第四十二話「戦場の記憶」④
「……じ、実在してたんですね……預言者「エリダヌス」……。あの……事情はとってもよぉく解りました。ユリも今後はフォルゼおねーさまの事は一切誰にも聞かないことにします。ごめんなさい……なのです。かなり、危ない橋を渡って調べてくれたんですよね?」
うん、実際……「エリダヌス」の実在を証明しようとしたマスコミ人とか、どこぞの諜報機関員とか。
「エリダヌス」を探って、行方不明になったり、音信不通になった人達は数多く実在する……そんな風に噂されているのですよ。
『それなりに……ですけどね。先方もユリコ様へ謝罪の意を伝えるようにとの事でした。「フォルゼ少佐の情報をお伝えできず、誠に申し訳ない。時が来たら、貴女も真実を知ることになる。今はささやかながら、安息の日々を過ごされたし」……このような直々のメッセージを預かっております』
うわわわっ! ユリの指示って事まで解っちゃってるんだ……。
でも……考えてみれば、ロンギヌスはユリの直属指揮下のようなもの。
それが潜って、調べ回ってたら誰の差し金かなんて、すぐ解る。
メッセージの意味を考えてみる。
ユリもエスクロンの第三世代強化人間のエース格なんて言われてたほど。
このままお払い箱とか、そんな訳がなかった……。
おそらく「エリダヌス」の言う「その時」が来たら、ユリもまたエスクロンの為、人類世界の為に……戦う日々がやってくる……多分、「その時」はそんなに遠くじゃない。
同じ様なことは第7課の人達にも言われてたけど、重みが違うのですよ。
「エリダヌス」は、遥か過去になされた預言に基づいて、その預言に備えさせるべく、助言を授けてくれる……そんな行動原理を持つ超AIだと言われてる。
なんとなく解ってきたのですよ……多分、ユリ達は「エリダヌス」の言うところの「その時」に対する備えのひとつ……だぶん、そう言うことなのですよ。
今、ユリがクオンで安穏としてられるのは、エスクロンの国家意思によるもの……そう言うことらしい。
何かが水面下で動いてるとは思ってたけど、これは予想を遥かに上回ってたのですよ。
……うん、ここは大人しくしとこっと。
ユリだって、それくらい解るのですよ?
と言うか、せめて卒業まではクオンで……って、ダメ元のワガママだったんだけど、何故か通っちゃって、不思議だったんだけど、この調子だと本当にエスクロンの最高意思が動いてるっぽいのですよ……。
けど、そう言う事なら、ユリは自分の行動に自信を持っていいって事でもあるのですよ。
「……預言者から名指しで直々の言葉を賜るなんて、エスクロン国民としては、光栄の極みですよね……あはは。ロンギヌスもさぞびっくりしたでしょうね」
『そうですね……。私もエスクロンの国家戦略プロジェクトに基づいて建造された戦略中枢艦ではあるのですが……さすがに。まさか「エリダヌス」直々のお言葉をいただくとは……。まったく、ユリコ様と共にいると退屈だけはしませんね』
「皆からも同じ様な事言われてますよ。けど、ロンギヌスも大変じゃないですか……戦略中枢艦なんて言ったら、おそらくこれから、激戦やら無茶な戦いに巻き込まれたりすると思いますよ」
『……問題ありませんね。我々、ロンギヌス艦載AI群は今や、民間でも最大級のエーテル空間戦闘経験値を誇るAI群と評されております。これもひとえに我らの初陣で痛快なる勝利をもたらしてくれたユリコ様のおかげです。我ら一同、ユリコ様を心から敬愛しておりますので、当艦滞在中は目一杯サービスさせていただく所存です。そう言うわけですので、サービスについては一切の遠慮など不要でございます! もちろん、ユリコ様へ危害を加えようなど言語道断ですので、そのような輩には相応の教訓を与える次第でございます』
エリコお姉様からもこの辺の話は聞いてたんだけど。
なんと言うか、聞きしに勝ると言った調子。
ロンギヌスのAIさん達のユリコ上げがハンパない……。
このロンギヌスのAI達、初陣で派手な勝利を飾ったことがよほど嬉しかったらしく、もともと戦闘艦でも何でも無いのに、エーテル空間戦闘の研究にやたら熱心になってしまったみたいなのですよ。
