第五十一話「静かなる戦い」③
「詰んでる……か。その割には威勢が良すぎるな。向こうは、先程、威嚇として中継港の管制塔を上だけ吹き飛ばしてみせた。恐らく、その気になれば上空で散弾の一発でも弾けさせて、一撃で民間船など殲滅できる……そう言いたいのだろうな。データは取れたからな……あの要塞砲の危害半径や威力を計算した結果、まぁ、この中継港全域が榴散弾の雨にさらされるのは確実だと結論が出た。威力に関しても、散弾一発でも民間船の防御システム程度は十分突破可能。要するにたった一撃で船団を全滅させるくらいは容易いようだ」
「確かに……。これは、事実上の最後通牒にも取れるな。トップレベルで話が付きつつあるのに、現場ではそんな無法をしでかす……。人的被害が出てないとは言え、そんなのは君等が念の為に退避させていただけだろうしな。問答無用で実弾をぶっ放したとなると、普通は即座に撃ち返されても文句は言えない。……となると、連中はすでに一線を越えたと言えるな。古代の逸話になぞえると「alea iacta est」……ルビコン川を渡った……だな。こうなると、トップがそもそも約束を守る気がないか。或いは現場サイドが上の意向を無視して暴走しているか。そんなところか……こりゃ、少々まずい状況かもしれないな」
「そうだな。いずれにせよ、君が言うように、奴らは追い詰められた結果、超えるべきではない一線を超えた。追い詰められた者は何をするか解らない……これ以上、民間船をここに留めるのは危険極まりない……。ここで一度退くのは止むを得ない。ひとまず30分で撤退は現実的ではないからな、段階的撤退を約束して、時間稼ぎを試みるつもりではいる。もっとも、上手くいく保証はないのだがな」
ハルマ大佐の判断は現実的なものと言えた。
それに時間稼ぎが目的なら、このまま普通に撤退するだけでスペシャルズの来援までの時間程度なら稼げる。
今の状況からすると最善の判断と言えたのだが。
相手がこのまま、無事に撤退させてくれるかどうか解らないと言う問題があった。
「まったく……この局面で無茶な脅迫ってのも効果的な手法だと言わざるを得ないな。だが、何を焦っているんだ? こう言うトップ同士が譲れない交渉でやりあってる中、最前線では銃口突き付けあってる状況ってのは、非常に危険な状況なんだ。たった一発の銃弾で抗争が始まり、破局に向かってまっしぐらなんてのも珍しくない。人類の歴史でも似たような事例は何度もある。ここで兵を引くのは、ある意味勇気ある決断と言えるだろうさ」
「遥提督殿……ものは相談なんだが……。貴官は銀河連合軍の提督だ。良ければ、この場の仲裁役をお願い出来ないだろうか。こちらは民間船団については、確実に退かせるつもりだ……最低限、敵にその安全を保障させた上で、中継港への上陸と言った真似をさせない為には、君が間に割って入ってもらうのが有効だと思う」
不穏な動きを見せているクリーヴァとは言え、銀河連合軍関係者に真っ向から喧嘩は売らない。
であるからには、遥提督に仲裁に入ってもらうのが、この際一番安全ではある。
「まぁ、仲裁役ってのも悪くないけど。ひとつ問題がある……君達は撤退する……それはいいだろう。だが、そっちの最強部隊が出てきたら、どうなる? 第三者たるアタシを引き込んで利用しておきながら、そっちは騙し討で敵の背中からズドンと決める訳だ……なるほどね。アンタ、結構タヌキだね」
遥提督に仲裁を頼んだとしても、ハルマはスペシャルズの進軍を止めるつもりは無かった。
状況がどう転ぶか解らない以上、実力行使のオプションは決して手放してはいけないから。
何より、遥提督の駆逐艦隊では、相手が暴発した際の戦力としては心許ない。
これを正直に言うべきかどうか、ハルマも迷いどころだった。
「こちらの秘匿部隊の進軍状況まで、知っていたのか……。聞きしに勝る情報収集力だな。だが、すまないが、スペシャルズは退かせる事は出来ない。状況がどう転ぶかわからないのに、こちらも有力な戦力を退かせるわけにはいかない」
それだけ告げると、遥提督もニヤリと笑みを浮かべる。
「なるほど、こっちに全部押し付けて丸投げするつもりなら、むしろここで、ギリギリまで傍観させてもらうつもりだったが。そうでもないようだね……。いいかい? 戦場でもっとも簡単に信頼を勝ち取る方法は、共に戦い血を流すことだよ? もしくは、その覚悟を見せることさ……それがあるのとないのでは大違いだ。中央艦隊の連中もそこは解ってるから、入れ代わり立ち代わり戦力を送り込んできてるんだよな。反面、中央司令部の奴らは……戦場の空気も知らん奴らに指揮なんて出来る訳がない」
