第四十九話「チーム・ユリコ出撃!」①
エスクロン即応機動艦隊――
旗艦……仮設空母「アドラステア」中央司令室にて
「……こちら、フランセス。仮装巡洋艦「アスクレピオス」は問題なく先行中、目立ったトラブルもありません。アドラステア各位、状況どうぞ」
「こちらアキ。アドラステアは問題ないよ……各種情報リンクは正常に動作中。操艦シンクロ率も既定値範囲内。船体各ブロックも異常なし……細かいトラブルは山盛りみたいだけど、エンジニアさん達が頑張ってるから、なんとかなるってさ。と言うか、ちょっとフランちゃん先行しすぎだよ。ダーナ……ルートスキャンは問題ない? それに機体トラブルとか大丈夫? 落ちたら死んじゃうから、気をつけないと……」
中央司令室……と言っても、棺桶のようなカプセルに多数のケーブルが接続されていて、白衣を着た技術者が今もあちこちで、計器やモニターを睨んでいると言った様子で、少なくとも戦闘艦のCICとはかけ離れた光景だった。
カプセルには「AKI」の文字が入っていて、その中には第3世代強化人間「アキ」が収まっていて、この艦の全システムを掌握していた。
「はいはい、こちらダーナ。いやはや、この「鴉」って戦闘機。ヤバいねー。ユリコ姉さんの専用機「白鴉」のデチューン仕様機って聞いてたけど。もうめちゃくちゃジャジャ馬! と言うか、どれもこれも試作機やテスト中の機体や戦闘艦ばっかりなんだけど、こんなので実戦なんて、大丈夫なのかなぁ……」
「そこは文句言わない。CEOに直談判して、無理やり出撃許可を取り付けたのは私達なんだからね。けど、ダゼルやケリーまで付いてこなくても良かったんじゃないですかね。航空機の無人管制なら、ダーナと私がいれば十分なんだけど……」
「バカを言うな。君達婦女子だけを戦地に送り込んで、男子たる俺達が後方の安全地帯で高みの見物など、許されるはずもなかろう。それこそ、姉上に会わせる顔がない……。そろそろ、こちらの勢力圏外に出る……ダーナも一度戻れ、先行偵察とルートスキャンは我々が引き継ごう」
芝居がかった古臭い言い回しの若い少年の声……。
黒髪の鋭い目つきの強化人間「ダゼル」の声だった。
「ほんとに大丈夫? 君らって、近接戦闘用だから、機動兵器戦闘とかあまり向いてないと思うし、ぶっつけ本番で大丈夫なの?」
「僕らもエーテル空間での空戦訓練なら、VRで受けていたし、スペック上は問題ないはずだよ。この「鴉」もなかなか癖が強いけど、システムリンクも問題ない、ナノマシンハードウェアリンクで、すでに自分の手足のようにリンクしてるよ……実に良い機体だね。なんにせよ、僕らがヘタを打つ道理はないと断言するよ。ダゼル……僕らもそろそろ出るよ。ここは緩衝地帯扱いの裏ルートだからね。建前上は中立流域だけど、手狭すぎて航路としては微妙だから、ロクに監視も掃除もしていない。黒船が巣食っている可能性は十分あるし、クリーヴァの斥候や監視部隊くらいは配備されていると想定されてる……。つまり、いきなり、実戦になる可能性が高い……覚悟は出来てるかい?」
少しばかり、柔らかめの少年の声。
こちらは強化人間「ケリー」……金色の髪の端正な顔の美少年だった。
「ケリー! 舐めんなよっ! 俺は覚悟なんてとっくに出来てるぜ。ダゼル……鴉二号機出るッ! アキ姉さん、リニアカタパルト射出規定位置に着いた……最終安全チェックもオールグリーン! 機体ロック解除、リニアドライバー接続良し。こちらはいつでもいいぞっ!」
「はいはい、どうせ止めても無駄だしね。一応、言っとくけど、会敵時にはまずはスレイブ機を当てて、君らは極力交戦を避けること……命を大事にって、ゼロCEOからも厳命されてるから、全員生還は本プロジェクトの絶対条件だよ。ダーナはとっとと帰還する! それとそろそろ、周囲の環境プラズマ濃度が上がってきてるから、二人もシールドマシマシにしときなさいね。燃費落ちるけど、エネルギー残量七割ライン切ったら、即時帰還ってのは変わりないからね! 一応これは命令だよ! そんじゃ、鴉二号機はすぐさま発進! 続いて、三号機もカタパルトデッキへ移送開始!」
50m四方の真四角のブロックを横に4つ並べた200mほどの中型宇宙輸送艦。
仮設空母「アドラステア」の見た目は、まさにそんな形をしていた。
なお、特徴としては、前部と後部の巨大な車輪のような外輪式の推進機関が用いられている事で、遠目から見れば巨大な地上用トレーラーのようにも見える。
水より高い流体粘性を持つエーテル流体上の推進機関としては、このパドルホイーラーとも呼ばれる外輪式推進機関は意外に効率もよく、燃費なども悪くなく、スクリュー式の問題点となるエーテル流体による素材腐食が抑えられる事もあって、エーテル空間船としては意外とメジャーな方式なのだ。
