第五話「亜光速ドライブ」①
『こちら、管制AI「アルギュロス」……エトランゼ号の艦長様ですね』
不意に女性の声が操縦席のスピーカーから聞こえてきて、空間投影モニターに、長い黒髪の満面の笑顔を浮かべた女性オペレーターが映っているけれど、多分これはイメージ画像。
これもやっぱり、AI……ティア2の統括管制AI……つまり、この宇宙港の最上級AI。
本来、出港する艦にわざわざ声をかけてくるような存在じゃないのですよ。
「は、はい、こちらエトランゼ号、艦長……クスノキ・ユリコです」
『クスノキ艦長、お会いできて光栄です。あら、エスクロンからの友好親善留学生の方でしたか。なるほど、その若さで艦長資格にA級操艦免許の所持者、クオンではあり得ないと思ってましたが、そう言うことでしたか。我々、クオン宇宙港管理AI群一同、及び停泊中の各艦より、貴艦の出港を心より祝福させていただきます』
「管制、了解なのです。無理を聞いていただき、とってもありがとうございます」
『いえいえ、私共の偉大なる先達、エルトラン卿の久方ぶりの御出港ですので、これくらいさせていただくのは、当然でございます。それでは良い航宙を!』
レールから発射台に乗せられ、電磁浮揚状態となり、クルクルと周囲を電磁カタパルトユニットが周回し始める。
前方100m程先にも同じものが設置され、その先にも……ゲートの外まで延々続いてるのが見える。
地面から離れた独特の浮遊感……艦内重力も消えているから、身体が軽くなったような感じがする。
本来km級の大型艦にも使われるゲートだけに、周囲はものすごくがらんどうって感じで、傍から見たら、凄くちまっと言った感じになってると思うのですよ……。
なんだか、すっごく注目を浴びてるのです……視線を感じる。
主にAI達だと思うのだけど……さすがにちょっと緊張するのです。
「……こちらは、クオン宇宙港管制……私は一等管制官ハシダテである! 第7ゲート、エトランゼ号の艦長に告ぐ! この騒ぎはなんだ! なんで、そんな小型艦が第7ゲートを使っているのだっ! 直ちに説明を求める!」
……なんだか、お冠な様子の管制官が割り込んで来た。
40代くらいのおじさんで、髭面の強面。
な、なんか怒ってるぅううううっ!
「せ、せつ……めい?」
こんなのAI達の慣習みたいなもんだから、人間が口出しするようなもんじゃないんだけどなぁ……。
彼らは彼らで、独自の文化や風習を持つから、たまに人間にとっては、理解に苦しむ行動を始めることもある。
けれど、基本的に人間に迷惑はかけないので、人間側の対応としては、軽く流すってのが通例のはずなんだけど……。
このおじさん……そう言う常識を知らないのかなぁ……。
「そうだ! こんな非常識な真似をやらかしおって! いいか、たった今、一等管制官権限による緊急停船命令を発動した! 直ちに発艦準備を停止し、搭乗員は速やかに下船し、管制室に出頭の上での口頭説明を行うよう、要請させてもらう! いや、これは命令だな……当方の命令を復唱し、直ちに命令を実行するのだ!」
め、命令? 何言ってるのです? この人……。
と言うか……とっても怖いのです。
男の人……それもおじさん、怒ってる……そんなコンボ決められたら、ユリ、泣いちゃうのですっ!
『……ユリコ様、この方は我々への理解が足りないと評判の難しい方ですので、私が対応します。……ご安心を』
ビクビクしつつ、どうして良いのか解らなくなってたら、エルトランが声をかけてくれる。
こ、こう言う人は苦手なので、お任せなのです!
