第四十八話「大人達の悪巧み」③
「ははっ! これは傑作ですね。待機命令は厳守しつつ、お友達を総動員で軽く40隻近いの大艦隊を動員してみせるなんて……。いやはや、無線機一つでそんな真似をするなんて……永友提督も大概ですね」
「まぁね……ここで何もしないとかさすがにみっともないからさ。コネは上手く使ってこそだよ? と言うかさ、前々からだけど、佐官クラスの冷遇っぷりが酷すぎるんだよなぁ……。私が佐官だった頃も艦隊編成は勝手にやれで、具体的な指示や命令も何も無いから、なにかあったら、とりあえず動いとこうとかそんな調子だったからねぇ。ホント、戦略的視点ってもんが全然ないんだよなぁ……つくづく呆れた話だよ」
「確かにね……。アタシが艦隊司令やってた時も、しみったれた予算とケチ臭い物資を定期的に回してくれるだけで、後は勝手にやれ……なんて調子だったよ。そりゃ、どこも独断専行が当たり前にもなるよ」
「だよね? 実際、いきなり現場に送り込まれて、何していいのか解らなくて途方に暮れてたり、無茶な防衛戦に参戦して孤軍奮闘してたりするような小艦隊の少佐さんとかいると、声くらいかけてあげたくもなる。結果的に私の軍閥みたいなのが出来てしまってるんだけど、これはもうしょうがないと思うよ」
「まぁなぁ、俺は元々中央艦隊の分艦隊司令って立場だったから、アンタらほど苦労はしてねぇが……。中央は中央で縛りがキツすぎてやってらんなかったぜ。もっとも、辺境が激戦区になってて、手が足りねぇって話で、志願して辺境巡察艦隊ってお役目についたんだがな。辺境は中央みたいに、母港で昼寝してるのが仕事……じゃなくて、直接黒船とドンパチ派手にやりあってたから、むしろ毎日が楽しくてなぁ……古巣の第6艦隊からも何度も戻ってこいって言われたけど、ガン無視してやったぜ」
「うーん、元々この時代のエーテル空間の軍備って、AIと無人艦での完全無人対応だったみたいだからねぇ。けど、それだとハードウェアもソフト面でも黒船に対抗できなかったからって、超AI主導で再現体提督なんての導入した上で、スターシスターズなんて成り立ちからして違うAI艦を導入して、対抗しようとしたらしいんだけどね……」
「そこから、先はアタシも知ってるよ。そんな人類の意思を離れた奴らが予想以上の戦果を挙げたからって、無理やり評議会が割り込んできて、ノウハウも覚悟も無いのに権限だけ確保して、現場の手綱を握る軍事統括組織を作った。それが銀河連合軍総司令部の始まり……。そりゃ、実戦も現場のことなんてわからないだろうから、グダリもするし、利権の温床にもなるさ」
「現代人としては、耳が痛い限りですね……。まともに戦争する気もないのに口は出させろとか、虫のいい話以外の何物でもないですからね……。正直、我々としては、中央のやり方はとても見てられないと言う思いが強くて、差し出がましいとは思いましたが、色々と横槍や助け舟を出させていただきましたからね……」
「いやいや、エスクロンさんには我々も随分助けられたからね。コーウェイ中将も異例の現代人の前線指揮官として、相応の戦果を出した上で、現場の権限を拡大して、中央の影響力を削ってくれたり、随分気を使ってもらったからね。あの人って、現代人にしては出来すぎって思ってたんだけど……まぁ、納得だよ」
「まったく、あんな役に立たず共、とっとと切っちまえばいいのにって俺なんかは思うぜ。永友ちゃんも中央艦隊の提督連中もも付き合い良すぎるんじゃねぇの? 皆、揃って奴らをハブっちまえば、総司令部なんて、有名無実するんだから、そうすりゃいいって思うんだがな」
「まぁまぁ、所詮は我々は、よそ者の傭兵みたいなもんだからさ。我々が好き勝手やって、銀河の命運を握るとかって……さすがに、それは違うでしょ。なにより、私達将官クラスの再現体が窓口になって、中央司令部や評議会の相手をしてるのは、向こうの顔を立ててるのもあるけど、中央と辺境の対立構造を拡大させないようにって意味もあるんだ。なんだかんだで、銀河連合自体が割れるとかなったら、一大事じゃないの……。だからこそ、調整役ってのが必要なんだよ」
「そうですね。我々エスクロンは辺境勢の代表格で、シリウスあたりとは、前々から議会でも意見衝突が多かったですからね。それに加えて、こちらの議員を人質にして発言力を封殺されるという状況。……ここで、我々が中央の意向を無視するとなると、中央との関係がますます悪化するでしょうし、実際、銀河連合が二分化する予兆もあちこちで、出ていますからね。それこそ、敵の思うつぼだとは解っているのですが……」
シリウスを中心とするエーテル空間のメインストリームを専有する中央勢と、エーテル空間の辺境域と呼ばれる外縁ストリームにまばらに点在する星系群による辺境勢。
