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第二話「ユリちゃんの夏休み」④

「……お父さん……お父さん……そんな……」


 お父さんが悪い奴らの人質にされた……無事に戻ってくる保証なんて無い。


 そう思ったら、涙が出てきた。

 お父さんが死んじゃうかも……そう思っただけで、どうしょうもなく悲しくなってしまった。


 けど、前にごっつい男の人が人質を助けるために奮闘するって映画をお父さんと見た時に聞いた話。

 人質を殺すような意味のないことは、テロリストは絶対にしないって、お父さんは言ってた。

 

 要するに、人質ってのは、テロリストにとっても力づくという選択肢をさせない命綱になる上に、交渉カードとして、極めて有利に使える……だから、殺すぞって言ってても、ただの脅しなんだって……お父さんは言ってた。

 

 だから、お父さんは多分大丈夫。 

 危険なのは、人質カードとしてより有用なカードを相手にくれてやること。


 今回の場合だと、ユリ達家族の誰かが新たな人質とされてしまうこと。

 そうなると、お父さんが何か行動しようとしても、足かせになってしまうし、状況はますます悪くなる。

 

 お姉さま達は、エスクロンの本社にいるならまず安全……。

 

 エスクロンの本土防衛機構は完璧に近い。

 何百年も前に作られた10kmくらいある自律制御超巨大宇宙戦艦「万古バンコ」ってのが、今もエスクロンの衛星軌道上を漂ってるし、軌道防衛艦隊も軽く万単位とか銀河でも類を見ないほどの規模を誇り、過去に実戦すら経験しているような精鋭艦隊でもある。


 街中にも多数の監視カメラが存在し、国民全てにナンバリングが施され、定期チェックを受けるようなお国柄……防諜体制も銀河有数のレベルを誇り、不法侵入なんて至難の業。


 エスクロン本社星系のエーテル空間中継ステーションも、宇宙要塞みたいなモノで黒船の侵攻を独力で跳ね返したってのは、有名な話。


 エーテル空間でも専属の企業艦隊がいくつも編成されていて、銀河連合でも有数の軍事力を持っている。


 クオン星系は、そんな防衛機構なんて一切無い非武装星系なんだけど……曲がりなりにも独立国なので、ちゃんとした手続きを踏まないとゲートを超えられないのは一緒。

 

 エーテル空間と通常空間は、ゲートで繋がってるけど、ゲートとこのコロニーは宇宙空間という壁で隔たれている。


 L3ポイント……恒星を挟んで惑星クオンと正反対に位置するゲートまでの距離は、およそ3億km……この壁を超えるのは容易ではない。


 何処の星系でも不法侵入なんてのは、並大抵の事では出来ない……要するに、ここにいる限りはユリ達も安全。


 ここで下手に動くと、かえって危ない。

 お姉さまのしばらくここに留まれと言う判断は間違いなく正解。

 

 それに、仮に潜入工作員とかが入り込んできたら、ユリはともかくキリコ姉が危ない。


 キリコ姉は、早いうちからエスクロンから離れて、独立独歩の道を選んだ人だから、ユリみたいに強化改造や戦闘訓練とかは受けてない……普通の人間。

 

 腕っぷしには自信があるみたいだけど……いくらなんでも、戦闘訓練を受けた工作員や兵士の相手なんて無理なのです。


 キリコ姉を守る……そう言う意味でも、ユリには、選択の余地が無かったのですよ。

 

 ……結局、ユリの関与しない所で、トントン拍子で勝手に話が進み、ユリはこのクオン星系のコロニーの住民として、生活することになったのですよ。

 

 ホントは、これ……銀河を揺るがす一大テロ事件だったりしたのだけど……ユリは、そんな騒ぎに関与出来るほどの大物でもないのです……。

 

 お父さんは、大変なことになっちゃったけど。

 前々から、仕事柄、そう言うこともある得るから、なにかあっても気にするなと言われていた。

 

 幸いクリーヴァの人達は、人質をすごく大事にしてるみたいだし、銀河連合も人命第一を掲げているから、ムチャはしないようで、今すぐ命の危険がって状況でもないようだった。


