第四十九話「チーム・ユリコ出撃!」③
「アキさん、こちら……後続の護衛艦「牡丹」「雪雲」「六花」と合流……リンクオンラインになりました。一応、これで艦隊警戒シフトに移行完了ってとこですかね。……アキさん、現地の状況はどうなってますかね? 前に進む分には問題ないですけど、状況次第では即戦場って可能性もありますよね」
フランセスの駆るアスクレピオスからの入電。
三隻の100m級小型護衛艦がアスクレピオスの左右と後方に配置され、フォーメーションを組んでいた。
これらの艦もやっぱり試作艦。
これまで50m程度の警備艦については、エスクロン独自艦艇が完成しており、各地に配備されていたのだけど。
輸送艦隊の長距離航行護衛などについては、それら警備艦では全くの力不足で、これまでスターシスターズ艦艇に頼っていたのが実情だった。
その状況を改善すべく、スターシスターズ艦艇に及ばないまでも、黒船の飛翔種や駆逐種程度なら相手に出来る戦闘艦を……と言うことで、この駆逐艦クラスの艦艇の独自制作が行われていて、この三隻については一応最新ロットの試作艦艇だった。
もっとも、モノとしては、スターシスターズ艦艇のコピーなので、二次大戦時代の駆逐艦に近い形状だった。
装備は、120mmクラスの小口径レールガン2門と、対空レールガン8門、飛翔魚雷VLSをワンパッケージと控えめな武装ながら、速力は40相対ノットと悪くない速度が出る。
性能的には、スターシスターズの駆逐艦並ではあるのだけど。
戦闘AIについては、まったく経験値が足りておらず、実戦に出すには問題がある状況ではあった。
「最新情報だと、クリーヴァの戦闘艦とこっちの武装商船団が一触即発ってなってるみたい。頭数じゃこっちが圧倒的に上だけど、向こうは武力排除も辞さないって、超強気の構え……。クリーヴァもこれまでその存在が未確認だったキロメートル級の巨艦……要塞砲艦エベレストなんてのを出してきてるみたいで、本気も本気。ゼロ兄さんが向こうのトップと裏ルートで話し合って、なんとかするって言ってたけど……。状況的にちょっとこれは話し合いで解決は厳しいだろうね。ゼロ兄さんの裏情報だけど、銀河連合評議会は調停に乗り出すどころか、穏便に済ませたいから、うちに手を引けって言ってるみたいなのよね……」
アキが苦々しそうに応えると、フランも不機嫌そうに返す。
「手を引けって……こっちが手を引く代わりに、評議会が調停するとかそう言う話だったりするのでしょうか?」
「んな訳ないって。どうも、何が起きても見なかった事にするつもりみたいなのよね。手を引けってのは、老婆心? 全面戦争になっても、銀河連合としては一切手を貸さないから、そのつもりでいろ……そう言うことみたいなのよね……。多分、その情報が向こうに漏れてて、強気に出てるんじゃないかってのが、うちの重役会や第三課の分析結果らしいんだけど……」
「……なにそれ、サイテーじゃないですか! 評議会の人達って、まだそんなヘタレた事言ってるんですか……。こんなのどっちが悪いかなんて一目瞭然じゃないですか! マスコミにリークすれば、ほとんどの銀河市民も私達を支持すると思いますよ」
「そうなのよね……。普通に考えたらそうなんだけど、どうも銀河連合評議会が率先して、情報封鎖してるみたいで、状況を理解してるのは、当事者の私達と銀河連合軍の一部提督とかそれくらいみたいなのよね……」
「……なんですか。それ……見なかった事にするって、そう言うことなんですか?」
「そう言う事みたいなのよね……。けど、だからと言って、黙って引き下がれる状況じゃないからね。かくなる上は、私達が派手にブチかまして、不退転の意思を見せつけるのみ。まぁ、ゼロ兄さんもギリギリまで交渉するって言ってるし、銀河連合軍にも正義の味方みたいな人たちはいるからね。私達は状況がどう転んでもいいように、目一杯進出して、今も体張ってる人たちの前に出る。途中のイレギュラーな妨害は実力で排除……って事で、おっけ?」
「……かしこまりました。そうなると、最悪、ドンパチやってる中に飛び込んでいくことになるかもしれませんね。護衛艦三隻なんて言わずに、ダース単位くらい付けてもらっても良かったかもしれないですね。あうっ、機関電圧異常発生って、またぁ……? そろそろ、勘弁して欲しいですね……。スターシスターズの子達の艦って、電磁シールド幾重にもかけて、とにかく信頼性重視って言ってたけど、よく解りますね……。とにかく、電磁パルスノイズが尋常じゃなくって、ただ高速巡航してるだけで、トラブル発生って……。ホント、航空隊の三人も気をつけてくださいね……こりゃ、生身の人間が戦うとか論外って言われるわけですよ」
