第四十八話「大人達の悪巧み」②
「うん、気持ちは解るよ。まったく、因果な話だな……。アタシらがあれだけ反対だって言ったのに、結局、状況がそれを許さないってことか……。誰も望まずとも、戦場に導かれ、その猛威を奮ってしまう。時代の節目にはいつもそんな存在が現れては、決まって悲劇に沈んでいくんだ。アタシはそう言う実例をいくつも見てきた。だからこそ、あの娘は戦場に近づけちゃいけないって思う」
「見てきた……。そう言えば、遥提督は空白の半世紀を生きた方だったんですよね……。あの時代……歴史の闇に葬られた人類最大規模の戦争が起きていた。これは我々エスクロン最高幹部会の者達にとってはある種の共通認識なのですが。もしかして、その戦争の経験がユリコに肩入れする理由なんでしょうか?」
エリコ達、エスクロン最高幹部にのみ閲覧が許される「エスクロン建国記」と言う記録データ。
その記録には、エスクロンの開祖達が預言書の記述に導かれ、苦難に満ちたエーテル空間の探索行の末に、エスクロン星系を発見し、移住することになった顛末が記載されていた。
エスクロンの開祖達が、何故に銀河連合の成立と言った人類の一大イベントに背を向けて、当時誰も注目していなかったエーテル空間の辺境域で、がむしゃらに存在すらも定かではない星系の探索に挑んでいたのか、その理由については、伏せられていたのだけど。
その記録を閲覧した者達は、自分達が何らかの理由で追放された人々の末裔なのだと、理解していたのだった。
「ははっ……失言だったかな。アタシなりにあの娘はなかなか気に入ってるからね。まぁ、大昔……人類が戦争に明け暮れていた時代の話だとでも言っておくよ。それに、戦の神に愛された者の末路なんて、相場が決まってるだろ? そう言うものさ……興味があれば、過去の地球の歴史でも紐解いてみるといい。紀元前のアレキサンダー大王に始まり、チンギス・ハン、ナポレオン・ボナパルトにアドルフ・ヒトラー。君のご先祖様の大楠公……楠木正成もその末路は悲運としか言いようがない。世に謳われる英雄ってのは、どいつもこいつもマトモな死に方をしてない……そんなもんさ。エリコさんは、ユリコちゃんを英雄にしたい訳じゃないだろ?」
「……あの娘ほど、英雄なんて言葉が似合わない娘はいないと思いますよ。あの娘にはもう少し優しい時間が必要なんですよ。そのうえで、平凡なささやかな幸せを掴んで欲しい……そう願わずにはいられません」
「まったく、同感だね。彼女はいい身内を持ったね。アタシとは大違いだよ……」
そう言って、遥が微笑むとエリコも意外そうにその笑顔をぼんやりと見つめ返す。
「つぅかさ、それこそ銀河連合が出張って、間に割って入って調停すべき状況じゃねぇのか? 確かに星間国家間紛争の調停なんて、俺らの仕事じゃねぇけどよ。こう言う政治がらみの話なら、むしろ連合評議会がやるべき仕事だろ。このまんまだと確実にクリーヴァとエスクロンの正面衝突ってなる……。そうなったら、多分泥沼になるぜ?」
グエン提督が空気を読んでない様子で口を挟む。
この男は生粋の戦争屋。
なのだけど、今回の状況は多分に政治色が強いと言うのは理解したようで、なんとも面白くもなさそうな様子ではあった。
「確かにそうだね……。話を聞く限りでは、どっちも譲歩の余地がない。クリーヴァはケスランが実効支配の要所である以上、エスクロンの傘下に落ちるなんてのは、許せないだろうし、エスクロンも民衆蜂起の助太刀って立場であるからには、ここは絶対に退けない……。となると、もう武力衝突は時間の問題だねぇ……。こんな状況で、我々に不干渉を命じるなんて……一体、中央は何を考えてるんだか……!」
「なんともキナ臭い状況だね。エリコさんの気持ちも立場もアタシも理解してるよ。けど、このままだと確実にユリコさんを巻き込むだろう。……少なくとも我々四人は、彼女を戦場に出すことは反対の立場だというのは言うまでもない。である以上は、それはなんとしても阻止すべきだ」
