第四十四話「決戦リアルバトル!」②
まっさきに目に飛び込んできたのは……。
前衛と思わしき兵が真っ黒になって横たわって、目を回しているところだった。
……と言うか、なんでこんなもんで済んでるの?
この様子だと、確実にハイパーチャージショットが直撃したと思うんだけど。
あれが直撃して、この程度?
今のって、宇宙戦闘艦の装甲に穴開けるくらいの弾速だったんだけど!
レールガンもこのレベルの弾速……秒速20kmとかになると、事実上防御なんて不可能。
どんな強固な装甲も一瞬で溶解して、液体のような振る舞いをするようになり、たやすく撃ち抜かれる。
そもそも、運動エネルギー弾の威力は速度の二乗倍で向上していくから、一般的な歩兵用火器どころか重兵器の搭載火器クラスの一撃だったはず。
恐らく、斥力場フィールドの最大出力で弾道に無理やり干渉して、ベクトルを逸したんだと思うけど。
それにしたって、どんだけの出力を出せば、そんな真似が出来るんだか。
実際、止められたと言うよりも、弾道に干渉して、体を張ってギリギリ止めた……程度だと思うけど。
一応、この様子からすると、少なくとも行動不能……無力化には成功したってところかな?
……女の子っぽく見えるんだけど、なんなのこのコ?
そして、少し離れた所でレーザーライフルを持ったもうひとりは全く無事な様子。
この様子からすると、後衛の危機を察して、この子が盾になったとか、そんな感じっぽい。
となると、一瞬でこちらの意図を読んで……と言うことになるのだけど。
なかなか、信じられない真似をやってのけてる。
「まさか、床ぶち抜きでダイレクトスナイプなんて、仕掛けてくるなんて……。無茶苦茶やってくれるなっ! しかもこの常識ハズレの威力……間違っても対人用じゃない。こんなデタラメな威力な兵装を常備して、艦内でぶっ放すなんて、君達は何と戦うつもりだったんだい? もっともおかげで、こっちの最大戦力はこの有様だ。まったく……民間人がコイツを一撃で仕留めるなんて、前代未聞だ……いや、まさかそれすらも想定していた?」
良く解らないけど、こののびてる子を余程信頼してたらしい。
確かにレールライフルを使い捨てにして、艦内で撃つなんて、常識外の戦術……。
自分の庭でガソリン撒いて、バーベキューの方がまだ常識的。
けど、常識外の戦術だからこそ、不意打ちが成立したのも事実なのですよ。
……戦いに勝つってのは、こう言う風に相手の思惑の外で動いて、相手の思い通りにさせないってのが全てだと、ユリは思うのですよ。
もっとも、このスナイパーさんはなんだかとっても不満そうな様子。
多分、向こうも色々な事情や思惑があって、それが台無しになったって所なんだとは思う。
でも、思うように行かないってのが戦場なのですよ!
「……あなた方は何者ですか? エスクロン関係者ではありませんよね?」
プラズマランサーを構えて、向かい合う。
ひとまず下段に構えて、プラズマトーチもハイミドル出力で調整。
脚部に即応ジェットノズルを生成。
プラズマランサーでの音速チャージ……重戦車をもぶっ潰すユリの必殺技なのですよ。
「当然の質問だね。そうだねぇ……今、名乗ってもいいけど、ここで名乗ってしまうのは、些か興ざめだと思う。まったく、エスクロンの第3世代強化人間、聞きしに勝る戦闘力のようだね……。その勝利への貪欲さ、あらゆるモノを利用して最大限の戦果を得ようとする発想が素晴らしい! 確かにこの局面では、恐らく君の取った戦術が最適解だ。なにせ、ハードウェアなんていくら壊れても替えが効くからね。それに仕留めきれなかったと想定し、即座に白兵戦に打って出てくるその思い切りも悪くない」
「こちらの質問に答える気はないと言うことですね。そうなると、アンノウン……正体不明の敵性体として、エスクロン社内規定に基づき、処理させていただきます!」
アンノウン敵性体認定。
要するに訳の解らない勢力の訳の解らないヤツ。
こう言うのと相対した場合、この時点で、人間扱いすらしなくていいと言う規定になってるのですよ。
意識状態はとっくの昔に戦闘モードへ移行済み。
ユリは、この時点で目の前の敵を殲滅する兵器となってるのです。
敵は撃滅っ! なのです!