「あっはっは、何もかも足りてない状況だってのは、承知の上だよ……。まさか、宇宙空間よりひどい環境だとは思わなかったけどさ。でも、ここで動いてこそのボクらスペシャルズだからね。まったく、まさかアキちゃんが率先して動いてくれるなんて思わなかったよ」
「いやいや、ここは私達が動かないと駄目でしょ。何よりケスランの民衆を見捨てたなんてなったら、エスクロンの名声は地に落ちるし、民間人に犠牲なんて出したら、最悪銀河連合が割れちゃうよ……ここは私達が身体張るべき局面、ユリちゃんがいたら絶対そうしてるはずだしね。まぁ、好材料としては、こっちの入手した独自情報を元に提案した黒船迎撃作戦に辺境艦隊が乗ってくれて、300匹の大群を完全撃破してくれた事だけどね。いやはや、ユリちゃんのお父さん……ファインプレー過ぎでしょ」
「タイゾウ殿か。全く危ういところだったな……300匹もの黒船の大群なんて出て来て、あっちこっちに散られてたら、銀河連合軍も対処にかかりきりだったろうからな。それを未然に防げるピンポイント情報を敵地から伝えてくるとは、見事なものだ。あの方こそ、男の中の男……我らが目指す境地と言ったところだな」
ダゼルが不敵な笑みを浮かべながら、タイゾウ氏への称賛の言葉を告げると、ケリーが嬉しそうに応える。
「だねっ! 僕らにとっては、あの人こそ、まさに理想の男性像だよね……。あの日、僕らにかけてくれた言葉。忘れられるはずもない……」
「なんだっけ? ユリコを守ってやってくれ……だっけ? おかげで二人共、ユリコ姉さんにゾッコンだもんね。もういいから、二人まとめてお婿さん候補にでも、立候補しちゃいなよー」
「……な、何を言うんだい。僕らの思いは言わば、騎士の誓いだよ! 色恋沙汰とは違うって! それにあの日、タイゾウさんに言われたのは、男子たるもの婦女子を守れるような男になれ……なんだけどさ。だからこそ僕らは君達も含めてまとめて守る! そうだろ、ダゼル!」
……とにかく、熱血漢。
第3世代強化人間で、ゼロも含めて、わずか5人しか居ない男子組の代表格の二人は周囲からこのように評されていたのだけど、彼らはそんなアツい男達だった。
「その通りだ……ケリー! よく言った! まぁ、俺は……ユリコ姉さん大好きだって公言してるけどな。だが、今回の任務。俺らが手間取ると姉さんが出て来るのは確実みたいだからな。彼女の手を煩わせるなぞ、あってはいけないことだ。問題も多いだろうが、立ち止まってる暇はない! ……と言うか、早速お出ましのようだぞ! 感ありだ……ケリー来るぞっ!」
「こちら、フラン。広域警戒レーザースキャンに感あり。さすがダゼル。勘の良さはユリコ姉さまの次くらいってだけはありますね。最新の広域スキャンシステムより先に反応ってさすがですね。タイプボギー……既知の機種ではないカテゴリー不明機のようですね……本国ライブラリに照合かけます」
「あ、データアナライズはこっちでやるよ。しきりに電波通信を行っているようだから、恐らく広域警戒機……一応人類機みたいだけど、詳細データなし。プロパガンダとでも仮称しとくね……。距離は……36000ってところだね。こっちからは視認範囲外みたいだけど、フランちゃん見えてる?」
「了解……目視は出来てませんけど、レーザースキャンで詳細座標はすでに特定してます。その距離だと、こちらの長距離レールガンがいけますから、対応します。射線に入らないように各自注意……レールガン照準調整よし、まずは試射……行きます!」
アスクレピオス……のっぺりとした表面装甲に覆われた艦艇で、スターシスターズの使う二次大戦艦艇ベースと違って、艦橋部も一切なく、形状としては涙滴型。
一言で言えば、潜水艦から艦橋を省略したような形になっている。
元々はエーテル空間内を極限まで高速航行させるべく、大出力ジェネレーターを搭載し、速力に全振りした思いっきり試作艦。
本来は、高速巡航艦を作るべく試作された概念実証機……そう言うレベルの代物。
推進方式は、スターシスターズ艦艇でも採用実績のあるエーテルジェット推進式を採用しており、60相対ノットは軽く出る。
スターシスターズ艦艇の駆逐艦で最速クラスの島風でも50相対ノットなのを考えると破格の高速艦ではあるのだけど、実際は40相対ノット程度での運用が実用範囲だと言われていた。
60相対ノットと言うのは、あくまで後先考えない限界出力での話……概念実証機レベルではそんなものだった。
武装は、艦体上部の重心に沿う形で200mm口径無砲身レールガンが3門並んでいる。
このタイプのレールガンは、砲身を持たず砲塔の下にループコイル式電磁加速帯を設置しており、単発式ながら通常のレールガンよりも弾道安定性が高く、徐々に加速する仕組みとなっていることで、経路耐久性なども高く、砲身自体を電磁加速帯とする従来方式よりも優れた方式だと言われており、試作を重ねていたものだった。
