第四十九話「チーム・ユリコ出撃!」⑤
「うーん、お言葉ですが……。黙ってデータ交換コミュニケーションも悪くないんですけどね。私達もすっかりこんな調子でおしゃべりしつつってのが、すっかり当たり前になっちゃって……。人間の軍隊だともっと静かに戦うものなんですかね」
……気安い調子のアキの言葉に、ゼロも思わず苦笑する。
「う、うん? そこら辺はどうなんだろ? 揚陸戦隊とかだと、むしろ放送禁止用語とか下品な罵声が飛び交ってるから、可愛いもの? そ、そうなんだ」
補佐官か誰から忠言でも受けてるらしく、そんな言葉がダダ漏れになってる。
「言われてみればそうですね……。以前は戦闘訓練中でもこんな口頭でわいわいやり取りはしてなかったような……。あ、皆様に報告です……敵警戒空母撃沈と残存敵機の掃討を確認しました。結局20発くらい撃って16発当ててようやっと撃沈。意外とダメコンが優秀だったのと、レールガンの徹甲弾頭がスカスカ貫通しちゃって、有効打にならなかったみたいですね……ちょっとこれは要改良かと。ダーナもサボってないで、さっさと先頭代わってくださいな。スレイブ機の管制も兼ねるとなると、さすがに忙しくって困ります。ちなみに、私は前からしてもらうのがいい派ですね。でも、やっぱり初めての相手はユリコお姉さまがいいですねぇ……」
「だーからー! フランちゃんもシレッと下ネタ&百合ネタ投げ込まないでちょーだい! しっかし、フランちゃんも凄いね。距離40000でレールガンの命中率軽く8割でしょ? それってスターシスターズの精鋭クラスの数値なんだけど……初陣でこれとは末恐ろしいって、軍人さん達も皆言ってるよ。弾頭については、榴散弾も詰んでたはずなんだけど……使わなかったの?」
レールガン自体は、基本的に運動エネルギー兵器ではあるのだが。
運動エネルギーが高すぎて、軽装甲や非装甲と言った軟目標に当たるとそのまま貫通して、穴をあけるだけに留まってしまうケースが有る。
今回は、まさにそのケース。
とは言え、これはある程度は仕方がないと言った一面がある。
彼女達が想定敵として、シュミレーション訓練を重ねてきたのは、基本的に本来の敵である黒船なのだ。
黒船相手ならば、100mクラスの駆逐種でも戦車装甲並みの外殻を持っているので、弾種については徹甲弾使用の一択となる。
この辺りは、スターシスターズ艦艇も同様で、彼女達にとって、砲弾の弾頭は対装甲目標用の徹甲弾が基本。
この徹甲弾も厳密には、細長い槍のような弾頭を超高速で撃ち出すAPFSDSや高温の爆風を一点集中させるHERTと言った細々と種類があるのだが。
黒船と言う強固な外殻を持つ生物兵器に有効な弾頭となると、外殻を貫通して、内部組織内で炸裂するような弾頭が有効とされていた。
なので、対黒船戦に使われる弾種は徹甲弾に炸薬を詰めた徹甲榴弾(APHE)が基本。
他にも、対空用の小口径砲弾として、徹甲焼夷弾(API)、徹甲炸裂焼夷弾(HEIAP)あたりが使われることもあるが……スターシスターズは、手持ち物資を極力にシンプルにしたがる傾向があるし、補給の観点からもあれやこれや弾頭を揃えるよりも汎用性の高い弾種に絞ったほうが効率的。
そう言ったわけで、スターシスターズ艦艇で砲弾と言えば、ほぼこの徹甲榴弾となっている。
