第二話「ユリちゃんの夏休み」⑤
……友達と仲良くする。
簡単に言ってくれるけど、そんなの無理なのです……もう、何話していいか解らないの。
でも皆、基本的に良い子ばっかり。
ユリに気遣って、色々話振ってくれたり、仲間に入れてくれようと頑張ってるってのは解る。
ユリもその気持ちに答えようと頑張るんだけど。
ユリの伝えたいことは、全然伝わらないし、焦れば焦るほど何も話せなくなってしまい、テンパるとグズグズと泣き出す始末……。
向こうも困惑してばかりで、だんだん距離を取られてしまった。
……結果、ものの数日で、向こうもアンタッチャブル扱い。
こっちもすっかり登校拒否モードになってしまったのだけど、キリコ姉はそんな甘えは許してくれなかった。
と言うか、キリコ姉は元々、ユリがボッチ制の通信教育プログラムやら、特殊訓練三昧のヘンテコ教育を受けているのが、教育者として気に食わなかったらしく、この状況を幸いと自分の教え子に混ぜてみよう……そんな思いつきでこんな事になったらしかった。
キリコ姉の考えも解るんだけどね……。
でも、人には向き不向きがあるのですよ。
ユリは……ご同類の強化人間やAIの相手しかしない期間が長すぎたんだよ……。
強化人間の子達とのコミュニケーションに言葉なんて要らない。
瞬時に相互接続し、群体として思考し、群体として動く……強化人間部隊ってのは、そんな風に統率されて動き、同数の人間の兵隊による戦闘ユニット程度なら、瞬時に粉砕できるほどの高い戦闘力を持つ。
AIの子達を相手にする時も似たようなもん。
瞬時に膨大な情報をやり取りして、相互理解し群体化出来る。
この感覚と一般人相手のコミュニケーションなんて、かけ離れすぎてて、適応なんてとても出来ない。
けど、キリコ姉の……こんな調子でまともに人付き合い出来るのだろうかと言う、ごもっともな懸念は、お母さんやエリコお姉さまも抱いていたようで、全員一致でもうちょっと頑張ってみろと言う結論になった。
お父さんがいたら、流れを変えてくれたかもしれないんだけど、うちは基本的に女系家族。
お母さんと姉達のうち二人がカラスは白といえば、カラスは白い……そんな感じ。
ボッチからの脱出なんて……もう無理だと思うんだけどなぁ……。
世の中には、その方が気楽で、自然とそうなる人ってのがいるんだからさ。
でも、こんな調子だと、いくらエスクロンのナチュラル出会いシステムでも、旦那様候補を選ぶのに苦労するんじゃって懸念はあるのです……。
ユリだって、素敵な旦那様とか欲しいのです……なにせ、一生独身なんて恥もいいところ……なのですから。
お友達も……本当は欲しいのですよ。
ぼっちなんて、やっぱり寂しいのですよ……。
ユリ、泣いていいかな?
……けど、転校してから一週間ほど経った金曜日の放課後のこと。
そんなユリにも、転機が訪れる事になる。
「……御機嫌いかがかしら? えっとユリコさん、前にお会いしてますわね。覚えてらっしゃったら、幸いなんですが」
「せやな! センセの部屋の大掃除以来やで……なんや、センセが転校生の相手してやってくれって言うから、どんなヤツかと思ったら、あの時の妹ちゃんやったんか。あたしのこと覚えとるやろ? みかんの香水のおねーさんやでっ!」
もう帰る気満々だった、ユリの席に唐突に、こんな調子で二人組の女子生徒が押し掛けてきた。
……どっちも見覚えあるけど、名前覚えてない……。
でも、リボンの色が違う……緑ってことは上級生だっ!
ブレザーの胸元のリボンが黄色が一年、緑は二年生、三年は赤。
だから、二人共二年生……年上なのですっ!
