第五十三話「ドラゴンバスター」①
「……とりあえず、作戦プラン制定しました。これなら、どうです?」
簡単にまとめると、あの長くてでっかい大砲の先端部にレールガンを直撃させる。
その結果どうなるかと言うと、テコの原理で思いっきり船体が傾くことになる。
エーテル空間船ってのは、基本的に流れに沿って下って行く事を前提にしてる上に、腐食対策でエーテル流体面に接触する部分を極力少なくさせるように、そこ真っ平らで浮くようになってたり、特殊コーティング剤で沈降部をコーティングさせて、エーテル流体を弾くようになってたりするのですよ。
エベレストクラスの超大型艦でもその辺りは例外じゃないのです。
計算したところ、砲塔先端部に直撃させれば、転覆はしないまでも30度くらいは傾く。
そんな状態になったら、艦内はジェットコースター状態。
マニュアル照準砲なんて、撃つどころじゃなくなるし、大砲もあの出来じゃ一発でオシャカになるのですよ。
当然ながら、周辺警戒システムや防御システムも一時的にダウンするはずなので、その隙に水狼が浮上接舷して、陸戦ユニットを送り無力化ガスを撒きながら、完全に制圧する。
積荷の方は、現在進行系で解凍してるみたいなんだけど、制圧後にガッツリ再冷凍して封印。
ユリが考えたんじゃなくて、ハルマ叔父さんと優秀な部下の皆さんがまとめた専門家監修のパーフェクトプランなのですよ。
「……こんな方法で制圧、無力化すると……? いや、そもそも上空からレールガンの先端に直撃させるなんて、可能なのか?」
「当てるだけなら、そう難しくないですよ。まぁ、これなら死人も殆ど出ないだろうし、遥提督もセーフじゃないですか。これぞ、まさにパーフェクトなのですよ! 二人共、褒めてくれてもいいですよ?」
……ホントは、ハルマ叔父さんのおかげなんだけど、ここはユリが考えたって言っといたほうが、主導権も握れるから、そうしろって言われたのですよ。
叔父さん達……どうも、エベレストの内部構造データなんかもかなり高精度なのを持ってるみたいで、水狼にも、一個中隊規模の無人陸戦ユニットが搭載されてて、強襲制圧は十分可能らしい。
確かに、特殊作戦用の特務艦なんだけど、上陸制圧戦まで想定してたって、準備良すぎ……なのですよ。
「なんか、ドヤってるところ恐縮なんだが……これ、ユリコちゃんが考えたプランじゃないだろ? 大方、ハルマ大佐の入れ知恵ってとこか、さすがソツがないな。やはり、対人類戦では君らに一日の長がありそうだな……」
遥提督……鋭いね。
けど、なんで、叔父さんの名前知ってるの?
ユリだって……現場で名前を呼んじゃいけないのに……ぶーっ!
「あの……遥提督。ハルマ大佐は特務の方ですよ? そんなおおっぴらに名前呼ぶとか、どうかと思います」
「……ん? ユリコちゃんにとっては周知の事実なんじゃないの? そう言うことなら、別に構わないと思ったんだけど……マズかった?」
解った……遥提督って、空気読めない人なんだ。
ユリが敢えて、叔父さんの名前を呼ばない時点で、察して欲しかったのですよ。
天霧の方がよほど空気読めてるって、どうなんだろ……それ?
「何のことですか? ハルマ叔父さんは、エーテル空間貿易商でいつもお正月にしか帰ってこないのです。そう言う事になってるのです。そのなんとか大佐さん、ちょっと叔父さんとよく似た名前みたいですけど、赤の他人だと思います」
ユリがそう言い切ると、遥提督も目線を逸らせて、ちょっと気まずそうな様子。
例え、バレバレでも建前はそう言うことなのです。
それが叔父さんとユリの無言のルールなんだから、第三者に勝手に踏み込んで来て欲しくないのです。
と言うか、人の親戚相手にちょっと気安くない? むむむー。
「ああ、うん……失敬。K大佐! ああ、そう呼べって言ってたっけ! 今のは忘れてくれ……。ったく、なんとも面倒くさい関係なんだな……」
最後の一言は小声だったけど、しっかり聞こえたのですよ?
