第二十八話「招かれざる訪問者」②
『先方より、入電……本艦との接舷許可を願いたいとのことです。これはまた懐かしい……あれは、我が同業の艦ですよ』
エルトランから、航宙艦イースターⅡの詳細情報提示。
同業……どうも、公立のクオン第三高校の所有艦らしい……。
要するに、他校の地上活動系クラブの専属艦……エトランゼと同様に定期的な惑星降下の足としての艦。
もっとも、200m級なだけに、エトランゼのように直接地上に降りるのではなく、降下艇を切り離して、自身は静止衛星軌道上で待機。
要するに、良くも悪くも現代方式の揚陸艦なのですよ。
「艦長は……エピゾネ氏、36歳?」
誰? 補足として「レンタル艦長」とか変な肩書が付いてる。
経歴確認……エスクロンの関連企業、なんでもレンタルエルハート社の派遣社員らしい。
あそこって、人材派遣もやってるからねー。
要するに、レンタル艦長とレンタルクルーとレンタル整備員を雇った上で、死蔵されてた所蔵艦のテスト航行を兼ねて、宇宙空間航行体験とかそんな感じらしい。
確かに、素人の高校生が自力で航宙艦の復旧とかハードル高そうだから、専門家に任せるってのは無難な方法なのですよ。
「他の高校の地上活動部……なんですかね? エリー部長さんがそんな話してた気もするし……何か知らないかな? エリーさん、エリーさん! ちょっといいですか!」
とりあえず、無線でエリー部長を呼びつけると、不穏な空気を察したらしく、さり気なくと言った調子でエリー部長もエアロックまで戻ってきてくれた。
「なにかしら? なんとなく、嫌な予感がするのですが……」
「なんだかよく分からないのですけど、こんなのが挨拶したいって近くまで来てるのです」
そう言って、エリーさんの携帯端末にイースターⅡの詳細情報転送。
「イースターⅡって……え? 第三高校の所有艦? そんなのあったんだ……あ、ちょっと待って、あそこって確か……わたくしの自称ライバルがいたような……」
そうこう言ってる間に、先方からエリー部長指名入電。
と言うか、自称ライバルって、なに?
「エ、エリー部長、名指しで入電なのですよ……繋ぐのです? それとも居留守使うのです?」
ただいま、通信に出ることは出来ませーんって言って、また後ほど……ってやるのが一番無難って気もする。
ユリもなんとなく、嫌な予感がしてならないのです。
「……ああ、この一方通行みたいな調子の無理やりさ。やっぱりクシナね……。ちょっと調べてみたけど、アイツもわたくし達を真似したんだか知らないけど、宇宙活動部とか復活させたみたいなのよね……。でも、アイツに関わるとろくなこと無いし、面倒くさいヤツだから、むしろさっさと帰れって言いたいですけど……。邪険にすると、かえって面倒くさい事になりそうだし……。はぁ……面倒くさいのに見つかったわね……」
エリー部長……心中お察しなのですよ?
イースターⅡは、200kmほど後方で、相対停止……さすがに、いきなり横付けするような無茶はしないらしい。
けど、すでに肉眼で発光信号が視認できるほどの距離……。
重力機関も当たり前のように搭載してるので、相対停止の時点で発せられた重力波が既に到達していて、環境保護フィールドの形状が歪になってる。
けど、その辺りはさすがベテランのエルトラン。
巧妙にナノマシン配置制御と超繊細な相対速度調整で完璧にいなしてる……お見事なのです。
皆はまだイースターⅡの接近には気付いてないみたいだし、この程度の影響、問題視するほどでもない。
けど、状況は、イエロー……一応、エルトランはまだまだ許容範囲と判断してるようで、緊急収容までは必要ないとの回答。
けど、準備作業は開始するよう命じておく……ちょっと嫌な予感がするのですよ?