日々独自進化を繰り返し、民間船にも関わらず、むしろ積極的に黒船に立ち向かっていって、単独で大型種を撃破だの、ダース単位の黒船を撃破したり、数々の実績を打ち立てつつあるのですよ……。
もともと1km級とエーテル空間船でも破格の大きさの艦艇だから、いくつもの大口径レールガンや大量の艦載機、所狭しと設置された対空砲……前に見た時よりも格段に重武装化されている。
純粋な火力や防御力なら、スターシスターズの駆るエーテル空間戦闘艦より、上回っているほどなのだから、尋常じゃない。
おかげで、民間交易船の間でもロンギヌスに便乗していけば、安心安全なんて評判が打ち立てられて、便乗船団が100隻規模になることも珍しくない。
当然ながら、ロンギヌスや辺境艦隊の各艦からのフィードバックにより、エスクロンも民間向けの武器装備を次々と独自開発しているので、民間船の武装や対抗戦術も強化されており、黒船はもちろん、クリーヴァやシュバルツ系の艦艇もおいそれと手が出せなくなってきているのですよ。
おまけに、スターシスターズは、有人艦相手だと妙に及び腰になると言う悪い癖があるのに対し、ロンギヌス達はホントに容赦ない。
一応、ロンギヌス達も人間に危害を加えてはならないと言う絶対原則コードがあるんだけど、エスクロン製のAIには「ただし、エスクロンと友邦国の国民に限る」と言う但書が付いてるので、その他の人達については容赦なんて一切しない。
この辺は、無人兵器で他国と戦うことを始めから想定してたから。
兵器が人を撃てないなんて、欠陥以外の何物でもないんだけど。
銀河連合の一般的なAIには、この非殺条項みたいなのがあるから、兵器転用する場合にも指揮官が必須となる……そんな本末転倒な問題を抱えてるのですよ。
そう言う本末転倒を嫌ったエスクロンは、昔からAIに関しては、銀河連合で一般的だったアマテラス系AIを使わずに、独自開発したAIを運用し続けていて、この非殺条項についても、意図的に外してたのですよ。
もっとも、これがAI戦争の遠因になったのも、事実でもあるのですよ……。
外宇宙からの敵に備えて配備していた外宇宙防衛艦隊の一隻が唐突に超AIへと進化し、人類の敵になった……いわゆるAI戦争の始まり。
銀河連合の人達がAI達も含めて、一様に冷たかったのも、原因が原因だけに自業自得と思ってたのは、間違いないのですよ。
とは言え、人類に反旗を翻した超AIに対抗したのは、やっぱり同じエスクロン製のAI群だったのもまた事実で……。
彼女達は同胞相手に手加減や容赦も一切せずに、エスクロン人と肩を並べて、徹底抗戦の道を選択し、あの戦いを勝ち抜いた。
これも、従来の銀河連合の標準的な戦闘AIでは、とてもなし得なかったと言われているのですよ。
もっとも、エスクロン製の優秀な兵器が他国へ輸出され、銀河各地で運用されるようになると、今度は非殺事項が無いという事が問題視されるようになり……渋々ながら、但し書き付きで非殺条項を加えた。
……とまぁ、こんな感じが、エスクロン製AI達の歴史ではあるのですよ。
エスクロン製のAI達は、エスクロン本国と、友好通商条約を結んでいる国々の人間に対しては、無条件でその生命を保護するように設計されている。
けど、それ以外の人間に対しては、一切容赦をしない。
一応、銀河連合軍については、味方と認識してはいるのだけど、その命令などに従う気は一切ないし、スターシスターズの流儀に合わせる気なんてこれっぽっちもない。
実際、スターシスターズが撃てないように、民間タンカーに偽装した有人の司令船や情報収集艦が悠々と最前線をチョロチョロしてる事も多かったのだけど、ロンギヌスやエスクロン系無人戦闘艦は、そう言うのも容赦なく沈めまくった……。
それどころか、自分達が護衛対象だろうとむしろ積極的に、その手合を沈めにかかるので、向こうもそう言う意味のないカモフラージュを止めてしまったらしい。
銀河連合経由で、文句が来たりもしてるみたいだけど、皆「戦場で、流れ弾なんて当たり前。流れ弾が飛んでくる所にいる方が悪い」なんて、しれっと言ってのけたらしい。
……なんか、聞き覚えのある言葉なんだけど、誰がそんな事教えたんだろね?