「それでいいなら、とっととやっちゃいますよ。ぶっちゃけこれって、こっち都合の作戦だし、これ以上贅沢言われても聞きません」
「いや、異論はない。上手く行けば、まさにパーフェクトゲームじゃないか……まったく、言ってみるもんだな……本気で奇跡を起こすつもりなんだな。……天霧、緊張緩和の為に主機をアイドルまで落としてたが、いつでも動けるようにしとけ。マックスパワースタンバイだ。せめて、こちらが足手まといにならないようにしないとな」
「よーそろー。融合炉の出力最大……蓄電セルを充電モードから、フル出力スタンバイモードにします。欺瞞措置は? 無策で撃たれっぱなしとか、嫌ですよ」
「……ユリコちゃんの砲撃直前に実施する……。今からやると勘付かれる……熱反応欺瞞措置くらいにしとけよ。当然ながら、動くタイミングが重要だが、それはアタシが指示する。……いいぞ、こっちは準備よしだ」
「了解……。では、「白鴉」を現時点の定点旋回から、突入狙撃パターンCに移行。照準ロックターゲット自動追尾オン。目標はシールドの薄い側面後ろから、砲身最先端部を狙撃。弾種は芯までみっしり軽合金徹甲弾(LAAP)、パワーリミットカット、オーバーチャージ出力125%……弾速15000を予定。照準は天霧の光学観測情報と周囲の観測ドローンより多角情報にて補完。そのうえで当機座標情報を連動……環境詳細情報、天霧との情報コンタクト願います」
後ろ斜め45度からの砲撃実施予定。
機首をエベレストの砲身に向けて、緩やかな角度で降下を開始する。
「こちら、天霧……ユリコさん、なんかノリが変わりました? それがマジモードってとこですかね。了解、白鴉と照準連動の上でこちらの環境情報送る……重力変動、風向き、船体動揺補正……初霜あてに共鳴通信で送るでいいですか?」
「こちら、初霜です。各種データ受理、白鴉の照準モニターに連動。照準補正、誤差修正とも初期提示値と一致……。すごいですね……ドンピシャの最適値を勘だけで一発算出ですか……ユリコさん、これで初陣なのですか?」
「初陣なのですよー。緊張しまくりで、もうおしっこ漏れそうなのですっ! せんせートイレ行ってきていいですか!」
キリッと言い切ると、遥さんがゲラゲラ笑ってる。
「ははははっ! こいつは一本取られた……そのネタ、この時代にもあったんだ! ……ま、まぁ、パイロットスーツにその手の機能くらいは付いてるだろうが、乙女として、堂々とジョビジョバやるのは、どうかと思うから、我慢できなくなったとしても静かに黙ってやってくれ……。一応、女性兵士のマナーってとこかな……うん。そもそも、長丁場になると、そんなもの気にしてられないのが現実だしね……。こんな時にそんな冗談言えるなら、問題ないな……」
「ふっふっふー! この程度……緊張もしませんよ。シミュレーションや模擬戦なら、数え切れないほどやってますからね。それも頭おかしいような無茶なのばっかり。ところで、積荷って結局何なんです? こっちの情報でも何やらヤバそうだって事くらいしか掴めてないみたいなんですけど」
「ああ、カレギオが言うには、銀河連合を滅ぼすには力不足だが、屋台骨を震撼させるには十分すぎる……そんな事を言ってたよ。そこまで言うからには、超強力な戦略級レベルの超兵器か何かなのかも知れないけど。あんな冷凍コンテナに収まる程度の大きさの兵器で、そこまで大それた事が出来ると思うか?」
「……解りませんよ? 異界の魔神とかそんなのが凍結保存されて、古代遺跡から発掘して兵器転用とか、そんなかもしれませんよ」
「……やれやれ、異界の魔神ねぇ……さすがに、そんな話聞いたこともないな。もっとも、この時代の科学力なら、そう言う理不尽な手合とだって戦えそうだけど。そいや、エスクロンの想定にそう言うのって無かったかい? 現実的にはありえないような馬鹿げた状況での想定訓練とかもしてるって聞いてるよ」
「ありましたよ? 宇宙を自在に駆ける全長500mくらいの人型異世界魔神。魔法シールドで物理法則捻じ曲げて、既存兵器も全く効かない。さぁ、どうするって感じです。一昨年だかに宇宙軍総出での大演習の課題がそれでした」
「……そんなの想定して、全軍総動員の演習ってのにも驚きだけど、実際問題、魔法とかそんな未知のテクノロジーにどうやって対抗するんだい? そんな未知の力を持つ相手……普通にどうしょうもないじゃないか」
