第四話「エトランゼ号の旅立ち」③
『……畏まりました。貴女に心からの敬意を。私はこれより、貴女の下僕として……いかなる命をも遂行する所存であります。ご命令をどうぞ……ユリコ艦長』
「……あ、あたしらとあからさまに態度違うんやけど!」
「そうよっ! エルトランってわたくし達が来ても、お茶出して、適当に寛いで帰ってくださいとか、そんな調子だったじゃないの」
『仕方ありません。あなた方は航宙艦操艦免許をお持ちでない。である以上、あくまでゲスト……お客様ですからね』
「……だからって、機関室や操縦席の立ち入りも許さないってのは、どうかと思うで? マニュアルとかも最低限のしか見せてくれんから、この艦なにがどうなってるのかさっぱりなんやで!」
「そうよっ! わたくしは宇宙活動部の部長なのですよ! それに新入りのユリコが艦長って……何でそんな話になるのよっ!」
『ユリコ様は、宇宙戦闘艦の艦長免許もお持ちです。素晴らしい……ここまで多様な宇宙関連資格をお持ちとなれば、我が全機能、全オプションモジュールの使用制限解除が可能となります。いやはや、万感の思いとはまさにこの事。ユリコ艦長、お二人に艦長の資格リストを閲覧していただく許可をいただいてよろしいですかな?』
まぁ、別に拒否する理由もないので頷いておく。
二人の前にパパパッとユリの持つ資格、免許一覧が表示される……案の定めっちゃたくさんある。
「……ユ、ユリコちゃん、すごいなぁ……。エリー見てみぃ……これ! ユリコちゃん、操艦免許はAクラスの無制限免許やし、砲撃手免許なんてのもまで、持っとるよ……。それに地上車マニュアル運転から、火器取扱免許って……銃も撃てるんかっ! これ……どんだけあるんや……」
アヤメさんが驚いてる。
うーん、この分だと30ページ分くらいあると思われ……なのです。
中学の頃から色々取りまくってたし、15歳になってからは、一気に取得可能なのが増えたからって、じゃんじゃん取った。
軍事教練に参加するようになってからは、参加賞感覚で、色々もらえたから、それも大きいと思う。
「そ、そもそも、どうやって取るのかすら解らない資格も……。ユリコさん、あなた何者なんです?」
「……普通の……女子高生……のつもり」
うん、多分もう……そう言って差し支えないと思う。
エスクロンのスペシャルオーダーズと言っても、多分ユリはもうレールから外れてしまった存在なのですよ。
長い時間と少なくないコストをかけて、調整し強化して、色々訓練とかも仕込んできたのに、ここに来て、いきなり普通の女子高生として、過ごして来いなんて……。
今の情勢から考えると、たぶん想定してた状況と、現実が合わなくなったんだろう。
ユリは、宇宙空間や地上世界での戦闘用途……戦闘オペレーターとして、調整されてた。
エスクロンでは、本人や家族の意思よりも、本人の適性が重んじられる傾向があるから、そこは別に何とも思わない。
クスノキ家は、五大家なんて言われてるけど、その代わり、一族の誰もが何らかの形で社へ奉仕する義務がある。
戦場に立つ兵士として、社の利益のために戦うのも、その名誉ある義務の一つだった。
ユリは、自分がその役に任ざれることで、姉達や親戚の子達がその責務につかなくて済むなら、それでいいかなって思ってた。
戦場で、誰かを殺めたり、殺されるかも知れないって思うと、怖くなるってのは、確かなんだけど。
誰かにその役目を押し付けるのは、もっと嫌だった……。
でも、現実の戦争は、エーテル空間なんて誰も戦場になることを想定してなかった場所が戦場になっちゃった。
そして、そこではすでにエーテル空間に最適化された兵器が自前の意思を持ち、過去の戦士達の指揮でもって戦争を始めてしまった。
ユリのお役目は、始まる前から終ってしまったようなものなのですよ。
今頃、社の上の方じゃ、別のユリの使いみちを考えてるってところだと思うのです。
要するに、ユリは要らない子。
機械だったら、廃棄処分だっただろうけど、ユリは人間だから、要らなくなったらポイって訳にはいかない。
その程度には、エスクロンにも温情はある。
だって、人間の作った国だもん……他所様からは、エスクロンは利己主義的なクールな国って印象があるらしいけど、この国は国民、社員への温情という点では、文字通り結婚から、お葬式、お墓まで面倒見る……そんな国なのです。
ユリの場合、トップシークレットの塊とも言えるから、目立たないように、辺境惑星の片隅にでも押し込んどいて、使えそうな情勢になったら、本来のレールに戻すとかそんな感じなんだろうか。
