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源氏“裏側”物語 もしくはいずれの帝の御時にか光源氏の兄になってしまった不運な公僕の顛末記  作者: 松本紗和子
第一章:桐壺 もしくは主人公の水面下でバタバタする白鳥の足の如き裏側の活躍
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第2話 テレビもラジオも車もないけどなぜかタブレットはある平安時代

◇一宮:四歳  ??:一歳  八月中旬


 そういうわけで、私はこのゴージャス系悪役っぽい顔立ちの美女の息子になった。

 一宮くんはもういない。けど、一宮くんの記憶が飛び飛びとはいえ残っているせいか、この人を母と呼ぶことに抵抗はなかった。

 ()の両親が早世していて、写真や映像でしか顔を知らないせいなのもあるのかもしれない。

 元の世界に戻る方法があるわけでもない、つか多分死んでしまってる身としては、すごくありがたい。

 事情は話せないにしろ、無条件で甘えられる相手がいるんだから。


 さて、そんな親子の感動の再会から、数時間後の朝のこと。

 仄明るい光が差し込む中、私は目を覚ました。

 

 え、もう朝なのかって?朝だよ。後でわかったけど、私が生き返ったのは夜中だったらしい。

 平安時代だからロクな照明設備がない。ゆえに、几帳の外で何をどうしてるのかなんて聞こえてくる音か声でしか判断できない。

 そして何より、この体は数え4歳満3歳(ちゃんちゃい)の幼児だ。生き返ったはいいが、体感15分ぐらいしたらもう眠くなって、母上に抱っこされたまま寝てしまった。

 そういうわけで、あの後何がどうなってどういうことしてどう解決までもってっいったのかは、知らん。


 さて、私は平安風天蓋付ベッドこと御帳台に眠っていたらしい。なんだか女物っぽい、薄い大袿と呼ばれる着物を、掛布団としてかけられている。

 周囲からはエキゾチックな香りがふんわりと漂っている。

 平安人の皆さまはいいかもしれんが、現代人の私にとってはなんだか線香チックな香りなので、どうも仏間にいる気分になってしまう。

 あと、枕。多分これ、木に布巻いたやつなんだろうけど、すごい硬くて痛い。なんで昔の人は、こんな硬い枕で寝られるんだ。 

 いや、いいんだ、そんなことはどうでもいい。

 私はごろりと寝返りをうつと、横向きになった。なんだかんだ言って、昔からこれが一番寝やすい。

 平安時代への転生、しかも女から男への性転換。逆よりは抵抗が少ないのかもしれないけど……それにしても、一宮。一の皇子(みや)

 要するに、天皇の第一皇子をさす敬称である。

 んで、一宮くんの記憶によると、父は今上の帝。名はあつさだ(漢字不明)というらしい。一宮くんの記憶の中では……いかん、飛び飛びだし、なんせ満三歳児だ、あてにならん。顔しか思い出せん。

 母は右大臣の娘で、大輪の薔薇のごときゴージャス系美女じゅうさんみこきでんのにょうごふじわらのよしこ。

 じゅうさんみこきでんのにょうご。

 さあ漢字に直してみよう。どうなるかな?こうなる。


 従三位弘徽殿女御。


 で、弘徽殿女御だが、内裏にある後宮の殿舎のうち、弘徽殿を賜った女御、という意味だ。

 弘徽殿は清涼殿の北、登華殿の南にあり、後宮で最も格の高い殿舎とされている。そのため、皇后・中宮・女御などの有力な妃が居住した。

 歴史上でも、醍醐天皇の皇后、藤原穏子(やすこ)(関白藤原基経女)や、村上天皇の女御、藤原述子(のぶこ)(左大臣藤原実頼女)らが賜っている。

 一応、ふじわらのよしこさんという弘徽殿女御もいる。一条天皇女御、藤原義子(よしこ)だ。

 けど、一条天皇の名前は懐仁(やすひと)であって“あつさだ”ではない。そもそも、この時代―衣装から見て平安時代の摂関期あたりだろうが、この時代にあつさだという帝はいないはずだ。おそらく、歴代天皇の中にもいないだろう。