「いいだろう、エスクロン……いや、この世界の最先端と言える人類の可能性……このアタシが見極めさせてもらおう!」
それだけ、言い捨てるとその兵士はレーザーライフルを投げ捨てると、腰のベルトに装備していた日本刀と拳銃を抜く。
随分とまた酔狂……そうとしか言いようがない。
日本刀は本当に鋼鉄で出来た実体剣だし、拳銃はモーゼルとか言う古臭い火薬銃。
けど、このアンノウンは馬鹿に出来るような相手じゃない。
並大抵の戦士じゃない……気迫が違う。
装備は、パワースキン程度で、武器もレトロ。
けど、そんな事で戦力評価出来ない何かをこの敵は持っている!
上段にすらりと刀を構える……流れるような手慣れた仕草。
無駄のない洗練された動き……これだけで、この敵が達人なのだと自然に理解できる。
……それは、もう単なる直感だった。
根拠も何もなく、後ろに倒れ込むような勢いで身体を後ろに反らすのと、つい今しがた首があった空間が日本刀で薙ぎ払われるのが、ほとんど同時だった!
「……殺気が……なかった?」
動きが見えなかった……瞬きした瞬間に、それなりの間合いに居たはずの敵が目の前に居た!
後ろに転がりながら、軽く手を付いて、瞬時に起き上がり、慌ててプラズマランサーを振り上げるんだけど……相手は滑るような動きで、もう間合いの外に行ってしまっている。
今のはいったい……?
「おいおい、今の……軽く初見殺しなんだけどさぁ。こちとら、殺気も消して、ゼロモーションで踏み込んだってのに……抜く前から反応って、お前どんなニュータイプなんだよ?」
余裕たっぷりの軽口。
日本刀で斬られた程度では、ダメージにならないからって、油断してたけど。
今の踏み込みと抜刀の速さ。
それに、この日本刀……古臭い外観に騙されてたけど、高速振動タイプの近接白兵戦兵器。
ソニックブレードとかそんな風に呼ばれる武器。
戦車の複合装甲だって切り裂くような業物……まともにもらってたら、首と胴体が生き別れになってたよっ!
「……申し訳ありません。どうやら、舐めてかかって良いような相手では無かったみたいですね……。ユリも本気で参ります。手加減なんてしてたら、こちらが負けるので、手加減も出来ません……真剣勝負、お互い命懸けとなりますが、ご了承を」
酔狂な装備と、スナイパーだから白兵戦は弱い。
ユリもそう思い込んでて、油断してた。
何の根拠もなく避けてたけど、反応できなかったら、一発で終わってたのですよ!
「はっはっは! 実にいい! 手加減無用ってのは、こっちのセリフだよ……まさか、今の時代でそんなセリフを聞けるとはね!」
「……我々エスクロンを舐めてもらっては困ります。戦いとは、常に命懸け……そう言うものではないのですか?」
「ああ、そう言うものだ。死者と生者……敗者と勝者がとても解りやすい人類最古の勝負形態だ。それにしても、この時代の奴らなんて、どいつもこいつも腑抜けたカスばかりだと思ってけど。冗談っ……どうやったら、こんな時代に君みたいな怪物が生まれてくるんだい? これじゃあ、まるで人類統合体の超越種の再来じゃないか……ふふふ、面白い。本当に君等、エスクロンは面白いな……。それにその気迫……言葉通り、手加減無用で本気で私を殺しに来るつもりのようだね。この感覚……懐かしいな! ゾクゾクする……いいねっ! これが本物の殺し合いってヤツだ!」
そう言って、今度は上段に構えて、刀をまっすぐ前に突き出す構え。
そして、拳銃を握った左手を刀身に沿えて、腰を落とす独特の構えを見せる。
「本気……と言う割には、遊んでるんですか? ユリも古代剣術を嗜んでいますが、そんな構え……常軌を逸してますよ?」
モーゼルも偽装レイガンかと思ったら、本気で古代の骨董品レプリカ。
火薬式拳銃の弾丸なんて、ユリの弾道解析なら止まってるようなもの。
たぶん、この拳銃はゼロ距離での牽制用。
あくまでこの日本刀で勝負をつけるつもりなんだろうけど。
正体が高速振動剣だって分かれば、対策は難しくない。
こちらの武器にも高速振動機構を生成して、相殺すればただの鈍器になる。
やっぱり、趣味装備だよね……これ?
