第三十七話「スペシャルズの少女たち」②
「うーん、フランの「ペイル・ギュント」の防空システム……ボクでも、容易く突破出来ないくらいだから、それを言うのはちょっと酷なんじゃないかな? でも、今度ボクのカスタム専用機「ブルーレイス」がロールアウトされるから、次の模擬戦は負けないよ! 量産機の「ガイスト」と比較して、突撃形態での空間機動力と対レーザーシールドが5割増しって言ってたから、あの鬼みたいなリフレクターレーザー乱舞もなんとかなるんじゃないかな」
「こちらも二次改装中ですからね。そんな事言ってて、あっさり撃ち落とされても泣かないで下さいね!」
「言ったねー! こうなったら、絶対勝ーつっ!」
「はいはい、二人共ベルト締めて! ちょっと静かにするー! パイロットAIさんも早く座ってくれよーって怒ってるよ?」
「「はーい」」
二人がハモって返事をして、全員今更のように着座するとシートベルトを付けて、機内は突然、水を打ったように静かになる。
青一色のエアプレーン……ブルースカイが無音で離陸する。
それを見送りながら、エアポートにいた一般社員の一人がボソリと呟く。
「なんですか、今のは……? ブルースカイなんて呼べるの、何人も居ないはずじゃ……そもそも俺、初めて見たんですが。なんで女子高生なんぞが、あんなの普通に使えるんですかね? あの子達は一体何者ですかい?」
「おいおい、今の子達は噂の第三世代強化人間だぞ。我がエスクロンの誇る最高精鋭……。俺は立場上、強化人間のパーソナルネームとかスペックデータも知ってるんだが、あの三人はその中でもトップクラスの連中だな……。「流星」に「小さな軍神」、そして「電子世界の魔王」……揃って二つ名持ちのヤベェ奴らだ。あの子達があんな風に集まって、派手に動き出したって事は……要するに我社が何かどデカイ事おっぱじめるって事だ。お前ら一般社員もそろそろ、覚悟決めたほうがいいぞ?」
「……で、でも、マネージャー……どう見ても、普通の子供でしたよね? 宇宙軍士官学校の制服でしたけど……見た感じ、15とか16とかそんな感じでしたよね? うちの娘と同じくらいの……」
隣りにいた中年のOLがポカーンとした表情のまま、その幹部社員の言葉を聞き、そんな返しをする。
「そうだ……あの子達は、まだ子供なんだよ……。お寒い事にな」
それだけ言うと、その幹部社員は遠ざかっていくブルースカイに向かって、無言で敬礼を捧げる。
その場にいた野次馬達もそれを習って、一斉に敬礼を捧げて彼女達を見送った。
※
「おおおっ! エアプレーンなのに超静かっ! さすがVIP専用機! お金かけてるなー! 見て見てー! ドリンクサービスもあるよー! 早速、もらっちゃおうっと! 二人も飲む?」
言いながら、アキちゃんが炭酸飲料のボトルを備え付けの冷蔵庫から取り出すと、二人にも同じものを配る。
「ありがとっ! いやぁ、これ凄いねぇ……全然揺れないし、ほとんど無音に近いよ。ちょっとナビシステム見てよ! 他のエアプレーンや飛行船が一斉にコース開けてくれてるよ。航空管制シグナルも次々グリーンになっていってるし! ついでだから、拾えそうな子がいたら、拾っていく?」
……静かだったのは、一瞬だけだったらしい。
ブルースカイの機内は早速喧騒に包まれていた。
「そうですね……全員は無理ですけど、アイランドワンにいる子達くらいは拾っていきましょう。それにしても、なんだかすっかり私達も偉くなってしまいましたね。あ、途中でコンビニとか寄れませんかね? 一応、手土産くらい買っていきたいですし、お泊りともなると色々準備が……その……私達って女の子ですし、お泊りともなると、お着替えとかシャンプーとか色々あるじゃないですか……」
「大丈夫、CEOさんのお屋敷っているものがあったら、音速デリバリーでなんでもソッコーで届くんだってさ! お着替えパンツなんかもばっちりだと思うよ。そう言えば、フランって相変わらず一日三回パンツチェンジしてんの?」
「もうっ! アキちゃん! あえて、ボカしてたのに直球すぎーっ! いけませんか? 私、下着には拘る派なんです……丸一日同じの履いてるなんて、我慢できません!」
「フランは潔癖症だからねぇ……さっきもトイレ寄って着替えてたし……おかげでギリギリになっちゃったんだ。ボクは一応、毎日パンツ替えてるけど、士官学校の皆もそんなもんらしいよ。でも、サバイバル訓練で皆、揃って違う島に降りちゃって遭難した時、パンツとか一週間くらい履きっぱなしで、アレは大変だったね……」