「そこはそれ。当たって砕けろで先遣隊の尊い犠牲の元に、後方にて出来る限りのデータを収集。どんなに理不尽なものでも、こっちの世界にいる時点で物理法則に従わざるを得ないですからね。絶対無敵なんてありえないので、法則性さえつかめれば、能力解析や対抗策の策定も可能です。データ解析の上で既存の技術の組み合わせで有効な対抗手段を用意して、トライ&エラーの上で、殲滅作戦を実施。まぁ、なんだかんだで被害甚大なれど、なんとかなったってのがアンノウン侵攻演習結果の総評ですね」
「……なんとかなったのかよ! でもまぁ、昔の怪獣映画なんかでも序盤一時間はやられっぱなし、後半一時間で弱点や対抗手段見つけて、決死の迎撃……そして、勝利ってのがお約束だもんな。今の銀河連合軍でそんなのの相手ってなるとキツイな。なにせ、前線をバックアップすべく後方が全然駄目だ。そもそも、物資調達や装備更新を前線部隊が自前でやってるって時点で、色々おかしい。もし手持ちの最新兵器が通じない相手となると、打つ手なしで全滅しかねない。ところで、その演習でのユリコちゃんのポジションは?」
「あはは、当たって砕ける先遣隊に決まってますよ。イイ線行ったけど、結局やられちゃいました。でも、死に際に魔神にかすり傷とか与えたんですけど、それが勝利の鍵になったみたいで、流星二等勲章とかもらえました。今度試しにエスクロン宇宙軍のルナティックVR演習でもやってみます? 戦死体験いっぱい出来ますよ?」
「……遠慮しとくって言いたいけど、それもありかもしれないな。今の銀河連合軍もだけど、スターシスターズってのは、負け戦って奴の経験が少なくてね。どうにも逆境や想定外に弱いところがあるんだよ。今は、黒船に対してこちらの個々の戦力が優勢ではあるんだが、黒船も徐々に強化されてるし、行動パターンも変化してきてる。慢心なんて出来る状況じゃないんだよ」
「驕れる者久しからず……ですね。さぁって……気分転換も済んだ所で、それでは諸元も完璧。ここはちゃちゃっと決めちゃいます!」
「ああ、頼んだよ……幸運を祈る」
……うんうん。
悪いけど、ちょっとハズす気はしないよ?
積荷は気になるけど、そっちは後回し。
けど……ホント、何なんだろ? 本当に異界の魔神とかだったりしないよね?
でも……一瞬、気配を探るように意識を向けたら、とんでもない勢いの殺気が返ってきた!
本能に近い何かが、即座にそれを撃てって告げる。
次の瞬間、問答無用で照準を変更して、後部格納庫を狙って、トリガーを引いてた!
「なっ! 何処を狙って……!」
遥提督が驚愕してる……そりゃそうだよね。
いきなりの早引き……撃ち方待てのところで、勝手に撃ち始めたようなもの。
けど……気が付いたら、反射的に撃っちゃった。
ひぃいいいいっ! 何やってるのですぅっ! コレじゃ色々台無しなのですよ!
「くっ……こ、これか! この殺気……尋常じゃないっ! 天霧……来るぞ! 全力回避機動……ECMバラージ! チャフ、ALスモーク、デコイ……出せるものは全部出した上でフル加速! この分だと撃ち返しが来るぞ! 急げっ!」
遥提督も今のに気付いたようで、全力回避の指示を出す。
ユリもいつでも回避機動に移れるように、準備しつつ、エベレストの後部格納庫から、目が離せなくなっていた。
次弾装填……パワーチャージがもどかしい。
鼓動が早鐘のように脈打ち……背筋から寒気が立ち上る。
知らず知らずに肩が腕がガクガクと震えてる……これが恐怖っ!
ユリが感じているものの正体がまさにそれだった。
「だ、弾着……今っ!」
後部格納庫の天井が大きくへこんで、次の瞬間盛大に吹き飛ぶ!
エベレストも大きく姿勢を崩して、要塞砲も派手に暴れてる。
弾速12000の物理衝力……航空機搭載用の軽質量弾ながら、その威力は駆逐艦クラスが一撃で沈むほど。
それが無警戒だった上から直撃した結果、エベレストも一撃で致命傷を負ったようだった。
その被害は要塞砲にも及んでて、コードとかブチブチ切れてるし、多分、この一撃でエベレスト自体は無力化してると思う。
けどっ! けどっ!
こんなエベレストなんて問題にならないような、無茶苦茶ヤバいのがいるっ!
しかも、格納庫のヤバそうな気配に直撃させたはずなのに、まだ生きてるよっ! これっ!
「ダメーッ! 遥さん! 全力退避を!」
低パワーでの連続射撃モードで、追撃を実施!
「少しは怯んでっ! お願いっ!」
天霧がロケットブースターの点火で、蹴っ飛ばされたように加速するのと、エベレストの格納庫内から放たれた荷電粒子砲で流体面が薙ぎ払われるのがほとんど同時だった――。




