第五十二話「エスクロンの守護女神」⑤
拡大映像の解像度が上がるにつれて、妙な事に気づいた。
……何このコードまみれの砲身?
ええっ、こんなお粗末な設計なの? この大砲船っ!
「な、なんで、この大砲……ケーブルむき出しなの?」
思わず声が出る。
いやいやいや、ありえないよ……こんな設計。
レールガンって砲身に加速帯を入れ込んで砲身通過中にも加速する仕様になってるんだけど。
こんなパワーケーブル剥き出しってなると、下手すると歩兵携行レベルの小口径弾が掠めただけで断線して、加速帯が死ぬ。
と言うか、一発撃っただけで断線しまくって、次撃てなくなるとか、そんなんだよ……これ。
なにせ一箇所でも加速帯が正常動作しないと、高確率で弾丸がそこで引っかかるから、撃ったら普通に暴発する。
相手も死なばもろともの覚悟決めてても、自分だけ死ぬ自爆はさすがに嫌だと思う。
となると、大砲を壊さずとも配線レーザーで焼き切るとか、大砲に直撃させて、姿勢を派手に崩すってのでも十分目的は達成できるような……。
「……ホントだ! おいおい……こんな杜撰な代物、正気の沙汰じゃないぞ……ホントに、ガラクタじゃないか……あいつら、馬鹿なのか?」
遥提督も愕然としてる。
まぁ、そうなるよね……こんなお粗末な出来のレールガン。
こんなのに命掛けるとか正気じゃないよ。
うーん、試作品を無理やり積んだとか、そんな感じ?
確かに試作品とかって、調整のためにわざとコードとかしまわずにこんな感じで、配線スパゲティ丸出しーとかなってたりするし、カバー引っ剥がすと光回路でぎっしりだったりするけどさー。
こっちのアスクレピオスとか、アドラステアも酷いやっつけ艦みたいだけど、向こうも酷い。
ハッタリ勝負のチキンレースやってたって、来る途中で話したCEOさんも言ってたけど。
蓋を開ければ、お互い酷い有様……なんともまぁ……。
「ですよね? ユリだってそう思います。けど、これならパワーケーブルを狙えば、事実上無力化出来ますよ。けど、遥さんの方は副砲山盛りに狙われてるから、割とどうにもならないんですけど……そこら辺はどうなんです?」
電磁誘導体に繋がってるケーブルを一本でも切れば、それだけで電磁誘導体が一部作動不能になる。
そうなると、加速中に砲弾が砲身にあたって確実に爆発するし、普通はエラーが出て強制射撃停止になる。
自前の予測演算でも同様の予想結果となる……。
となると、問題はもうひとつだけなのですよ。
「……侮ってもらっちゃ困るな。天霧……この距離、副砲64門の同時射撃……その程度、回避余裕だろ?」
「かっこよく決めたところ、誠に恐縮ですが、無理です。……距離が近すぎますね。現実的な数値確率ですが、相対距離5000での現時点での敵方レールガンの命中率は95%……。あの艦のレールガンが我々同等の性能という想定ですが、確率的にはほぼ全弾命中……120mmをそんなに食らったら死にます。まぁ、3、4発くらいは逸れそうですけど……死ぬってことには変わりないですね! 個人的には却下! 却下でお願いします!」
一応、天霧はステルス艦であり、光学隠蔽や電磁迷彩と言ったステルスモードで、本来目視観測すら困難なのだけど……。
砲撃用に各種アクティブセンサーを使用している上に、隠蔽解除しちゃってるから、居場所は丸見え……。
ステルス隠蔽で相手を攻撃する際は、アクティブセンサー類は使わずに、光学観測と言ったパッシプセンサーの情報のみで狙い撃つ。
これは対艦戦闘に限らず、陸戦の狙撃の際の基本でもある……。
長距離狙撃は……相手の認識外で撃つものなのですよ。
実際、シュバルツ辺りでは、宇宙戦闘艦なんかも強力な光学観測装置とか、優秀な受動レーダーとか、とにかくパッシブ装備が充実してた。
反面アクティブ探査能力は低いから、煙幕とか電子欺瞞措置とかであっさり敵を見失ってしまうと言う欠点も持ち合わせてる。
まぁ、ユリにはステルスとか意味ないって、証明されてるから、関係ないんだけどねー。
ちなみに、さっきの深深度潜行艦の触接も、とりあえずチョロチョロ邪魔くさかったから、ロンギヌスの補修用資材の鉄板とか鉄骨をドンガラガッシャンと山盛り沈めたら、ものの見事に直撃。
そんなんあり? ってエリコお姉さまが愕然としてたけど、アイデア勝利?