 記憶の中の父帝の顔にも、見覚えがない……いや、写真がないから見覚えがないのも当たり前か、何言ってんだ私。

 あと、化粧も違う。

 平安時代の女性の化粧は、皆もよーく知っている通り、顔をおしろいで白く塗って、お歯黒し、眉を全部抜いて引眉(いわゆるマロ眉)を描き、口に紅を塗る、ってもんだ。

 けど、昨日の母の化粧を見ると、白粉はしてるけどかなりの薄化粧で、眉も抜いてなくて自然な形だし、お歯黒もしてない。現代の芸妓さんの化粧に近い感じなわけ。

 ほかにも、話言葉が思いっきり現代風とか、細かい差異がある。

 とはいえ、そういう“パッと見”以外の部分は史実の平安時代に準拠しているのかな?多分。

 というわけで推測だけど、この世界は平安時代そのものではなく、平安時代日本に酷似した平安風異世界の可能性が高い。

 まあ、この世界が史実の平安時代だろうが、「お平安風異世界」だろうが、どっちでもいい。日本語が通じて読み書きの心配がないってだけマシってもんだ。

 問題は、一宮くんの記憶曰くあつさだ帝の妃の中でも一番皇后に近いのがこのよしこさんらしいってことだ。

 第一皇子で、母方の祖父は右大臣で有力者。


 と、いうことは。


 やべェ、役満だ。私皇太子候補の可能性があるぞ。顔からさあっと血の気が引いた気がした。

 ド田舎のお役所で、主事とは名ばかりの便利な使いパシリしてた私が皇子様、ひょっとしたら未来の帝かい。

 うわあ、いやだなァ……。この世界の設定(?)にもよるけど、摂関期の帝なんて、外戚に権力握られて実権皆無ってこともあるしな。

 それに、権力闘争とか外戚があーたらこーたらとか呪詛がどーのこーのとか、あるんだろうなあ……。


 ……。


 いや、うん。

 悩んでも仕方ない。だってぼく、まだよんさいだもん。

 お飾り万歳。大体、日本の天皇なんて権力から離れていた時代がほとんどだったんだ。ある意味、立憲君主制を先取りしてるって思えばいいさ。

 いざとなったら右大臣のジーちゃんを関白にでもして、楽しよう。帝なんだし、御霊信仰まっさかりの平安時代だし、ちょっとなんかやらかしても死ぬこたないだろうし。

 平安異世界を満喫しよう。私はもともと楽観主義なんだ。なあに、同じ日本っぽいし、読み書きができりゃどうにかなるさ。

 よっしゃ、起きよう。いい加減、外の様子も知りたいし。

 私は御帳台の(とばり)を開けて、そっと顔を出した。

 すでに日はそれなりに上っており、女しかいないためか、格子も御簾も挙げられている。

 真正面に大きな池があり、左右に微かに渡り廊下が見えていることなどから考えると、ここが平安時代の建築様式、寝殿造りの正殿、寝殿だとわかる。

 寝殿というのは、家屋の中で最も格の高い場所だと思ってくれていい。普通なら主人がここに住むんだけど、この家の中で一番身分が高いのは皇族である私なので、主人―多分右大臣はどこか適当な対屋あたりに住んでいるんだろう。

 私はよく周りを見渡そうと身を乗り出した。したら、すぐそこに母上がいた。


「おお、一宮」


 母上は白い顔をぱっとほころばせると、私の傍ににじり寄ってきた。

 


「おお一宮。起きたかや。気分はどうじゃ?痛くないか?」

「おはようございます。気分は良いです、母上」


 そう答えると、私の頬を撫で、体に触れた。言葉通り元気であることを確認した母は、ほっとした様子で私の顔にかかった髪をよけてくれた。


「そうか、よかった。しかしそなたは病み上がり、何かあったらすぐに知らせるのじゃぞ」

「はい」

「良き子じゃ。さ、お腹が空いたじゃろう。すぐに汁粥でも用意させるゆえ。たんと食べるがよい」


 そう言って、母上は嬉しそうに笑うと、女房達を呼びつけた。


 朝食後、体を拭いて清めてもらい、医者の診察を受けた。

 白髪頭の年老いた医師は私の脈を計り、顔や体の状態を見ると、不思議そうに首をひねった。


「不思議でございます。一宮様はホウソウにかかられたはず……全身に痘痕(あばた)があったはずなのですが、消えております。どういうことでございましょうか」

「ホウソウ?アバタ?」


 私が首をかしげると、医者がいるために几帳の向こうに隠れている母上が答えてくれた。


「そなたは、ホウソウという病にかかっておったのじゃ。10日前に倒れ、昨日の夕刻に身罷ったのじゃ」


 包装、放送、疱瘡。げェッ、天然痘か!

