第五十話「やさしい時間」③
うーん、真っ先に考えつくのは……。
……ロンギヌスが囮に使われてるような気がするのですよ。
多分、現在進行系で何らかの大規模作戦が実施されてて、ロンギヌスは敵の視線を集めるためのプロパガンダとして、敢えて堂々と動かす。
その上で、何が起きてもすぐには解らない流域へ入ったとなると。
むしろ、手を出してこいと言うメッセージ?
手を出してきたら、敵の戦力分断にもなるから、その別作戦の側面援護になる。
それに、ロンギヌスが本命と見せかけて、その裏で別の戦力を動かすって手もある。
大きくて目立つ戦力ってのは、敵の注意も引くものだから、その運用はベストだと言えるのですよ。
……ロンギヌスは、冗長性やタフさに関しては、スターシスターズの戦艦よりも上と言われるほどの超巨大艦艇なんだけど、隠密性なんてこれっぽっちもない。
色々と考察を重ねた結果、ロンギヌスが囮なのは間違いない。
そこらへん理解も出来るし、賛同も出来る。
でも、ユリだけならともかく、宇宙活動部の皆とか、他校の生徒とか民間人や便乗者もたくさん乗ってる。
おまけに、便乗でくっついてきてる民間輸送船とかもぞろぞろといるし……。
この人達は、勝手に付いてきてるようなのもいれば、ロンギヌスに随伴して守ってもらう警護契約をしてる人達もいる。
付いて来る来ないは、この人達の勝手なんだけど、訳も解らず皆、ゾロゾロと付いてきちゃったのですよ。
300匹もの黒船が出てくるような物騒な状況で、そう言う非戦闘員も大勢いるのに、そんなプロパガンダ作戦とかホントに大丈夫? って思うのですよ。
そもそも、こうなると本命の大規模作戦が実行されてるって事なんだけど……。
何処で? 誰が? 何のために?
ユリも戦略的思考くらいは出来るように色々学習してるし、シミュレーションだってこなしてる。
おかげで、中途半端にものが見えるから、情報が不足してるとむしろ色々気になってしょうがないのですよ!
「ロンギヌス、状況確認。情報封鎖を受けているのは解ってますけど、本行程の安全保障度は許容範囲内ですか? それとエスクロン宇宙軍が何か大掛かりな作戦を実行する予兆などはなかったですか」
もう何度目か解らないけど、秘話圧縮モードでロンギヌスに確認する。
ユリもちょっとイライラしてるってのが自分でも解るのですよ!
『こちらロンギヌス・マザー。ユリコ様、繰り返し同じ回答で申し訳ありませんが。我々もグエン艦隊のエスコートに従えとしか明白な命令が来ておらず、状況不明です。一応公式航路上ではあるようなのですが、ここ何年も使われていないような航路で、行き先も良く解らないのです。もっとも、所在はむしろオープンにされているようで、我々としても困惑しているところです』
ロンギヌスから転送されてきたエーテルロードマップ上では、各流路間の間……時空境界面外の何もないところを突き進んでるように見える……。
思いっきり裏道……。
と言うか、幅10kmとか5kmとかそんなだから、km級のロンギヌスだと結構ギリギリ。
このマップは民間用マップだから、軍艦しか通らないような抜け道とか危険な暗黒流域は載ってない。
となると、やっぱりここは暗黒流域……。
質問! なんで、こんな変なとこ……通ってるのー?
「グエン艦隊からは、何か言ってきてますか? むしろ、何かの罠? って感じなのですよ……」
なんかもう、色々ぶっちゃけたいけど、一応威厳ってもんがあるから我慢我慢。
良く解らないうちに、崇められてるみたいになってるし、もう訳の解らない所で株が爆上げ中みたいなんだけど。
ここでへニャッとしたら、幻滅されちゃう。
頑張ってキリッとするのですよ。
と言うか、キリッとしてる方がAIウケも良いので、頑張ってカッコよく! なのですよー。
『「貴艦及び随伴船に関しては100%の安全を保証する。無警戒航行でも問題なし。安心して当艦隊のエスコートに随伴されたし」との回答が巡洋戦艦フッドから来ています。ですが、警戒について他所任せにするほど、我々も甘くありません。こちら独自の周辺警戒は継続いたします……。もちろん、ユリコ様の勘についても、我々の統計データ上信頼に足ると結論づけていますので、些細な違和感であっても、ご報告ください』
ロンギヌス……察しがいいのですよ。
正直、初霜ちゃんが来た辺りから、首の後がチリチリして落ち着かなくなってたのですよ。
ちょっと前だったら、スルーしてたけど、今なら解る。
これ、多分……戦場が近い。
命の危険がある領域に足を踏み入れつつある……この感覚は、その警告なんだって。
それに気づいたら……なんだか無性に落ち着かなくなった。
憶測なんだけど、初霜ちゃんは不測の事態に備えるための伏兵……なんだと思う。
彼女がここに来たのも偶然ではなく、永友提督辺りが保険として送り込んだと見ていいのですよ。
……何が起こるのか?