「……あのですねー。そろそろ、パンツから離れません? でも、あの時もユリコ姉さまのおかげで、皆助かりましたからね。あんなモンスターアイランドでのサバイバルキャンプ何度もやってるって聞いた時、お姉さまの強さの秘密を垣間見た気がしましたね」
「だよね……。アキなんか素体レベルの戦闘力ってめっちゃ低いから、もう何回もこれ死んだーって、思った! その点、二人は戦闘用素体だから、全然マシだったよね……」
「あの……私なんて、寝てる所を巨大カエルにパクっと食べられたんですけど……。目が覚めたら真っ暗、カエルのお腹の中のヌルヌルと生臭さ……未だに夢に見ます」
「あれはフランも悪い。なんで周辺警戒要員が真っ先に居眠りしちゃったんだよ……。でも、味は悪くなかったよね。あの時のカエルご飯……結局、フランが一番がっついて食べてたよね……」
「それを今言いますか? 一度、食べられた相手を食べるとか、複雑でしたけど……。お腹もすいてたから美味しかったですよね……あれで生きるってこう言うことかって思い知りましたね」
そう言って、フランは遠い目をする。
「あの時、レーザーブレードで、カエルのお腹中からかっさばいて、血まみれで這い出て来たフラン、超怖かったよね……」
「だねぇ! あのユリ姉さんがビビって背中を向けて、悲鳴あげながら下がってきたくらいだったからね……ブチ切れフランって、ホント怖い! 暴走AI艦相手に無双した時も、ブチ切れモードだったらしいじゃない」
「もうっ! アキちゃん! それにダーナっ! さっきから人をいじりすぎですっ! 私、学校でもお淑やかな子で通ってるんです! ああ言う黒歴史は、もうなかったことにしてくださーいっ!」
「あはは、フランもすっかり賑やかになったねー! いいことだよ……」
「だねっ! けど、そこら辺はお互い様だって、アキちゃんも超おしゃべりになったね!」
「……こんな調子では、皆そろって、ユリコお姉さまに怒られてしまいますよ……。まったく……皆さん、いついかなる時も淑女であれとですねー」
「淑女は「お前ら全部まとめてぶっ殺す!」なんて絶叫して、問答無用で多弾頭ミサイル全弾ぶっ放したりしないと思うよー。そして、その時の容赦なしで、エゲツない戦いぶりから付いたあだ名は「小さき軍神」……レグルス! 誰も行ったこと無い、超有名な星の名前をもらえるとかいいじゃん! 」
「だーかーらーっ! 人の黒歴史をーっ! ダーナ! ちょっとそこ動くなっ! こうなったら、私……長年、封印してた白兵戦モード、今起動します!」
シートベルトを取り払い、フランが立ち上がると、文字通り目の色が変わる。
それを見て、ダーナも手慣れた様子で、立ち上がると、両腕の袖をまくり上げる!
「へへっ、フランの白兵戦モードか……ぶっちゃけ、侮れないからねー。ボクもちょっと本気だすよ?」
「あ、プリンもあったよー! 食べる人ー」
一触即発と言った二人の空気なんかまるっきり読んでない感じで、アキちゃんが冷蔵庫からプリンを取り出して、二人に呼びかけた。
「あ、私いただきますわね。やはり、甘いものっていいですわよねっ!」
素早い動きでフランは、冷蔵ボックスを漁っていたアキちゃんの前にシュタッと移動し、満面の笑顔を浮かべた。
「き、切り替え早っ! アキちゃん、ボクにもちょうだーいっ!」
「順番だよー! それに一人一個! フランちゃん、目にも留まらぬスピードで一個ポッケにしまったでしょ! 出しなさーいっ!」
「き、気のせいですよーっ!」
静かだったのはほんの一瞬、三人はすぐにワイワイと騒ぎ出す。
その喧騒はまるで、十人くらい居るんじゃないかと言うほどには騒々しかった。
人間のパイロットなら、少し静かにしろと怒鳴るところだったが、パイロットAIは文句ひとつ言わずに、忠実に任務をこなしていた。
もし、この場にユリコがいたら、きっと驚いていただろう。
彼女たちもかつては、機械人形のように無表情に任務を黙々とこなす存在だったのだから。
こんな風にお互いおしゃべりもせずに、データ交換だけでコミュニケーションを取っていたから、自然とそうなっていたのだけど。
彼女達は、学校で一般人との交流を通じて、いつの間にかこんな風に普通の子供達のように、賑やかに会話やとりとめもないやり取りを楽しめるようになっていたのだ。
強化人間が人間よりに進化……それは間違いなく画期的な出来事だったのだけど。
その源泉となった少女は、その事を未だ知り得なかった。