 天然痘は、天然痘ウイルスを病原体とする感染症だ。

 罹患すると高熱とともに全身、さらには呼吸器・消化器に膿疱が発生。

 それによって呼吸困難等を併発し、最悪の場合は死に至る。致死率は20~50%程度と、非常に高い。

 しかも、天然痘ウイルスの感染率は非常に高く、患者の皮膚から落ちたかさぶたでも、1年以上は感染させる力を持続する。

 そのため、バイオセーフティーレベルは最高の4である。

 日本では、大陸との交流が活発になった6世紀半ばごろに最初のエピデミックが見られたと考えられ、それ以降幾度も流行した。

 平安時代にも流行が発生し、特に995年の大流行では、中納言以上の上達部の半数以上が死亡。藤原道長が権力を握るきっかけになったと言われている。

 有名どころでは伊達政宗なんかもかかっているね。

 なお、天然痘は18世紀末にエドワード・ジェンナーによって開発された種痘法の普及により罹患者は激減。1977年を最後に自然感染の患者は報告されておらず、1980年にはWHOによって撲滅宣言が出されている。


「わらわも父上―右大臣も、そして主上(おかみ)もあらゆる寺社で家事や祈祷をさせた。医師を呼び、あらゆる薬を取り寄せた」


 そりゃそうだろう。加持や祈祷で天然痘が治るわけない。薬だって薬草中心だ、気休めにすぎない。医学が格段に発達した21世紀でも、天然痘の特効薬は開発されておらず、対処療法が中心となるのだ。

 今の時代、天然痘にかかったら、治るかどうかは運と患者の体力次第ってとこだろうな。


「しかし、まったく効果がなかった。わらわはそなたが弱っていくのを見ているしかできなかった」


 母上は袖でそっと目元をぬぐった。


「じゃが、昨夜夜半、そなたは動き出した」

「動き始めた……」

「そうじゃ……何かを探るように、手を伸ばしておった」


 あー、あの時か。感覚が戻りかけてる最中のことだな。


「最初は物の怪でもついたのかと思ったが……よく見ると、なんと驚いたことに、息をしておったのじゃ。しかも、顔の(くさ)もきれいに消えておった」

「瘡?」


 顔に触れてみると、(くさ)、つまりできものらしきものは何もない。天然痘は治っても膿疱のあとが()()()として残ってしまうんだが、そのような感触もない。とぅるんとした、子供の綺麗な肌があるだけだ。

 なんだこりゃ、転生蘇生特典とか?それとも思ったより軽かった?でも、お医者さんが“体中に痘痕があった”って言ってたもんな。やっぱ転生特典かしら。

 

「ゆえに、わらわはそなたが蘇ったと確信し、手を握り名を呼んだのじゃ。そうしたら……そなたは……」


 その時のことを思い出したのか、母はうっと言葉を詰まらせ、また泣き始めた。

 えーと、えーと、何か言わな。


「母上の声が聞こえたから……目をあけることができました」

「一宮……ッ!」


 嘘は言ってない。目をあけることができるようになったのは、母の声が聞こえるようになってからだもん。

 だから、嘘は言ってない。大事な事なので2回言った。

 女房達も泣いた。医者も泣いてた。御簾の向こうにちらっと見えた端女(はしため)も泣いてた。もう泣きすぎ。やめて。一宮くんじゃあない私としてはめっちゃいたたまれない。


「母君の深い愛情が御仏に通じたのでございましょう」

「まことに……お手ずから看病しておられましたもの」


 控えている女房達―私に仕える二人の乳母(めのと)中務(なかつかさ)兵衛(ひょうえ)が、感激してすすり泣いていた。

 ううッ、心が罪悪感でキリキリする。ごめんね、一宮くん……。つか母上、手ずから看病って、帝のお妃様が無茶なことするんじゃあないよ。

 よくうつらなかったわ。いや、まだ潜伏期間があるからわからんか。と思ったら母上が嗚咽交じりの声でこう言った。


「わらわも入内の前に疱瘡にかかったが……そなたはまだ四つの幼子。さぞ苦しかったであろう。しかし、よう耐えて戻ってきてくれた」


 あ、そうなの?