沈めたかどうかは良く解らないけど、資材諸共深度500くらいまで沈んでそのまま気配も消えたから軽く撃破したらしい。
如何に厳重にステルス化してようが、深いところに潜って無敵気取りとかしてても、居場所が解れば死ぬ。
そこは皆、一緒だと思うのですよ。
そう考えると、シュバルツのステルス大好きドクトリンって、微妙すぎると思う。
見つけにくいってのは、重要な要素だけど、絶対見つからないとか見つからなきゃ無敵とか、そんなのありえないし。
もっとも今回、遥さんの失敗は……カッとなって冷静さを欠いちゃった事かな。
先に大砲を無力化して、話し合いとかすればよかったのに。
それを可能とする装備もあったんだし、冷静に見ればハリボテだって事も解ったはず。
もっとも、遥提督もさすがに銀河連合軍にまで喧嘩を売ってくるとは考えていなかったんだろうし、こんな展開となるのは予想外だったんだろうね。
たられば言ってても切りないし、ヤケを起こした人間が一番怖いって、訓練中の教官さんの昔話で聞いたことあるけど、やっぱりそんなもんなのですよ……。
うーん? これは……遥さんも救った上で、誰も死なせずにってやる。
めちゃくちゃ難易度高いのですよ。
なんか、ドンドンハードル上げられてる感いっぱい!
なんとなく、呼ばれてたような感じがしてたんだけど。
ここまで、難易度高い状況だとなんとなく、それも頷けるのですよ。
けど、攻略の糸口は見えてきた。
一撃で大砲を無力化して、天霧を狙ってる副砲群の狙いをまとめて逸らす。
プラン制定……うん、これなら多分行ける。
難しいけど、出来なくもない。
いや、やるのですよ。
まさに、ユリでなきゃ出来ない。
さぁっ! 盛り上がってきたのですよー!
「はぁ、そこは……自信満々で華麗に全弾回避します! とか言い切ってくれよ。なんで、普段は確率とか適当なのに、こんな時に限って冷徹に計算してんだよ」
「いや、さすがに今回は無茶が過ぎます。もういいじゃないですか……。このまま、砲口突きつけ合ってても相手が先に折れますって……。相手の砲制御……これ人間がやってますよ? レーザーサイトもガックガクでむしろ、可哀想になってきてるんですが。えーっと、先程の数値訂正ですね。現時点での命中率は10%程度でしょう。もっとも、それでも5-6発は当たります。提督が死ぬことには変わりないですね」
……なに、それ。
もしかして、スタークラスターみたいにジョイスティックでガチョガチョやってるとか、そんなの?
けど、確かに天霧さんから送られてきてるデータでは、レーザーサイトがガクブルしてるのが解る。
ちょっとまって! フルマニュアル砲とか、ホントにありえないっ!
「5kmで命中率10%……ね。まぁ、マニュアル照準なら、そんなものか。だが、人間を侮っていると、想定外の能力を発揮して、足元をすくわれる事になる。いつの時代もそこは同じだ。それにカイオスの馬鹿もいつ出て来るかわからないんだ。あの馬鹿は本気で死なばもろともをやってくるからな。おまけに、あのクリーヴァの将軍も同類のようだからな……違法再現体とは、恐れ入るよ……何処の馬鹿だ? あの技術を漏洩させたのは……」
「違法再現体……? なんなんですか、それは」
再現体に違法と適法がある? 流石にそんなの知らないよ!
