第四話「エトランゼ号の旅立ち」④
「エルトラン、解説……お願いなのです」
この辺、自分でうまく説明できる自信ない。
ちょっと申し訳なかったけど、エルトランに丸投げするのです。
『ユリコ様が艦長登録頂いた時点で、この艦内はすでに治外法権となっております。艦長が役職権限を付与の上で本人が同意いただければ、正式な本艦搭乗員として認められます。なお、ユリコ様の艦長権限は、本艦搭乗の時点で本艦は艦長未登録だった為に、自動登録させていただきました』
うん知ってた。
ユリみたいな艦長免許所持者って、うかつに無人船とか乗れない。
無人船のAI達ってのは、それがただの通りすがりのお客様だろうと、艦長免許保持者が乗艦すると、勝手に艦長登録して、コマンドどうぞとかやりだすのですよ……。
なので、乗船前にちゃんと運行会社に申請して、例外指定をきっちりやっとかないと、ちょっとした騒ぎになってしまう。
どうも、この艦長が欲しいと言うのは、艦艇AIとしての根本的欲求のようなものらしい。
エスクロンの場合、過去に色々あった関係で、航宙艦は、完全無人化はせずに有人艦として運用すると言うのが基本だから、あまり問題になっていないのだけど。
他の星系だと、やはり無人艦がほとんどだったりするので、少なからぬ問題になるケースが多いのですよ。
ティア3クラスAIの無人艦達でも、たとえそれが一時的なものでも、艦長が乗ってると格が上がるらしく、他の艦が道を譲ってくれたりするし、フライト優先順位が上がったりと、色々優遇されるらしいし、ただのお客でも、艦長資格保持者はVIP扱いしてくれたりもする。
お飾りでもいいから一日艦長ならぬ、ワンフライト艦長やってとか、運行会社から頼まれることもよくある。
この辺は、エーテル空間船でも一緒でこっち来る時も、わざわざ有人艦を選んできた。
……エーテル空間船の艦長とか、責任重すぎるから、絶対拒否なのです。
エーテル空間戦闘艦の場合は……スターシスターズ=艦長みたいなもんらしいので、ちょっと事情が違うみたいなんだけどね。
当然ながら、艦長資格ともなれば、覚えることいっぱいだし、一度出港してしまった艦内ってのは、治外法権化するので、責任も重大……。
それだけに、この艦長資格があるだけで、一生食べるのに困らないなんて言われるほどには、重宝される資格でもあるのですよ。
本来、未成年の取れる資格じゃないんだけど、そこら辺はエスクロンのスペシャルオーダーズ。
惑星条例は、同様の銀河連合条例と競合した場合、それを上回る効力を持つと銀河憲章で規定されているので、エスクロンでは艦長資格所得条件に、エスクロン政府が特例と認めた場合に限り、年齢要件に関係なく所得可能という但書が付いてるのですよ。
火器取扱免許なんてのも、星系によってはものすごく厳格……銃火器とかバンバン撃っていいとか、本来未成年者に取らしていいものじゃない。
けど、そう言う例外規定による抜け道が適用されまくってるからこその、スペシャルオーダーズなのです。
それはさておき、二人に役職付与……。
どうしよう……なんか、免許の話でたから、それつながりで……。
「……アヤメさん、整備士。エリーさん、主計士……お願い」
例によって、短い説明と共に、役職解説をクローズアップして、それぞれの目の前に空間投影モニターを投げよこす。
「なるほど……あたしが整備担当ってことか! まぁ、あたしは父ちゃん仕込みで、機械いじりとかも出来るから、機械には強いと思うで! 整備マニュアルは……携帯端末に転送済みって、容量でかっ!」
「主計士……これは船内環境調整とか、調理とか、物資調達、補給なんかの係なんですわね。あら、副長権限まで付けてくれるなんて……いいんですか、これ?」
『副長は本来、艦長同等の権限を持っているのですが、エリー様は艦長免許をお持ちでないので、緊急時……艦長が任務続行不能となった時に限り、艦長権限を代理行使することが出来ます。平時は限りなく名誉職だとお考えください』
「まぁ、そんなものよね。わたくしの顔を立ててくれたってことかしらね」
そのつもりだったので、コクコクと頷いておく。
「役職……便宜上……だから、あまりこだわらない。早くいこ……上」
立ち上がって、操縦席へ続くラダーに手をかけながら、振り向くと、二人も顔を見合わせると、勢いよく走り込んでくる。
操縦ブロックは、例に漏れず手狭。
でも、ユリもエリーさんも大きくないから、このくらいなら問題ない。
アヤメさんは、立つとそう遠くない位置にキャノピーが来るので、ちょっと屈み気味。
……席は4つ。
正面向きが二つ並んでて、後ろは両側面を向いている。
