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第一話「お茶会レディース」②

「うぉ、ユリコちゃん……これ見ても、まだ平然としとるとか、さすがやな……。言われんでも、離れるとるわ……。なんやお湯とかゴバゴバ溢れとるし、モノ凄いことになっとるで!」


 ……ユリはレーザーライフルで狙撃されても、1秒くらいなら耐えられるくらいなので、火であぶられた程度じゃ火傷一つしないのですよ。


 でも、アッツッ! 位には熱さを感じるから、火炙りとかは出来れば遠慮したい。

 

「……アヤメも慌て過ぎです。要するに単にお湯が湧いたってだけ……多分、そう言う事なのではありませんか……? 家でお茶飲むのに、お湯くらい沸かすじゃないですか……この程度のこと、騒ぐほどでもありませんね! ってうわったぁっ!」


 エリー先輩……自分のこと、絶賛棚上げ中。

 最後の叫びは炎が煽られて、結構近くまで迫ってたから……。


 うん、もうちょっと安全距離を保つべき。


「せ、せやな……でも、ポットやヤカンでお湯沸かすと、沸騰したらすぐ止まるやん……。けど、コイツ……ゴボゴボ溢れかえってるのに、一向に火が消えんで! 壊れとるんやないか?」


 確かに、ご家庭の湯沸かしポットや電熱調理器って、お湯が沸騰したら自動的に保温モードになるから、こんな風に沸騰しっぱなしにはならないんだけど……。

 

 ナチュラルファイアーに、そんなモンある訳がないのですっ!


 もちろん、スイッチオフで消えたりもしないのですよ?


 おっかしいなぁ……資料として何度も読んだって言ってた、惑星キャンプ入門ガイドブックには、焚き火の点火から消火までの手順や、各種注意事項が馬鹿丁寧に書いてあったし、VRでの仮想体験とかもやってるって言ってたんだけど。


 このグダグダっぷりはなに?


「天然の焚き火で、そんな器用な事な事出来るわけありませんわ。アヤメ……惑星キャンプ入門ガイドブック一緒に読みましたよね?」


「せ、せやなっ! せや……焚き火は火を消すか、燃料を燃やし尽くさんと消えんかったんや! なるほど……けど……ど、どうやったら、火ってのは、消えるんやったっけ?」


「……酸素か、燃えるもの……燃料がなくなれば、火は自然に消えると言う話ですわ。あと……緊急時には、水や消火剤を投入すればたちどころに消える……そのはずですわ!」


「なるほどなぁ……。けど、酸素はタブレットぶっこんだから、大量に供給されてるし、ど真ん中に入れた燃料棒やったっけ? あれ……いつまで燃え続けるんやろ……あそこから一際、派手に火が燃え続けとるんやけど……」


 地上降下船のカーゴルームに、無造作に転がってた凝縮炭素燃料棒。


 地上軍事キャンプで、焚き火するのに使ったりするから、ユリも知ってたけど。

 凝縮炭素と酸化剤を混ぜ合わせた27世紀のハイテクたきぎ


 お湯沸かして、お茶飲むならこれ一本あれば十分だと思って、持ってきたんだけど、先輩達の手で枯れ草や枯れ枝葉やらでデコられて、地面にザクッと突き刺されてしまっていた。


 そうじゃなくて、これってゴリゴリ削って粉にしたり、少しづつ輪切りにして火を点ける。

 そんな感じで、使うものであって、棒きれに見えるからって地面にまるごとブッ刺すような使い方はしない。


 ユリの予想だと、多分、このままでも10時間くらいは軽く持つ。

 

 ……ヤバいね。


「……そう言えば、そんなものを使いましたよね……。ユリコさん、この焚火って、このままほっといたらそのうち、消えますの?」


「え? あ……うん……。このまま……ほったらかし……だと、軽く10時間……燃えっぱなし? で、でも、お湯が湧いたら、火は消す。このまま……だめ、火事になる」


 いくら、不法侵入の上、管理区域外エリアだからって、放火して炎上とかはさすがに駄目!

