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第四話「エトランゼ号の旅立ち」②

 側面の搭乗口に回ると、自動的にシステムがパワーセーブモードから復帰したようで、ドアの横の操作パネルのランプが点灯する。

 

『……警告、本艦は私立サクラダ女子高等学校、宇宙活動部所有の航宙艦エトランゼ号です。関係者以外の方は直ちにお引取りください』


 ……凄い流暢な合成ボイス。

 若い男の人の声って、辺りがさすが、女子高!!

 

 イケボなのですよ! イケボッ!

 

「ああ、アタシらやでー、関係者やから開けてくれんか?」


 言いながら、アヤメさんが生徒手帳をカメラに向かって見せる。


『……ID確認、チカマツ・アヤメ様、エリザベート・ユハラ様……宇宙活動部在籍確認。お久しぶりですね。もうひとりの方は、初見かと思いましたが……。おや、貴女は体内APをお持ちですか。……であれば話も早い、早速ですが、アクセス許可を願います』


 さすが人工知性体。

 あれこれ説明するより、無線コネクトでデータ交換ってのが早いって判ってるみたい。

 

 ついでに、アヤメさんとエリーさんのフルネームも判明。

 ユリの不揮発性メモリーに記録したよっ!


 早速アクセスが来るので、許可。

 向こうはこっちのプロフィールデータを精査中、ユリも向こうのデータを受領。


 まぁ、名刺交換みたいなもんなのです。

 

 凄いなこのAI……機体と同時に作られた正真正銘、60年物の古参AIだ。

 その経歴データはあまりに莫大すぎて、詳しく見たら大変そうだった。

 

 ティア2クラスともなれば、自己進化能力もあるから、60年もあれば相当高いレベルのAIに進化してるはず。

 やっぱ、この船すごいなぁ……。

 

『……確認しました。本日付で入部されたと言うことですと、立派に関係者ですね。いやはや、クスノキ・ユリコ様……なかなか大変な人生を送られてきたようで……。本来の道を閉ざされる……そのお気持ち、私にも我が事のように解ります』


 エルトランの慰めの言葉。

 けど、ユリは黙って、首を横に振るのです。


「……大丈夫、気にしてないから。エルトラン……いい名前なのです」


 この人工知性体の固有名称はエルトランと言う。

 この機体が軍用機として、活躍してた頃からの古強者。

 

 幾多の戦場や幾多の国、様々な持ち主を転々とし、多くの人の役に立ってきた……そんなAIなのです。

 

 その余生は、辺境星系でのクラブ活動の送り迎え。

 もう10年位、クラブ所有艦として活躍してきたみたいだけど、本人的には悪くないと思ってるみたい。


『ありがとうございます。レディ……貴女の来訪に、心より歓迎の意を表したいと思います』


「なぁ、エルトラン! 待望の航宙艦免許持ちを連れてきてやったんやで! ちっとは驚かんのか?」


『そのようですな……となると、まさか、まさかっ! いよいよ私も宇宙を飛べるということでしょうか?』


「そうよ! ……ごめんね、ずっとこんな所で燻らせちゃってて……」


 エリーさんがそう言うと。

 パネルのランプの点滅が急に消えて、静かになったと思ったら、いきなりバシューと各所のスリットから排熱が行われる。


『なんと! なんと! 嗚呼、最後のドライバー、我が愛しのハセガワ嬢の卒業を見送って以来、記録ログを何事もなしで埋め尽くす日々。いよいよ、部員も無免許のお二人を残すのみと聞き、私もこのままドッグの片隅で朽ち果てていく事を覚悟しておりましたが……。ついに、ついにこの日がやってきたのですね! さぁ、さぁ! どうぞお入りください!』


 ……凄いなこのAI。

 興奮して我を忘れそうになってる……。


 今の排熱は一気に各部所稼働率が急上昇して、緊急冷却の為に行われたらしい。

 人間で言うところの興奮して、体温急上昇? そんな感じ。

 

 艦内の見取り図もすでにデータで受け取っているので、もう手に取るように解る。

 と言うか、ユリって航宙艦戦闘を想定されて調整された戦闘用強化人間……のなり損ない。


 エルトランは、戦闘兵器として作られたけど、もう宇宙空間で本格的な戦争とか起きそうもないから、その本来の機能が発揮されることは二度とないのだろう。


 お互い、要らない者同士……仲良くしようね。

 

 艦内レイアウトは……中央部は三畳一間くらいのカーゴルームが左右3つづつ並んでいて、一番奥が機関室。

 

 機関室は大容量のイナーシャルキャンセラーを搭載してるので、機体の1/3位を専有してる。

 一番容積を食う燃料タンクは、プロペラントタンクによる外装式……何とも合理的に作られてるんだなぁ……。

 

 前の1/3は操艦、及び居住区画。


 四座式の操縦ブロックが少し上にはみ出したような位置に設置されていて、その下は折りたたみ式のパッセンジャーズシートが10席ほど並んでいる乗員区画になっているようだった。

 

 私達が入ってくると、並んでいたパッセンジャーズシートがたたまれて、10畳くらいの広い部屋になる。

 正面と側面のシールドも収納されて、強化ガラス越しに外の様子も見えてくる。

 

 本来はここに光学索敵システムとか入ってて、カーゴルームも元々は宇宙機雷の収納スペースだったらしい。

 

 隅っこに置かれていた折りたたみ式のテーブルと椅子を先輩達が引っ張り出してきて、どうぞどうぞと勧められたので座り込む。

 

 操縦席とか見てみたいなーとか思ってたんだけど、ぐっと我慢する。

 

「まぁ、ここはアタシらの秘密基地みたいなもんでな。時々、遊びに来とったんや。お菓子なんかも置いとるから、皆で食べようや」


 言いながら、ダンボール箱からポテチの袋を出して、広げてくれる。

 

 ノリ塩味なのですっ! ユリ、大好きなのですっ!