今の状況ではそれすら解らないけど。
永友艦隊の最強カードを付ける辺り、先程の黒船の大群の襲撃とかそのレベルの危機が迫りつつある可能性も……。
少なくとも油断して良い状況じゃないのですよ。
ロンギヌスも暗黒流域という情報から隔絶された流域に誘導されることで、事実上の情報統制を受けながらも、すでに危機を察してるようで、しきりに情報収集を行ってるのですよ。
まだ若いAIなのに、ここまで戦場慣れしてるとか、大したものなのですよ
「あくまで、勘ですけど。多分、何らかの形で敵襲の可能性が高いと考えていてください。ひとまず、こちらにも情報をリアルタイムでお願いします。それとグエン艦隊の動向もよく観察していてください。今は警戒シフトで戦闘配備ではないんですよね?」
艦隊フォーメーションは、フッドを先頭に、千歳、千代田の三隻の大型艦を並べて、ロンギヌスが最後尾に配置。
その上で、駆逐艦が周囲を囲むように配置された輪形陣と呼ばれるフォーメーションで、多数の偵察機も出した上で、厳重な対空と対潜警戒をしつつ、即時にそれらに対応出来る配置になっている。
どちらかと言うと防御寄りのフォーメーションだけど、機動艦隊編成ならむしろ、このフォーメーションが普通。
戦慣れしてると評判の艦隊、護衛として不備はないと思うんだけど。
なんか、色々ひっかかるし、任せっきりってのは、どうかと思うんだよね。
それになんとなくだけど、警戒もむしろ、ロンギヌスに向けてるような気がするんだよね……コレ。
……気のせい?
『イエスマム。確かにグエン艦隊は警戒シフトで慎重にルートスキャンしつつ進んでいますが、今のところ問題はないようです。ただ、こちらを探る動きがあるのはやはり気になるところです』
「やはり、そうですか……。グエン艦隊の意図は何だと思います?」
『現時点では不明です。害意があるとは思えないですが、情報が不足している以上、なんとも言えません。申し訳ありません。白か黒かと言う事なら、グレー……ですかね』
要するに、解んないと。
ユリも解んない……解んない同士で考えてても無駄なのですよ。
まぁ、こう言うケースでは最悪想定がベスト……なんだけど。
今回のケースだと、グエン艦隊を思いっきり敵に回して……なんて話になるんだけど。
こんなの逆を言うと、完全包囲されてるモノ。
それはちょっとハード過ぎなのですよ。
「……確かに判断材料が少なすぎますね。とにかく、外部情報との途絶のほうが問題です。中継ブイが設置されていない流域のようですが、プラズマノイズにも緩急がありますからね。唐突に長波通信辺りが届く可能性もありますから、諦めずにしっかり聞き耳を立てててくださいね」
『かしこまりました……仰せのままに。では、長波暗号波を定期的に打っておきます。ただ、この様子からして、恐らく敵襲の可能性が高いのではないでしょうか? ここは監視ネットワークの圏外です。グエン艦隊の索敵網とこちらの索敵がすべてではありますが、奇襲されるとかなり危険だと思います』
「このエーテル空間は、航路に使われる所と違って、次元境界面が近いですからね。左右方向からの奇襲可能性は低いですし、航空戦力の運用も難しいでしょう。それに正面から待ち伏せの可能性も定石から考えるとまずありえないでしょう。監視や触接があるとすれば、6時方向から来ると思います。最後尾は誰かって解ります?」
奇襲を仕掛けるのに、真正面から挑むのはどう考えても賢明じゃない。
エーテル空間で奇襲を仕掛ける時は、基本上流側……背後を取っての奇襲が最大の戦果を上げるってのは、戦術教本にも載ってる基本中の基本なのですよ。
だからこそ、6時方向の警戒を最も厳にする……そこに配置されるのも、また最強の精鋭ってなるのですよ。
