「我が心はすでに修羅なり。立ち向かうすべてを殲滅する……。これより、我が敵を滅ぼさん!」
その言葉とともに、マインドセットが切り替わる。
揺らいでた気持ちも落ち着いて、水を打ったようになる。
「ユリコさん? なにを?」
「大丈夫……今のは自己暗示コードです。私は戦えます……。あれは何か……? 代替ナビシステム初霜、簡潔な説明をお願いします」
「えっと……見た目は黒船の大型飛行種のドラグーン級に似てますけど、あれは荷電粒子砲なんて撃ってきませんし、大きさも一回り大きいし、形も色も違います! すみません、詳細については不明です……ドラグーン級のような何かとしか……! すみません! わたしもあんなの見たことないんです! さ、最大限の警戒を……!」
ドラグーン級……大型飛行種だけど、範囲の狭いブレス攻撃とか、スピードが遅くて当たるほうが難しい火球を撃ってくる……ファンタジーの世界から間違って飛び出してきたような飛行種系の黒船。
最初は、独特の回避機動と50m近い巨体で自由に飛び回ることで、それなりに苦戦したらしいけど、レールガンの普及でアウトレンジであっさり即死させられるようになってしまったと言うちょっとしぶとい雑魚キャラ……そんな扱い。
それが銀河連合軍の交戦公式データなんだけど、これは明らかにそれとは別物。
……アンノウン。
完全に未知の敵。
図らずもさっき遥提督と話してた、異界の魔神相手のアンノウン演習を思い出す。
ああ、あの演習……参加しててよかった。
理不尽な物理法則を超越した未知の相手との戦い。
対抗手段は、今のところはないかもしれない。
けど、何も出来ないと言うことはない。
ここでユリが果たすべき役割は……後続の為のデータ収集。
その為には、出来るだけ撃たせて、出来るだけ撃ちこむ!
例え、自分が落とされようと、相手の力を引き出させて、続く者達の道を照らす灯火となる……なのですよ!
「……来るッ! 可能な限りの欺瞞措置を! それと派手なGかけます……ナビシステム初霜、身体固定措置を……無事を祈るッ!」
……今、こっち見たのが解った。
その瞬間、ゾクゾクが倍増……これ、ヤバいのです!
「は、はいっ! このさい、遠慮なんて要りませんから! どうぞ、思いっきりっ!」
常識的な範囲内でと言うことでエリコお姉さまが設定してくれてたパワーリミットを強制キャンセル。
その上での「天魔Ⅴ型」をフルブースト加速!
身動きがとれないほどの強烈な加速と乱数回避挙動で、あっさりイナーシャルキャンセラーのリミット超えたようで、シートに身体が押し付けられる。
大気との圧縮熱で機体温度も急上昇……あっという間に、100度を超える!
予備照射警報。
トゥルルルル……みたいな単調な電子音だけど。
避けないと死ぬ音! うそっ! これで振り切れてない?!
揚力操作……可変翼を目一杯広げて、片翼フラップを全開!
機首サイドスラスターオン!
恐らく外から見たら直角に曲がってるくらいの急旋回がかかる。
容赦ない、強烈な横Gッ! 体中に激痛が走って、視界にノイズが走る。
キャンセラーを超えてきた重力加速度で、身体のあちこちからビシビシとか変な音がするし、身体がめちゃくちゃ重い……だ、大丈夫かな? これ……?
って言うか、痛い痛い痛いっ! これ骨格系が悲鳴あげてる音だよっ! 機体もメシメシ言ってるし!
過重G警告のアラームが鳴り響く。
けど、ここでスロットルは緩められない。
ペインカット……循環系を高負荷環境モードに移行!
血液粘度向上、循環器コア……心臓の脈拍を増強。
体内各所の微細血管系の破損確認……ナノマシン自己治癒モード最大化。
機体へのナノマシン侵食率を引き上げる。
破損箇所チェック……微細クラック多数発生。
応急処置実施……クリア。
続いて、荷電粒子砲警報音……かなり近いし、なんでこれ……ずーっと鳴ってる訳?