「あたぼうよ。あんな、お子様……戦場にいてもらっちゃ困る。あんな化け物じみた強さもむしろ俺らの立場がなくなるし、子供のうちから命のやり取りなんてやってると、ロクな大人にならねぇよ……」
「やけに実感籠もってるけど、それ……グエン提督の経験談かい? ベトコンの英雄殿」
「……そんな所だな。戦場でやさぐれた少年兵時代なんて送ると、死ぬまで戦場から足抜け出来なくなるからな。こないだもPMCのバカ共でガキ雇って弾除けに使ってたヤツらがいてな。そこの代表は足腰立たなくなるまで、ボコボコのサンドバックにしてやったぜ!」
「怖い怖い……。まぁ、そのマクミラー社は後腐れなく潰しといたけどね。……PMCの連中は、アタシらの同業者とも言えるけど、いつの時代もあの手合はモラルってもんがなってない。まぁ、グエン提督が思ったよりも子供好きだったってのは、割とポイント高いよ? それに、エリコさんも……マッドエンジニアかと思ったけど、ちゃんと良識ってもんを持ってるってのは、感心感心。今の状況をユリコさんに伝えたくなかったからこそ、今になってアタシらに打ち明けてくれた……。そう言うことか。うん、良い判断だよ……コーウェイ司令も立場上、表立ってアタシらに協力出来ないし、本来止めるべき立場であるから、敢えて席を外してくれたんだろうしね。あの御仁も大概お人好しだねぇ……」
「すみません、そう言うことなんです。何より、現在派遣されつつあるエスクロンのエーテル空間戦闘艦隊は、試作空母と先行生産型の軽巡クラス戦闘艦の二隻を主力とした急造艦隊なんですが。今回の派兵で、ユリコの同期の第3世代強化人間達が搭乗の上での実戦投入が決定されているんです」
「……ユリコちゃんの同期ってなると、思いっきり子供なんじゃないのかい? エスクロンはそこまで無茶をするつもりなのかい?」
「出撃許可はCEO指令と言う形で降りてるんですけど、恐らく本人達が志願したんでしょうね。当初計画では無人戦闘艦をありったけ出すと言う計画だったんですが、急遽変更になったようなので……。あの子達も、戦略的にここが正念場だと理解した上で、望んで志願したんだと思います。その辺りはあの子達の乗る試作艦や試作機の調整も担当して、それなりの交流があったので、良く解ってます……。あの子達、強化人間は皆、そう言う子達ですから」
「祖国と人々の為。自ら望んで最前線で人を超越した力を振るい、その命すらも賭ける覚悟……生粋の戦士達か。子供だとは言え、ユリコちゃんも本物の戦士だった。彼女と直接刃を交えて、その気概を垣間見たけど、あれがエスクロンの第3世代強化人間の本質ってところか……。確かに、彼女は死地にも喜んで突入するような危うさがあった。だからこそ、戦場への動員は論外だって言ったんだけどね」
「ええ、身内としてはそれは承知のことです。まったく、エスクロンで美徳とされる能力あるもの、優れたものこそ、人々の前を歩け……別にそんなの実践なんてしなくてもいいのに。けど、状況が……ユリコを戦場に導いてしまっている……遥提督のおっしゃるとおりなんです。何より、あの子が仲間が戦地に赴くと聞いて大人しくしてるなんて思えないですからね……。そして、私達にはあの子を確実に止める手段が無い……」
「解った……大いに納得だ。いいだろう……。アタシら裏門集は総力を挙げて、この戦争を調停し、阻止する事を約束する。何より、こんな形で銀河連合内での星間戦争勃発なんて、誰も望んでないはずだし、アタシもそれは望まない。天霧……どうせ状況はモニターしてたんだろ? 全艦、抜錨準備だ。爺さん方やナイアーくんにも後方支援を要請。永友提督、グエン提督……お二方はどうする? アタシはもう決めたよ」
「そこまで聞かされて、この俺が黙ってると思うか? 遥ちゃん、見損なってくれちゃ困るぜ! 島風、フッド……お前らも俺達の話はこっそり聞いてたんだろう? だから、こまけぇ説明はしねぇ……直ちに全艦出撃準備だ! ああ、30分以内に出るぞ! 永友ちゃん、よもやここで大人しくしてるなんて言わないよな?」
