第二十四話「ワンス・アポン・ア・タイム」②
「地球か……今の地球って環境調整もせず、人もほとんど立ち入らないで、自然環境そのままらしいんだよね。ただ、何があったんだか知らないけど、日本列島が虫食いみたいになっててね。他の大陸の形もあちこち形が変わってる感じで、すごく違和感があったよ。私は21世紀の半ばくらいまでの事しか覚えてないんだけど、何があったんだろうね……」
「永友提督さんが知らないようなことは、ユリ達にも解らないのですよ……ユリ達は、歴史の教科書の事や公開データベースに記録されてるようなデータしか知りえないのです」
銀河共用ネットワークのライブラリ映像記録を見る限りだと、20世紀くらいまでの地球の俯瞰映像と、今の地球の俯瞰映像は確かに全くの別の惑星みたいに見える……。
海面が上昇したとか、そんな理由が推測されてるそうなのだけど、綺麗な円状の湖とかもあちこちにあって……隕石でも大量に降り注いだんじゃないかって気もするのですよ。
けど、歴史データベース上では、地球の放棄は割と平和的に進められて、人々の移住もトラブル無く終わったって話にはなってるのです。
「そりゃ、ごもっともだ。一応、私と同じ再現体提督の一人に2050年生まれだったって子がいるんだけどね。彼女は、どうも歴史の話になると口をつぐんでしまって、何も教えてくれないんだよ。と言うか、21世紀の後半から、22世紀くらいの間に明らかに記録上の空白があるみたいで、何があったのか気にはなるところではあるんだよね」
「そんなのがあるのです? 21世紀後半と言えば……ちょうどその辺りから紙媒体が廃れて、電子媒体に記録媒体が切り替わったんですよね? 多分、その関係もあって記録が混乱したんじゃないですかね」
超AIの誕生をきっかけに起きた紙媒体の廃止命令。
カーボンフリーの掛け声のもとに、紙とか化石燃料をなるべく使わずにしようって運動の一環だったかな?
そんな感じ。
車は一気に電動になって、飛行機も電動モーターレシプロや飛行船が主流になって、ジェット機も使われなくなっていったんだとか。
常温核融合炉によるエネルギー革命も起きてーと歴史の教科書でも人類史上まれに見る激動の時代だったとかなんとか。
「まぁ、そうだね……。ちょうどその辺りは、割と激動の時代だったみたいだしね……。けど、その割には記録自体がまばらで、細かい記録ってものがあまりに少ないんだ」
「そうなんだ……。確かにその辺って大きなイベントばっかりって感じだけど、授業でも他の時代よりも早足だった感じもするね……」
「まぁ、いずれにせよ、歴史なんてのは大多数が真実だと認識してる歴史が正史って事でいいと思う。古今東西、歴史認識とかやり始めるとお前が違う、こっちの歴史認識こそ正しいとか、水掛け論になりがちで……ひどい場合は戦争になったケースですらある。多分、そう言うのもあるからこそ、無難な共通歴史認識ってことで、いい加減な玉虫色の解釈で、落とし込んでるのかも知れないね……。もしかしたら、この時代では歴史こそがパンドラの箱……なのかもしれない。いやはや、すまないね。小難しい話になってしまって」
「いや、結構面白いよね! 新しい物の見方を教えてもらった……みたいな? 私も歴史ってものに、ちょっと興味が出てきたよ。なんか、ちょっと詳しく調べるだけでも隠された歴史の真実とか、色々出て来そうでワクワクしない?」
「なのですよ! ユリも歴史データベースとか、もうちょっと詳しく見てみるのですよ……。確かに、21世紀初頭とか宇宙進出も怪しい時代なのに、人型機動兵器が宇宙を飛んで、宇宙戦争してる再現記録映像が残ってるとか、意味が解らなかったのですよ……」