或いは、ユリもエーテル空間の戦場に立つ日が来るのかもしれないし、別の役割を与えられるのかも知れない。
ユリの未来はとっても不透明なのです……。
なら、尚更……ここでの穏やかな日々を実りある、幸せな日々だと感じたいなぁって……そう思うのです。
「エリー……。ユリコちゃんが色々変わっとるのは、キリコセンセにも言われとったやろ。野暮なツッコミはナシにしようや」
色々と湧き上がった思いを口にしようと思ってるうちに、アヤメさんが解ってると言いたげに、首を振るとエリーさんの肩をそっと叩く。
「そ、そうですわね……。ユリコさん、気にしないでくださいまし。とにかくエルトラン! これでエトランゼ号も動かせるのよね? 今日は顔見せで来たんだけど、今後、私達も本格的な宇宙活動を始めるんだから、そのつもりで居てね!」
『おや、本日は顔見せでしたか……それは残念ですね。私、もう一年以上宇宙を飛んでませんが、整備はハセガワ嬢達が万全な状態にしていってくれたので、ご命令いただければ、すぐにでもフライト出来ますよ! ユリコ艦長、よろしかったら、ドライバーズシートに搭乗されてはいかがでしょうか? フィッティング作業などもございますので!』
エルトランがそう告げると、操艦ブロックへ続く階段状のラダーが降りてくる。
……ど、どうしよう。
エルトラン、めっちゃやる気だ……早速、宇宙港の管制AIともコネクトして、フライトプラン調整やら重力カタパルトの仮予約申請とか始めちゃってる……。
二人には、何も言ってないけど、AIってのは何かをやる前に、必ず指揮命令者に実行確認をしてくる。
当然ユリにも、しっかり実行確認をしてきたんだけど……つい、GOサイン出しちゃった。
ドライバーフィッティングとかも、サイバーコネクト所持者のユリなら、5分もしないで出来ちゃうだろうし……。
けど、門限っ! いや、金曜のお姉と言えば、お酒のみに行ってるだろうから、門限なんてあって無きが如し。
宇宙を飛ぶ……本来だったら、ユリの目的だったその行為にものすごく心惹かれている。
だから、思わずGOサイン出しちゃったのです……。
ドライバーシートに座っちゃったらもう、誘惑に勝てる自信がない。
でも、先輩達……ゲスト扱いで蚊帳の外って感じ。
AIって、イマイチ気が利かないって知ってるけど、コレはないよね。
「ユリ……ひとり……じゃなくて、お二人も……」
二人共ずっと、お預け状態でユリだけ、いきなり特別扱いってのはどうかと思う。
と言うか、さすがに気が引けるのですよ……こんなの。
『かしこまりました。では、お二人に艦長より搭乗員役職権限を付与してください。そうすれば、ゲストではなく、搭乗員として、船内活動の自由が保証されます』
「エリーさん、アヤメさん……どうする?」
おずおずと聞いてみる。
折衷案としては、悪くないと思う……と言うか、そんな方法があったのに、聞かないと教えてくれないとか、さすがAIなのですっ!
「えっ、あたしらも搭乗員扱いしてくれるんか? けど、資格とかあんまり持ってないで……あ、五級整備士資格なら持っとるで!」
「そ、そうですわ……。そろばん検定とか、無重力空間調理師免許なら持ってますけど……。クオンって免許の年齢条件が軒並み18歳以上なんで、わたくし達が取れるのって、自動付与されるようなものばかりなんですの……」
無重力空間調理師って……レンジでチンするだけのヤツだ、それ。
そろばんって何に使うつもりだったんだろ……。
ちなみに、五級整備士は電動ドライバーのおまけについてくるとか、そんな代物。
この銀河では、割と理解に苦しむモノが免許制になってたりする……。
物を買ってユーザー登録すれば、自動付与されるものもあるので、割と知らない間に取ってたってケースも結構有る。
AIってのは、権限とか規則にとにかくうるさいので、そのへんの細々とした電化製品系の免許は搭載AIを納得させる為ってのがほとんど。
なので、AI搭載家電製品を次々と買っていくと、家電製品関連の免許を大量に所得させられるハメになる。
マイカーなんて所持した日には、付随免許だけで軽く二桁行く。
当然、当人ですら把握しきれないとか、普通なんだけど、その辺は、自分のID情報参照すれば、所持資格情報もすぐ解るようになってるのです。
ずっと大昔は、カードみたいな免許証があったらしいけど、今の時代はIDに個人情報が紐付けられてるから、免許不携帯とかそんなことでケチ付けられたりしないし、ほとんどの人が20、30くらいの免許を持ってるし、三桁超えって人も珍しくないのです……。
どうも色々役職あるっぽいけど、適当でいいかな。
気に食わなかったら、いつでも変えられるしね。