第三十六話「ユリちゃん一家の結成式」①
「……アキちゃん、ご苦労さま。ミッションコンプリート! さっすがいい仕事だったね。まさか敵の強化人間のセキュリティすらあっさり抜くなんてね……。向こうも無事にお姉さんを回収してくれたみたいだし、警備艦隊もデコイを追いかけてるみたいだから、このまま無事に終わりそうだ」
白い執務室のモニターの向こう側で、銀髪の青年の言葉に応えて、一人の少女が大仰な電子戦装備を解除していく。
その背後では大勢の支援スタッフが、緊張した面持ちで、忙しそうに行き来しながら、彼女の装備解除の手伝いに走り回っていた。
「は、はいっ! クオン星系電子制圧任務、完遂いたしました……CEO閣下。あ、装備解除中なので、しばらくお待ち下さい。ちょっと見苦しいものをお見せするかも知れませんが、申し訳ありません」
高度電子戦特化型強化人間、通称アキちゃんがモニター越しに生真面目な表情でそう告げると、無造作に強化装備やあちこち電極やコードだらけの電子戦闘服を脱ぎ捨てると下着姿になっていくのが映し出されていた。
「ああ、ごめんね! アキちゃん……ちょっと待った! 着替えるなら、もうちょっと脇に移るとか、人が居ない所でした方がいいよ? 思いっきり、カメラに写ってるから、さすがの僕もそれはいただけないよ? ね?」
白スーツ姿の銀髪の若い男が慌てふためいたように、拝みながらペコペコと頭を下げる様子を見ながら、アキちゃんと呼ばれた少女もふっと肩の力を抜くと、汗で濡れた髪の毛をタオルでガシガシ拭いて、無造作に装備を脇に置くとスタッフの一人に手渡されたTシャツを羽織る。
「ご、ごめんなさい……。そう言えば、男の人だったんですよね……。どうも、私ってこう言うの全然気にしなくって……もしかして、照れてます?」
「そりゃあ、僕も男の子だからねぇ……。言っとくけど、レディのお着替えをモニター越しにじっと見るような趣味はないと言っておくよ。せめて、フレームの外で着替えるか、カメラオフにして欲しかったよ。あと、口調も……敬語はいらないよ。それと僕は見てないからね! 見たくないって言えば嘘なんだけどねっ! ああ、不覚にもドキッとしたよ!」
そう言って、真横を向いて、自分の目を手で覆う青年の様子を見て、アキちゃんも柔らかい笑みを浮かべると、チロッと舌を出す。
「てへへ、ごめんなさーい……。あ、別に着替えくらい見られても私は気にしないですよ。けど、敬語要らないってのは助かりますね。私、堅苦しく話すのって疲れるんですよ。ざっくばらんにって事ならそうしますよ。けど、これまで一度も会った事なかったですよね? 同じ第三世代強化人間なんだから、顔合わせくらいする機会もあったと思うんですけどね」
年相応の少女の口調と仕草で世間話のように告げられ、ようやっと青年も肩の力が抜けたらしい。
「そうだね。僕と君達は同世代強化人間にも関わらず、これまで一切接点がなかったからね。でも、僕自身は君達のことはよく知ってたよ。将来の従属ユニット群だとか言われてたけど、僕自身はそうは思わなかったよ」
「従属ユニット群とか、なんだか嫌な言い方ですね……。確かに、将来的に指揮官役のグランドマスターユニットが配備されるから、グランドマスターユニットに対しては、絶対の忠誠を誓えとか言われてましたね……」
アキがホッとため息を付くと、青年は少し悲しそうに目を伏せる。
「忠誠とか信頼なんて、形式や強制からはなかなか生まれないと思うんだけどね……。僕としては、君達に忠義を求めるとかそんなつもりなんて無いよ。だから、別に敬語なんて使わなくていいし、お互い堅苦しいのはなしにしよう。君達も僕のことを良く知らない以上、いきなり忠誠を誓えとか言っても無理でしょ? それくらい、僕にだって解るよ」
「ごめんなさい……。そう言うつもりじゃないんですけどね。でも、良かった……。人と人の信頼関係ってものを解ってて、私達を人間として見てるって事なんですね。強化人間って、AIとか機械よりの思考をしてるから、そう言う感覚を見失いがちだけど、CEOさんが常に人であろうと努力し続けて来たんだってのは、今の言葉で解りましたよ。いい人なんですね!」
アキの言葉を聞いて、銀髪の青年も心からと言った様子で、笑顔を見せる。
「ありがとう。まぁ、ゆっくりと焦らず、少しづつお互い信頼関係を築くとしよう……。けど、まったく君の能力は大したものだね……。クオンの全電子システムやAI群を一瞬で掌握して、挙げ句に敵の強化人間のセキュリティすら無力化するとは……。さすが、第三世代最高の電子戦特化型強化人間だけはある。いや、むしろ、そうでなくちゃね」
「あはは、褒められてるのかな? 悪い気はしませんね。えっと、CEOさん……じゃなくて、コードネーム……ゼロ=サミングお兄さんでしたっけ? と言うか、エスクロンの新CEOが私達と同世代の強化人間だったなんて……知りませんでしたよ。そもそも、プロフィールなんかも最高機密扱いで一切不明だったし……」
