第四十話「最後のジョーカー」①
「どうやらここが山場のようだね。いやはや、ユリコさん達凄いねぇ……一瞬であれだけの数を蹴散らしちゃうなんて……。それとすまない。僕らはどうもタイミングを逸したらしい。と言うか、展開の速さにについて行けなかったってのが正確なところだよ」
イマザワくんからコール。
なるほど、動かなかったのは正解なんだけど。
迷ってるうちに、一気に戦局が動いちゃった……そう言うことみたい。
多分、味方に動かなくていいのか? って突き上げられたとかそんな感じなのです。
「いやいや、慌てて変な動きをされるよりは良かったですよー。戦場では、迷った時は退く……が正解なんですよ?」
迷ったら、行け! なんて言葉もあるけど。
崖っぷちでアクセル踏んだら、谷底向かってまっしぐらなのですよ。
瀬戸際では一歩下がって、冷静に判断。
戦場で長生きするコツだって、古参兵なんかは皆、言ってるのですよ。
「そう言ってもらえると、少しは気楽だよ。けど、敵の残存兵も一旦離脱して、再編成してるみたいだね。後ろから追われるとなるとさすがにキツイ展開だと思う。どうだろう? ここは、僕らも参戦して敵の主力を足止めして、そっちはデストロイヤーを追撃して一騎打ちに持ち込むってのはどうかな?」
なるほどなのです。
確かにここは、追われる局面。
冴さん達が健在なうちに、全兵力を投入しての総力戦を挑む。
確かに、それも手なんだけど……。
今の戦力比だと、敵は9、味方も9。
イマザワくん達が加わわることで戦力比としては、こちらが上になるんだけど。
序盤にクシナさんに落とされた機体もペナルティタイム明けで復活してきてるし、なんと言ってもSR機のヤマトがいる……となると、むしろこっちが負ける可能性が高いのです。
うーん、相手を納得させつつ、大人しくしてろと言いくるめるには……。
なかなか、言葉選びが難しいのですよ。
「イマザワくん、ありがとう! ちょっと敵の練度が想定より高かったのですよ。なので、再度、作戦変更を通達します。本当は頃合いを見て敵の後背を突いて挟み撃ちにしたかったのですが。敵が意外と簡単に突破を許してくれちゃったのです。多分、あれは突破させた方が損害が少ないと判断したんだと思います。実際、敵の行動がこちらの想定より早いです……」
「なるほど、無理に突破を阻止して、取り返しの付かない損害を受けるくらいなら、敢えて突破させた……そんな感じだね。デストロイヤーも用心してたらしく、かなり後ろに居たみたいだ。すでに方向転換を始めてる。となると、一騎打ちには応じずに一目散に逃げを打つ……そう言うことか。そうなると、今から僕らが向かって敵の主力の足止めに参加してもあまり意味がないな」
良かった……イマザワくんなりに考察して、ユリが言いたかったことと同じ結論に達してくれたらしい。
「なのですよ。でも、デストロイヤーはこちらの動きに合わせて、風下のイマザワくん達の方へ向かっています。なので、ここは待ち伏せが最善。予測機動を送りますから、それを元に最適な位置に陣地変換をお願いします」
ちなみに、ユリが選んだ突撃コースは、若干左より……あえて、一度風上に進んでそれから一気に風にのって、急接近を試みる……そんな風に見えるコースを選んだのです。
こうなると、敵も左旋回しか選択肢がなくなるのです。
「なるほど、敵陣突破後に最短コースではなく側面からの迂回コースでフラッグシップに迫ったのは、デストロイヤーが逃げることを想定して、逃げ場を限定させるため。そう言うことか、重力風の向きから計算すると、相手は僕らの方へ逃げるしかなくなってしまっているのか。もしかして、始めからそこまで計算して……なのかな?」
正確には、様々な可能性を考慮して……なのです。
何もない宇宙空間戦では、こう言う本来なら誤差程度の影響しか出ない重力風や、微細デブリの衝突やリアクターのトラブルと言った些細な不確定要素が勝負を決する重要なファクターになるのですよ。
「そう言うことなのですよ。いいですか? 今の所、こちらの強みはイマザワくん達がまだ発見されていない事です。イマザワくん達はこちらにとっては、最後の切り札です。これから何が起きても絶対に待機位置から動かないでください」
「了解……なかなか出番が来なくて、皆、やきもきしてるみたいなんだけど、そう言う事なら納得だ。……確かに現状は、まだまだこっちが不利。となると、それに賭けるしか無いね。巡航ユニットはすでにパージしてるし、隠蔽状態だからあんまり派手には動けないけど、それはこっちでなんとかしてみるよ」
「お願いします。とにかく、射程に入り次第、一斉狙撃で仕留めてください。この伏撃が成功するかどうかが全てなんです」
「了解……。でも、さすがに「ヤマト」相手じゃ、三機でもキッツいんじゃないかな? 僕で良ければ、助太刀に入ろうか?」
余程、心配らしくイマザワくんから、単独支援の申し出。
うーん、こう言う男前なところがモテるんだろうなぁ……カッコいいのですよ!