 ……お父さんって、ものすごく地味な見た目なんだけど、何気にスーパーマンみたいな人だから、何があっても絶対平気、二度と会えないなんてことにはならないと思う。


 と言うか、そう思いたい。

 お父さんに会えなくなったら……そう考えたら、自然に泣けてくるから、もう考えないようにした。

 

 エスクロン社の方でも、色々フォローしてくれたようで、ユリには国際親善留学生と言う役割が公式に与えられ、クオン政府からも修学ビザが発行され、三年間の長期滞在許可が降りた。


 強化人間のメンテナンスやバックアップについても、クオンには引退した元エスクロンの技術者が何人もいて、その人達が色々フォローしてくれるとのことで、当面問題はない。


 その代表格のカンナギ先生は、第一世代強化人間の開発に関わってた人で、医師免許も持ってて、町医者も兼ねてるおじいちゃん先生だったけど、優しくて良い人だった。

 同じくらいの孫がいるって話で、凄く親身になってくれた。

 

 エスクロン本社のユリへの教育課程としても、少し寄り道する程度だと理解してくれているようで、高校卒業後はお姉さまの通っていたエスクロン社立総合工科大学に行く事に変わりはなかった。

 

 なので、高校卒業までの二年間と少しの間……好きに過ごして構わないと言われているのだけど。


 そこら辺は、キリコ姉が遊んで暮らさせるくらいなら、教え子の一人として、普通の学校生活を送らせる……なんて話になった上に、正式な留学生扱いって事になってしまったので、私はもはや完全に退路を絶たれてしまった。

 

 なんだか、色々政治的なやり取りもあったんじゃないかって気もするけど。


 そんな話聞いてないから、知らない……ユリ、子供なのです。

 

「……そんな訳で、二学期から、このクスノキ・ユリコちゃんが皆の学友として、共に学ぶことになりましたー! 一応、エスクロン社立フランゼス高校からの留学生なんだけど、名字で分かる通り、あたしの妹でもあるの。いじめたりしたら、このあたしが承知しないし、下手したら国際問題になるから、その辺は弁えるようにっ! ユリコ、皆に挨拶っ!」

 

 フランゼス高校の特別通信ぼっち教育課程ってのは、誤魔化してくれたらしい。

 そう言えば、そんな名前の高校だった! 結局、三回しか行ったこと無いから、忘れてたよ。

 

 クラスは……1年2組。

 担任は、案の定キリコ姉だったのです。

 

 ある意味、最悪……思いっきりコネ転入だと言ってるようなもの。

 おまけに、下手すると国際問題になるなんて、脅し文句付き。

 

 エスクロン社国は、企業としても超大手だから、もう誰でも知ってる。


 文字通り、ゆりかごから墓石、はては宇宙戦艦まで、なんでも作ってるような超巨大星間企業。

 

 案の定、クラスメート達の目は、モノすご~く胡散臭いものを見る目になってる。

 

 そもそも、このサクラダ高校……皆、揃って小中高とエスカレーター式で進学してくるような高校で、途中入学ですら、レアな外様扱い。


 ましてや他国からの留学生なんて、これまで全然居なかったようで、もはや異生物以外の何物でもなかった。

 

 なにより、このコロニーではスーパーレアな改造体。

 容姿からして人間離れしちゃってるから、そりゃあもうっ! 動物園の珍獣にでもなった気分だった。

 

 何より、この注目度……皆、こっち見てると思ったら、もう下を向くしか無かった。

 

「え、えっと……その……。わ、私……クスノキ・ユリコ……。自己紹介と言っても……ユリ、何を言えば……良いの……か」


 ……静まり返る教室。

 良く聞こえないね……なんて、ボソボソと話す声が聞こえてくる。

 

 やめて……それ言われたら、もう何も言えなくなる。

 ……もう、いっそこのまま座り込んで、膝でも抱えて縮こまっていたい。


「ごめん、ムチャ振りだったみたいねっ! ご覧の通り、あたしに似ず、大人しい子だから……皆、優しく仲良くしてやってね! 人付き合いが苦手な子だから、愛想は悪いかもだけど、ホントは皆と仲良くしたいって思ってるのよ。言うまでもないと思うけど、見た目がちょっと変わってるからって、それで差別するなんてのは、淑女として許されざる行為よ! 以上、ホームルームは終了っ! あとは、若いもん同士で好きにやれってやつ? あっはっはっ!」