『グエン艦隊の殿艦は駆逐艦島風ですね。本艦からみて、6時の位置の最後尾に定位しております。事実上の艦隊指揮を担ってるようで、島風に多数の情報トラフィックが集中してますが、かなり高度な独自規格の暗号化通信を行っているようなので、具体的な指示や通信内容は不明です。スターシスターズ同士は、電波やレーザーも使わずに独自の超空間通信のようなもので意思疎通が出来ると言う話も聞きます』
やっぱり、島風さんが最後尾。
実際にやりあった事もあるから、腕利きなのは解ってたけど、やっぱりなのです。
それにしても、スターシスターズの独自通信システムかぁ……。
エーテル空間はレーザー通信も電波通信も怪しいから、新しい通信方式が必要だって話も昔から議論されてるんだよね……。
あれかな? ユリのこの気配や殺気を感知する能力の応用とかそんなんだったりするのかな。
この能力も、遮蔽物とか距離とかあんまり関係ないってのは解る。
相手がこっちを認識する……その時点でこっちは相手の居場所が大体わかる。
一度こっちが認識すると、割とどこまでも追っていけるし、慣れると気配だけで誰かとかも解る。
原理や理屈は未解明の部分が多いし、頭の中を直接モニタリングとか、無茶すれば解明できるかも……なんて言われたけど、絶対拒否……なのですよ!
フランちゃんとの空間戦闘の模擬戦の時の経験だと……フランちゃんの駆る200m級駆逐艦がデブリに隠れて全機関閉鎖……この状態で1000kmギリギリからデブリ越しに収束レーザー狙撃で狙ってきたって事があったんだけど。
それすらもユリは回避して、カウンタースナイプで撃沈判定取ってる。
フランちゃんの隠蔽は完璧で、赤外放射すらも消しきった見事なものだったんだけど。
戦闘ログを見ると、ユリはフランちゃんが狙撃体制に入った瞬間にユリはALスモークを焚いて、フル加速……その上で同じようにレーザーキャノンの一点収束を放ち撃破してたと言う……。
自分がやった事ながら、はっきり言って理不尽。
フランちゃんは、なんで狙撃したはずの自分が沈められたのか良く解らないとか、ボヤいてた。
ユリに言わせれば、フランちゃん……撃つ気満々で殺気だだ漏れだったのですよ。
けど、反省会で指摘して、無心で撃つってのを覚えてから、フランちゃんも一気に手強くなったのです。
フランちゃんも元気かな? 帰省したら、皆、うちの実家に挨拶に来るって言ってたから、会うのが楽しみなのです。
で、今感じてる感覚。
あの時の感覚とよく似てる……いつぞやかのステルス艦がこっちを狙ってた時もこんな感じだった。
撃つ気はまだないけど、敵意や害意を持ちながら、こっちをじっと観察してる……。
とにかく、確信した。
ユリは……相手がこっちを認識した時点で、数千キロの距離があっても捕捉するし、殺意なんて持ったらほぼ確実に捉える。
……これがどれだけ、チートじみた能力かってのは、普通に解るのですよ。
少なくとも今のエスクロンの敵……シュバルツもクリーヴァもステルスとか潜行艦とか大好きなんだけど。
それらがユリには一切通じない。
これって、天敵みたいなものじゃないかな……。
ああ……だから、暗殺とか誘拐とか物騒な対応になるんだ。
けど、島風さんはこれにまだ気付いてないのかな?
この感じだと、島風さんの後ろくらいに何かが居る。
多分潜行艦だと思うんだけど……角度がやけに深いような。
これだけは、ちょっと良く解らない。
まぁ、細かいあぶり出しは、ロンギヌスに任せればいいか。
「ロンギヌス。島風後方……多分、それなりの深さになにか居ますよ。島風に警告を。こちらでも指定の座標に集中スキャンをお願いします」
かなり大雑把ながら、推定相対座標を送る。
空でも表面にも何もいないとなると、多分相手は潜行艦。
やけに角度が深い……と言うか、深すぎるよ? これ。
自信満々で言い切っちゃったけど、ホントにいるのかな? これ。
 