エスクロン側も「うちのAI達は凶暴ですから」の一言で、気持ちくらいのお見舞金を支払っておしまい。
なんと言うか、さすがエスクロン……なのですよ。
「色々、ありがとうございますなのですよー。でも、シャワーも浴びたいし、食堂もゆっくり行くのであまりお気遣いなく……なのです」
なんだか、すっかり話し込んじゃった。
知らなくてもいいような情報まで知っちゃった気もするけど。
当面、ユリは出番なしだから、大人しくしてなさい……「エリダヌス」からも、そう言われたようなものなんで、お言葉に甘えて、のんびりするのですよ。
『そうですか、すっかり長話になってしまって、申し訳ありませんでした。それではごゆっくりと……。あ、いつお声をかけていただいても、結構ですからね? どの様なご要望であっても、最優先で対応しますし、ご命令とあれば、なんでも致します。それでは御機嫌よう……』
「ごきげんよー! なのですー」
ロンギヌスとの交信終了。
高度圧縮情報通信だったから、現実時間にして三分くらいしか経ってないのですよ。
ちなみに、あてがわれた船室は思いっきり一等客室……ふかふかベッドにユニットバスにトイレまで備え付け。
最高級のVRシートもあって、大型マルチメディアモニター付きのめっちゃ贅沢仕様なのです。
今回、参加してくれた50人のクオン高校生。
全員、この待遇で一人一部屋……皆の部屋は、部屋の大きさが半分くらいらしいんだけど。
航宙艦でも個室なんて、結構な贅沢なのですよ。
当たり前のようにドン引きしてたけど、住めば都。
快適すぎて、家に帰れないとか言ってたのです。
こう言うのもあって、旅程が長引いてることについても、特に文句は出てない。
「シャワーシャワー、らんらんるー」
ちゃちゃっと服と下着を脱いでボックスシャワーを浴びる。
あ、具体的な描写はカットなのですー。
えっちぃのは駄目なのですよ?
ユリは元々汗とかあんまりかかないけど、VR中は脳神経系に負荷がかかるから体温が上がって、冷却措置として人並みに汗だくになっちゃうのですよ。
一応、水でさっと洗い流せば十分なんだけど。
やっぱり、人並みにシャンプーにリンス……もとい、専用洗浄剤とメンテナンスオイルで髪の毛やお肌のお手入れしないと……なのです。
強化人間と言っても、ユリも女子だから、この辺はちゃんとするのですよ。
ちなみに、どっちもフローラルないい匂いが付いてたりする。
この辺は、第二世代強化人間の先輩女子達がクレームとか付けまくって、改善させたんだとか。
昔のは、機械用の洗浄剤と潤滑油みたいな代物で、大変不評だったらしい。
解る……女の子はいつもピカピカで清潔、それでいてフワッといい匂いが香る……それでないとモテないのですよ。
……宇宙航行艦の無重力ミストシャワーと違って、普通の地上やコロニー同様のシャワー。
ミストシャワーってシャワー浴びた気にならないけど、普通のシャワーはやっぱり気持ちいいのですよ。
お風呂も艦内に大浴場があるから、ゆっくりしたいならそれも良いんだけど。
一人でささっと綺麗にしたい時は、シャワーに限るのです。
「うん、さっぱり! VRの後はシャワーで汗を流して、アイス食べて……これは至福の一時なのです」
冷蔵庫もあって、飲み物やアイスもばっちり。
お酒もあるんだけど、いけませんっ! お酒は二十歳になってからなのです。
なので、ワイングラスに無糖の炭酸ジュースを入れて、クイッと一口。
うん、ユリもちょっと大人になった気分なのです。
ペットボトルをそのまま飲むんじゃなくて、ちょっとした一工夫で、ゴージャス気分。
おすすめなのですよ?
……なんて、寛いでたら、船室のドアをノックする音。
来訪者は……エリーさん達なのです。