後者は、かつてはシングルプラネットと呼ばれる小規模惑星国家群が大半だったのだが、近年の黒船襲来で寄らば大樹の陰とばかりに、辺境でももっとも力を持つエスクロンの保護化に入る国々が増加しており、地政学的要因でクリーヴァの傘下入りをせざるを得なくなった星系も数多く存在している。
この動きに対して、シリウスに代表される中央勢は、辺境勢がまとまろうとするのを妨害したり、独自の武装化などを法で制限しようとしたり、手替え品を替え、難癖を付けては足を引っ張るということを繰り返していた。
その理由は簡単で……辺境国家群がエスクロンを旗印にまとまり強大化し、エーテル空間にまで影響力を拡大化すると、シリウスやセブンスターズのような古い価値観の国家群は没落の一途を辿る……そう信じており、実際各種経済的な数値は、その事実を如実に示していたのだ。
要するに、既得権益を守るため。
強力な戦力を有する中央艦隊への影響力を保ちながら、その動きを制限しているのも、中央艦隊の庇護を失えば、エーテル空間に何一つ、武力を持たない以上、如何に多くの星系を傘下に置いていようと、成すすべがないと解っているからなのだ。
いずれにせよ、圧倒的多数派の中央国家群と、少数派の辺境国家群との対立構造は年々悪化の一途をたどり、評議会の機能不全もあり、この時点でかなり危ういところまで悪化していた。
「まぁ、そう言うことさ。今の状況は正直、かなりシビアだと思う。エスクロンさんの立場も解るから、ここは我々がなんとかするべき局面だと言うのは大いに賛成だよ。それに何より、クリーヴァは明確に銀河連合の敵なのに、これまでの対応が甘すぎたからね。ここは私達、辺境艦隊もエスクロン支持と言う立場を明白にしていいと思うよ。中央艦隊も上はともかく、艦隊司令官達は以前よりは、我々辺境艦隊に理解を示してるからね。やはり、中央派遣艦隊の派遣受け入れ交流……あれが地味に効いてきてるんだよな」
「そうだねぇ……。アタシの観点からだと中央評議会って、なんかもう敵にしか見えないんだよなぁ……黒船の由来だって、あっちの世界だってのは明白なんだし、実際シュバルツの奴らは意図的に黒船を送り込んできた。この時点で敵対国家として、認定するってのはむしろ当然だと思うんだけどねぇ。もっとも、実際はクリーヴァのテロ支援国家指定の解除なんてやってる始末だ。ましてやシュバルツやウラルを被災国認定して、手助けするとか、馬鹿じゃねーのって思うよ。おかげで、アタシらなんて、悪者にされかねないくらいの勢いで批判されまくってるからね」
「けどまぁ、中央の評議会にもこのままじゃマズいって思ってる人たちも多くいるからね。アドモスのサリバン女史とかが戻ってくれば、風向きも変わるとは思うから、ここはちょっと踏ん張りどころじゃないかな。あ、一応、今回の作戦の補給計画はこっちで制定しとくとけど、要求物資に関しては、エスクロンさんよろしくって事でいいかな? さすがにこれだけの兵力を動員するとなると、ちょっと小手先のごまかしじゃ効かないからね。タカリみたいで済まないけど、帳簿に出ない闇物資って事で、こっそり融通してもらっていいかな?」
「あ、はい! それはもちろんっ! そこはなんとでも致します……。けど、本当に大丈夫なんですか? 今回は上手く辺境艦隊の行動計画を調整したことで、上手く辺境艦隊の精鋭を一箇所に合流させることができましたけど、辺境艦隊司令本部も半ば機能してないとはいえ、さすがにあまり派手に動くと、中央も黙っていないかと思いますが……」
「我々はたまたまここで合流して、現場判断で連合艦隊組んだって事になってるから、いくつかの艦隊がそのまま一緒に行動したって別に問題ないでしょ。確認した限りだと、中央から直接命令が来てるのは、私とグエン提督。サボレー提督位みたいなんだよね……ベリフォード提督のとこにも命令行ってるとは思うけど、本人はすっとぼけるつもりみたいだから、それで押し通せるだろうさ。グエン提督は……どうせ、命令無視はいつものことだしね」
「はんっ! 俺は俺が納得しねぇような命令なんぞ、聞く気はこれっぽっちもねぇよ! 降格処分だろうが、査問会召還だろうが、甘んじてやるさ……」
「まぁ、提督は銀河市民の絶大なる人気と言う強烈な後ろ盾があるからね。妙な理由で降格だの、査問会召還なんて、世論が許さないだろうから、そこは気にしなくていいと思うよ。ちなみに、他の佐官クラスの提督には何の指示も出てないって確認済み。サボレー提督にはスタージョンの守りを固めてて欲しいし、誰かがここに残って中央の横やりの弾除けにならないといけないだろうからね。そう言う事なら、私がのらりくらりと中央のお相手をするだけの話さ」
「重ね重ね……お手数おかけして申し訳ありません」