「僕は君達より少し早くロールアウトされた、年上のお兄さんってところだね。言わば、第三世代のプロトタイプってところかな。でも、君達を家族同然と思ってるのは事実だよ。なんなら、ゼロお兄ちゃんって呼んでくれたっていいよ? まったく……僕にもう少し力があれば、君達に色々と辛い思いをさせずに済んだんだけどね。いかんせん、僕自身が18歳になって成人しないとCEO権限が機能しないって付加条件があってね……。人間はともかく、AI達がCEOとして、認めてくれなかったんだよ。おかげで、これまで表にも出てこれなくて、意見という形で力添えするのがやっとだったんだ。だから、これまでの数々の不備……どうか、許して欲しい……色々とすまなかった」
そう言って、青年……ゼロは、席を立つと深々と頭を下げた。
「いえいえっ! 滅相もありませんって! けど、急な待遇改善とか、権限マシマシとかどう言うことかなって思ってましたけど、謎は解けましたよ。そう言う事なら納得です。なるほど、要するに私達ってCEOの身内扱いになった……そう言うことなんですね。強化人間計画も第七課主体だったはずなのに、いつのまにかCEO直属に移管してたし……なるほどです。うん、とっても心強い味方が出来たって事なのかな? あ、すみません……お着替え終わりました! お目汚し、すみませんでした!」
対するアキちゃんは……とってもマイペースな様子で、もたもたと私服に着替えていたのだけど、ようやっとそれも終わったらしかった。
地味目の茶色のニット地のワンピース……シンプルながらも、可愛らしい姿に青年も思わず目を細める。
「うんうん、かわいいじゃないか。まったく、第三世代の女性陣は皆、可愛いよね……僕も、こんな妹達がいて、とてもうれしいよ」
「あはは、そう言えば、私達ファーストロット組って男の子っていませんからね。お兄さんとかある意味新鮮かも。けど、私達って要するに、CEOの補佐やサポート、即応実働部隊……そう言う想定で設計されてたんですね。皆、出来ることと出来ないことがあって、やけにとんがってるなぁ……って思ってたんですけどね」
「と言うか、元々第三世代強化人間計画って、そう言うプロジェクトだったからね。人を超えた超人類の手により、社の命運を導く導き手とその手足となる者達……それが僕と君たちなんだ。もっとも第七課はそう言う視点が抜け落ちていて、これまでの試作段階、第一、第二世代と同等の感覚で居たから、君達をこれまで同様に完全に物扱いしていたんだ。でも、この僕がCEO権限を掌握した以上、そんな横暴は許さない……第七課もお役目終了ってところだし、これまで日陰者だった強化人間が表に出る日が来たってことなんだよ」
「あはは、色々ありがとうございます。おかげで毎日のご飯が美味しくて、暖かお布団でぐっすりお休み出来てますよ。おまけに学校まで通わせてくれて……。そっか、ユリちゃんのおかげだと思ってたけど、ゼロお兄さんのおかげでもあったんですね。でも、コードβ発令とかいきなり無茶しましたねぇ……。軽く星間戦争勃発って感じだったんですよね? さすがにCEO補佐業務に指名されたばっかりなのに、そんな大事になりかけて、超緊張しましたよ」
「ああ、すまなかったね。けど、エンジェル……ユリコちゃんを敵の手から強襲奪還するともなると、それはもう立派な能動攻勢と言える。手出ししてきた敵を返り討ちにする正当防衛の範疇とは、さすがに銀河憲章では認められない。であるからには、正式な手順を踏んでの宣戦布告の上で強襲奪還、その後は速やかに各星系のシュバルツの残存戦力に決戦を挑み、可能であれば、相手のゲートを奪取、もしくは、超長距離飛躍航法船なり、その技術なりを奪う……とまぁ、そんな感じですでに計画案は立案されてたからね。もっとも、フォルゼお姉さんが賢明だったおかげで、そのシナリオは回避された。ひとまず、現状維持ってところだよ」
「やれやれ、無茶は無茶なりに社の利益になるための行動を……見事なまでの社訓通りですね。でも、あまり無茶はしないでくださいねー。出来れば、そう言う重大な決断をする時こそ、私達に相談してください。あ、これは配下としてではなく、妹としての意見って事じゃ……駄目ですかね」
「あはは、そうだね。可愛い妹の意見だと言われちゃ無碍には出来ないな。確かに今回は僕も判断ミスは否めない……反省する所しきりだよ。そうだね……僕には君達という心強い味方がいるんだから、今後は一人で悩まずに相談するとしようか。しっかし、さすがユリコちゃんだね……まさかの無血平和解決。まぁ、あのお姉さんも敵ながら見事だったけどね……。敵が賢明だと何かと助かるって言うけど、納得だね」
「もっとも、敵の総大将は、おバカそのものみたいですけどね……。なんで、銀河連合の再現体提督が敵の総大将の椅子に収まったんでしょうね……。それに経歴も……21世紀の猟奇殺人鬼ってなんなんですか? はっきり言ってドン引きなんですけど……。そもそもなんなんですか、この「猟奇殺人事件犯列伝」って書物データは……刊行2060年って……600年も前の古文書……ですよね? 一体誰がこんな物を見つけてきたんだか……」
そう言いながら、アキちゃんが手元の電子書籍端末を操作すると、おどろおどろしい書体のタイトルと何枚もの古びた人物写真が描かれただけのシンプルなモノクロの表紙の書物が、ゼロの机の上の画面にも表示された。
 




