第三話「宇宙活動部っ!」③
「お、悪くない反応やな……ちょっとは興味出てきたかな?」
とりあえず、大きくコクコクと頷いておく。
「せっかくなので、アレを見せたらどうかしら?」
「うん、せやな……あ、ちょっとこの写真……拡大して見てくれんか?」
言われて、女子高生たちが集まって、記念写真を取ってる映像を拡大する。
なんか、後ろに四角いのが映ってる。
「……これが先代から受け継いだ宇宙活動部専用地上往還機「エトランゼ号」なのですわっ!」
拡大すると、デティールがよく解るようになった。
ここまで解れば、後は銀河共有ネットワークの「働き者の大図書館」で照会っと。
古今東西あらゆる電子データを無作為に集め続ける情報集積AI「ワードワークス」が作り上げた超巨大データベース「働き者の大図書館」……あっさりとカタログデータが見つかった。
「Type747-Z321型マルチプルコンパクトバトルシップ……今は無きオースター社製。すごい……60年前の亜光速ドライブ対応のハイエンド軍用艦艇……さすがに、このタイプは初めて見るのですよ」
言いながら、携帯端末の空間投影モニターに、データベースから取り寄せたカタログデータを表示する。
「ええっ! 60年前って……そんな古い機体だったんですのね」
「かなりの年代物って先輩も言うとったわ。ただ、そこまで古いとは知らんかったわ……。それに軍用機って……なんか、物騒やな……。しっかし、60年物の宇宙機とか……よくそんなのに、先輩達も平気で乗っとったなぁ……」
「いえ、むしろ昔の宇宙機は、今からするとオーバークオリティだったんですよ。当時は20m級の小型艦で大気圏突入、離脱から、亜光速ドライブ航法まで……今ではやらない無茶をやろうとしてたからなんですけどね。カタログスペックを見る限り、最新鋭機より高性能な部分もあるみたいです。特に亜光速ドライブにこのサイズの機体で対応してるなんて、今では考えられないんですよ。あれって、クオン星系くらいの広さなら、端から端へ一日で横断出来ますからね! どんな乗り物より早い人類最高速の世界……秒速30000km……地上から見上げると、地平線の端から端まで瞬きしてる間に通り過ぎちゃいますよー」
意識せずにめちゃくちゃ饒舌に言えた。
むしろ、こう言うのって専門分野なのです。
ちなみに、クオン星系の半径は10天文単位と、割とこじんまりとしてるのですよ。
太陽系に換算すると土星軌道くらいまでしかない。
と言っても、距離は軽く15億キロメートル……直径ともなると30億キロ。
亜光速ドライブは、亜光速と言っても実際は、エネルギー効率などから光速の10%……秒速30000km程度までしか加速しないのですよ。
宇宙ってのは、空気抵抗も何もないから際限なく加速が出来る。
相応の時間さえかければ、光速近くまで加速することは理論上不可能ではない。
もっとも、際限なく速度を上げて、どんなに加速しても相対性理論の壁……光の速さを超えることは27世紀の科学力でも不可能な話なのです。
星系間の移動となると、どんなに近くても光の速さで10年、100年は当たり前、1万、2万光年の彼方なんてのもザラ。
銀河系と折り重なるように存在する亜空間……エーテル空間を経由すると言う超高効率ショートカットを見つけている今の人類にとって、通常航法での星系間移動は……現実的ではないとされているのですよ。
なので、亜光速ドライブと言っても、その用途は主に星系内移動。
宇宙ってのは広いので、真っ当にロケットエンジンやイオンエンジンなんかで加速していくと、惑星間やゲートまでの移動ですら、数日単位と大変な時間がかかってしまう。
そのために、開発されたのが電磁加速ブイを並べて、同じところをグルングルン回り続けて、光速の10%近くまで加速し、目的地に向けてぶん投げる亜光速ドライブと呼ばれる航法。
要するに、宇宙船をレールガンの弾体として、超加速してぶん投げる……とっても乱暴な加速方法。
目的地側では、その亜光速で飛んでくる航宙艦をキャッチして、逆の要領で同じ場所をグルグル回りながら、電磁減速をかける……。
……とまぁ、こんな感じなのが今どきの宇宙の旅。
なお、加減速時に発生する膨大な加速度については、重力機関による重力緩衝装置の力技で打ち消すようになっているのです。
また、亜光速時に問題となる宇宙に漂う微細なチリとの衝突についても、亜光速ドライブ中はプラズマを前方に向かって放出するプラズマフィールドで船体を包み、片っ端から蒸発させると言う方法で解決している。
なお、このプラズマフィールドは大気圏突入時にも使用され、大気の圧縮熱を受け流すことで最小限に抑えたりもしている……惑星上からそれを見ると、さながら輝ける流星のようで、とっても綺麗。
もちろん、宇宙空間ではプラズマフィールドで蒸発させられないような大きなデブリとの衝突可能性もあるのだけど、亜光速ドライブのルート上は、入念にお掃除されているし、そう言う大物は、強力な捜索レーダーで事前にマークして、近づいたらプラズマキャノンやレールガンでふっ飛ばすのが基本。
なので、航宙艦ってのは、どれもこれも少なからぬ武装や装甲が施されている。