 もっとも、山火事と言っても、周りに燃えそうなものなんて、何一つ無いんだけど……。


 この惑星……不毛すぎるのですよ。

 

「あら、そんなに長く持つなんて凄いのね……。けど、そうなると、これどうやって、消し止めればいいのかしら? アヤメ……VRシミュレーターでは、いつもどうしてましたっけ?」


「VRじゃ、焚き火の前で消火コマンド実行で消えとったやんっ! うわっ! あっぶな! 火がこっちに向かってきよった! も、もうええやろっ! えっと、火を消すには……えっと……せや! た、確か水か、消化器……ああんっ! どっちも用意しとらんやーんっ!」


「い、一応、ペットボトルのお水ならありますわよ!」


 言いながら、何故かエリー先輩はその水をグビグビと飲み干してしまう。

 ……? その行動に何の意味が。


「なんで飲んでまうんや! エリー何やっとんねんっ!」


 アヤメさんのツッコミが冴え渡る!

 ……もうユリは、口出しする暇もないのです。


「し、しまったですのーっ! わたくしとした事が思わず動転してーっ!」


 どうしよう……口出しすべきか、傍観すべきか。

 ユリ、決断のときなのですっ!


「……まぁ、ええわ。こう言うときは、冷静に……せや、オシッコでもかければ……!」


 言いながら、アヤメ先輩、唐突にスカートをたくし上げようとしてる。

 ちょっ! 待ってっ!


「アヤメっ! ストーップ! そ、それは……最後の手段ではなくてー?」


 良かった……部長がアヤメ先輩をガッツリ止めてくれた。

 危うし危うし……さすがに、そこまで体張らなくても良いと思う。


 アヤメさん、もう、パンツ膝くらいまで降ろしかけてたけど……。

 一応、見てませんとばかりにそっぽ向いとく。

 

 別に女の子のパンツとか……別に見ても良いのかな。

 体育の着替えのときとか皆、下着姿で見せ合いとかしてたし……。


 ……ユリの知らない文化だったのです。


「せ、せやな……さすがに、誰も見とらんからと言って、今のはアウトやったな……。もう、エリーもはよ、止めてぇな……。さすがのあたしも、ちょっと無茶が過ぎたわ……」


 恥ずかしそうにパンツ履き直してるアヤメ先輩。

 ……ん、これも見なかったことに。


「ちゃ、ちゃんと止めたじゃないですか……。でも、火を点けるのにも結構苦労しましたし、まだ消さなくともよいのではないのではなくて? ほら、少し火の勢い、ちょっとおとなしくなって来てるじゃないですか。もっとも、ヤカンのお湯はグラグラみたいですけど……お湯無くなっちゃわないかしらね?」


 ……燃えるものが少ないせいか、確かに火勢は衰えつつある。

 本命の燃料棒も地中に半分以上埋まってるせいか、まだまだ本気出してない。


 酸素タブレットさえ、転がして火の外へ出せば、多分いい感じで落ち着いてくると思う。

 でも、いい感じの棒きれひとつ落ちてないんだよね……ここって。


 思い切って蹴っ飛ばす? でも、足が火達磨になるとか嫌だしね。

 

「せやな……それにこうやって火を焚いとるから、温かいんであって消えたら、かなり寒いんとちゃうか? 背中とかお尻めっちゃ寒いねん! もっと頑張れーっ! って本来、応援するところやで」


 確かに、燃え移るようなものってあんまり無いし……酸素濃度の低さが幸いして、火の粉もすぐに消えてしまって、火事の心配はなさそうだった。


 これがジャングルとか敵地だったら、焚き火なんて論外だけど……なにもないところなら、むしろ安心安全。


 周辺スキャン……偵察ドローンが様子見に来る気配もないし、偵察兵の痕跡もなし……。

 衛星軌道上の状況を降下船のAIに、問い合わせ……オールクリア問題なしの返答あり。


 なんとも平和な惑星なのですよ。


「……と、とりあえず、お湯は湧いたようなので、このヤカンを降ろしますわね……」

 

 エリー先輩が恐る恐ると言った感じで、今も火炙りの刑に処されてる、お湯の入ったヤカンに手を伸ばそうとしている。


 鉄パイプを立てて、その間にワイヤーを張って、S字フックに引っ掛けてつる下げただけだから、ヤカンだけを持ち上げれば、それで済む話ではあるんだけど。

 

 けど、問題は今も激しく燃え盛る火と、グラングランに煮えたぎったお湯……その上、エリー先輩は思いっきり素手っ! その上、取っ手じゃなくて、横からガッツリと抱えんばかりの様子……!