「なるほどな……試されていたのかな? まぁ、いずれにせよ……民間船団とスペシャルズが入れ違いになるのが理想だな。ただ、その間……ケスラン中継港は無防備になる。向こうの暴発はもちろんだが、強行突入の上で揚陸戦など仕掛けられると、それはそれで問題だろう。それに……なんとも嫌な予感がするのだよ」
「……確かに、アタシの目の前で揚陸戦なんて始められたら、ブチ切れる自信あるな。なぁに、こっちにも策があるんだ。この問題は可及的速やかに解決する……任せてくれ、ただしやり方はこっちなりのやり方でいくし、細かいリクエストは聞かないよ」
「引き受けてくれるということか。ありがたい……だが、どのようにして仲裁するつもりだ? 駆逐艦一隻程度では些か実力不足なのではないか? 如何に銀河連合軍の名においての仲裁だとしても、相手が暴発したら、何の意味もないぞ」
要するに、こんな戦争勃発一歩手前の状況に割り込むともなると、第三勢力にも相応の実力が必要なのだ。
その気になれば、両軍を蹴散らせるくらいの実力があると言うのが理想ではあった。
「実際は、あと三隻駆逐艦を隠してるし、後続の戦力も軽く30隻くらいはいるから戦力としては問題ないな。それにアイツラが暴走しようが問答無用でねじ伏せることがもうすぐ可能になるから、もう全面的に任せてもらっていいよ。ぶっちゃけ、ここでアンタらエスクロンがクリーヴァと全面的にやり合うのは時期尚早……そう考えてるからね。それにハルマ大佐、アンタ……クスノキ家の人間なら、ユリコちゃんの事は知ってるだろ?」
その名前を聞くなり、ハルマ大佐も顔色を変えて、無線機を個人秘話モードへと変える。
部下たちには、ハンドサインでその旨伝えると、誰もが理解したようで一斉に押し黙ると司令室からも続々と退出していった。
「……すまない。急遽、個人秘話モードにさせてもらった。それに人払いも済ませた。以後、この会話は君以外の誰にも聞こえないし、聞かせられない。少し込み入った話をすることになるがいいかね?」
「ふむ、賢明な判断だね。続けてくれ」
「クスノキ・ユリコ宇宙軍特別少佐は、私の妹の娘にあたる……要は姪で身内の人間だ。だが、彼女の存在はすでに我が国の国家最高機密となっているはずだ。何処でその名を知った? 返答次第では、こちらも相応の対応をせざるを得ないのだが」
「ははっ、そう警戒しないでいいよ。彼女とは直接会ってるし、本気で殺し合う一歩手前でやりあった仲ってとこだよ。なるほど、名前からしてクスノキ一族のようだったから、もしかしたらと思ったけど、ハルマ大佐は彼女をよく知る身内ってことだね。じゃあ、彼女についての説明は無用かな」
「……表向きには毎年、正月に顔を会わせる程度の関係だがね。いつも一言も喋らず、表情すらも変えない人形のような娘でありながら、誰よりも苛烈な信念と意思を持つ娘だ。だが、先日もうひとりの姪のエリコから、彼女の近況を伝えられてな。あの娘が真っ当な普通の子供達と共に学校に通いながら、笑えるようになったと聞いた時、救われた思いがした」
実際のところ、号泣するまでの喜びようだったのだが、そんな事は微塵にも見せないつもりだった。
「……そうかい。大佐殿から見て、彼女はどう思う? 身内としての率直な言葉を聞きたい」
「ここ数年の彼女の功績については、よく知っているよ……。あれはとんでもない逸材だ……エスクロンの守護女神などと呼ぶものまでいるほどだ。最前線に出ても居ないのに驚くべき功績をいくつも上げているし、我が国の反強化人間派を駆逐し、自力で自分達の居場所を作り出したりもしている。もっとも、あんな子供に頼らざるを得ない自分たちの無能と不甲斐なさについては、怒りすら覚えているのだがな」
それはハルマ大佐の偽らざる思いだった。
……機械の体となり、苦痛を伴う調整と非人道と言えるような厳しい訓練を繰り返し、誰よりも過酷な戦場へ赴くことが運命づけられている少女。
その境遇を思うと、ハルマもやるせない気分にならざるを得なかった。
特務所属故に、人より多くの事情を知る……そして、身内であるがこそ、その怒りにも似た思いは誰よりも深かった。
それ故に、彼はかつて、彼女を陰ながら守る役目と言うものに就いていたのだった。
無銘として、宇宙軍特務部隊に籍を置くのも、その名残と言えた。
実際は、彼女とその仲間達……強化人間の凄まじさを間近で目の当たりにすることになったのではあるが。
クスノキ・ユリコを影で支える理解者の一人。
このクスノキ・ハルマと言う男はそんな立場の人物でもあった。
ハルマおじさんは、かつてユリコ達の専属警護特務部隊のリーダーやってたひとです。
ちなみに漢字だと「楠 春真」さんです。
アラフォーの独身おっさんです。
CVはベタですが、大塚 明夫さんかなぁ。
お察しでしょうが、超苦労人ポジの方です。