 ……こうして、いきなりベリーハードモードで、ユリの異国の地での高校生ライフが始まったのです。

 

 一応、クラスメートたちはキリコ先生に言われて、色々気遣ってくれたりはしたのだけど。

 ……正直、なんだか住んでる世界が違うのです。


 企業国家たるエスクロンは、全ては社の利益の為に、個は全の為に、という割り切った社会構造になってるのです……。 


 ある種の社会主義国家のようなものと言われるほどで、学校もそんな感じ。

 

 クラスメートも同僚のようなもので、クラスメートだから仲良くするのではなく、業務を円滑に進めるために、お互いの能力を把握の上で、一丸となって効率良く動く機械の歯車のようなものを目指す……その練習台みたいな感じ。

 

 当然、皆、仲良くするなんてのは基本だけど、友情とかと言うよりも、必要だから仲良くする……相互連携のやり方を実地で学ぶと言う……打算的な人間関係の構築の場とされていた。


 まぁ、そんなのでも共に学び、困難を共に解決することで、自然と仲間や友達になれちゃうもんらしいけど。


 なんにせよ、お互いの能力の差異を認めあった上で、相互補完の関係を築く……そこに、差別とかが生まれる余地はない。

 成績も個人よりも、クラスの平均点で評価されるので、文字通り団結力と相互フォローが重要になる。


 駄目な子とかは、排斥されると思われがちだけど、脱落者を出すのは恥とされているので、全員でフォローするって習慣が自然に生まれるんだとか。

 

 ペナルティを課すのではなく、名誉の問題とする……能力の高いもの、家格の高い者こそ、名誉を重んじるべし。

 エスクロン人には、そんな独特の価値観があるので、能力の高い人達は総じて、皆真面目だし、やたらと親切。

  

 まるでロボットや昆虫社会みたいって言われることもあるけど、存外悪くないってのが、エスクロン人の自己評価。


 犯罪率も低いし、いじめとか社会問題も少ない。

 仕事なんかも年中どこも人手不足だから、無職になんてなろうものなら、そんな贅沢は許さんとばかりに、スカウトと称して、かっさらわられるらしい。


 男女間についても、適齢期になると相性のいい者同士が自然に出会えるように仕組まれる、社会レベルでのお見合いシステムみたいなのがあるので、出生率なども銀河平均を大きく上回っている。


 国全体が儲かってるから、賃金も銀河平均を大きく上回ってるし、年間休日平均もお前ら、そんなに休んで大丈夫なのかって言われるくらいやたらと祝祭日が多いから、娯楽や観光産業も充実してる。

 医療の質も極めて高く、皆長生きしてるし、エスクロン国民は年を取って、仕事が出来なくなっても、終生賃金保証がされるので、老後の暮らしに苦労することもない。


 中にいる限り、そんなに不満は出ないってのも、むしろ当たり前。


 今の民主主義を是とする銀河では、全体主義国家と言うのは、ひときわ異様な国体なんだけど、国民は総じて自分達は幸せだと思ってる……エスクロンってのは、そう言う国なのですよ。


 ちなみに、ユリは……強化人間の時点で、能力的に他の子と一緒では合わないって事で、独自カリキュラムの通信制プログラム教育と特別訓練強化カリュキュラムに早々に切り替えられてる。

 

 強化人間は、いわば司令塔やスペシャリストとして各分野で活躍する事が期待されているのだけど、適正に応じて、その教育プログラムは臨機応変に変更されるので、私の場合、スタンドアロン教育の方が効率いいと判断されたようだった。


 特技選抜実習生スペシャルオーダーズ 

 特に能力の高い子ども達は、こんな風に呼ばれ、特別の名誉と義務を背負うことになる。


 ……エリコお姉さまもそうだったように、ユリも社の将来を担うエリート社員となることが期待されているのです。

 

 ユリもこれまで、さしたる不満はなかったのだけど……正直、こんな状況は想定してなかったのですよ。

一応、フォロー。

「万古」ってのは、遠い昔から現在までを意味する言葉です。

永遠、永久なんかと同意。

中国の創世神で「盤古」ってのがいますが、あれとは別モノ。


エスクロンは、日系企業なので、和風文化が大好きですが、やっぱり変な方向に進化してたりもします。

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