第四話「エトランゼ号の旅立ち」①
……そんな訳で、善は急げってことで、カバンを持って宇宙港の軌道ドッグに到着なのです。
なお、宇宙港までユリは、アヤメ先輩の自転車の荷台に乗せてもらってきた。
エリーさんは、なんとずーっと走ってきた。
地上での活動に備えて、カラダを鍛えるべく、移動は基本走るんだそうなのです。
コロニーってもその居住空間は、50km四方くらいあるんだけど、幸い学校は宇宙港から割と近いので、せいぜい5kmくらいの距離だった。
ちなみに、コロニー自体は、昔のアニメみたいにシリンダー型じゃなくて、ドーム型になってる。
人工重力発生機関がなかった頃のコロニーや大型居住艦なんかは、シリンダー型だったみたいだけど、今は普通に重力機関があるので、最近のコロニーは半透明の強化ガラスドームに覆われた居住区にするってのが普通。
ラグランジュ点上とは言え、無動力では何処かに流されてしまうので、コロニーにも巨大な核融合エンジンが備わっている……コロニーと言うより、超巨大宇宙船と言えなくもない。
でも、5kmダッシュって……エリーさんタフだよね……意外と。
今の私は、0.9Gとむしろ低重力環境のクオン対応ってことで、身体のパワーリミットを低めに設定してるから、実は人並みくらいしかパワーない。
持久力なんかは、心肺機能強化が施されてるから、それなりに高いと思うけど……。
ユリは、好き好んで苦労したいとか思わない系。
荷台乗ってく? って聞かれて、迷わず頷いた。
自転車、二人乗りってとっても青春っ!
思いっきり抱きついちゃったけど、女の子同士だし、皆よくやってるそうなので、構わないって言われたので、遠慮なく抱きついちゃった。
と言うか……ユリもちょっと人肌の温もりって、いいなって思い始めちゃった。
ちなみに、先輩のお腹はヤワヤワでした……さすがに、モニモニと揉んだら怒られた……反省。
「エリー、おつかれさんやでー! これでも飲むか?」
アヤメさんが自販機でスポーツドリンクを買って、エリーさんに差し出す。
「……ハッハッハ……ヒッ!」
エリーさん汗だくで地面に寝っ転がって、ダウン中で受け取る元気もない様子。
思わず手でパタパタと扇いだりしてみるけど、焼け石に水っぽい。
「すまんなぁ……今日は、やけにチャリの調子が良くって、つい飛ばしてもうた。堪忍やっ!」
……うん、知ってた。
アヤメ先輩の電動自転車こっそりパワーアップさせたから。
……実はユリ、改造体だけに人より体重……と言うより比重が重い。
具体的な重量は非公開なのだけど、普通の人に比べると3割増しくらいはある。
なので、こんなヘビーなのを荷台に乗せてもらって悪いかなーと思ったので、自転車のパワーアシストにちょっと細工して、パワーアップさせといたのだ。
多分、当社比150%くらいのハイパワーアシストになってたと思う。
パワーアシスト自転車って、あれちょっとシステムいじるだけで電動バイクみたいになるんだけど、ユリならちょっとコネクトを外部端子に突っ込むだけで、いくらでもイジれる。
つまり、ペースも1.5倍でとっても早かった!
そんなのに生身のダッシュで付いてきたのだから、そりゃこうなる。
今度から、トラムか無人タクシーでも使うべきだと思うな。
尚、ユリは留学生割引とかで、公共交通機関はほとんどタダ同然で乗れるのです。
エリーさんも出資者特典で、似たようなもんだから、有効活用すればいいのに……。
「……ちょっと飛ばしててって、エレカを追い抜くほどでしたわよ……」
エリーさん、復活……でも、ちょっと恨めしいと言った様子で、スポーツドリンクを一気に空ける。
「き、気持ちよかったんや……つか、ユリちゃん、なんかやっとらんかった?」
「ちょっとだけ……ユリ、重たいから」
一応、言い訳とかしてみる。
自転車二人乗りとか初めてだったのに、重たいから降りろとか言われたら、悲しい。
先輩も大変そうだったから、つい……やっちゃったのです。
アヤメさんの耳元に口を寄せて、ユリのトップシークレットを打ち明ける。
流石にちょっと恥ずかしいけど……アヤメさんになら、教えてあげていいかなーと。
「お、おぅ……そんなにあるんか。……あ、あたし、黙っといたるから、安心してな! でも、ちょっとイジるだけあたしのボロチャリもこんなパワーアップするんやなぁ」
「でも、フレームとかタイヤ、ブレーキ……強化しないと、今度貸して……くださいね」
今度、エスクロンの通販部にパーツ一式発注して、改造しとこっと。
このタイプの自転車なら、電動バイク化キットがあるから、ユリでもちょちょいっと出来る。
先輩の安全のためだから、それくらいしないとねっ!
