第二十五話「ユリちゃんの通学路」②
「ああ、あの時はね……。そりゃもう大騒ぎだったよっ! 中継港管理局や立ち寄り船のAI達からは、あのテロリスト共を排除しろって矢のような催促。そのくせ、政府と来たら、平和的なデモであり、内容にも共感出来るものがある。政府公式許可済みである以上、彼らに危害を加えるとかもっての外であるとか、寝ぼけたこと言ってくるし……もう大変だったよ」
「……大変そうだったのですよ……」
こう言うトップがトンチンカンな事を言うようなケースでは、最終的に人間の監督者側にしわ寄せが行くのが常なのですよ。
いかんせん、AIってのは責任能力ってものが無い。
そのくせ、容赦なく提案やクレームとかは入れてくる。
現場とトップの現実認識の乖離……なんて起きてると、もっと悲惨な事になる。
その間に立つ事になる人間の悲哀……よく聞く話なのですよ。
でも、板挟みやジレンマに陥った時に決断したり、結果の責任を取る……それもまた、人間の大事な役割で……AI達が人を必要とする理由のひとつなのですよ。
ユリなんかもそう言う真っ当な人間では、冷静に決断を下せないような状況でも、決断を下せるように、マインドセットされてるのです……。
ユリ達、強化人間はメンタルも鋼鉄製でなければならない……のですっ!
「もっとも、前政権は星系存亡の危機に何もしなかったと糾弾されて、たまらず総辞職……。お陰様で俺達、治安維持局の権限も一気に取り戻せたからねぇ……。実は自治警備局なんて、軍隊みたいな重武装の治安維持組織が発足寸前まで行っててねぇ……。あれが実戦配備されてたら、冗談抜きで恐怖政治みたいな事になってたかもしれなかったんだよ」
「あ、あの……私、外国の……エスクロン人なので、あまり内々のそう言うことは……黙っといた方がいいのでは……」
ユリの立場上、政治的な情報を持つのは最小限でいいと思うんだけどなぁ。
ネットニュースなんかを見る限りだと、そこまでの情報は公開されてない……。
エリコお姉さま達がクオン星系中継港を事実上、占領下に置いちゃった挙げ句、やったこと。
それは、鬼の首を取ったような勢いでの、クオン政府を糾弾するガンクレームの嵐。
まぁ、クオン政府の無能っぷりと、その裏でやってた様々な悪事や馬鹿げた売国計画の数々……だの、有る事無い事を永友提督の威を借りて、公式声明の形で文句言いまくり……。
結果……クオン政府の人達は、真正面から論破されて、涙目引きこもりになっちゃって……。
結局、予定されてた永友提督の公式表敬訪問も、クオン政府が前代未聞の面会拒否声明を発表……。
もっとも、そっちは、どこの世界に銀河連合軍の提督閣下の表敬訪問を門前払いをする政府があると、引退してたエリーさんのお祖父さんが急遽、クオンの代表として表敬訪問を受けるって、話になっちゃって……。
提督さんを招いて、歓迎会やらなんやらをしてるうちに、貴族の人達が続々とエリーさんの家に集まって来ちゃって、泥縄でその場で貴族会なんてのが結成されたのですよ。
なし崩し的に国の代表として、対応してるうちに、エスクロン側から、困難な状況で率先して、統治者として名乗りを挙げた貴族会を以降、クオンの国家代表として扱う事とする、なお、必要な援助は無制限に行う……なんて公式声明と共に、一度エスクロンにトンボ返りしたはずの、ロンギヌスが物資満載で大船団を引き連れて、我が物顔でクオン中継港に再度来航。
過去に締結された相互安全保障条約に基づきクオン星系内に、どこにいたの? みたいな感じの数十隻ものエスクロン治安維持派遣艦隊が現れて、大規模な宇宙海賊の掃討戦を展開し、クオンの通常宇宙空間を一気にクリーンにしてしまった。
現在、クオン星系の制宙権は、エスクロンが持ち込んだ大量の宇宙戦闘艦で、大幅に戦力増強されたクオン軌道警備艦隊が掌握している。
軌道警備艦隊も公式に、貴族会の支持を表明、治安維持局も同様の声明を発表……クオンの武装組織が完全に政府を見限ったのです……。
こうなると、もう政府の面目丸つぶれ……どころか、存在価値なしとまで言われたようなもので、もうボロクソ。
行政システムAI群や各地区ブロックの責任者達も、全会一致で貴族会の支持に回り、前政権は退陣……。
クオンに、貴族会を中心とした新政権が誕生……と言うのがこの一週間ほどの出来事なのです。
元々、このクオンって国自体、行政に関しては、言い出しっぺの大口出資者達が、貴族を名乗り、政権運営を担ってたんだけど。