計器類は、空間投影モニター方式なので、後ろの椅子の前はスッキリしてる。
マルチコンソールがテーブルみたいに降りてくるようになってるくらいなのだけど、シート自体は耐Gシート仕様の割と本格的なもの。
前の二つは、操縦席と副操縦席で、座ると体の形にフィットして、体全体を覆い隠すシェル構造シートになってる。
早速座ってみると、シートがゾワゾワと変形して、私の体型に合わせてその形を変えて、拘束ベルトが出て来て、体中に巻き付く。
本当はドライバースーツ着てるほうがいいんだけど、今のユリは思いっきり制服のスカート姿……なんか思いっきりめくれてるような……流石にちょっとこれは恥ずかしいのです。
今度、実家からパイロットスーツ送ってもらおう……ユリ専用にチューニングしてあるインテリジェントスーツだから、操艦時のリンク容量も増えるし、レスポンスタイムも最小限になる……絶対やりやすいはず。
身体の固定用ベルトが出てきたり、引っ込んだりを繰り返して、最大拘束状態になる。
さすがに、ムギュ……なんて、変な声が出る。
けど、それも一瞬だけ……後頭部の受電体にコネクタが接続されて、テンション調整がなされる。
さすがにユリがサイバーコネクト所持者って解ってるようで、艦とのリンクテストモードになる。
視界が船外カメラ映像を合成した360度映像になる。
この人体を超えた艦と一体化する感覚……VRでしか経験してないけど、リアルだと凄いなぁ……。
肌に感じるチリチリとした感触は、電波やら微量の放射線……。
けど、感度調整が行われて、それも殆ど感じなくなる。
機動制御は、各所のスラスターとメインエンジンの出力調整によって行う。
メインエンジンの4基の水素ロケットと、16箇所のイオンスラスター。
それに加えて、小型ながらも重力機関まで搭載している。
この時点で、20m級としては破格の重装備。
本来、これらすべてを同時制御するんだけど、マニュアルでそんなのやってられないので、ドライバーは進行方向ベクトルを大雑把に指示する感じになる。
戦闘機動ともなると、相手がいるので、読み合いの上での各種スラスターのマニュアル操作やエンジン出力の調整も必要になる……戦闘機動ってのはとにかく、先読み、先行入力が重要。
平時には、ほぼ意味はないのだけど……生きるか死ぬかの凌ぎ合い、刹那の世界ではほんの一手が勝負を決める……そんなもんなのです。
ああ、でもちゃんと全部のノズルが、ベクタードスラストノズル機構になってるのは、素敵なのです。
これ、空間機動力相当高いなぁ……凄い。
この間にリンク速度のベンチマークなども行われて、操艦システムがユリの身体スペックに最適化されていく。
この辺の作業がドライバーフィッティングと呼ばれる作業。
これらデータは艦に記録される事になるので、以降はシートに乗り込むだけで自動的に最適化される。
戦闘艦のマニュアル操作前提ともなると、実際に宇宙空間に出て、テスト動作を重ねて、各種操作とのタイムラグ調整やインプットパターンの蓄積による先読み操作調整とか色々やっていくんだけど。
普通に宇宙を飛ぶだけだから、簡易設定で問題ないんじゃないかなぁ……。
不要と分かってるんだろうけど、二つの半円球状のコントロールパネルがアームレスト上にすっと出て来る。
これが操縦桿みたいなもん。
手の平を乗せて、指を動かすことで、上下左右の旋回、両足の足元の感圧パネル操作と併用することで、各エンジン出力調整を行うのです。
アームレスト自体を動かすことでも、コマンドショートカットにもなったりもする。
この辺は、好きなようにカスタマイズするんだけど……ぶっちゃけユリの場合、考えるだけで直に艦にコマンドを出せるので、マニュアル操作とか必要もなかったりもするのです。
久しぶりの感覚に、夢中になって視界に表示される指示に従って、各種操作システムの初期設定を行っていく。
先輩達二人は、後ろの方で興味津々と言った感じで見ている。
「……すごいなぁ……。めちゃくちゃ手慣れとる感じやで」
「ですわね……。テレビや映画にでてくる、宇宙艦のパイロットみたいな感じですの」
『はい、ユリコ様は相当ハイレベルなドライバーです。本来は色々、フィッティング操作案内なども行うのですが、何も説明せずとも、日常業務のようにこなしてしまって……私の出る幕がありません』
……60年物とは思えない位に各部改修に、システムアップデートも重ねて、最新鋭機と変わらないUIになってる。
データリンクレスポンスも、ユリが乗ったことのある訓練機より、ハイレスポンス。
こ、これは思った以上のオーバークオリティ……なにこれ。