他の武装としては、側面部には短射程ながらも、対空レーザーのレンズがいくつも並んでいる。
左右12門づつで計24門。
射程は短いものの、近距離用の迎撃武装としてかなり割り切った使い方をする想定だった。
武装自体は、シンプルにこれだけ。
容積の半分くらいは、熱核融合式のジェネレーターと電力供給バッファとしての蓄電セルで占められており、その大電力の力技と流体抵抗を排した形状で、高速性を発揮する。
モノとしては、むしろガスジャイアントの深部大気圏を航行し、重水素を採掘する重惑星降下船と呼ばれるカテゴリーの艦艇に近い。
ガスジャイアントの濃密な大気層と強大な重力下で飛行し、大気圏離脱する事を想定されているため、流体抵抗を極限までに下げ、強力なエンジンを搭載している……通常宇宙空間上でも有数のハイパワー艦艇なのだが、奇しくもエーテル空間での高速航行を追求していったら、そんなかけ離れた環境で使用する艦艇と似通ったものが出来たというのは、奇妙な話だった。
そして、艦首部に備え付けられた二つの大口径複眼レンズによる光学観測装置は、一見すると目玉のようにも見えて、生物的なフォルムも合わさって巨大な魚類か蝶類の幼虫のようにも見える。
これで色が黒かったら、黒船と変わりないとまで言われているのだけど。
エーテル空間に最適化を追求した結果、黒船のような艦艇が出来てしまったと言うのは、ある種の収斂進化のようなものなのかもしれない……。
「こちらダーナ。こっちは目標を目視してるよ。帰還プロセスは一旦中断……着弾観測はお任せー! けど、第一射は派手にズレたみたいだよ。何処狙ってるのさー。あれじゃ散弾使ってても駄目だったね」
フランの放った砲弾は、最初は良かったのだけど。
途中から、右へ逸れてまるで明後日の方向へ飛んでいき、着水する。
誰がどう見ても、失敗だった。
「……はい、試射……目標を大幅に逸れました。結構、弾道ブレますね……着弾誤差測定しますんで、映像データください。こっちで解析した上で効力射いきます。けど……こうも派手に逸れたとなると、前提データが間違ってるのかも……自信なくしました」
「いや多分……これ、間に高濃度プラズマ雲が入ってるみたいだよ。さすがにこの距離で一発で当てるとか無理だよ。けど、向こうも感づいたみたいで、逃げに入ってる。速力は話にならないくらい鈍いな……。速度は50相対ノットとかそんなもんだね。むしろ普通は失速するんだけどなぁ……あんな速度。いっそ、ボクがUターンしてやっちゃおうか? 多分その方が早いよ」
「そうですね……。満足に試射もしてない状態で、いきなり飛翔体に当てるのは、ちょっとハードみたいです……経験値が足りてないです。けど、私達のナイト君達が張り切ってるから、ここは二人にお任せしましょう。と言うか、ダーナ……フェルゲージ見てます? そろそろ、7割どころか、5割切りそうですよ。リニアカタパルトの動作確認で、お試し発進で出てもらっただけだから、増槽もなし、武装もレールガンポッド一門以外何もなし、ここはさっさと一度戻って出直しを推奨しますわ」
「そだねー。このゲージってライフゲージと一緒なんだよね……ゼロになったら、死ぬ。このエーテル空間はそう言うところなんだよね……。航空機なんて危なっかしい乗り物。誰も推奨しないわけだよ……怖い怖い」
「落ちたら最後の灼熱のプール……なんだっけ。けど、再現体の「大佐」って人。しょっちゅう、エーテルダイブしては、きっちり生還してるらしいよ。僕らも生身で宇宙遊泳出来るんだから、結構なんとかなると思うんだけどなぁ……」
ケリーが混ぜっ返す。
落ちたらどうなるかということについては、彼らも座学講習で理解はしているのだけど。
実際に落ちてどうなるかは、誰も試していないので、その怖さは誰も理解していないのも事実ではあった。
一応、本作戦の参加メンバーには最新型のエーテル空間用耐熱装甲服が支給されてはいるのだけど。
エーテルの海でどれだけ耐えられるかは、未知数ではあった。
「その耐熱装甲服、30分は耐えられるってのがカタログスペックだけど……。実際、どれだけ持つかはわからないし、その間に救助される事を祈るしか無いってのは、さすがにキツいと思うよ。まぁ、落ちないように安全マージンは目一杯取るつもりでいてね。だから、ダーナはさっさと戻ってこーい!」
アキが我慢できない様子で、騒ぎ立てると、今度は警報アラームが鳴り響く。
最前線にて、接敵……。
「こちら、ダゼル! クロウ2、エンゲージ!」
鴉二号機……ダゼルより、交戦開始のメッセージが響き渡る!