「要するに、アタシらの同類……過去の人間の黄泉返りってとこまでは一緒なんだが、銀河連合の再現体プログラムに基づかない違法に再現された連中だ。クリーヴァの連中は、正規再現体として不適合と判断されて凍結されてた連中のデータを独自に入手して、再現した上で助っ人にしてるって噂があったんだが……。知ってるやつと会った以上は、肯定せざるを得ないな」
「確かに、クリーヴァの人達って妙に狡猾だし、死なば諸共の特攻戦術とか大好きみたいですよね……。これですか、カレギオ少将……なんだか、寝不足で干からびかけたオジサンって感じですね」
天霧のデータベースから、カレギオさんの写真を拝借。
なんと言うか、目の下のくまが凄い! 如何にも悪人って感じの痩せぎす顔。
目だけが爛々と光ってて、夜道であったらUターン。
後ろに居たら、猛ダッシュ……かな。
「野郎はコロニーを地球に落とすとか馬鹿げた作戦、平然と立てるような外道なんだ……。まったく、名前で気付ければよかったんだがな。アタシとしたことがすっかり失念していて、顔と声でやっと思い出した……思い出したら、昔の事が一気に湧き上がってきて、頭に血がのぼってしまった……。それであのザマだ……面目ない」
「……え? コロニー落としとかアニメじゃあるまいし……そんな無茶ありえるんですか?」
確かに、ハルマ叔父さん送ってくれたデータでも、話し合いの途中でいきなり遥提督が激昂しちゃって、この状況になったみたいなものみたいなんだけど。
コロニーみたいな大質量体……惑星表面なんかに墜落させたら、半径数千キロがふっとぶとか、惑星の形が変わるとか、軽くそんな事になるよ?
下手すれば地軸にまで影響が出るだろうから、最悪、自転周期が狂った挙げ句に環境が荒ぶって、何もかもがしっちゃかめっちゃかになって、誰も住めなくなる。
……敢えて、それをやろうとするって発想が信じられない。
「まぁ、アタシらの時代はそう言うのがまかり通ったんだよ。互いを滅ぼすのに手段を選んでる余裕が無くなってたんだ。核融合炉積んだ直径2kmもある超巨大衛星を、日本列島のど真ん中に落としたりとか、そんなのもあった……。もっとも、アタシらだって、コロニーレーザーの地上照射を阻止するために、住民乗せたままのコロニーを融合弾で焼き払ったりしたからな。……どっちもイカれてるだろ? そんなめちゃくちゃやってたから、いっそ何もなかったコトにしたんだろうな……。まぁ、賢明な判断だと思うよ。あの時代は……いわばパンドラの箱……悪い前例や人の業の集大成とも言える。だから、未来永劫開けちゃいけない。だから、この話も終了っ! いいね?」
……さらっと言ってるけど、なにそれ?
2kmもある衛星を地上に落とすとか……古代日本って、めちゃくちゃ人口密度高かったから、それだけで被害が尋常じゃなかったことは解る。
コロニーを住民諸共、焼くって……やらなきゃ、地上が焼かれるからって……もっとやりようなかったのです?