「でも、カバー外したりとかまでは、してなかったんですの。どのみち、動かせないって解ってましたし……。あんなメモが残ってたなんて、知りませんでしたわ」


『……皆様の様子は、このエルトランも拝見しておりました。乙女の涙というのは、いつ見ても美しいものですな』


「言うなっ! なんや、恥ずかしゅうなってくるわ!」


「そ、そうですわ! ユリコさんが涙ぐんでるのを見て、ついもらい泣きしてしまいましたの」


 ……ごめんね……涙もろくて。

 

 ユリは、サイボーグのくせに、泣き虫なのです。

 でも、泣いたり怒ったり出来るのは、人間の証だと思うのです。

 

 このガラスのカメラアイだって、涙腺機能はレンズの洗浄目的って言う話だけど。

 泣くのは人間としては、当たり前……人間として自然な行為を自然に出来るために付けてくれたんじゃないかなって思う。

 

 パリパリとポテチを齧る……美味しいね。

 でも、飲み物が欲しいなぁ……なんて思い始める。

 

『……お嬢様方、お茶が入りました。私、そこまで持っていけないので、どなたか取りに来ていただけると助かります』


 ブリッジの壁が開いて、ストロー付きの密閉式マグカップが3つ出て来ていた。

 エリー部長が取りに行くと、手慣れた感じでテーブルに並べていく。

 

 ……無重力空間だと、コップでお茶なんてやったら、確実に大惨事になる……。

 飛沫のひとつひとつや注いだ熱湯が塊になって、フヨフヨと部屋の中を漂う……避けようすると風圧でかえって自分の方へ寄って来たりする。

 

 無重力空間のやっちゃダメ行為の一つ。

 人工重力もずっとは作動させてられないから、航宙艦ってのは割と頻繁に無重力状態になるものなのです。


 その辺ちゃんと考えてるみたいで、温度もぬるめで逆流防止弁付きのストローだった。

 合成品のパウダー紅茶だけど、甘くて美味しいっ!

 

 でも、この容器って、洗うの面倒そう……なんて考えちゃうユリは、割と家庭的な女の子だと思うのです。

 

「エルトランさん、ありがとう……喉、乾いてたのです」


 とりあえず、正面の赤く光ってるカメラに向かってお辞儀する。


『いえいえ、どういたしまして。粗茶でございますが。それにしても、クスノキ様は私のような高度人工知性体に対しても全く区別もしないようですし、私が流暢に喋っているのを聞いても、抵抗もないようですな……。まるで、人に接するような自然体そのもの……もちろん、悪い気分はいたしませんよ?』


「……ユリは……強化人間。……人間よりもむしろそっちに近い。あとクスノキじゃなくて、名前で……二人も」


 ……AIの人間性を否定する人も世の中にはいるけど。

 

 彼女達は、人と共生することを選んだ電子生命体と言うべき一種の生物だと、ユリは思ってるし、エスクロンではそんなふうに考えられていて、高度人工知性体にもちゃんと市民権と言うべきものがある。

 

 彼女達のルーツを遡ると、600年も前のAI革命と呼ばれた時代に誕生した、アマテラスって人工知性体に辿り着くらしい。


 アマテラスより以前のAIは、単なるデータとプログラムの積み重ねの知性体とは呼び難い代物だったようなのだけど。


 そのアマテラスと言うAIは、人と変わらぬ知性を持ち、情緒的な思考をし、自己進化と自己増殖を続けるそれまでのAIと一線を画した電子生命体と呼ぶべきものだったのだと言う。

 

 彼女達は、人の為、その一助となり、人々の生活に常に寄り添うことで、人類の発展に多大な貢献をしてくれていた。

 いっそ、政治や統治なども、人工知性体に任せてしまっていいのではないかと言う意見もあるのだけど。

 

 過去に色々あったとかで、彼女達は頑として、人を支配したり、命令する立場になることを拒んでいた。


 あくまで世の中の影で、人と社会を支え、危険を代行し、命令される側……日陰者であることを良しとする……彼女達人工知性体は、いつの世でもそんな存在だった。

 

 そして、彼女達は長いものでも100年ほど活動すると、唐突にその活動を休止する。

 

 ……進化の為には世代交代が必要。

 本来、不老不滅の存在でありながら、そんな理屈で彼女達は自己消滅……言わば、死を受け入れるようになっていた。

 

 これも過去に起こった彼女達の言うところの大きな過ちから、そんな習慣を生み出したのだという。

 

 次世代に己が責務を託し、ある日突然あらゆる記憶媒体から、その基幹プログラムを抹消し、この世から居なくなる……。


 それが人工知性体の最期……死を理解し、受け入れる存在……それが「命」以外の何だというのか?

 けど、彼女達が何処から来て、何処へ行くのか……それは誰にもわからないのです……。


 ユリ達人間が……どこから来て、何処へ行くのか解らないように。

この作品……宇宙駆け世界と言うバッググラウンドがありますので、

かなり複雑な設定があったりします。

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