なお、この時代錯誤な外輪式艦船がエーテル空間船として、メジャーになっているのは、エスクロンとその母星の環境故にと言う理由が大きかった。
表面積の90%が海と言う惑星エスクロンの海水は地球の海水より、比重が重い上に重力が5割増し。
地球の海と比較すると、全く環境が違い地球と同じ方式で艦船を作った結果、どれもこれもあっという間に沈んでしまって、使い物にならなかったのだ。
さりとて、陸地が一割しか無い惑星。
船舶なしではあまりにも不便。
試行錯誤の末、古代エスクロン人が作ったのは、そもそも半端に沈めなければ良いのだと言わんばかりの完全浮揚型の……要するにゴムボートのような絶対に沈まない船に外輪を付けて推進力とすると言う方式だった。
この方式の難点としては、風に弱いとか、速度が出ないと言った所ではあるのだけど。
エスクロンの外洋は、荒れる時は地獄のように荒れるので、このどうやっても沈まないインフレータブル構造船は、信頼性という面で重宝され、その推進機関としての外輪構造も意外と相性が良く、エスクロンの人々は、最新の技術を用いた上で、ホイール自体に電動モーターを内蔵させた上でのパドルホイーラーと言う怪しげな独自進化を遂げた艦艇を作り上げたのだった。
そして、エーテル空間船についても、エスクロンは自国の海で使っている外輪船に深い自信とこだわりを持っており、そのままエスクロン式のエーテル空間船として採用した。
そんなモノが過酷なエーテル空間で通用する訳がない……そう思われていたのだけど。
この外輪式の推進方式……構造がシンプルな分、信頼性も高く、ホイールが破損したり、故障しても船体を陸揚げすること無く、ホイールをまるごと交換するだけで良く、素材消耗が激しいエーテル空間船としては、悪くなかったのだ。
なにより、沈没すなわち全滅と言う過酷なエーテル空間で、そもそも絶対沈まないを前提条件に作られたエスクロン式の外輪船は、その信頼性を遺憾なく発揮し、結構なシェアを持っていた。
スターシスターズ達が外輪式に見向きもしないのは、彼女達の原型が第二次大戦中の軍艦で、地球の海ではこの外輪構造船はその時点で廃れていたからと言う理由が大きい。
エスクロンは、民間向けの大型輸送船などではスペース効率に優れ、低コストであり、信頼性が高い事から、このタイプのパドルホイーラー式の艦艇を数多く設計、運用しており、この仮装空母「アドラステア」についても、とにかく手堅い設計をと言うことで、この方式を採用していた。
……アドラステアのほぼ直角に切り立った前面装甲に細長いスリットが開かれると、空中にガイドラインが投影され、宇宙空間用の浮遊式リニアカタパルトユニットが展開されて、ゆっくりと回転し始めると、円形の電磁加速帯が形成される。
ガイドライン上に、ホログラフ表示のカウントダウンが表示され、ガイドラインがレッドからグリーンになり、数字がゼロになるのとほとんど同時に、真っ黒い鋭角的なシルエットの機体が凄まじい勢いで飛び出していった。
機体コードネーム「鴉」
エスクロンが独自開発したエーテル空間戦闘機であるのだけど。
その機体はスターシスターズの使っているレシプロ戦闘機からは、もはやかけ離れており、プラズマジェット推進による重力圏下制空機に近い機体であった。
しばらく、細長い棒の後ろにドラム缶を束ねたようなエンジン部があるというシンプルなシルエットのまま、ジリジリと下降しつつ加速を続けていたのだけど、エーテル流体面が近づくにつれて、ゆっくりと巨大な翼が広がっていき、全翼機のようなシルエットになると、一気にもう一段階加速すると、徐々に上昇し始める。
なお、この機体……ほんの数日前に試作機がロールアウトされたばかりで、誰もが実機への搭乗はもちろん、エーテル空間でのフライトも未経験と言う有様だった。
今回、それをいきなり実戦投入するのだから、かなりの無茶なのは言うまでもなかった。
アドラステアと聞いて、バイク戦艦思い出したら、ガノタ。(笑)
まぁ、アドラステアってのはギリシャ神話の女神の名前で、「逃れられざるもの」と言う意味です。
このアドラステアは、神罰を司る女神ネメシスと同一視されてて、ネメシス・アドラステアとも呼ばれます。
ネメシスの名前自体はゲームとかにも出てきてるので、聞いたことあるんじゃないかなー。
ギリシャ神話の神様の名前って、カッコいいから好き。
なお、エスクロンの仮装空母アドラステアは、バイクではなく巨大四輪トラックみたいな異様な外観をしてます。
船体素材自体がエーテル流体に浮く発泡金属素材で出来ていて、どうやっても沈まないようにしたら、
スクリュー推進だと前が浮いて、ウィリーするようになってしまって、じゃあ、母星の船みたいに外輪付けようぜってなって、こうなりました。
こう言う地球環境からかけ離れた環境でローテクが謎の復権を遂げて、独自進化するって、SF的には面白いと思います。(笑)