けど……これは大昔の封印された過去の話……。
この話だけで遥提督がどれだけ過酷な時代に生きていたか伺い知れるのですよ。
それに、ユリに無茶振りをする理由も……なんとなく。
「……興味あるんですけどね。空白の半世紀……でも、解るような気もするので、もう聞きません。結局、昔の話なんですよね……。そんな話、今の人達が知っても良いことないじゃないですか」
無茶苦茶な殲滅戦争の時代。
行き着くところまで行ってしまったこの世の地獄が体現したような戦場。
そんなの未来に伝えた所で、知った人皆が嫌な思いをするだろうし、それこそ先祖がこんな酷いことされたとか言い出したり、要らない遺恨を過去から引き継ぐ事になっただろう。
今の時代……ある意味、過去とはすでに断絶しているようなもの。
誰も得しない真実なんて、なかったコトにするのが一番なのですよ。
地獄の戦場の記憶だって、皆、忘れてしまって、当事者も居なくなれば、そこには何も残らない。
……その理屈は正しい。
遥提督が歴史学者の人とかに昔話を聞かれても、頑として何も答えないって話は聞いてたけど。
その判断は賢明なのですよ……多分、ユリもこの話は忘れた方がいいって思う。
「……そうだね。君って、基本的に物分りのいい良い子なんだな。多分、それが君の良いところだ。……それに引き換えアタシは……駄目だな。過去に引きずられて、いつも失敗する……。君が羨ましいな」
「ワガママ言う子は嫌われるし、モテないのですよ?」
それだけ言うと、遥提督も苦笑する。
「やれやれ、君には敵わないね。ところで、ユリコちゃん……見ての通り、あの船は張子の虎だ……。だが、何か得体の知れない気配を感じてならない……どう? 君には何か感じないか? ハルマ大佐からも警告されてたから、さっきから気配を探ってたんだが、少なくともアタシの中ではほぼ確信に変わりつつある」
得体のしれない気配?
なんだろ……確かに、さっきから首筋のゾワゾワが消えてない。
ちらっと意識しつつエベレストを視界に入れると、なんだかゾゾゾワーッとした感触が! な、なにこれっ!
「わ、わたしもそれは感じていました。圧倒的なプレッシャーのようなもの……。あの意見具申ですが、やはり問答無用で沈めるべきかと! あの船……何かとんでもない切り札を隠している可能性がありますよ」
「その様子だと、ユリコちゃんも何か感じたようだね。エベレストの後部デッキの格納庫なんだが、やけに温度が低い……恐らく内部温度は絶対零度に近い。つまり、中身は何かを凍結封印したものだと思うんだが……その中身が気になる。正直、このまま沈めるのはマズい気がする……徐々に温度が上がってるみたいだから、解凍中みたいなんだが。そうなると、ナマ物っぽいよな。ものすごく嫌な予感がする……。すまない……攻撃は少し待って欲しい。最低でもあれの正体を確認した上で、行動する必要があるだろう」
なんか、意見が分かれた……。
とりあえず、今は様子を見つつ、積荷の正体を先に確認すると?
けど、初霜ちゃんは、さっきと打って変わって一発爆沈させて、問答無用で積荷ごと沈めるべきって言ってる。
まぁ、実際問題……怪しいものとか、時限爆弾とかも一番早いのは、爆破処分だし。
エーテル空間の場合、訳の解んないものでも沈めちゃえば、そのうち腐食されて、溶けてなくっちゃう。
そう言う意味では初霜ちゃんの判断は正解だし、歴戦の初霜ちゃんがこれだけ強く主張するってことは、相応の危機感を感じてるって事。
問題は冷凍コンテナの中身だけど……。
ホント、なんなんだろ? これ。
感触として、気配自体は、寝てる人みたいにとっても薄いんだけど……。
ものすごい人数を丸めて固めたみたいな気持ちの悪い感覚がする。
どのみち、刺激するのは良くないと思う。
こう言うときは、素直に年長者に頼る!
『宛:水狼 現在取りうる最適な選択は何か? 意見具申求む。』
ぴこーん。
「意見具申要請了解。エベレストには、奴らの言うところの切り札が仕込まれているとの情報あり。艦そのものを破壊した場合、何が起きるか結果が予測できない。可能ならば、主兵装のみを破壊した上での揚陸制圧を提案する。その場合の敵艦の制圧作戦は我々が実行するので、委細問題なし、以上プラン検討されたし』
……困った時の叔父様アドバイス。
確かに、結果の予想ができないってのは怖い。
良く解らない秘密兵器的なモノが積まれてて、安全装置を解除してる真っ最中って事なら、味方の歩兵部隊を乗り込ませた上で、乗員を無力化して作業を強制停止させて、安全な状態にする……それが危険物なら、その対応が一番無難な気もする。
ここは、叔父さんの提案に乗ってみるのですよ!
 