コクコクと頷くと、エルトランがハシダテさんに通告する。
『こちら、航宙艦エトランゼ号艦載AI、エルトラン……当方のフライトプランCR-1019338は、すでに管制AIより認証済みにつき、問題はないと認識しております。当艦につきましては、慣例により優先度Sとして取り扱われており、フライトスケジュールに関しても、すでに相互調整済みでございます。発着スケジュール及び宇宙港業務に、一切の影響は出ておりません。本フライトの詳細につきましては、管制統括AI「アルギュロス」に提出、認証済みにつき、詳細は先方に問い合わせていただきたい。以上の理由により、艦長よりの口頭説明と言う不合理な行為の必要性は無いと判断致します。なお、一等管制官には、緊急停船命令の認証権限は付与されておりますが、その発令権自体はございませんし、命令権とやらも存在いたしませんので、その旨、ご了承ください。以上のご案内にて、管制との交信終了とさせていただきます。オーバー』
AIとしては、合理的かつ筋の通った対応。
確かに、航宙管制法に、航宙艦の発艦を強制停止させる緊急停船命令は、存在するんだけど……。
一等管制官には、そんな命令を独断で発令する権限はそもそも無いのですよ。
あるとすれば、管制AIの判断で発令し、強制停船命令を発令してもいいかどうかの判断を投げられた場合に、その判断を下す権限が与えられているはずなのですよ。
世にいうAI監督官と呼ばれる職業の人達の持つ権限って、基本的にそんな感じ。
人間の監督官には、命令そのものを発令する権限は持たされておらず、AI側の判断で発令される命令を最終的に発令するかどうかを判断する権限を持つ。
監督官の権限って、そんな程度のもの。
人間側の独断で勝手に命令とか出せるとか思ってる人もいるみたいだけど、そんな事が許されるなら、AIの判断なんて不要ってことになっちゃう。
判断はAIが行い、その実行許可を出すのが人間……そんな当たり前の事も理解してないって……。
うん、エルトラン達は、何一つ間違ったことは言ってないのですよ。
普通は、これで納得出来ると思うんだけど……この人、それで納得するとは思えない……。
なんて言ったら、納得するんだろ?
「ちょ、ちょっと待てっ! 貴様、何を勝手なことを……わ、私には、一等管制官として、強制停船命令を発動する権限があるのだぞ!」
『こちら、アルギュロス。ハシダテ一等管制官は何やら勘違いされているようですが、エルトラン卿の説明通り、貴官にはそのような命令を下す権限はございません。あくまで、私共の判断で発令した強制停船命令の実行許可権限と実行拒否権限があるのみでございます。そして、私ども管制AI一同は、ハシダテ一等管制官のおっしゃる強制停船命令につきましては、発令の要なしと判断しておりますので、話はそれで終わりです。それではエルトラン卿……こちらは一切問題ありませんので、発艦シーケンスを再開いたしますので、よろしくお願い致します』
「はぁっ! な、なんだそれは! そんな話、聞いておらんぞ! え、ええいっ! アルギュロス……この管制責任者たる私が話をしているのだぞ……勝手に口を挟むな! いいから、発艦を中断して私の話を聞けと言っているのが解らんのか! そ、そもそも、貴様ら……高校のクラブ活動って、なんなんだこの理由は! そんなもん納得行くか、ええいっ! とにかくそこの白髪のガキっ! お前が艦長なんだろ! さっきから黙ってないで、返事くらいしろっ!」
案の定、ヒートアップ……解んない人だなぁ……。
宇宙港の主管管制AIなんて言ったら、誰よりも偉い最上位権限者なんだから、アルギュロスがいいって言う以上、問答無用で問題なんてないってことになるのに……。
メッセージ通信で、アルギュロスから「こいつ、本日付でクビにしますんで、ご容赦を」という旨のメッセージが届く。
ハシダテさん、いきなり無職とか……さすがに、可哀想すぎる。
それはやめて差し上げてと返信し、了解との返信……良かったね! ハシダテさん!