ちなみにお小遣いもエスクロンから、留学補助金が出てるので、アルバイトとかしなくても、お金には困らなくなった。
学費なんかも全額補助。
お母さんからもユリの生活費として、キリコ姉に仕送りが渡ってるらしいけど、それがどうなってるかはイマイチ不透明。
「……ユリコさん、色々出来るんですのね。わたくしもいっそ、自転車通学にしようかしら……」
「ええんやないの? そうや! 地上で自転車ってのも悪くないかも知れんよ」
「それもそうですわね……。確かオフロード仕様自転車とかもあるんですわよね」
……宇宙時代になっても、何故か自転車は廃れなかった。
昔から、動力もなく人の力だけで、歩いたり走ったりの何倍ものスピードを出せる自転車という乗り物には、特別な魅力があり、子供でも使えるエコロジーな移動手段として、自律無人車が主な交通手段になっても、この乗り物だけはしぶとく、残った。
なお、発明されて850年も経ってるのに、形や機構は、21世紀あたりの頃から変わってないらしい。
各部位の素材が軽量化されたり、それなりに進化はしてるけど、動力が人力なので、いろいろ突き詰めていっても手を加える余地がないんだとか……。
空気抵抗とかもこれ以上は、人間の形を変えないとって感じなんで、もうこれでいいじゃんってなったらしい。
ちなみに、免許不要かつローコストってことで、主に未成年の足として大人気。
それと健康に気を使う大人たちにも、それなりに人気がある。
自転車で未開惑星を走る……確かに、出来なくもないと思うけど。
……普通に、コロニーの中を皆で、サイクリングってのは駄目なのかなぁ……。
とまぁ、そんなかんながありまして……。
ユリ達は、宇宙港の片隅のドッグに到着したのです。
そして……その航宙艦はひっそりと置かれていた。
宇宙港内はアチコチ真空だったり、入り組んでるので、四角い移動用カーゴに乗って、管理AI任せで上へ下へとややこしいルートでたどり着いた……具体的に何処らへんなのは、ユリにも解りませんっ!
それなりに苦労しつつ、三人がかりで埃の積もったダストカバーを取り払うと、煤けた装甲に覆われた四角い20m級の宇宙航行艦が姿を見せる。
間近で見ると、大きいけれど……航宙艦としては最小サイズ。
何度も大気圏突入、離脱を繰り返し、宇宙空間を駆け回っていたようだけど、外装は綺麗なもの。
歴代の部員たちが、ちゃんと手入れをしてくれていたらしく、外部装甲に多少の傷はあるものの、外観上は問題ないように見える。
うーん、なんと言うか。
機械も愛されてると、独自の表情を見せるようになると言うけど……。
この艦からは、何とも言えない温かみみたいなのを感じる。
「……綺麗」
率直な感想がそれだったのです。
うん、いい機体だってひと目で解ったのですよ……。
「……綺麗かなぁ……なんか、こうやって見ると割と煤けとらんか? それに何ともごつい外観しとるなぁ……」
形としては、角ばった箱型船体。
大気圏内を飛行するにしては、少々合理性に欠けると思うのだけど。
……要するにこれはベースユニット。
目的に応じて、各種モジュールを増設することで、マルチロールに使えるようにする……。
50年前の小型亜光速ドライブ艦ってのは、そんな設計思想が主流だったようで、この艦も長距離航行モジュールやら、戦闘モジュールとか、輸送モジュールと色々オプションを使うことで、様々な任務に対応できるようだった……。
もっとも、宇宙活動部の足としては、もっぱらベースモジュールに大気圏内フライトモジュール程度の装備での運用となっていたようだった。
その場合は、大体50mくらいになるので、さすがに宇宙戦闘機とかランチ辺りと一緒に出来ない。
「宇宙港を出入りしてるのは、もっと丸くて可愛らしいんですけどね」
「せやな。なんと言うか……ゴツいデザインやな」
「……軍用ベース機なので、こんなものなのですよ……。それにこれは中枢ユニット。これに翼とか長距離航行モジュールとか色々付くんです。大気圏降下するような場合だと、空力外装モジュール付けるから、滑らかなシルエットになりますよ」
とりあえず、機体の周りを一周してみる。
先輩達もここには何度も来てたみたいなんだけど、カバーを外したのは始めてらしく、興味深けに一緒に付いてくる。
ちなみにカバーについては、ユリが剥がしてって頼んだら、すぐにやってくれた。
グルリと見て回っていると、リアエンジンの噴射口の影にひっそりと、歴代部員達の名前が彫り込まれたプレートがあって、そこにメモ用紙が挟まれているのを見つける。
『最終整備記録 2669年3月21日 宇宙活動部 部長ハセガワ・ジュンコ記 まだ見ぬ後輩達の為に、皆で完璧に整備しました。私達はもう学校を卒業するけれど、いつの日にか皆、大好きだったエトランゼ号を後輩達が受け継いでくれると信じています』
……このメッセージを記す時に、先輩達はどんな思いだったのだろう。
この年の早々に、クオン星系で宇宙航行条例が改定されたはずだった。
18歳……高校三年で早い月の生まれなら、免許も取れなくもないけど、普通三年生ともなると進学や就職で部活どころじゃなくなる。
事実上の廃部通知にも等しい条例に……彼女達は何を思ったのだろう?
けれど、いつの日にか、後輩達が受け継いでくれることを信じて、最後の日に万全のメンテナンスを行って、外装も出来る限り綺麗にしていった。
……多くの人の思いが積み重なった船。
なんとなく、しんみりしてしまって、じっとそのメモを見つめてしまう。
背後に立っていた先輩二人も同じ思いだったみたいで、同じ様にそれを見つめてる。
二人もちょっと目がうるうるしてる。
ユリも似たようなものなのです……ちょっと瞼が熱くなってきちゃったのです。
サイボーグのガラスの目にだって、涙はちゃんと出る……。
「中……見ようっ!」
ここは、しんみりしちゃ駄目なところ。
努めて、笑顔を作って、振り返る。
もちろん、メモはちゃんと回収してポッケに入れておく。
そのままにしたら、燃えちゃう。