「はっはっは、気にしなくていいって。でもまぁ、いきなり全艦隊で押しかけたら、敵がヤケを起こして、暴発しそうだから、先鋒にグエン提督が出て威嚇して、残りの艦隊は後詰めにして、まだまだ味方は大勢いるぞって、ハッタリに使うってのが良さそうだね。シュバルツの主力艦隊も引き下がったとは思えないから、それが介入して来る事を想定すると、それくらいは欲しい所だからね」
「シュバルツの主力は凡そ20隻ほどらしいね……。トーンの目撃情報もあるから、あの野郎が直々に出て来てる可能性もある。ただまぁ、アイツのことだから、こちらが50隻も居るとなると、さすがに下手な出だしはしないだろうさ。しっかし、永友提督、相変わらず後方支援に関しては、抜群に冴えてるね。前線指揮はからっきしなのに……戦わずして勝つ事にかけては、天下一品だよ」
「適材適所って言葉もあるからね……。私は皆が勝てる状況を作るためのお膳たてをするのが自分の役目だと思ってるんだ。最前線で身体張って命賭けてる人達を思えば、それは誰かがやるべき役目だと思うし、それが本来の後方支援のありようってもんだと思うよ。グエン提督に遥くん……悪いね。貧乏くじ引かせちゃうようで心苦しくはあるんだけど、私が最前線に出張ってもさしたる足しにならないから、これで勘弁して欲しいんだけど……」
「いやいや、後方で中央の弾除けって時点で永友ちゃんの方がよほど、貧乏くじだと思うがね。まぁ、いいさ……最前線は俺達に任せとけっての!」
「んじゃま、中央の監視ネットワークには例によって、アタシらが適当に欺瞞情報でも流しとくよ。航路監視システムを黙らせれば、そこら辺なんとでもなるからね。んじゃ、進発は一斉じゃなくて順次でいって、現地で合流しよう。グエン提督悪いけど、うちの艦隊はステルス装備持ちの高速駆逐艦隊だからね。先陣は任せてくれるといい。これは高度に政治的な案件だし、下手を打つと色々とマズいことになる……そう言う事なら、部外者のアタシが真っ先に現場に入った方がいいだろう?」
「ああ、確かに遥提督なら、上手く立ち回ってくれそうだね。グエン提督は見せ札として派手に動いてもらうってのが良さそうだ。銀河共有ネットワークにもグエン艦隊が紛争の仲裁に動いたって情報流してもいいかもしれないね。それに……こうなったら、例の三百匹の黒船の襲撃の件も利用させてもらうことにしよう……。上手くやれば、コソコソしないで堂々と動ける事になると思うんだ」
「……なんか、策があるって感じだねぇ。まぁ、そう言う事ならお任せするよ。何をするかも想像付くしね。となると、グエン提督はユリコちゃんのエスコートとお守りを頼むって事でいいかな?」
「そうだな。今回は派手に暴れるとかそんな感じじゃなさそうだしな。んじゃま、付きっきりで見張る役目は、俺に任せとけ。エリコ嬢ちゃんは、あの爆弾娘を側でちゃんと見張っててくれよ?」
「なにせ、彼女は夕凪に電子侵入した実績があるからねぇ……。夕凪達から直接聞いた話だと、向こうがその気なら火器管制も何もかも乗っ取られてたくらいに深く侵食されてたらしいよ。多分、あの子……ロンギヌスの全システムを乗っ取るくらいはやってのけるはずだよ」
「なんだそりゃ……。そんな真似までやってのけたのか……エリコさん、マジなのか? それ」
「はい、実際の所、もうひとり別の強化人間のサポートの上ででしたけど。ユリコなら、スペック上不可能じゃないです。何よりロンギヌスは、ユリコの下僕のようなものですからね。それが私達が彼女を止められない理由の一つです」
「ロンギヌスって、あれ……大和クラスの戦艦相手でも、余裕で殴り合えるような代物になってるからね。あれが本気出したら、ちょっと手がつけられない事になるだろうさ。ホントはアタシが付きっきりで見張ってたいくらいなんだけどね」
「遥ちゃんが彼女にそこまで入れ込むとはな……。まぁ、なんにせよ、あの爆弾娘にゃ大人しくしててもわねぇとな。だが……誰かを不幸にさせない為の戦ってのは、存外悪くない戦ではあるな。前々から俺はこう言う戦をしたかったんだ」
「……そうだね。誰かの幸せを守る為の戦いか……。確かにそれは悪くない。そう言うことなら、私もちょっと本気を出すとしよう。そんじゃ、お二人さん……ここは私に任せて、先に行くといい」
そう言って、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる永友提督。
「永友提督も死亡フラグ大好きだよね。けど、提督の場合、それがむしろ勝利フラグだから、侮れない」
「確かにそりゃ言えてるな。永友ちゃんがヘタれる時って、大抵勝ってるしな」
「フラグはヘシ折るためにあるんだよ? ……エリコさんもそれでいいかな?」
「あ、はい……皆様、本当にありがとうございます。この御恩は必ずや……」
かくして、四人の悪巧みは成立した。
何も知らないのは、爆弾娘ことユリコだけだった。