けど、この調子だとユリがなんか言わないと引っ込みつかない様子。
でも、ユリが説明するにしても、エルトランの言ってることの繰り返しだし、管制AI群や艦艇AIが自分達の裁量権の範囲内で、相互調整してくれて、発着スケジュールへの影響も殆ど出てないんだから、別に文句言われるような筋合いもない……。
こんな自分の権限も理解してない頭の悪い分からず屋のおじさんを相手にして、ちゃんと話が出来る気がしないのです。
ユリ……もう、この時点で涙目。
さすがに、困り果ててると、隣にエリーさんがやってくる。
もう無重力状態なのだけど、意外と問題なく後部座席から、ここまで来れたようだった。
「……責任者って事は、わたくしをご指名って事ですわよね。ユリコさん、大丈夫ですわ……こう言う分からず屋な大人の対応は慣れてますので……」
「……部長さぁんっ!」
エリーさんが頼もしすぎるっ!
エリーさんが副操縦士席に座ると、備え付けのヘッドセットを被る。
エルトランも察してくれたようで、ハシダテのおじさんの映った空間投影モニターが、エリーさんの前にぴょーんと移動していく。
「お勤め、ご苦労様です。ハシダテ一等管制官殿。わたくし、サクラダ高校2年生のエリザベート・ユハラと申します。……サクラダ高校宇宙活動部の部長を務めております。代表者をご指名とのことですので、わたくしがクスノキ艦長に代わってお話伺わせていただきます」
「な、なんだ貴様は……いきなり! ええい、お前みたいな子供に話しても解るわけないだろう……良いから、解るやつを出せ! そもそも、お前ら全員未成年なのに、なんで航宙艦を動かしてるんだ! クオンでは未成年者には航宙艦免許は所得できないはずだぞ! さては貴様ら、無免許なのか? そうなんだろうっ! この犯罪者共が!」
「随分な言い草ですわね。わたくし達のやることに、何か法的な問題があるとおっしゃるのでしょうか? エルトラン、そこら辺どうなのかしら?」
『法的な問題があるなら、そもそもアルギュロスも出港許可など出しませんね。ハシダテ管制官殿、クスノキ艦長はエスクロン……それも特別親善留学生の方です。艦長は、Aクラスの国際操艦免許を所得済みにつき、法的問題は一切ありません』
「なら、問題なんてありませんよね……。つまるところ、ただの言いがかりですわ」
「い、言いがかりだと……た、確かにこれは、エスクロン国家認定のAクラス国際航宙艦操艦免許……。法的には……未成年であっても問題ないということか……だ、だがな……」
「ハシダテ管制官……まだなにか? と言うか、ユハラ財団当主の孫娘の相手は不服という事でしょうか?」
エリー部長がエルトランと世間話でもするように、その事実を告げるとハシダテのおじさんの顔がひきつった。
「んなっ! ユ、ユハラ財団……四大貴族……あ、あのユハラ家の方……なのですか? それにクスノキって……ま、まさかエスクロンの……?」
……このおじさん、露骨に態度変わったっ!
さっきまで、こっちが子供だからって、威圧感丸出しでヤナ感じだったのに、唐突に揉み手しながらの、ニコニコ顔に変わる。
こ、こう言う駄目な大人にだけは、なりたくないのです……。
「……この宇宙港だって、財団から随分な援助が出てますよね。スポンサーは大事にすべきではないですか? それにユリコさんについても、エスクロンから友好親善として、いらっしゃったお客人のようなものですから。差別的言動が過ぎると、国際問題になりかねませんよ? クオンの公務員としては、暴言は慎むべきかと思いますわよ……犯罪者呼ばわりなどされていたようでしたが、気の所為でしたか?」
「……た、たいへん、失礼致しました……発言を取り消したいと……ぞ、存じ上げます。え、えっとですね……こ、今回は一体なんの目的で? フライト目的が部活動……では、こちらも何が何だか……と言う事で、お声をかけた次第なのですが……」
……ちらりとフライトプラン申請書を見る。
エルトランが作成、提出したものではあるのだけど、フライト目的には一言「部活動のため」としか書いてない。