「うん、やっぱりそんな調子なんだね……。多分、それ当時のアニメの話なんじゃないかな。おそらく、色々残ってる記録をつなぎ合わせて、辻褄を合わせながら、あーでもないこーでもないって感じで、解釈してるんだと思うんだよね……。君の言うように、当時のアニメや映画のフィクション情報まで混ぜちゃってるから、もうメチャクチャなんだよ」
「なんか……歴史の授業、真面目に受けるのがバカバカしくなるね。一生懸命、年表とか歴史上の人物の名前とか覚えたのはなんだったの? それが、必ずしも真実じゃないとか……そんないい加減なの一生懸命覚えてたとか……」
「ははは……そう腐らない。けど、どんな形であれ、過去に触れたり、興味を持つのは、悪いことじゃない。その昔の人々や過去の歴史があって、この27世紀の世界がある……これもまた事実なのだからね。そしてなにより、君達若い子は、この世界の未来を背負ってるんだ……今は、様々なものに触れて、色んな物に興味を持つべきだ……やっぱり、子供ってのはそうでないとね」
そう言いながらも、永友提督もなんとも複雑な様子なのが見て取れる。
21世紀の頃の知識とか……あの時代は後半ともなると、宇宙への進出とか、エーテル空間の発見とか、超AIと呼ばれる存在の台頭とか、色々激動の時代だったのだけど……。
前半50年くらいは、至って平和だったって話なのですよ。
当時は、漫画とかアニメのご先祖様とか、そんなのが作られた時代でもあったのだけど。
どうも、永友提督の話だと、当時の時点で架空のフィクションだった話が混ざってたりとか……そんな感じみたいなのですよ。
けど、過去があって、今が、そして未来がある。
その話はなんとも深い感じがするのですよ。
「ちなみに、ユリのご先祖様は、楠正成って人だって、言い伝えられてるそうなのです。永友提督は知ってたりしますか? ユリ……いまいちよく知らないのです」
……なんだか、すごい武将だって言い伝えは残ってる。
十三世紀くらいに、日本の皇帝、天皇って人が二人並び立つような状況になっちゃって、そのもう一方の総大将として、連戦連勝の無敗将軍って感じで各地で暴れまわってたんだけど。
色々あって、多勢に無勢みたいになっちゃって、寄ってたかって集中砲火されるような状況になって、結局、討ち死にしちゃった……そんな話も聞いてる。
「それ……エリコさんも言ってたけど、ホントなのかな? ちなみに、楠正成って人は、日本史上最大の軍事的天才と謳われたような偉人でね。大楠公なんて異名もあって、お札……リアルマネーのデザインに採用された位には有名だったんだよ。その辺の記録って残ってないかな?」
データベース検索……20世紀の日本、リアルマネーペーパーのデザイン……これかな?
なんだか、偉そうな感じの人の肖像画がいっぱい……なんだけど、武将って感じの人が描かれたのがある。
5銭紙幣ってので、1944年……太平洋戦争中に出回ってた紙幣とかなんとか。
「これなのです?」
馬に乗ったお侍さんの絵柄付きの5銭って書いてある紙のリアルマネーチケットみたいなのを、携帯端末の空間投影モニターに表示させると、提督や初霜ちゃんが興味津々って感じで覗き込んでる。
「ああ、これだね。私の爺さんの部屋に額縁に飾られてたのを覚えてる。そうか、この手の情報はちゃんと受け継がれてるんだなぁ……」
なるほど、この馬に乗って刀振り上げてるカッコいいお侍さんがユリ達のご先祖様なのですよ!
顔とかは流石に解らないけど、これは、ちょっとイイ!
……今度、お父さんとかお姉さまにも教えてあげよっと。
このお札……実物とか手に入らないかなぁ……。
もし、手に入ったら、これは家宝モノなのですよ!