民間船なんかは、ソフトなイメージの演出で、可愛らしかったり、丸っこかったりするけど、本質的には戦闘艦とあまり変わりなかったりする。
もっとも、亜光速ドライブ対応の大出力重力緩衝装置ともなると、最近は200m級以上の中、大型の艦艇にしか搭載されてない。
20m級程度の大きさなら、むしろkm級の大型艦に荷物として積んでった方が効率良いのですよ。
地上との往還を考えると小型の方が効率いいんだけど、今はどこでもまっさきに軌道エレベーターを作るから、小型船で宇宙空間を航行して……となるとエネルギー効率も良くないから、そもそも需要がほとんどなくなってしまったのです。
なので、このカテゴリー……20m級の小型航宙艦はもっぱら、衛星軌道と地上の往還専用機となっていて、母艦に搭載して運用するのが当たり前になってるのです。
けど、50年、60年も前だと、その辺は今とは事情が異なる。
小型艦は戦闘を想定すると、なにかと有利でもある……宇宙でも質量や体積による慣性は働くので、小さくて軽いと機動性能も向上するし、投影面積の少なさはそのまま隠ぺい性能の向上にも直結する。
実際、当時の宇宙戦闘艦は、極端に大きい重武装、重装甲の巨大戦艦か、ステルス性能と運動性能を突き詰めた小型戦闘艦と言う両極端みたいになってたらしいのですよ。
小型艦に関しても、航宙戦闘艦に求められるすべてを詰め込むと言う方針で設計されていて、今からすると、もはや化物としか言いようのない超高性能艦や、明らかにオーバースペックと言える艦がゴロゴロしていたのです。
実際、この艦のスペックはホントすごい……軍用の空間索敵機をベースにした機体で、センサー系も充実してるし、シールドや武装も強力で、機体剛性も今どきの華奢な降下船とは比較にならない。
おまけに、機体制御AIもティア2クラスなんて、本来宇宙戦艦クラスに乗せられるような代物が搭載されてる……なんで、こんなものが?
ティア2クラスになると、無人自動車や家庭用設備管理AIに使われるティア4、ティア3と違って、固有名称を持ってて、人間同様の受けごたえをするような高度な知性を持ってる。
60年物ともなると、相当な経験つんで色々進化してるだろうから、ものすごーくハイレベルな代物になってそうなのですよ。
間違いなく、今日日のハイエンド航宙艦を超えたモンスターマシンなのですよ……これ。
かなり古い機体なのだけど、この100年ばかり、航宙艦の技術はあまり進歩してないから、多少設計が古くても問題ない。
そもそも、軍用機ベースなのだから、めったやたらと頑丈で信頼性も抜群。
近代化改修も済ませているようで、最新のナノマシン自己修復装甲なんてのも装備してる。
これなら、経年劣化なんて全く感じられないくらいには、いい状態が保たれているはずだった。
惑星クオンまで今から行っても、夕ごはんに間に合うくらいに帰ってこれるんじゃないかな?
コロニー群は、クオンのラグランジュ点の恒星側L1ポイント上に定位している……惑星クオンまで、距離にして150万km程度。
光の速度でも5秒弱、通常加速航法だと軽く3日くらいはかかる。
けど、亜光速ドライブなら、一分経たずにクオンの重力圏から、コロニーまですっ飛んでこれる。
……現実的かどうかはともかくとして、日帰り降下もスペック的には十分可能だった。
いいなぁ……コレ。
普通にオーバークオリティだけど……個人で扱える銀河最高レベルの航宙艦かもしれない。
航宙艦免許は、一学期の間にスペシャルオーダーズ特権で取らせてもらったけど、さすがに自家用航宙船なんてうちにはないから、VRシミュレーターのみで実機経験は……30分くらい?
教官と艦載AIの好意で、宇宙を漂う感じと航宙艦との一体化する感覚を直に体験させてもらったって感じだった。
まっとうじゃない特殊作戦シュミレーションとかは、嫌になるほどやったけど、あれって状況や想定が特殊すぎるから、一般的な航宙艦の操艦とかとは、ちょっと違う……。
本格的な実機教習や、戦闘訓練は来年度から……の予定だったけど。
クオンへの留学が決まったと同時に、もう君は戦争の事は考えなくていい、ごく普通の女子高生として生きてみなさいって、上の人に凄く優しい声で説明された。
要するに、方針転換。
宇宙や惑星大気圏内が戦場になる可能性が少なくなった上に、エーテル空間の空は過酷すぎて、完全に無人機の世界。
私みたいな強化人間は中途半端すぎて、行き場が無くなってしまった。
薄々そうなるんじゃないかって、思ってたけど。
思ったより、早くその決断は下されたようだった……要するに私はお払い箱、要らない子。
だから、私はもう宇宙を飛ぶ機会もない。
そう思ってた。
けど、恒星の風を感じながら、静かな宇宙を駆ける……何もかもから解き放たれたような気分。
戦争や殺し合いなんて、あんまり気が進まないって思ってたけど、宇宙を駆けるのは、決して嫌いじゃなかったのです。
普通の女子高生になれと言われた時、ユリのささやかな夢は終わってしまったと思ってたんだけど。
思わぬ所で、その機会が舞い込んできた。
自由に宇宙を飛べる……そう思ったら、なんだか胸がドキドキしてきた。