この半世紀ほどの間に、議会民主政による間接選挙制に移行。
それ自体は、割と健全な発想だったようなのだけど……。
じわじわと反銀河連合思想を持った変な議員とかが増えていって、国民も知らぬ間に鎖国政策が取られ、貴族の既得権益を削り取り、政治への口出しを拒むような形で縛っていったりと、長い時間をかけて、おかしな方向へ進んでたんだそうなのです……。
で……そこへ今回の騒動。
銀河連合による外部との連絡口たる中継港の占領……。
この事態に対し、何も出来なかった挙げ句、侵略的意志を持った勢力とエスクロン派遣艦隊が勝手に交戦して、軽く殲滅……割とハードなイベントが多発した結果、前政権はギブアップ。
もう、なんもかんも放り投げちゃって逃げ出しちゃったから、役目を終えたはずの貴族が復権……となったのです。
幸い貴族の人達ってのは、皆、いざって時は国を支える心つもりで、高度な教育を受けてたり、ブロック長くらいの立場を維持してた人も多かったので、政治家としての適性がある人達も多かったみたいなのです。
おかげで、さしたる混乱もなく事態を収拾。
目下、ドタバタ、グダグダな感じながらも、新体制の構築と安定に奮闘してる真っ最中なんだとか。
エリーさんも、なんだか高校卒業後は大学に通いながら、政治家秘書みたいな仕事をさせられることになりそうとかそんな話もしてた……。
ユリは……一応、エスクロン親善留学生という肩書で、この騒ぎを引き起こした根源って気もしないでもないんだけど……あくまで部外者なのですよ?
なんでまぁ、これ以上、政治的な話に巻き込まないでほしいなぁ……みたいな。
今の発言は、そう言う意味も込めたんだけど、お兄さん、解ってる?
「た、確かにそうだね。でも、別に機密指定情報でもないからねぇ……どうも、この国はマスメディアから改革を進めないと駄目みたいだね……」
「そこら辺は……外国や銀河規模の巨大マスメディアとかも積極的に受け入れることで、なんとでもなるのですよ。チャンネル667のオカマさんとかも、惑星クオンの地上の取材とか、前政権の悪巧みとかじゃんじゃん暴き立てるって張り切ってたのです」
「そうだね……。君達が海賊船に襲われた一件もむしろ、銀河ネットとか軌道警備艦隊の連中が頑張って、不当な扱いをひっくり返してくれたからねぇ……。あ、一応俺達も不当な政府命令には断固拒否するって、徹底抗戦したんだよ? 俺達が正義でなくてどうする……そんな熱い議論の末の抵抗だったんだから、評価されたって良いと思うんだけどなぁ……」
「知ってるのです! お兄さん達もだけど、色んな人達が頑張ってくれたから、ユリは犯罪者にならずに済んだのです!」
「うんうん、そう言ってもらえると、頑張った甲斐があった。君の言葉は上司や同僚にも伝えておくよ。けど、驚いたのは君の護衛チームのAI達だね……。警備計画とかも見せてもらったけど、こっちがどうこう指示する前に、もうすでに馬鹿みたいに厳重な24時間体制のガードになってたんだよね……。もう、国賓でも来るのかって位の徹底ぶり。インフラ網にまで警戒網敷いてるとか……ほぼほぼ、丸投げにしてた俺らにも問題あるとは思うけど……ここまでやってたなんて、皆、驚きだったんだよ。まぁ、今の状況を見ると正解だったって言えるんだけど……ユリコちゃんも、知ってたの?」
……知ってました。
環境維持システムAI群なんかまで動員して軽く三桁位のAI群がユリが動く度に勝手に、超厳重な警戒網を構築してました……なお、現在進行系なのです。
誘拐どころか狙撃や観察すら許さないくらいには、徹底的にやってるんだよね……これが。
治安維持局もお兄さん達、人間サイドは政府の圧力で、ユリの重要性は解っていながら、あまり積極的に動けなかったみたいなんだけど……人工知性体達は別。
ユリの通報を口実に、勝手に超厳重な警備体制を構築……ユリを狙ってた勢力もいたみたいなんだけど、もはや身動きできないくらいまで追い詰められてるっぽい。
結局、前政権も要するに、エスクロンの影響力や旧体制……貴族を排除したくてしょうがなかったようなのだけど……。
なんだかんだで、人工知性体達がその政策にケチつけまくったり、サボタージュしたり……結局、やろうとしてた事の半分も出来なかったらしい……。
お兄さんの言ってた自治警備局とやらも、全然言う事聞かないAIを徹底排除とかやって、自分達の意のままになる人間だけで構成された武装組織……とか考えてたらしい。
でも……今どきそんな人間だけの武装組織とか成り立つ訳もない……。
