第二十四話「ワンス・アポン・ア・タイム」①
「そうだねぇ……君達にとっては、21世紀は遥か遠い昔の事なんだよね……。けど、私はまさにその21世紀を生きていた人間だったから、この時代に伝わってるあの時代の記録が如何にいい加減で、間違いだらけだってよく解るんだよ……。ちなみに、その世界中どこでも狙えるレールガンの話は、私も知ってるよ」
「スカイリニアキャノン……有名な話なのですよー。攻防一体の超兵器を他国に先んじて完成させた事で問答無用で、世界平和をもたらせた……平和の象徴として、巡礼者なんか訪れるようになってたのですよ」
ユリ達が習った歴史の教科書では、そんな風に書いてるあったのですよ。
この辺の下りは、日本をルーツとする星間国家群では、ご先祖さまの偉業として、よく知られてる話なのですよ。
「うん、実際は、その時代にそんなものは存在しなかった……実際にあったのは、単なる巨大電波塔。一応、観光名所ではあったんだけどね。他にも二足歩行の人型作業機械とかもあって、日本は軽く半世紀は未来を先取りしてた……なんて話になってるんだよね? どうもその辺り……アニメの世界の話とごっちゃになってるっぽいんだよね……」
「はぅわ、歴史の教科書って……間違ってるのです?」
むー、歴史の教科書が嘘書いてるなんて……。
確かに言われてみれば、色々辻褄が合わないような話も結構あったような……?
そうなると、ホントに正しい歴史ってのは、どうなるのです?
「歴史の教科書が間違ってるって……うーん、でもさぁ……。再現体って、昔に生きてた人の人格記録を合成人間を元に再現したって話だけど……そんな記録と違う昔の記憶なんて、皆、持ってるものなのかな?」
「ははっ、私の人格が過去の記録データから再現されたものである以上、記録に残ってない記憶なんて、持ちえない……確かにそう言われてるのは事実なんだけどね。けど、実際……私達再現体は誰もが皆、生前の記憶を細かく持っているんだ。それこそ、歴史データベースに残ってないような個人的な些細な出来事とかも含めてね……。そして、同時代に生きていた者達同士で記憶を照らし合わせていくと、やはり共通項がいくつも見つかったりするものなんだよ。言ってみれば、転生……生まれ変わりに近い。……なんて言われていたりもするんだよ」
歴史データベースに残ってない過去の記憶。
それも複数の同時代の者達同士が共通して持っている……となると、永友提督さん達ってなんなんだろ?
そもそも、再現体の再現人格ってのは、AIの一種のはずなのに、提督さんと話をしていても、AIと会話してる感じが全くしない。
確かに、魂の輪廻とか生まれ変わり……そんなオカルト話もあったりするのだけど。
どうなんだろう? ユリなんかも体の大半は人工物だけど、子供の時からの記憶はずっと繋がってるし、首だけになったり、VR世界に意識だけ転送してても、自我ってものを保ててる。
人を人たらしめるものって……なんなんだろ?
「そうなると……永友提督さんの話のほうが真実で……教科書が間違ってる……そう言う事なのかな? でも、そうなると、その正しい話ってのをテストに書いたらどうなるんだろね?」
「まぁ、学校のテストなんてのは、教育者側が想定した回答と一致してるかどうかが全てだからね……。だから、私の言う本当の21世紀の話なんて、テストの解答欄に書いたら普通にバツをもらっちゃうよ。私の話なんて、与太話くらいに思っておけばいい。もし、過去の歴史に興味があったら、むしろ考古学でも学ぶといいかも知れないね。確か、地球考古学って学問があって、学者さん達が定期的に地球に行って、色々調査してるって話も聞いてるよ」
「地球かぁ……ユリちゃん、どんなところか知ってる? エスクロンの地上みたいな感じなところなんだっけ?」
「どっちかと言うと、クオンの方が近いのですよ。エスクロンは海がほとんどで、陸地も島がいっぱいあって、無闇やたらと大きいだけなのです」
どうも、エスクロンって海が多いせいで、南国のイメージが強いみたいなのですよ。
なので、女の子は皆、年中水着で生活してるとか、日焼けしてる人が多いとか色々、妙な偏見もあるみたいなのですよ。
「そうだね……エスクロンは私も行ったことがあるけど、ほとんど全部が海で、巨大な人工浮島みたいなのとか、点在する島や水中都市をチューブライナーで接続したようなのとか……なんとも未来都市って感じだったね。それにエスクロンは空の色が明らかに違う……なんだか、緑味がかった変な色で、緑の雲とかうかんでたよね……あれって、なんでああなるんだい?」