なんだか無性に落ち着かない……こう言う時は、大抵なにかあるのですよ……。
何事もありませんように……。
「エリザベート・ユハラ様……お久しぶりですわね。御機嫌ようっ!」
エリーさんの携帯端末と先方の回線を接続するなり、空間投影モニターにクシナさんとやらの姿が表示されて、やたらと甲高い声が聞こえてくる。
ユリは……事情がよく解らないので、エリーさんの隣でモニタリングに徹する。
「あ……あら。誰かと思ったら、クシナ・ハイライン様ですわよね。ご、御機嫌よう……」
エリーさん……思いっきり顔引き攣らせてる。
仲悪いのかな……知り合いみたいだけど、その関係までは良く解らない。
クシナ・ハイライン……個人情報データベース照会……。
なるほど、ユハラ家と同格のクオン貴族、御三家のひとつハイライン家のお嬢様らしい。
扱いとしては、貴族の中でもトップクラス……なるほど、テンプレお嬢様って雰囲気だけど、そう言う出自って事なら納得なのです。
「エリザベートさん、貴女方サクラダ高校宇宙活動部がローカルネットで話題になってるのはご存知?」
「そうなんですか? わたくし、ローカルネットはあまり見ないので、あまり詳しくないんですの。むしろ、銀河広域ネットの情報の方が公正かつ雑多で面白いと思いますわよ」
クオンのローカルネットは地域密着型だから、銀河広域ネットに比べると地味だし、情報も偏ってるのです……エリーさんの言ってることの方が正しいのですよ。
ユリ的には、スーパーの安売り情報とか天候予定、TVの放映予定情報くらいしか見ないのですよ。
「ほっほっほ! どちらでもいいじゃないですか。とにかくっ! コロニーに引きこもってるような時代はもう終わり……それが今のクオンの若者達の共通認識なのですわ! これからの時代はコロニーの外、無限に広がる大宇宙……そして、我らクオンの民、本来の新天地……地上世界を目指すべき! わたくしも貴女方の活動記録を見て、そう実感したのですわ」
「あら、わたくしの作った部の活動記録なんて、見てくれたんですか……ありがとうございます。わたくし達もそう思ったから、こんな風に宇宙に出てるのです。でも、宇宙も地上も危険がいっぱい、クシナさんは昔から、危なっかしい所があるから、ゆっくり段階を追って、安全第一でお願いしますわね」
うんうん、エリーさんよく解ってるのですよ。
色々危ない目にあったのも事実だし、慎重に行動するってのを基本にしてるってのは、ユリも解るのです。
でも、エリーさんの言葉に何か引っかかったらしく、クシナさんの目つきがギンって悪くなる。
「ちょっと! なんですの? その上から目線は……。まったく、ちょっと早く宇宙活動を始めて、注目されてるからって、そんな偉そうに上から目線なんて、フザケた話ですわよね……。でも、調子に乗ってられるのも今のうち……わたくし達、第三高校にも同じ部活が休部状態ながらも存在すると知って、このわたくしも宇宙活動部を始めたのですから! 見てください、我が高校の誇る航宙艦イースターⅡ! 貴女のところの小舟なんかより遥かに大きな大型艦……半ばスクラップ状態で放置されていたのをわたくしのコネと財力をフル活用して、一流のスタッフを揃え、完全修復の上で再就航させましたの! 凄いですわよね? 凄いって言ってくださいましー!」
エリーさんが頭抱えてる。
なんと言うか、微妙に会話が噛み合ってない。
多分、自分が言いたいことが始めから決まってて、エリーさんが何を言おうが、その台詞を最後まで言わないと気がすまないとか、多分そんなだと思う。
この人の中では、エリー部長は注目の人であり、それを上から目線と罵るってシナリオだったんだろうなぁ……。
と言うか、宇宙活動とかそれぞれ好きにやればいいんだから、張り合ったりとか競い合うとか、そんなんじゃないと思うんだけどなぁ……なるほど、めんどくさい人なのです。
そもそも、200m級は中型艦で大型艦と言えば、500mから上の艦を指すとか。