ただ、この徹甲榴弾を軟目標へレールガンを使うと、その運動エネルギー故に別の問題が発生する。
今回対応した索敵母艦辺りともなると、装甲は最低限の軽装甲レベル。
レベルとしては、機銃弾くらいなら耐えられる程度で、小口径レールガンでも容易く貫通する……その程度。
想定としては、エーテル空間内でたまに飛んでくるデブリと呼ばれる風にのって飛んでくる岩塊やら、プラズマ雲付近を通過時に襲いかかってくるプラズマシャワーあたり。
このレベルの装甲にレールガンの徹甲弾頭を撃つと、貫通力がオーバーキルとなってしまい、前述のような結果となってしまう。
エスクロンもその問題については、認識していて、対軟目標用の炸裂榴散弾……着弾すると即座に爆発するタイプの砲弾も開発し、搭載はしていたのだけど。
フランも本来は、航宙艦乗りでエーテル空間戦闘については、若葉マークレベル。
素性は悪くないのだけど、軽装甲目標との交戦も初めてで、そこまでは気が回らなかっただけの話だった。
「あ、弾種変更忘れてましたね……。確かに、ヤワイ目標に対しては、炸裂榴散弾の使用がベストなんでしたっけ……失敗しましたね。けど、レールガンも今のでだいぶ、コツ掴めて来ました……宇宙と違って、重力があるってのは大変ですね。おまけにその重力も0.8から1.2Gくらいの間でめちゃくちゃ変動するし……これで曲射で当てるってのは相当ハードです。もっとも、事前の環境探査で詳細な重力マップを作成し、精密予測を立てれば、あまり問題ではなくなるでしょうけどね」
「なるほど……スターシスターズが戦場の環境情報を熱心に収集した上で戦闘に臨むのは、その辺りもあるんだ。けどまぁ、それ無しってなると、勘だけで期待値以上の命中精度出してるってことだよね? フランちゃんも大したもんだよ。ところで、君って真面目で品行方正キャラじゃなかったの?」
アキとダーナとフランの三人娘の中で、見た目も大人しそうでお嬢様然としてるのがフランなのだけど。
その戦闘意欲や潜在的な凶暴性については、彼女はトップクラスだと言われている。
なにせ、彼女の実戦デビューは、試験艦のテスト中に10隻ほどの反乱AI艦の残党との遭遇と言ったものだった。
その戦いで、他にも現役軍人が操艦する護衛艦が居たのにも関わらず、彼女は彼らの静止を振り切って、真っ先に一人で敵艦隊に向かって突撃を敢行し、あっという間に全滅させてしまったのだ。
……その獅子奮迅の戦いぶりと、全滅必至の状況を軽く覆した戦闘力から、彼女はエスクロン宇宙軍の航宙艦乗りから敬意を込めて「小さき軍神」と呼ばれるようになったのだ。
もっとも、そんな彼女でも自他ともに認める「永遠のNo.2」……。
「No.1」が誰なのかは言うまでもなかった。
「ふふっ、私は個人的な願望を述べただけですよ。ちなみに、ゼロお兄様は中性的な感じで、悪くないと思ってますよ……アリナシで言えば、余裕でアリです。他の男性の方のようにガツガツしてないし、なにより美形ですからね……うふふ。アキちゃんも言ってたけど、なんだか私も身体が火照ってしまって……」
フランの言葉にゼロは露骨に狼狽えて、背後に控える幹部社員たちに助けを求めるように視線を送るのだけど……誰もがコクコクと頷くと、朗らかな笑みを浮かべる。
彼らの言いたいことを一言でまとめると、適当に可愛がってあげればいいんじゃないですか?