「……リオちゃん、どうです? 三人がかりでもキツイですか?」
「うーん、さすがに落とすのは無理だろうけど、冴ちゃん達が援護してくれてるから、なんとか足止めは出来てるよ……少なくともまだそっちにはいかせない! でも、ヤマトの後ろに敵の主力が集まってきてる。あれが一斉に来たら。さすがにあんまり長くは持ちそうもないよ……早いとこ勝負決めてくれると助かるかなー」
「了解なのです! イマザワさん、そっちのメンバーは不慣れだし、伏撃の際はタイミングを合わせた統制射撃でないと有効な打撃に成りえませんから、その場で指揮をお願いします」
「解った。こっちのメンツも自信なさそうだから、そうするよ。それと、位置的にそろそろフラッグシップが見えてくるんじゃないかな?」
「そうですね……。敵艦の噴射光……見えました! アヤメさん、敵フラッグシップ……捕捉したのですよ!」
敵艦の噴射光を確認……すでに旋回行動に入っているのですよ。
光学補正ソリッドを実行……通常の光学観測結果に連想補完処理がかかり、鮮明な画像になる。
なにげに、VRの限界解像度を無視した芸当なんだけど、これもユリのお手製。
見通しの悪いエーテル空間での目視戦闘用に、エーテル空間戦闘艦の頭脳体が作った……なんて言われてる光学補正アルゴリズムの流用なんだけど、案の定結構使える。
個体によっては、超AI並の演算力すら発揮するスターシスターズが実戦を通じて洗練させた……なんて代物なので、はっきり言ってオーパーツじみたアルゴリズムなのですよ。
なんで、そんなのをユリが持ってるかと言うと。
新型機開発のテスト中にお姉様に、エーテル空間の視界が悪いって文句言ったら、祥鳳から連想補完光学処理アルゴリズムの提供があり、ユリの補助システムにテスト実装してくれたから。
要するに、自前で持ってたアルゴリズムを解析、ソリッド化してVRゲームに実装……やってみたら、割と簡単に行けた。
光点でしか見えてないようなものを高解像度化することでシルエットまで判別する脅威の技術。
うーん、捕捉したものの、レーザーの射程ギリギリで結構微妙な距離。
けど、このタイミングならまだ十分当てられる! 相対距離も確実に詰まりつつある。
こう言う局面を想定してブースターを積んで、加速度を上乗せしてたのが効いてる。
「よっしゃ! うまい具合に横っ腹向けとるやん! 慌てふためいて反転離脱って腹やな? そうはいくかっ!」
さすがに敵もバカじゃない……主力が壊滅したのを見て、格上のこちらとの正面からの砲戦は避けて、逃げの一手……すでに横を向いてるとなると、ミサイル攻撃の段階で減速開始して、早々と逃げを打ってたんだと思う。
良い判断……けど、こちらの方が一手早かった。
真横を向いた艦艇なんて、良い的なのです!
アヤメさん、セオリー通り、初撃は回避困難なレーザーキャノンでの牽制射撃。
狙いはバッチリ! 直撃コース!
巡航艦クラスの対艦レーザーにもなると駆逐艦のAL装甲では防ぎきれない。
アヤメさんも定石通り、機関部狙いでまずは足を殺すつもりらしい。
しかも、チャージ時間を多目にとっての延伸と火力アップを図ったパワーモード射撃。
具体的に指示を出さずに、最適な選択を行える……アヤメさん、リアル軍人とかやってもいい線いくんじゃないかな?
けど、これなら確実に当たるはず!
「……ありゃ! 外したか? ごめーん! ここ一番でヘマやってもうた! ちょっと狙いすぎたか……次弾、次弾! エリー! パワーバランスちょっとウェポンチャージと冷却優先にしてくれ!」
ユリも当たったと思ったのに、敵艦は無傷。
「いや、今のは直撃コースだったのですよ……何かあるのです!」
レーザーの射線がデストロイヤーの直前で止まってた。
いや、直前で何かで減衰して、装甲で受け止めた……そんな感じなのです。
駆逐艦の装甲にもきっちりホットスポットが出来てるから、直撃だったのは間違いない。
シールド集中による全力防御? いや、デストロイヤーのシールドなんて紙同然だから、巡航艦のレーザーキャノンを止めるほどじゃないはず。
何か……いる?
「……向こうにも伏兵がいたみたいですわ。赤外反応キャッチ……うーん? 何かいるってのは解るんだけど、ちょっとよく解りませんわ」
「あ、こっちの二番スロットに入ってる連想補完光学処理ソリッドを走らせてください。それ使えば、鮮明映像化出来ます」
「了解……詳細映像化……完了。凄いのですね……連想補完光学処理? こんなの聞いたこともないんですが……え、えっと? なんですの……これ? マントを羽織った黒い骸骨みたいな機体……そんな感じなんですが」
デストロイヤーに寄り添うように、幽鬼のような黒い細身の機体が姿を現す……。
マントみたいに見えるのは多分、ALシールド。
巡航艦クラスの艦砲射撃を止めるとなると、相当な代物なのですよ……。
シルエットは確かに骨格標本みたいにひょろひょろ。
うーん、ユリもちょっと解らないのです。
見たこと無い機体なのです。
「……あれは、SSRの「ナイトストーカー」! ようやっと解った……あの時、どこから撃たれたのが全然、解らなかったんだけど、アイツに撃たれたのね……」
ユリも解らなかったんだけど、漂流中で暇かつ、このゲームにめっちゃ詳しいクシナさんが解説してくれた。
このゲーム……自重しないで機体数増やしまくってるから、ユリも知らない機体がいっぱい。
現実の軍隊でこんな機種増やしまくってたら、稼働率だだ下がりで整備の人も泣いちゃうよ……。
データベースによると、レーダーに映らないステルス装甲と強力なALシールドを兼ねた特殊装備を装備した特殊戦機。
長距離狙撃砲を主兵装とするSSR級の激レア機。
レーダーにも目視でも見えない状態を維持したままで、遠距離スナイプを仕掛けてくるあんまり敵に回したくないタイプの敵。
今は、レーザーキャノンの直撃を受けたことで、ALシールドの熱変換作用で観測可能なんだけど、放熱が終わったら光学観測で捉えることすら出来なくなる。
強敵なのですよ!