 

 ちょっと待った! ちょっと待ったーっ!


 さすがに、これはもう傍観者は許されないっ! ユリの強化人間としての力、今こそ発揮する時! とりゃーっ! なのですっ!


 10mほどの距離をひとっ飛びで跳躍し、立ち上る炎を軽く飛び越えて、エリー先輩の前に降り立つと、ごっつい耐熱グローブをはめた手で火の中のヤカンを直接掴んで地面に下ろす。


「……な、何やってんですかーっ! 大火傷したいんですか! ほんとにもーっ!」


 思わず、大きな声で叫んでた。


 すごい、ユリもいざとなれば、こんな大声で叫べた。

 これは画期的な出来事だよ?


 視界の隅っこに、高熱源アラートとか出てるけど、炎の熱気は、制服の環境保護シールドが作動していて、防いでいるから問題なし……いくらユリでも火炙りは勘弁なのです。

 

 うん……思ったとおりの展開になった……!

 さすが、ユリ! 伊達に強化人間やってないのですっ!


 備えは万全、抜かりなし……!

 このクスノキ・ユリコ……お友達のピンチなんて、軽く何度だって救ってみせます!

 

 この展開を予期して、ユリは、ロッキングチェアでくつろぎながらも、耐熱グローブをいつでも装備出来るようにして、いつでも瞬時に動けるように準備していたのです。


 実は、ポッケにも緊急消火剤の入ったカプセルも用意していたけど、こっちはまだ使うまでもないかな?


 火を扱う以上、安全対策を用意しておくのは当然の備えなのです。

 

 焚き火でお湯を沸かして、お茶を飲む……それが今回の地上降下の目的。 

 一応、その目的は達成されつつあると言えるのだけど……。

 

 ここまで来るのに、始めてづくし、トラブル、想定外の連続だった。

 

 さすがのユリもバテバテで……お湯が湧くまでの、つかの間の平和をロッキングチェアで満喫していたのだけど、状況が動いた以上、ユリも積極的に動かないといけないのですっ!

 

 焚き火でお湯を沸かす……やりたいことはその程度。


 現状……出来上がったのは、まっ黒焦げのヤカンの丸焼きの完成っ!


 こんがり、美味しく焼けましたーっ! だっけ? 多分違うけど。


 ピカピカだったヤカンも、もうススで真っ黒け。

 こんなの素手で触ったら、熱いじゃ済まないんだけど、さすが宇宙空間行動用のグローブだけに、この程度何ともない。

 

 蓋の隙間から溢れる湯気が熱風のようにバフって顔に当たる……マシンアイが結露して、一瞬曇る。

 あーもう、高湿度って苦手……とりあえず、パチクリして曇り取り。


 二人の先輩は……と言うと、いきなり人間離れした跳躍力ですっ飛んできたユリを見て、ポカーンとしてる。


 と言うか、思わず怒鳴っちゃった……。


 ここはひとつ、エリコお姉さま直伝の決め台詞。

 使い所は今だよっ! ユリちゃんふぁいっ!

 

「……こ、こんなことも……あびっ! あ、ありょうかと……思った。だ、大丈夫にゃったにゃ?」


 ドヤ顔で決めるべしって言われてたけど、それってどうやるんだろう……。

 っていうか、途中で思いっきりベロ噛んだ……ベロ痛いですぅっ! 全然決まってないっ!


「ビ、ビックリしましたわ……。クスノキさん、文字通り空をカッ飛んできましたわよね……。人間って、あんな頭の上を超える高さまで、飛び上がれるようなものなんですね……」


 コクコクと頷く。

 口の中、血の味がするのです……。


 高さにして3m……距離にして軽く10mをほとんど一瞬でかっ飛んで来た。


 ちなみに、二人には、ユリがまっとうな人間でもなんでもない、軍用強化人間だって事はすでに知ってる。

 その気になれば、人を一瞬で殺せる生体兵器だと言うことも。 


 その事を知りながらも、二人は何食わぬ顔で、お友達になろうよって……そう言ってくれたのです。


 これは、私、クスノキ・ユリコの物語。


 忘れ得ぬ優しい時間の記憶のカケラたち……。


 愛すべき友達と過ごした忘れられない日々の物語なのですよ。

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