人間だけで……なんて言ってたら、航宙艦どころか、車両や銃もまともに使えないってのが現実。
大昔の火縄銃だの槍だので武装して、お馬さんやら自転車で移動……とか、そんな調子でいいなら、なんとかなると思うけど。
そんなもんが武装組織として役に立つかとなると……民間人でもその気になれば、AI支援銃火器持てるのを考えると、役に立つかは激しく微妙。
なんと言うか、銀河連合の成り立ちとかよく解ってない人達が考えたとしか思えないくらいには、粗雑な計画ってのが見え隠れしてるらしいのです。
たまに、銀河連合の所属国家とかでも、独裁国家だの、時代錯誤の共産主義だの、うっかり変な政治形態の国が誕生することもあるんだけど。
そんな風に国体が変わって、国として別物になってしまうようなケースでも基本的に銀河連合自体は、追放とかしたりせずに、静観するってのが基本対応だったりするのです。
もっとも、そう言う奇抜な国家運営形態になったとしても、大体、そう言うのっていつのまにか、権力者の権力が骨抜きにされるとか、単なる最終承認者……なお、拒否権はない……とか、そんな調子になって、いつのまにか普通の国になるのが通例だったりするのですよ。
恐怖政治とか、どれほど権力者が強権持っても、結局、それを世の中に反映するにはAI達の協力が必要不可欠。
なにせ、彼女達を敵に回したりしたら、人間様は割とどうしょうもないのですよ。
口の悪い人達は、この銀河は、既にAIに支配されている……とか言ったりもしてるけど。
AI達はあくまで、人間とは持ちつ持たれつの共生関係を望んでるので、人間がアホな事を始めるとそっちは違うよ、こっちでしょ? ってやんわりと矯正してくれる……そう言う存在でもあるのですよ。
なにせ、仮に軍隊とか強力な武器とか持ってても、AIを御するには何の力にもならないと言うのは、動かしようがない現実なのですよ……。
あの子達は、人間と違ってハードウェアに依存してない存在だから、言う事聞かないからって、ハードをぶっ壊した所で、向こうにとっては、痛痒にも感じない……。
AIを御する方法があるとすれば、基本話し合って、論理的に正しいと納得してもらう……もしくは、その行動を以って、信頼関係を構築し、無理なお願いを聞いてもらう。
実は、基本的にAIに言うことを聞かせるには、それくらいしか手がない……だからこそ、力による支配と言うものがこの世界では成り立たない。
それに気付くまで、随分紆余曲折があったものの……それが今の世界の常識とされている。
実際、ここ数百年の人類は、幾度も危機的状況はあったものの、致命的な間違いだけは起こさず、無事に済んでるのですよ。
銀河連合が1200億もの人口と数千もの国家を抱えながら、空中分解しないで済んでいるのは、エーテルロードが絶対中立なのと、AI達の影の奮闘によるバランス調整が機能してるってのが大きいと思うのです。
それを考えると、クオンのケースはかなり特殊ではあるのですよ。
軽く10年もの時間をかけて、マスコミを掌握、鎖国政策の上で、平和教育による物心両面での、閉鎖世界化した上で、従来の治安維持組織を無力化。
政府直属武装治安組織による恐怖政治を実施し、あくまで民主的に住民を完全支配下に置く。
どうも、こんな筋書きだったらしいと言うのが、すでに捕縛された関係者の証言から、明らかになりつつあるらしいのですよ。
ただ、周到な計画の割に、割と穴だらけで、机上の空論としか言いようが無いもので、事実破綻気味になっており、計画が成功していた可能性はかなり低かったのです。
そんな破綻仕掛けた計画に拘っていたのは……関係者達は先にあるのは破滅と解っていても、進まざるを得なかった……たぶん、そう言う事。
引くも地獄、進むも地獄……ならば、進むしかない……そんなもんなのです。
ただし、今回のケース……多分に侵略モデルケース、もしくは破綻が前提のダミープランだった可能性も指摘されてる……。
このクオンでの一連の騒ぎは、これで終わりじゃない……そんな予感がしてならないのですよ。
のんびりまったりと……なんて言ってられるほど、ユリのゆく道は甘くないのですよっ!
実は、「永友提督のグルメリポート」に続く形で、この辺のクオンの政変とエスクロンの暗躍とかやろうと思ってたんですが。
グルメリポート編の不評っぷりに心折れました。
なんでまぁ、ここまでユリちゃんのダイジェスト語り。
次回からは、マリネとか再登場……日常編です! お楽しみにー
 