けど、アルギュロス以下管制AI群の認証サインはすでに入っており、AI側ではこれで問題ないと判断しているようだった。
AIってのは、書類の書式とか手続き上問題なければ、細かいフライト理由までは気にしない。
気にするのは、むしろ人間側ではあるのだけど、航宙管制官なんて管制AIが上げてくる承認依頼に基づいて、右から左で最終承認を下すのが、その主たるお仕事。
最終責任者という事で、何かあったら人間の管制官が法的責任を担うことになるのだけど、彼らは最終責任を持つのがその仕事の本分であり、その分の責任手当はちゃんと付くので、そこは割り切るべきだと言われている。
要するに、AIが判断に迷う時や想定外の状況以外では、人間なんて口を出す必要もないし、そんなもの誰も求めていないのです。
業務時間の大半を昼寝したり、ゲームやって遊んでたって、最終承認さえやってれば、誰も文句言わない。
AIが仕切ってる部署での人間の仕事なんて、大体そんなもんなのですよ。
……確かに、未成年だけしか乗ってない航宙艦の出港ってのは、クオンじゃ想定外と言えば想定外なのかもしれないけど。
でも、外国人が操艦してるなら、普通にあり得ると思うし、管制AIがOKって言ってるなら、そこで納得すればいいと思うのですよ……。
もっとも、こちらもフライト理由を聞かれても……。
観光? いや違うなぁ……調査ってほど学術的でもないのです。
そもそも、何しに行くのかすら決めてない。
……ユリもよく解んないのです。
「申し訳ありませんけど、わたくし達の飛行目的は、申請どおり部活動としか言いようがないのですよ。優先度がやたらと高くなってしまったのは、AI達の風習か何かのようですから、わたくし達の関与するところではありません。ところで、フライトプランって分刻みで設定されてるようなのですが、ハシダテ管制官の最終承認が下されない為に、色々止まってしまっているようですよ。エルトラン……この場合、どんな問題が起きますか?」
『はい、エリー様。航宙管制法規においては、人間の管制官が最終責任を担うと明記されておりますが。法的及び業務手続き上問題ないにも関わらず、個人的感情や興味本位で、円滑な業務の停滞を招いたとなると……管制官の重大な過失は免れません』
「……だそうです。そんな訳で、発艦許可を改めて、いただきとうございますわ! って言うか……まだ、しょうもないイチャモンを付けるおつもりなので? いい加減にしてくださるっ! ハシダテ管制官殿……わたくし、お名前覚えましたわよっ! いい? 明日から路頭に迷うことくらい覚悟してくださいな!」
エリーさんの口調が唐突にガラリと変わる。
笑顔なのは変わりないのに、何とも言えない威圧感に包まれる。
「りょ、了解しましたっ! た、直ちにっ! 承認致しますので、どうかご容赦をっ! よ、良い旅をーっ!」
ハシダテ管制官がそう言うと、フライトプラン、最終承認の通知。
管制AIから、出港準備完了の報告。
エリーさんに視線を送って、コクコクと頷いとく。
「それでは、皆様、御機嫌よう。快く送り出していただき、深く感謝ですわーっ!」
エリーさんがニッコリ笑って、通信終了。
『……さすがエリー様。権威とはこのようにして使うと言う見本でございましたな……悪くない恫喝交渉でしたな』
「恫喝交渉って……正直、あまりこんな風に権力振りかざすって好きじゃないんですけどね。あとでお祖父様にメールでもしておけば、別に問題にはならないでしょう……と言うか、思わずここに座ってしまいましたけど、良かったのでしょうか?」
「エリー部長……ありがとっ!」
身体が自由だったら、もう抱きしめちゃいたいくらいっ!
エリーさん、ちっこくて、頼りなさそうに見えたけど、それは外観だけ……このキモの座りっぷり、大人相手に堂々たる態度。
年の差なんて、一ヶ月もないけど……なんと言うか、さすが先輩って感じ!
ユリにはとても真似できないのです!
きゃーっ! 頼もしすぎるのですぅっ!
アップ分が前回分と派手に重複してました。
直しときました。(汗)