「あれは、酸素合成用の大気浮遊藻類の影響なのですよ。特に陸地周辺には、多く生息してるので、太陽活動が活発になると、顕著に緑になるのですよ」
エスクロンは、恒星のスペクトル変動も激しいから、様々な手段でそれを少しでもマイルドにすべく、様々な工夫が行われているのですよ。
自前の浮遊能力を持つ浮遊藻類もその一つで、酸素濃度調整のみならず、直射日光の調整も惑星規模で行ってるのですよ。
とはいっても、かなり昔に放たれたもので、あまり人の手でコントロールできるようなものじゃないので、意図せず空の色が緑色がかったり、地上に降り積もって、建物が緑色になるとか、公害になったりもするのですよ。
ちなみに、空が露骨に緑になる場合は、浮遊藻類が上昇気流で上空高くまで、撒き散らされてると言う事でもあるので、強烈な低気圧接近のサイン……要するに、メガストームクラスの大災害の予兆でもあるのですよ。
「なるほどね……あの違和感ある空の色はそう言うことか。なんとも面白い話だね。いずれにせよ……私としては、君たち若い子にこそ、過去の歴史ってものをちゃんと学んで自分で考察したり、実証したりして欲しいって思うからね。過去について興味を持ってもらえるなら、こんな話、いくらでも聞かせてあげるよ」
「……自分達が見たこと無い過去のこととか、ちゃんと調べるのって難しいんですよ? 残されたものや断片情報をつなぎ合わせて、想像していく……概ね、そんな感じなのですよ」
歴史ってのは不思議なもので、同じ資料を目にしても、人によってその解釈が変わってきてしまうので、歴史解釈ってのは、ものすごーくややこしいのですよ。
おまけに、戦争の歴史とかを紐解くと、当事者の子孫とかが自分が被害者で、加害者は謝罪すべきだととか言い出したり……藪蛇になる事も多々あるんだとか。
そう言う事例が多発してた時期もあって、AI達も人類の過去の歴史にはあまり関わりたくないって思ってるみたいで、その辺がいい加減な歴史記録や解釈に拍車をかけてるような気もするのですよ。
「そうだね……私みたいに、21世紀の生の記憶を持ってる人間なんて、恐らく我々再現体だけだからね。AI達も長くて百年、二百年くらいしか稼働しないから、記録情報を受け継ぐ形でしか、過去の記録を持ち合わせてない……。あのAI達の奇妙な習慣は、それなりに問題もあるみたいでね……。代替わりの時に、次世代機が結構な割合で、現役機の持つ記録情報を取りこぼしていくらしいんだよ。そのせいで、過去の記録ってのも、当てになるのは、2-300年程度で、それ以前ともなると、どんどん怪しくなっていくんだそうだ」
……同じデータベースを受け継いでも、後継機が要らないと判断した記録データは破棄される。
そうしないと、データベースも肥大化する一方だから、それなりに合理的な判断なのだけど……。
その関係で、失われた記録ってのも膨大な数になると思うのですよ……。
「あの習慣……止めろって言って、聞いてくれる類のものじゃないのですよ。確かに数百年スパンの歴史記録ってなると、生の体験記録を誰も持ってないって話にはなるのですよ……でも、それはしょうがないんじゃないですかね」
VRで過去の世界を再現……なんてのもあるんだけどね。
それはあくまで想像の産物だから、提督さん達に言わせると、多分いろいろ間違ってるんだと思う。
「うん、そこら辺は我々もよく解ってる。結局、私のように時間を飛び越えたような者しか、過去の真実なんて知りえないからね……だから、我々としては、敢えて無駄に騒がずに、現状をそのまま受け入れているんだよ。結局、歴史上の真実もそれを客観的に証明するすべがないと個人の妄想と大差がない。けど、妄想で終わらせて欲しくないから、君達のような若い子に少しばかり期待する……迷惑な話かもしれないけどね」
「なかなか、難しいお話なのですよ!」
「だねぇ……。過去の歴史記録なんて、記録に残ってる情報とそれを学者さんがつなぎ合わせて解釈した情報がすべてだからねぇ……。でも、地球に行けるって考えると、その地球考古学ってのも面白そうだよね。と言うか、私……あの地上環境ってのが、結構気に入ったんだ。正直、コロニーに戻ってきて、がっかりしちゃったし……。また地上に連れてってね!」
「ユリもやっぱり、コロニーよりも地上環境の方が好きなのですよ。人間やっぱり、地に足ついてないと……なのですよ」
「ははっ、君達の言い分もよく解るよ。私もエスクロンの地上に行った時、言い知れない安堵感を感じたものだ……地球には原則、誰も立ち入らせない。そうしないと誰もが地球を目指すからって聞いたけど、確かにそうかもしれないね」
