異世界
「じゃあな」
会社の近くの飲み屋で同僚や後輩と一杯ひっかけた後、帰宅する方向が違う同僚らと店の前で別れ1人地下鉄の駅に向かう。
地下鉄のホームに続く長い階段を下り、階段の最後の段で私は一度足を止めた。
足を止め一段高い所からホームの中を見渡して一番人が並んでいる列を見つけ、その列を目指して歩を進める。
私は通勤に地下鉄を利用しているがどうしても地下鉄は好きになれない。
何故かと言えば、怖いのだ。
あの真っ暗なトンネルに電車が入って行って、そのまま別な世界に連れて行かれるようで怖い。
だから私は別世界に連れて行かれた時に連れて行かれるのが私1人で無いように、沢山の人が乗っている車両に乗るようにしている。
皆平気な顔で地下鉄に乗っているが怖くないのだろうか?
それとも皆期待しているのだろうか、異世界に連れて行かれる事を。
そう言えば後輩が話していたな、転生や転移を題材にした小説が流行っていると。
ホームの前に地下鉄の車両が滑り込んで来た、私は前の人に続いて乗車する。
車両の中に人はまばら、でも、椅子に座らず扉の脇のパイプにもたれ窓の外と車両の中が見渡せる場所に立つ。
車両の中と外を見渡せる位置にいれば車両の中の乗客が消えても直ぐ気が付けるだろうし、窓の外に見えるトンネルの壁が違う物に変わっても直ぐに分かるだろうから。
万が一異世界に放り込まれた場合を考えて備えはしている。
丈夫な革で出来た上着とジーンズのズボン、上着の下には防弾と防刃を兼ねたチョッキを着込み靴はタクティカルブーツ。
上着の内側の隠しポケットには、金と銀にプラチナのコインが10数枚ずつ入った財布と、それぞれダイヤモンドやルビー等の宝石が詰まった皮袋を幾つか入れてある。
腰のホルスターには、357マグナム弾が6発装填されているリボルバーと予備の弾。
通勤鞄として使っている軍用の大きなリュックサックの中には、数日分の食料と水に着替えの下着類や毛布、それにファーストエイドキッドやナイフなどのサバイバル用品が詰め込まれている。
もっとも会社の上司や同僚には、地震などの災害に備えているのだと言っているのだけど。
自宅マンションの最寄りの駅に到着。
同じ駅で降りた人達に続き階段を上がる。
見慣れた駅だからと言って油断はできない。
地上に出るまでは此処が見知った駅だとは限らないのだから。
改札口を通り抜け長い通路を歩き地上に出る階段を上がる。
地上に出て頭上を見上げ満天の夜空に仲良く並んでいる3つの月を見て、私はようやく緊張を解く。
高校1年の時この異世界に放り込まれて15年、最近ようやくこの世界に慣れ第二の故郷と思えるようになった。
二度と異世界に訳の分からないまま強制的に転移されるなんて事は真っ平御免。
だけど一度あることは二度あるかも知れない、だから私はその時に備えて準備を怠らないようにしているのだ。