「わたし、これ……見覚えありますよ。駆逐艦初霜の酒保での支払いとか、花札とかで兵隊さんが賭けに使ってるのを見た覚えがあります。そう言えば、酒保のメニューにサイダー一本23銭って書いてありましたね……懐かしいです。今だといくら位だったんでしょうね?」
当時のお金のレートとか言われてもって感じなんだけど。
この子の言ってることの意味が良く解らない……まるで、その当時を見てきたような口ぶり。
提督さんにちらっと視線を送るのだけど、聞き流してやってくれと言わんばかりの曖昧な笑みを浮かべられた。
スターシスターズの子達も、その存在や成り立ちも良く解らない部分が多いのですよ……。
この頭脳体の時点で、オーバテクノロジー級の技術が使われてるし……とにかく、深入りしちゃいけないっぽいなら、ここは無難に聞き流すのですよ。
「サイダーってそんな昔からあるのですね。ユリも好きなのですよ……透明でシュワシュワしてて、美味しいのです」
「ん、そ、そうだね! ビールやワインってアレ、軽く1000年単位の歴史があるんだよ……。このパンだって同じだよ……やはり、長い時間をかけても、廃れないものってのは、それなりの理由があるんだよ。このパンの美味しさだって……私の時代と変わりなく美味い……これは、素晴らしい話だよ」
「お褒めいただき、ありがとうございます! ……でも、お父さんも最初は苦労したらしいよ……パンってそもそも直火で焼くことを想定してるもんだから、こんなコロニーで電熱調理器だけで作るのって、すっごい苦労したんだって! 焼き加減とかもだけど、パン酵母の品種改良とかもしなきゃいけなかったし、電気竈もものすごい回数、改良を重ねて、やっとの思いでマトモなものが作れるようになったんだって……。もっとも、その大半はエスクロンの科学者だったお婆ちゃんが頑張ってくれたらしいんだけどね」
「なのですねぇ……リオさんのご家族ってすごい人なのですよ」
ちなみに、ユリもこのタカギベーカリーの厨房でパン焼く所見せてもらったんだけど。
なんだかすっごい高度なAI搭載の電気竈ってので焼いてたんだけど……エスクロンの元科学者が作ったって事なら、納得なのです。
「確かに、すごい話かもしれない。私の知り合いにもパン屋の倅だったって提督がいるんだけど、満足な出来の物が作れないって嘆いてたからね。そう言えば、コロニーの中って直火厳禁なんだってね……。それで、ここまでの天然小麦パンを再現するなんて、恐れ入るよ……後で、厨房でも見せてもらえないかな?」
「うん、きっとお父さんも喜んで見せてくれるんじゃないかな?」
「うふふ、それって面白そうね。せっかくだから厨房借りて、永友提督の腕とか奮ってみてはどう?」
「いや、止めておくよ。いきなり、そんな電気竈なんて、使いこなせる気がしないし、私は料理は作れるけど、パンとなると専門外なんだ。だから、見せてもらうだけでも十分かな」
「残念なのですよ……永友提督の手作りスイーツとか食べたかったのですよ。提督さんもお店やってたのですよね?」
「そうだよ……。私のスイーツは、魔法のスイーツとも言われててね。それを口にして、夢見心地みたいな感じになる女の子たちを見ているだけで、私は幸せだった……」
「なるほど、女の子にモテモテ……だったのですね! もう奥さんとか、選り取り見取り、誰にしようかなーとか、そんなのだったのですよ……全く、提督さんも隅に置けないって感じなのです。そうなると、永友提督の子孫の人とかもいるんじゃないのです?」
「……わ、私の子孫かい? うーん、そりゃないと思うけどね。お恥ずかしい話ながら、私も商売とスイーツの事にかかりきりになってたら、すっかり婚期を逃してしまってね。気がついたら、生涯独身を貫く羽目になってしまったのだよ……べ、別にモテなかったからとか、そんなんじゃないからね?」
「でもさー、そんな女子高生に大人気のお店経営してたなら、従業員の女の子とかよりどりみどりだったんじゃないの? 女子高生バイトとかも雇ってたんでしょ? うちもイケメン男子がバイトに来て、気に入ったのがいれば、いくらでも手出ししてもいいぞって言われてるんだー」
リオさん、ちょっと楽しそう。
と言うか、それってどんな職権乱用なのです?
けど、イケメン男子のお婿さん候補かー。
お婿さんにするなら、イケメンは絶対でー、ユリよりも強くて賢くなくちゃ駄目だと思うし……。
それでいて、こんな提督さんみたいにいつも紳士的で……なんと言うか、夢が膨らむのですよ。
けど、永友提督もそれなりにすごい人なんだから、堂々としてればいいのに、なんでこんな露骨に狼狽えてるんだろ……。
「永友提督さん、目が泳いでてみっともないのですよ?」
小声でフォローするのですよ。
ユリは、気遣いの出来るいい女を目指してるのです。
「あ、ああ……大丈夫、問題ない。と言うかさ、お店で雇った子なんて、言わば身内も同然じゃない? それに手を出すとかそれはご法度でしょ。何より、立場を傘に関係迫るとか紳士的じゃない……だからこそ、私は部下と言える祥鳳達に迫られても、決して誘惑に駆られたりしないようにしてるんだ……。我が座右の銘は常に紳士たれ……なのだよ! わ、解るかね?」
確かに、雇い主から求婚されるとか……普通に困ったことになるのですよ。
結婚してもいいくらいの理想の相手だったらともかく、好みからハズレてたら、大変なのですよ。
断わったら、断ったで、それが仕事上の間柄だと、嫌でも毎日顔合わせないといけないし……。
針のむしろの毎日になるのは、目に見えてるのです……提督さん、解ってるっ!