ちっこいのと大きいの。
こんなデコボココンビ、早々忘れる訳がない……ユリもちゃんと覚えてた。
みかんの香水もちゃんと覚えてる……実は、ユリもあの後こっそり探して買ってきたから。
100クレジット均一の安物ショップに売ってたけど、イチゴのも良かったので、それも買って、密かに愛用中。
だから、今日のユリはイチゴの香り。
誰も何も言ってくれなかったけど、隣の席の子はお昼にいつもは飲まない、いちご牛乳とか買って飲んでた。
その子だけじゃなく、他の子もいちご牛乳買ってたみたいで、先生が何で皆、同じの飲んでるんだ? とか不思議がってた。
窓際の席だから、せっせと教室中にイチゴの香りを振りまいてたようで、皆いちご牛乳飲みたくなったらしい。
確かに、このイチゴ臭は、本物のイチゴじゃなく、合成品のイチゴって感じの香り。
本物のイチゴは美味しいけど、なかなか売ってない……。
食べ放題のイチゴ狩りとか、ユリの夢のひとつ……食べたいな、イチゴ。
ちなみに、ユリは周りを見てないようで、結構見てる。
前向きながら、真横を見るとか、マシンアイズには余裕なのです。
それはともかく、二人は上級生……。
教室に残ってた同級生達も何事かと遠巻きに見てたり、関わらない方が無難とばかりにそそくさと帰っていく。
上級生が下級生に関わるって、あんまり無いみたいで、何かやったのかな……とかそんな言葉も聞こえてくる。
「……ご、ごめん……なさい。名前……覚えてない」
人の名前、覚えるの……苦手。
そんな人間関係の基本すらも、出来ないとか。
何だか急に泣きたくなって、いきなり涙が出てきた。
「わっ! わっ! そんないきなり泣かんでもええやんっ!」
おっきい人があからさまに狼狽える。
その言葉で、残ってたクラスメートたちも一斉に注目する。
「お前ら、何ジロジロ見とんのやっ! 用もないなら、はよ帰れやっ! せ、せやけど、あれやな……いきなり、こんな一年生の教室に二年が来たら、皆ビビるか……エリー、こりゃうちらが無神経やったなぁ」
クラスメートの視線から、さりげなくユリを隠しながら、そんな芝居がかったようなセリフを言う先輩。
……かばってもらっちゃったのかな?
「それもそうですわね。皆様、お騒がせさせておりますわねー! 言っておきますけど、彼女がなにか問題を起こしたとかそんなんじゃありません。わたくし達が一方的に押し掛けたせいで、驚かせてしまいましたの……」
「せやで……なんか言いたいことあるみたいやけど、遠慮せんでええで! 文句があるなら、このあたしがいくらでも、聞いたるわっ!」
デコボココンビがユリの前に立って、残ってたクラスメートたちを見渡すと、誰もが首を横に振る。
「……まったく、いくら上級生相手だからって、そんな遠慮なんてしなくていいのに……。あ、ちょっとクスノキさん借りていきますの。皆様、ごめんあそばせーっ! ささ、ひとまず場所を変えましょう。ねっ!」
言いながら、ユリの手が小さな手にガッツリ握られると、顔を寄せられて、軽くウィンクされる。
お目目ぱっちりの可愛らしい娘……バニラ系のコロンの香りがほんのりと漂ってくる。
「せやな! おっ、ユリコちゃん……イチゴの香りするやん! うちもそれ持っとるでっ! お揃いやな!」
うわっ、香水の事始めて言われたよ……なんか嬉しい。
「うん……イチゴっ! みかんも……買ったの」
言いながら、安っぽい小瓶をポーチから取り出すと、おっきい人も嬉しそうに笑顔を見せる。
「お、やっと笑ってくれたな……! うんうん、女の子は笑顔でいるのが一番や! じゃあ、ここで話するのもなんかやから、とりあえず、あたしらの部室に付き合ってもらうでーっ!」
肩にみかんのお姉さんの腕を回されるんだけど、ユリはもうなすがまま。
ユリと比べても、凄く大きいので伸し掛かられてる感じだけど、そんな嫌な気分はしない……。
と言うか、どっちも近い……家族以外にこんな密着されるなんて、始めてなんだけど……ほんのりとみかんとバニラの甘い匂い……。
密着されて、否が応にも伝わってくる二人の体温は、とっても暖かくて、柔らかくて……こう言うのもいいなって思ったら、自然に力が抜けた。
かくして、ユリは……割と問答無用で連行されたのですっ!