……こんな調子だったりもする。
まがりなりにも、エスクロンの最高指導者ではあるのだが。
その真摯な職務姿勢と、ときおり見せる未熟な若者としか言いようがない言動は、むしろ好意を持って受け入れられていた。
「う、うん? ありがとうって言うべきなのかな? けどさぁ、こんな風に女の子たちが下ネタ飛ばし合いながら、キャッキャウフフってやりながら、片手間みたいにドンパチこなすってのは、なかなか無いと思うんだけどね。けど、実際ミスもなく、今の所パーフェクト。モニターしてる側は気が気じゃないけど、君達自体が問題にしてないなら、別にいいのかな? そう言う事なら、もう好きにやりたまえだよ」
癖の強い人材揃いの第三世代強化人間。
必然的に彼らのまとめ役となってしまったゼロの基本方針は、まさにこれだった。
「君達の好きにやり給え」
その上で、バックアップは惜しまないし、フォローもする。
彼らの提案や要望は積極的に受け入れるし、ゼロ自身も困った時は遠慮なく相談する。
ゼロなりに考えた末、こう言う方針がベストだと判断したのだった。
けれど、その方針は正解だったようで、孤独の王者そのものだったゼロ自身にも確実に良い影響を与えて来ていて、強化人間のCEOと言う存在に信頼を抱けずに居たエスクロンの古参幹部達も、彼の行い……シンプルに年上を敬うと言う態度にほだされて、徐々に心から信頼を置くようになってきていたのだった。
「ご理解ありがとうございます。まぁ、この無駄なやり取りのおかげで、まるで日常の延長みたいな感じで任務遂行出来てますからね。大丈夫ですよ……危険な任務だってのは解ってますし、きっちりやり遂げてみせますよ。あ、戻ったら美味しいご飯とお風呂がいいですねー。あ、良かったら、今度こそ一緒にお風呂入って、お背中お流ししますよ。私だけでなく、ダーナやフランも一緒にまとめて! やったね! ハーレムじゃん!」
アキのとっても余計な一言を聞いて、ゼロもさすがにゲンナリとした顔をする。
慕われているし、敬意も持ってもらっているのだけど。
年下の妹分と思っている娘達に、こんな風に直球どストレートに好意を示されると言うのは、人付き合いに関しては、未熟なところのあるゼロにとっては、割と酷な話でもあった。
「……ゼロ兄さん。あの風呂ってなんで、男女別にしなかったのです? 僕らって男子が少数派だから、先日、皆が泊まりに来た時も揃ってえらい目にあったんですけど……。あ、これは密かに用意していた女子禁制ネットワーク回線ですから、気兼ねなくどうぞ。僕もダゼルも母艦帰還中でオートパイロット任せにしたので、割と暇なんですよ。愚痴や弱音くらい同居者のよしみで付き合いますよ」
アキに対して「うん、まぁ……」等と言う曖昧な返事をしそうになっていたのだけど。
ゼロの個人回線に飛び込んできたケリーからの通信にゼロは救われたような思いがした。
数少ない同年代のご同類……ダゼルとケリーは、ゼロにとっては気の置けない気楽に話せる者達であった。
まさに腹心の友……ゼロにとっての二人はそう言う存在だった。
公式の場を含めて、四六時中影のように付き従い、行動を共にし、気兼ねなく言葉を交わす……あまりの仲の良さに、ゼロCEOはそっちの趣味がある……などと言う噂も流れてはいるのだけど。
公式にはまだデビュー前のゼロCEOと、その親衛隊同然の第3世代強化人間の詳細な情報を知る人間は多くなく、その噂を流しているのは、主に女子連中だったりする……。
「ケリーくんも実に用意がいいねぇ。お気遣いありがとう……いやぁ、ホント助かるよ。そうだね……ごめんね……。あの時は一人でさっさと逃げちゃって。けどさぁ……女の子と一緒にお風呂とかって、普通嬉しいって聞くよね? 何故か、全然嬉しくなかったのはなんでだったんだろうね?」
なし崩し的に第3世代強化人間の臨時お泊り会となってしまったあの夜。
ゼロCEO、それにダゼルとケリーを待っていたのは、野郎同士で仲良くのんびり入浴していたら、他の女子達が全員まとめて、突撃してくると言うラブコメのようなサプライズイベントだったのだ。
同年代の大勢の女子との混浴。
傍から見れば、ハーレムのような状況だったのだけど。
ゼロCEOの選んだ選択肢は……戦略撤退と言うラブコメ主人公のような選択だった。
それも認識阻害と言う魔法のような特殊機能と強化人間としてのフルスペックを使っての全力撤退。
なお、ダゼルとケリーは生贄同然に置いていかれたのだけど。
似たようなシチェーションは過去に何度もあったので、彼ら自身はそこは気にしていなかった。
「あんな集団で肉食獣みたいな目で迫られるとか無いだろ。皆、長年寝食を共にした身内みたいなものだからなぁ……。悪いけど、そう言う気分にはとてもならなかったし、別にああ言うのも初めてでもなかったからな……。まぁ、皆、昔と違って色々育っちまってたから、さすがにそろそろ自重しろってガラにもなく説教しちまったけどな」
……ダゼルは自他ともに認める硬派なのである。
なお、余談であるが。
その説教は……一時間にも渡って、女子連中全員正座で聞かされたと言うのは、ちょっとした語り草だったりもする。