「地球なんて、この銀河系で行ったことある人のほうが少ないのですよ?」
「提督さん、地球ならわたし達も一度見に行ってますよね? 海にわたしの艦体持っていけないかって言ったら、出来るわけがないと、笑い飛ばされちゃったけど……わたし、結構本気だったんですよね……」
唐突に初霜ちゃんが口を挟んできた。
どうやら、満足してくれたようで、あれだけ大量にあったパンがすっかり消え失せてる。
「ははは、そんな事もあったね……。なんだか、君達は皆、似たようなこと言ってるみたいだよね。大佐からもそんな話を聞いたよ。確か、実際にエスクロンでスターシスターズ艦のレプリカを建造したりとかしたんじゃなかったっけ?」
千トンとか一万トンとかの大質量体を惑星の地上まで持っていくとかって、結構無茶なのですよ。
下ろすだけならそんなに難しくないけど、問題は帰り……。
戦闘艦クラスの大質量体を惑星の地上から重力圏外まで打ち上げるなんて、巨大なレールカタパルトでも作って、大電力の力技でぶっ飛ばすか、重力機関でも使わないとどうしょうもない。
ロケットとか超大型ブースターを使う手もあるけど……船よりも遥かに大きいブースター付けて力技でふっとばすようなものだから、物凄く効率悪い。
そんな事をするくらいなら、一度解体して宇宙で作り直したほうが余程早い。
実際、エスクロンにも、アイランドワンの主港……ポート・ゼロワンには、大時代な20世紀のロシアの戦艦がそのまま、放置されていて、ちょっとした観光名所になってるのだけど……。
なんでも、大佐さんの接待の一環で、エスクロンの海上にその乗艦のスターシスターズ艦のレプリカを作って、実際に航海したとか、そんな風に聞いてる。
「なのですよ。エスクロンにも、ガン……なんとかって、戦艦のレプリカがドーンってあるのですよ?」
「それ、マラートさんの事ですよね。……わたしも、やってもらおうかな。やっぱり、エーテルの海と本当の海は違うんですよ……エーテルの海は粘っこくって、重たくって、どうにも好きになれません」
そりゃ、流体粘度係数が桁違いに高いからねぇ……。
ちなみに、エーテル流体に低角度で砲弾打ち込むと、飛び石みたいに跳ねてったりもする。
その辺もあって、対潜行艦戦闘は、難儀な点ばかりなのですよ……。
「そうか……でも、初霜のレプリカとかエスクロンに作っても、持って帰れないから置いていくしか無いみたいだよ。それはそれでどうかと思うんだけどなぁ……」
「うーん、レプリカなら別にわたしと関係ないですし、たまに遊びに寄った時とかに動かしてもらうとか……駄目ですかね」
「エリコさんあたりに頼めばやってくれるだろうけど。どうなのかなー、確かにお金持ちのクルーザーとかって、年数回しか動かさなくて、普段は港に浮かんでるだけとか、そんな調子みたいだけど……。エスクロンって、自家用船とかってるあるのかな?」
「自家用船ですか? メガストームとかで港に係留してる船が全部どっか行ったり、沈んだりとかしょっちゅうなので、個人で小型船を所有ってあんまり聞かないのですよ」
メガストームの直撃なんて来ると、都市の地上部なんて、それだけで軽く更地になるのですよ。
港に係留してる小型船がビルに突き刺さってるとか、そんな感じになるのも珍しくないので、メガストームがくるとなると、その手の小型船舶は影響の及ばない遠く他の島の港とかに避難したり、ゲルコート剤に包み込んで、潔く沈めて、ガッツリ固定するとか、そんな対応が取られるのが常。
なので、エスクロンの海上船って言えば、荒波を耐える200m以上あるような大型船だったり、潜行機能を持ってるような船が主流なのです。
そもそも、地球の海上艦とかって、そのままエスクロンの海に浮かべてもほぼ確実に沈む。
いかんせん、重力が5割増しだから、必然的にそうなるのですよ。
ちなみに、そのマラートと言う戦艦の建造もそれなりに苦労したみたいだけど、やたらと頑丈に重く作ったおかげで、メガストームの直撃を平然と耐え抜いたってのでも有名。
でも、千トン程度の駆逐艦だと……飛ばされて、バラバラになりそうなのですよ。
「レプリカといえど、自分の名を関する艦が宙を舞うとか、強制上陸させられるとか、流石にイヤですね……仕方ありません、諦めますよ」
「そうだね。我々の本分を忘れちゃいけないよ。そう言えば、地球の話をしていたんだよね。色々脱線して、済まないね」
「そうなのですよ……。昔の地球ってどんな星だったのです? 興味あるのですよ……と言うか、提督さんの話、とっても面白いのです」
ユリの知らない世界の話……なんだかもう、聞いてるだけで、色々ワクワクしてくるのですよー!