「そう言うなよ。本気の戦いでこそ、伊達と酔狂ってもんが大事だと思うけどねぇ……命を懸けるからには、使い慣れた装備に勝るものはない。でも悪いけど、本気の殺し合いはちょっとご遠慮願いたいんだけどね……。それはそれで楽しそうだけど、私にとってそれはご法度なんでね……。すまないけど、そこはご理解いただけないかな?」
心底悔しそうな様子で、そんなセリフが返ってきた。
良く解らないけど、非殺プロテクト暗示か何かがかけられてるってことかな?
なるほど、殺気がなかったのも納得。
あれでも今の一撃、寸止めにでもするつもりだったんだろう。
振り抜いたのは、こっちが避けると察したから。
けど、向こうが手加減してくれるってのに、こっちだけ手加減無用の本気で行くってのもちょっと気がひけるのですよ。
それにしても、この人の話は興味深い。
……なんだか聞き慣れない単語が出て来た。
人類統合体? 超越種? なにそれ?
聞き流すつもりだったけど、その単語に妙に引っかかりを覚える。
けど、そんな事に気を取られてる場合じゃないのですよ。
「……手加減とは、また随分と舐められたものですね……。それは立場上という事ですか?」
「理由は、想像に任せるけど、私は直接人を殺せない。そう言うプロテクトがかかってるんだよ……。本当に馬鹿げた話ではあるが、これも摂理に反する代償のようなものだ……致し方ない」
……この人が人間ではないと言うことは解ってきた。
有機合成人間の一種?
「……そう言う事なら、お師匠様やお父様の流儀で決着を付けましょう。貴女を相応の達人だと認めた上で、ここはひとつ、お互い刃を交えること無く、気の済むまで勝負するとしましょう」
そう言って、膝立ちの姿勢でプラズマランスを1m程度まで短くして、出力もアイドルまで下げる。
この状態なら、励起体も割と長いこと持つ。
プラズマランスは、インパクトの瞬間だけ最大出力に上げるってのが、実戦的な使い方なのですよ。
その上で、両手でプラズマランスを正眼に構えつつ、目をつぶる。
なんでこんな無茶やったのかとか、聞きたいことはたくさんあるけど。
この場を収めるには、何らかの形での決着。
それが求められているのは、明らかなのですよ。
だからこそ、ユリはユリなりの流儀で挑むっ!
「まさか……勝負を捨てたのかい? いや、これは違うな……なるほど制空権勝負か? 迂闊に踏み込むと神速の抜き打ちで切り捨てられると言うことかい……! ははっ! 実に面白い趣向だ! そうだね……アタシもそれなりの使い手だから、実際に打ち合うまでもなく結果はイメージできる。実際、今も見えたよ……なるほど、そこがその境界線、死線ってことだね。アタシは死線を超えられるかどうか、君は如何に超えさせないかの勝負……悪くないね!」
無言で、頷く。
さすがのユリもこの人が誰なのかそろそろ感づいて来た。
IDも不明、顔もメットで隠れて、見えないから断定は出来ないけど。
そこで黒焦げになって、転がってる中学生みたいな女の子。
このコ、スターシスターズの駆逐艦天霧の頭脳体。
ユリ……前代未聞のスターシスターズのワンショット・キル決めちゃったみたい。
この頭脳体を随伴し、攻撃命令をくだせて、更に頭脳体が我が身を犠牲にして守った。
そこまで解れば、もう結論は自動的に出る。
天霧の所属艦隊司令。
天風遥大佐その人。
そして、彼女は、銀河共有ネットワークの非公式ゲーマーランキング問答無用の一位……H・ルルカさん。
……そう言う事だったのですよ。




