第三十九話「ユリのトリガーハッピーセット」④
「ユリコさん! 言われたようにメイン機関にパワー集中しましたわよ! シールドは最低限。各砲座へのパワー供給優先設定に移行……これでよかったですわね?」
「はい! 速力ドンドンあげます! 冴さん達もちゃんと付いてきてくださいね!」
「了解、左右の守りは任せてね! マリネ……被弾したら、置いていくからね!」
「ええっ! そりゃない……と言いたいけど、そんなもんか。ユリちゃん、私達が危なそうでもほっといていいからね!」
突撃中に直掩機が被弾したり、白兵戦とか始められたら、置いていくしかない。
現実の戦闘だったら、それは半ば見捨てるようなものだけど、スタークラスターじゃセオリーなのですよ。
「了解です。アヤメさん、全火力を前方敵集団に集中! 主砲のレールガンはロックオンを待たずに、リロード完了次第ドンドン撃って、発射後の精密誘導も不要……なるべく早めに起爆! 爆散円の網を作って、点ではなく面により敵を制圧します!」
「おっけー! あんだけ集まっとるんやったら、狙いも雑で構わんってことやな! そうなると、主砲は大まかに照準指定した上でのオート射撃で十分やろうから、副砲とか撃つ余裕もあると思うで?」
「そうですね……この場合、副砲のレーザーキャノンを確実に当てる事に集中してください。短距離ミサイルや対空砲は相手を近づかせなければいいので、フルオートで弾幕張れば、それで十分です」
実戦だったら、実体弾の弾数とか砲身加熱やら、レーザーへのパワー配分やら色々あるけど、そこら辺は簡略化されてるから、イケイケでオッケーなのですよ。
リアル戦艦も、こんな簡単操作だったら素敵なんだけどなぁ……。
皆、艦艇とかってPSほど軽快じゃないし、沈められたら負けだからって、後方待機させたり、守りに入ったりと消極的な運用をしがちなんだけど。
巡航艦クラスともなると、さすがに簡単には沈められないのですよ。
一対一で肉薄さえされなければ、どんなに強力なPSでも正面から撃ち合ったら、確実に撃ち勝てるのですよ。
戦艦が簡単に沈むかーってお話なのです。
皆、もっとおっきい船を使うのですよー。
「おらおらーっ! 道をあけれーっ! お前らまとめて蹴散らしたるわーっ!」
文字通り敵の堅陣をあっという間に蹴散らしていく。
目の前で隊列を作って、先頭に立ってたナイトランスがレールガンの榴散弾に巻き込まれてぼろぼろになって、レーザーキャノンであっさりトドメを刺される。
敵の陣形はもはや機能してない……正面にはぽっかり穴が空いて、あっさり正面突破に成功する。
敵が全力で来るなら、こっちも、後先考えない全力火力で蹴散らせば済む話なのですよー。
「……うひゃーっ! こんだけ近いとオートマチックでも、さすがにバンバン当たるわー! マリネ、冴ちゃん! まだ付いてきとるな? 撃ち漏らしは任せたでー!」
アヤメさん……結構、上手いのです。
砲手担当と言っても、一度に操作できる砲数なんて普通は一つか二つ程度だから、大半はオート砲撃ってなるんだけど。
どの砲をマニュアルにして、どれをオート任せにすればいいかと言う判断が抜群に上手いし、並列操作も平然とこなしてる。
なんかもう、手が何本も見えるくらいテキパキとマニュアル操作をこなしてる。
割と多才な人だとは思ってたけど、さすがなのですよ。
「任されたよーっ! と言うか、なんでこんなガタガタになってるんだろ。向こうの方がまだ数は多いのに……」
撃破数は「ゴブリン」が3機に「ナイトランス」1機と確実に落としたのは、そこまで多くない。
低ランク機にも関わらず、以外と携行装備が充実してるみたいで飽和ミサイル攻撃にも耐えきっている。
機体自体の性能が低くても、オプションや携行装備次第で十分戦力になる。
低コスト編成が侮れない理由のひとつなのですよ。
ファルシオンも入れて敵の損害は確実なのは5機。
結構撃ち漏らしが出てるけど、見たところ無傷なのは一機も居ない……。
ミサイル迎撃の主力だった「アーチャー」も装甲は紙なので、榴散弾攻撃でどれもボロボロ。
ダメージを受けると煙を吹くのはこのゲームの仕様なので、どの機体もモクモクと煙吹いてる。
この時点で敵兵力14機中、5機撃墜……3割撃破ってところで、こちらがPS3機に艦艇1隻の寡兵である以上、相手がまだ有利……に思えるのだけど、実際の戦闘でも攻勢側はわずか2割の損失で戦線を維持できなくなると言われているのですよ。
これはどう言うことかと言うと、集団戦だと、前衛や支援とそれなりに役割を分担してるので、例えば、敵の主攻を受け止めるシールド装備の前衛だけが綺麗に居なくなると、後衛や支援役は事実上戦力外になる。