「うーん、そうは言っても、一応正式にこの件に関しては、手出し無用、大人しくしてろって命令が名指しで来てるんだよなぁ……。黒船相手なら、そりゃ我々の仕事だけど、さすがに評議会直々の命令を無視した上で、星間国家間紛争に介入するとなると、ちょっと後が面倒なことになりそうだね」
「おいおい、またヘタレてんのかよ。毎度のことではあるが、さすがに今回くらいは勘弁してくれねぇか? ここまで事情を知った上で動かねぇとか薄情もいいとこだろ」
「あー、うん。今の話の流れでヘタれるって……。なんか、アタシ超幻滅って感じなんだけどさぁ……」
「そう言わないでくれよ。皆が皆、後先考えないで突っ走るとかやってたら、そのうち揃って崖の上から集団ダイブってなっちゃうよ? いずれにせよ、私もこのまま黙って見過ごすつもりは毛頭ないよ。エリコさん、ちょっと待ってもらっていいかな? グエン提督も遥くんも、そんな目で見ないでくれ……私にも、私なりの戦い方ってのがあるんだからさ」
それだけ言うと、永友提督も通信機を操作し始める。
「あー、赤松くん、リチャードくん。君らに中央評議会からの待機命令って来てる? うん? 中佐風情にそんな上から命令なんて来る訳がないって? まぁ、そんなもんか……けど、むしろそりゃ好都合……。んじゃ、私からのお願いって事で、出撃依頼させてもらっていい? 詳しい任務内容はメールで送るよ。と言うか、任務内容も聞かずに即答って、君達いいの……それで? まぁ、いいけど。とりあえず、麾下艦隊に出撃準備を発令しといて、一応全艦出撃じゃなくて、まずは基幹艦隊の4隻だけを出すようにしといてよ。さすがに駆逐艦とは言え、いきなり2ダースも動かすのはアレだからさ。残りの艦は八隻はスタージョンに送って、もう八隻は二隻セットで周辺パトロールにでも出しといて……編成はそんな感じでいいかな。んじゃ、任せたよ」
それだけ言うと、永友提督も通信を切る。
続いて、端末を操作してあちこちにメッセージを送っているようだった。
「うん、私と、私の艦隊は命令通りお留守番とさせてもらう。その代わり、リチャードくんと赤松くんの艦隊を代打で派遣するよ。相変わらず、ふたりとも即答でねぇ……任務内容聞く前に、いいですよの一言だもんなぁ。それと一応、私の名代として初霜とハーマイオニー分艦隊を付けとくよ。すでに全員に指示出しはしてるから、勝手に動いてくれると思うから、上手く使ってやってくれよ。あれ、ベリフォードくんから直接通信……なんだろ」
忙しそうに通信機を操作する提督。
同時にメール着信が次々と来て、提督もそれらを目にしながら、ベリフォード大佐からの通信を受ける。
「ああ、ベリフォードくん、どうしたの? え、一人だけ除け者にするなって? 一応、君大佐なんだし、軽はずみなことしちゃいけないと思うんだけどさ。実際、君くらいの艦隊となると、待機命令くらい出てるんでしょ? え、そんなもん知らないって? そっか、それならしょうがないね……なぁに、メールの遅延や行方不明とかよくある話さ。あとさ、ヒメラギ提督も義によって助太刀いたすとか言ってきてるから、途中で拾ってあげてね。あの人、中央艦隊の人だけど、やっぱり待機命令来てないみたいでさ。メールで話振ったらノリノリ。んじゃ、臨時集成艦隊の統括指揮も任せちゃっていいかな? うん、そう言うことでよろしくー!」
提督が通信機を切ると、ニコニコ笑顔で両手を広げる。
「ひとまず、これで四個艦隊が作戦支援艦隊として、非公式に動くことになったよ。まぁ、これだけ頭数がいれば、なんとかなるでしょ」
軽く言っているが、重編成の巡察艦隊二個艦隊24隻に、二個駆逐艦隊8隻。
加えて、永友艦隊の半数の6隻……総計38隻。
グエン艦隊と遥艦隊も合わせると、54隻もの戦力が今回の作戦参加艦隊……。
あっという間に、これだけの数の動員体制が出来てしまったことに、遥提督も思わず、引きつった笑みを浮かべるしかなかった。