 天然痘は強い免疫性を持っており、一般的に一度かかると二度とかからないとされている。(ごくまれにかかることはあるらしいが)

 だから、母上がもうかかることはない。よかった。自分の病気のせいで母上がお亡くなり、なんてことになったら、私も嫌だし亡き一宮くんも浮かばれないわ。

 と、心の中でほっと息を吐いていると、中務と兵衛が気になることを言い出した(後から聞いたが、この二人も天然痘経験者だった)。


「10日ほど前にお倒れになった時はどうなるかと思いましたが……」

「ええ……しかし、なぜ一宮様だけが急に疱瘡に?今年はまだ、都で疱瘡にかかった者が出たとは聞いていませんのに」


 うーん……まあでも、天然痘って感染力が強いんだよね。

 前も言ったように、患者の皮膚から落ちて一年たったかさぶたであっても、感染源となりうる。

 フレンチ・インディアン戦争やポンティアック戦争なんかじゃ、天然痘患者が使用して汚染された毛布を先住民に送って発病させた、なんていう逸話があるぐらいだ。

 だから、私が何らかの拍子にその辺に落ちてたかさぶたに触っちゃって今年の感染第一号、ってことはあるわけだが……。

 それとも、誰かが一宮くんをわざと天然痘にかからせた?できない訳じゃないからなぁ。

 いや、まさか……ね。


 さて、診察を終えたお医者さんは、首をかしげつつも「まったくの健康体。疱瘡にかかったなんて信じられない。ですが念のため、7日ほどは床上げ禁止。ひと月ほどは外出禁止」との診断を下し、母上からたんまり禄(ご褒美みたいなもん)をもらって帰って行った。

 と、いうわけで、私は御帳台の中に逆戻りである。

 そばには母上がいて、寝そべっている私をニコニコ笑顔で見守り、時々目尻のあたりを袖で押さえている、

 泣いてるのかな。母上意外と泣き虫で感極まりやすいタイプなのかな?それとも、この時代の人は泣きやすいのかね。

 それにしても、私は本当に平安時代(っぽい世界)に来てしまったんだな……。こんなザ・平安時代の調度、ドラマか映画か京都の博物館でしか見たことないもん。ちょっと感動してる。

 青々とした御簾の向こうの景色、十二単姿(ホントは正しくない言い方なんだけど)の女房達、艶やかな漆塗りの脇息、ほのかに明かりを通す几帳、私のすぐそばに無造作に置かれたタブレット……。


タブレット!?


「ぶえッ!」


 いかん、あんまりにもミスマッチなもん見つけたんで変な声出たわ! 

 某国内有名メーカーが販売している10インチのタブレット。カバーはなし。何故なら紅茶をぶっかけて汚ししたから。

 中身は多分、電子書籍とちょっと見せられない画像、学生時代から今現在までの××年間、ちまちまと集めてPDF化した資料だろう。

 そして待ち受け画面では、現在8部まで連載中の某ご長寿少年漫画の3部主人公が、堂々と仁王立ちしているはずである。

 何でわかるのかって?

 それはね。このタブレットが私のやつだからだよ!死の間際、あの図書館でもいじってましたわ!

 チョー場違いだぞお前!なんでいるの!

 500年前が舞台の時代劇に映っちゃったカセットコンロ並みに場違いだわ。なんで「え、だって私あなたのだもん。いるのは当たり前でしょ?」みたいな顔してそこにいるのよ。


「一宮?どうしたのじゃ」


 いかん、母上がこっち見た。タブレットは私のすぐ横にある。これは完全に視界に入ってしまって……視界に……あれ?


「お、お水が欲しいな、と思って」

「おお、そうか。これ」

「はい、女御様」


 もしかして、見えてない?

 私は水の椀をうけとりつつ、こっそりタブレットを持って目の前でひらひらさせた。けど、母上は気づいていない。ただ手を振ってるようにしか見えないらしく、こぼしたのか?とかのん気に聞いてくる。

 え、これどうなってんの?私にしか見えないチートアイテム?あれ、生まれ変わる前に神様にあった覚えはないんだけど……。そもそも電源入るの?ネット繋がるの?

 と思ったら、ぱっと電源が入り、勝手にG社のウェブブラウザが起動しやがった。うわあ、ワード“平安時代”で検索……勝手に入力されて……できちゃったよ。

 どうやら、思考で操作できるタイプのタブレットらしい。しかもなぜか、現代世界のインターネットにつながっている。あ、アプリも使えるし、動画サイトにも行けるわ。げ、私のアカウントばっちり残ってる。

 ……つか邪魔だな、出し入れできないかな、って思ったら、思うだけで消したり出したりできるし、なにこれェ。


 ……。


 …………。


 ………………。


 “平安時代”、“転生”、“理由”で検索、と。


 “平安時代の美人ブスすぎワロスwwwww”

 “お前らタイムトリップするなら何時代がいい?”

 “国風文化についてのまとめ なぜひらがなとカタカナが生まれたのか”



 ……出るわけないよな。

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