その辺は、一発撃たれたら終わるとかそんな調子なので、間違っても前になんて出られない。
要するにチームのバランスや役割分担が崩壊するので、集団として機能しなくなるのですよ。
集団戦で許容できる損害は3割……4割の損失ともなると、もはやそれは部隊機能喪失……全滅と判断される。
もっとも、総合的に見ると、こちらも同じくらいの損害なのです……。
とは言え、こちらはクシナさんチームが失われただけ。
フラッグシップチームと、イマザワくんチームは損害はゼロ。
まだまだ余裕で戦闘継続が可能。
同数の損害でも、損害の質が違うのですよ。
全兵力を一点に固める総力戦ってのは、こう言う弱点もあるのですよ。
こんな風に中央突破突撃をまともに受けて蹴散らされると再編成や損傷機の応急修理やらで、てんてこ舞い。
バックアップ専門の支援機なんかまで落とされてたら、リカバリーもままならない……被害甚大と言っていい。
始めから集団戦闘を考えてない野良チームだと半分落としても平気で攻めてきたりするけど、このチームみたいな組織戦が出来るようなチームだと、この時点でもう趨勢は決まってしまっている。
現実の戦闘だったら、迷わず撤退ってなるところなんだけど。
フラッグシップが生き残ってる限り、負けはない。
降伏って選択肢も一応あるけど、それやるくらいなら最後まで諦めずに戦うってのが、通例だから、この戦いはまだまだ続くのですよ。
「そうね……このチームって、割とエース頼みだったんじゃないかしらね。実際、他の機体もEクラスの「ゴブリン」とか、良くてクラス級の「ナイトランス」とかそんなのばっかりの数合わせだし……思ったより楽だったね」
冴さんが感慨深げに語る。
確かに、エース機を二機なんて入れたら、他はしょぼいのを選ばざるを得ない。
もっとも、最上級のSSR機をD級やE級で落とすのもそこまで難しくはないので、低ランク機も意外と侮れないのです。
PS戦は人間の個人戦闘の延長のようなものだから、本来一対一で戦うのが基本。
後ろや横からひっきりなしに攻められたら、長くは持たない。
最強ランクの機体でも、ゴブリン6機で囲めば、なんとかなると言われてる。
もっとも、その場合半分は撃ち落とされるし、戦術次第では軽く全滅させられるのが、悲しいところなんだけど。
ちなみに、コスト値は最低グレードのEクラスは1Pで計算されるのです。
フラッグシップ戦だと基本60Pを割り振るって形式なんだけど、こっちはフェルミオンとクシナさんの「オリンピア」で20P分は食ってる。
他のメンバーはコスト3のCクラスで、ケルベロスはBクラスでコスト4。
ライゼン工業の「エルフィ」なんて、おもいっきりDクラス……5機で10Pのお買い得仕様。
エース機一機で巡航艦編成だから、こんなものなのですよ。
案の定、編成は結構揉めたんだけど、イマザワくん達は後方支援チームで初心者揃いだから、主力は使い慣れてる「エルフィ」でいいよって泥を被ってくれたのです。
イマザワくん、ありがとう! なのです!
「わ、私は楽じゃないよーっ! さっすが、エース機……近接最強なんだっけ? コイツ……そりゃ手強い訳だよー! ごめん! 喋ってる余裕なんてなかったーっ! だから、行かせないって言ってるでしょっ! 待て、こんにゃろーっ!」
リオさんも頑張ってるんだけど、さすがに相手はSR機のヤマト。
接近戦特化のケルベロスでも単騎だと無理がある。
もう満身創痍みたいになってるんだけど、それでもまだ動けるらしい。
むしろ、よく持ってると思うのですよ……。
「冴さんとマリネさんは、リオちゃんの援護を……ここは三人がかりで足止めをお願いします」
さすがにヤマト相手だと、巡航艦でも厳しいものがあるのですよ。
近接戦なら最強なんて言われる機体でバカでっかい斬艦刀なんて装備してるから、懐に飛び込まれたら、下手すれば一撃で沈められちゃう。
ここは、まだまだリオさんには頑張ってもらわないといけないのです。
「なるほど、ここが勝負所。殿として、捨て駒覚悟でフラッグシップの背中を守るってやるところね。マリネ! しっかりやりなさいよ!」
「おっけー! ユリちゃんの背中を守って討ち死にするとか、ちょっと美味しいじゃない。正直、リオに美味しいところ持ってかれるって思ってたのよね。じゃあ、反転して吶喊! いくわよーっ!」
二人共理解が早いのですよ……。
三人がかりなら、運が良ければ撃破も出来るし、少なくとも足止めは出来る。
ただ、パトロクロスだと仮に生き残っても多分、ここでそのまま置いてけぼり。
要するに、捨て駒。
「よろしく……お願いします」
リアルな戦場だと、さすがに死守命令なんて、躊躇うところだけど。
ゲームだから、ここは勝つための犠牲と割り切るのです。