「は、早く……止まってーっ!」
……きっちり5つ数えた所で、警報停止。
どうも機体の後ろ20mくらいで追尾してたのが消失したようだった。
スロットルを緩めると、各種警告が止まる。
エンジンや機体外装、コックピット内の加熱警報も出てるけど、許容範囲……でも、危なかった!
リミットオフ回避でなければ、今の当たってた!
しかも、5秒位のバースト射撃とか!
普通、荷電粒子砲なんて、そんな長々と撃てないっての!
「……あ、危なかったですね。しかも、プラズマ雲越しだったのに平然と撃ってきましたよ……どんな索敵手段でこっちを見つけたのか……? 観測ドローンや監視ブイまで撃たれてるようです! もう手当たりしだいみたいです……クリーヴァの護衛艦もやられてますよ。完全に無差別攻撃じゃないですか……」
「まさか、全然制御出来てない? こんなもの兵器でもなんでも無いじゃないですか!」
……もう意味が解らない。
制御できずにただ暴走するだけ……そんなの自然災害とかと変わりない。
「なんてものを……ユリコさん、身体や機体は大丈夫ですか? 今の瞬間G……軽く50Gくらい行ってましたよ? わたしも潰れるかと……」
そんな行ってたんだ……50G……要するに体重が瞬間的に50倍になるとか、自重の50倍のものがのしかかるようなもの。
……例えると、戦車やビルの下敷きになったようなものかな。
この過重Gのやっかいなところは全身まんべんなく重圧がかかる事。
当然ながら、構造上弱い部分にも負荷がかかる……人間よりも頑丈な強化人間でもそれは逃れられないのですよ。
けど、それを耐えきれるとは我ながら、頑丈だこと。
でも、索敵手段はホント謎。
こっちは上空1万メートル……地上から見たら、限りなく点。
無音飛行ができる白鴉なら、目視じゃ判別は不可能……。
そもそも、今の位置関係では、相手はこちらを視認してなかった。
けど、相手は正確にユリの居たところを撃ち抜いていった。
それどころか普通は発見困難で無視される観測ドローンや監視ブイまで攻撃対象になってる。
おまけに、初霜ちゃんの言うようにクリーヴァの艦艇も目標にされてる。
これはもう、視界に入れただけで捕捉されると言う前提で戦うべき……。
おまけに、アレだけ派手な機動で避けたのに、結構ギリギリまで追従してた。
これはかなり厄介な相手なのですよ!
あれ? また、手や足……肩がガクガクと。
自己暗示モードも今の色々痛いので、切れてたみたいで……いつのまにか恐怖に屈しそうになってる。
「……ううっ! 怖くなんか無い! 怖くなんかないんだからーっ!」
集中が途切れるってことは精神的に不安定になってる証拠……。
敢えて、叫ぶことで恐怖を紛らわせる。
本物の戦場……容赦ない命のやり取り!
さすがに、このレベルの強敵との実戦なんて経験ないよ!
後先考えない超回避で軽くダメージ受けたけど、まだまだユリはこんなもんじゃないっ!
でも……怖い……怖いっ!
当たって砕けろとか、VRじゃ何度も経験してるけど……これはVRじゃない!
当たって砕けたら、そのまま死んじゃうっ!
……荷電粒子砲なんて直撃したら、いくらユリでも持たないっ!
生まれて初めて感じる死の恐怖。
けど、その恐怖をかき消すように、体の中から燃え上がるような感覚も同時に覚える。
……怖いんだけど、負ける気が全然しない!
ヤバい、むしろ顔がほころんでる……未知の体験にワクワクしてる自分がいる!
たぶんこれこそが、恐怖に屈しない人の力の真骨頂!
その力の名は勇気っ!
ああ、震えが止まったのが解る。
むしろ、精神が高揚してる……ユリの方がスペック上で、勝ち目なんて無いのに遥提督はむしろ、楽しそうにしてたけど、こう言う事だったんだね。
自分より強い相手との戦い……けど、ゲームで難易度の高いステージ挑むときみたいな気持ちになってる。
うん、純粋に楽しい……痛いのも怖いのも、どっか行った! 負けないのですよ!