「うん、解るのですよー。提督さん、とってもいい人なのです……まさに、紳士なのです!」
「言われてみれば、そうだね……。断られたりしたら、ちょっといたたまれなくなるよね……。いい人オーラみたいなのがにじみ出てるとは思ったけど、そこまで考えてたとか……まさに、他人に気遣いの出来る自己中の対局って感じで、まさにいい人だよね!」
「うんうん! いい人なのです!」
「い、いい人か……そうか。そうなんだよな……。でも、いつも、決まってそう言われるんだ……なんで……なんだろね」
何故か、提督さん……ショボーンと落ち込んでしまう。
「げ、元気出すのですよ?」
「そうだね……良く解んないけど、元気だそうよ……あ、頭撫でてあげるね」
リオさんが提督さんの背後に回って、頭ナデナデ……勢い余って、そのおっきなお胸さんが提督の後頭部をツンツンしてる……。
「おお、リオちゃん、ありがとう……癒やされるよ。って言うか、今のマシュマロみたいな感触は……まさかっ! まさかっ!」
「あ、ごめん……当たっちゃった。馴れ馴れしかった? 提督さんって、女の子に触られると駄目なひと? と言うか、こんな小さいナリしてて、胸だけは立派に育っちゃって……たまにうっかり押し付けちゃったりするんだよね……ごめんなさい、こんなの当てちゃって……悪気はなかったんだけど……」
「いやいやいや! こんなのどころか、むしろ大歓迎っ! もっと、ドーンと来たって構わないよ! じゃ、じゃなくってだねっ! ああ、初霜君……今のは事故だよ! 事故!」
気がつくと、パンに夢中だと思ってた初霜ちゃんがほっぺたぷくぷくにして、こっち見てた。
「……提督さん、何だらしない顔してるんですか? それくらいならわたしだって、出来るんですからね!」
そう言って、トコトコと提督さんの背後に回ると、背伸びして、頭ナデナデ……何やら、一生懸命胸を押し付けようとしてるっぽいんだけど、悲しいかな椅子に座ってるのに、提督さんの後ろ頭は初霜ちゃんの顔の前……。
これは……物理的に不可能なのでは?
「…………」
「…………」
何やら、目で訴えられてる。
意味は解る……多分、フォローミーと言いたいっぽい。
無言で初霜ちゃんの後ろに回るとひょいと持ち上げてみる。
あんまり言いたくないけど、この子、絶壁とはまさにこんな感じってくらいのスットン胸。
それでも、それを提督さんの後頭部に胸を押し当てて、それで満足したのか満面の笑みを浮かべてる。
ちなみに、予想はしてたけど、この子……めちゃくちゃ重たい。
小学生くらいしか背丈もないんだけど、重量は多分数百キロ……でも、戦闘用ともなると、被弾時の衝撃で吹き飛ばされたりするようでは、話にならないので、重量はむしろ多目に設定するのが常識。
重力コントロールも可能となると、冗談抜きで戦車と綱引きが出来ると思う。
ハイパワーにする以上、そのパワーに耐えきれるように、軽量化するのではなく、重量化するってのが、強化改造でもセオリー。
その辺はこっちも似たようなもんだから、事情は解るのですよ。
なので、そこら辺は黙っとくし、コレくらいの重量でも、ユリなら軽く持ち上げられる。
重量上げなら、フルパワーで車だって持ち上げられるのですよ……ユリ、強い子なのです。
「よ、良かったですね。提督さんっ! モテモテじゃないですか」
そう言うと、提督さんもビシッと親指を立てる。
「うん、ユリコちゃん、ナイスフォローだったよ! 初霜相手に、実に良い感じの気遣いだ……。お、ユレさんの言ってた新手の子達の登場かな? 素晴らしい展開だね……これは!」
言われて振り返ると、マリネさんと冴さんがおずおずとやってくるところだった。