イースターⅡも思いっきり、型落ちのスーパー量産型だから、別にすごい船でもなんでも無いとか、そう言うことから説明しないといけないのかなー。
このクシナさん……宇宙港の片隅で眠ってたイースターⅡを見つけ出し、お金に物を言わせて、一流の運行スタッフを集め、20人くらいの部員を確保して、数多くの機材、装備を集めたーとか、自慢みたいな話を延々始めてる……。
まぁ、実際は……お金積んでエルハート社から、運用スタッフ派遣してもらって、全部丸投げ状態で色々注文付けたりとかしてただけで、本人はほとんど何もしてないっぽい……。
それもありと言えばありだとは思うんだけど……他力本願って、そう言うのって自慢になるのかなぁ……。
とりあえず、今日はその活動の第一歩……イースターⅡの試験航行として、通常航法でのクオンコロニー周辺を周回中だったらしい。
本来は、補修用パーツが揃ってなくて、試験航行も一月くらい先の予定だったみたいなんだけど、何処からともなく必要なパーツが送られてきて、航行可能な状態になり、早速試験航行を始めたら、ユリ達と遭遇。
……とまぁ、こんな感じらしい。
本人の話は訳がわからないので、隣でちゃちゃっとイースターⅡの艦載AIに問い合わせて、そんな経緯が知れたのですよ。
なお、所要時間は30秒程度……うん、そんな話をよくここまで引き伸ばせるよね……。
けど、何ていうんだろう……。
多分、こう言うのをウザいって言うんだと思う。
クシナさん……話、めちゃくちゃ長いし、ペチャクチャやかましい事この上ないのですよ。
やたらと脱線するし、どうでもいいような話が延々とループしたり……。
エリーさんも最初は真面目に聞いてたんだけど、だんだんと目が死んできてる……。
見た目も、エリー部長に通じる所があるのですよ。
同じような黄色い縦ロールツインテールなんだけど、エリー部長よりも背も大きいし、目もツリ目。
絵に書いたような高飛車お嬢様って感じの人。
質実剛健を美徳とするエスクロンでは、あんまり見ないタイプの人。
と言うか、その縦ロールな髪型って、貴族はそうしないといけないって決まりでもあるんだろうか?
もっとも、そんな悪い子じゃないってのは、なんとなく解る……。
なんだか、部員紹介なんかも始めてて、次々と部員が紹介されてくるんだけど、慕われてるってのは伝わってくる。
と言うか、共学校なだけに、普通に男子も混ざってる……同年代の男の子かぁ。
ちょっと子供っぽく見えるけど、同じ学校、同じクラスで彼氏彼女とか……正直、憧れなのですよ。
一緒に学校行って、お弁当一緒に食べたり、教科書見せてもらったりとかー。
放課後も一緒に帰って、そのままデートとか……うんうん、そんな感じなんだよねー。
女子校に通ってる以上、そう言うのって、永遠の憧れって解ってはいるんだけど。
皆、いいなーとか話してるから、ユリも憧れるのですよ。
もしかして、この子達も密かに付き合ってたりとか、そう言うのもあるのかなー。
学力レベル的には、最底辺とか言われてるっぽいけど、不良とかそんな感じの部員は居ないらしい。
むしろ、素朴で真面目な子達ばかりみたい……。
女の子も服装とか髪型なんかも地味だし、派手な化粧とか、アクセサリー付けてる子も居ない。
公立の共学校って、こんななんだ……。
今も、後ろにいた男の子と目が合ったから、軽く手を振ってみたら、真っ赤になって顔を伏せられちゃった……。
うーん、クオンの男の子ってシャイな子が多いって聞いてはいるけど、手を振っただけでテレテレになっちゃうとか……ちょっと可愛いとか思っちゃった!
けど、こうやって他の部員と比べてみると、クシナさんってむしろ、浮いてるんじゃないって気もする。
そもそも、なんでそんなお金持ちのお嬢様が割と底辺校扱いの公立の第三高校なんて通ってるんだろ……。
こう言う人って、お嬢様学校とかそんな所に通うものじゃないのかなぁ……ちょっと謎なのですよ?




