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源氏“裏側”物語 もしくはいずれの帝の御時にか光源氏の兄になってしまった不運な公僕の顛末記  作者: 松本紗和子
第一章:桐壺 もしくは主人公の水面下でバタバタする白鳥の足の如き裏側の活躍
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第16話 ホラーゲームに出てくるドキュメントみたいなやつ

◇一宮:五歳  二宮(後の光源氏):二歳  二月上旬

内裏 弘徽殿―麗景殿間通路


 URLとは、ネットにつながらなければただのアルファベットと数字の羅列にすぎない。それだけあってもあんまり意味がない。

 つまり、このURLは、誰かが、ネットが繋がる可能性がある道具を持っている者のために残した()()()ということになる。

 平安時代の人間が、ネットやPDFやURLなんて知ってるわけではない。

 私たちのような、転生者ではない限りは。

 つまり、これは転生者が、転生者のために残したメッセージなのだ。


「じゃ、私がやるわ」

「頼む」


 そういうわけで、ネットにつながる私のタブレットを使って読み取りすることになった。

 えーっと、ピントを合わせて……私これちょっと苦手なんだよな、何でだかわからないけど……。

 ぴろん、という電子音がして、無事コードを読み取ったみたいだった。

 よしよし、じゃあさっそくタップ、と……。

 しばらくの後、画面が変わった。

 そこに現れたのは、白い背景に黒字、明朝体の色気もへったくれもない、官報のようなPDF文書であった。



 単刀直入に言う。

 私のこちらでの名は源良清(みなもとのよしきよ)。転生者だ。

 私は、21世紀のとある事故で死に、この世界に転生した。

 そして、あなたがこの文書を読むころには、もう脱出しているだろう。

 私があなたに伝えたいことは、二つある。

 まず、あなたはこの世界から脱出しなければならないということ。

 もう一つは、この世界から脱出する方法は二つあるということだ。

 先人曰く、この世界は、源氏物語の世界だ。

 そして何故かはわからないが、死者を引き込み、物語の登場人物に転生させ、役割を“演じ”させるようになった。

 転生させられた人物は、死を迎えるたびに何度も何度もこの閉じた世界のままで生まれ変わり、再び同じ役目を演じさせられる。

 そして、いつしか己が転生者であったことも忘れ、完全に登場人物の一人となってしまうのだ。

 先人の経験から言うと、個人差もあるようだが、だいたい3~6回ほど“内部での転生”を繰り返すと、自身の前世の記憶を無くしてしまうようだ。

 それを防ぐには、先人曰く“穴をあける”ことだ。

 物語のシナリオからかけ離れた行動をとり、物語に“穴”をあける。すると、この世界から脱出し、蘇生することができるようだ。

 現に、私の目の前には“穴”があり、病院のベッドに横たわる私自身の姿と、寄り添う妻子の姿が見えている。 

 先人曰く、この世界は少々おかしな部分や矛盾した部分があるが、その“穴”の影響らしい。

 私は、源氏の配下にならなかったこと、明石の御方を仲介しなかったことなどで“穴”を開けることができた。

 先に脱出した先人曰く、この世界にさらに強い影響を与えることができれば、世界そのものを破壊して転生者たちを解放することができるのではないかと言っていたが……私には無理だった。

 私自身に知識や能力がなかったのもあるし、そもそも源良清という存在はチョイ役なのだ。正直、いてもいなくても影響がない。

 長々と書いたが、そろそろ時間だ。

 この世界から去ろうと思う。

 私は家族が恋しい、妻子に会いたい。たとえ数分後には死んでしまう命だとしても、妻子と言葉を交わしたい。

 これを読んだあなたも、元の世界に戻りたいならば諦めないでほしい。

 気をしっかりもてば、記憶が薄れることを遅らせることができるはずだ。

 先人と、そして私と。少なくとも、二人の脱出者がいるのだから。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆  



 弘徽殿に戻った私たちは、転生者良清氏が遺した記録を何度も見返していた。

 源良清。

 源氏物語の登場人物の中で、本名がわかる数少ない人物だ。

 乳母子藤原惟光どうよう源氏の従者で、須磨行にも同行しているところから、かなり近しい人物であるとわかる。


「……」

「……」


 えーと、つまり、もしかしたら21世紀事故にあった私たちは死んでないかも知れないってこと?

 で、この世界は私たちみたいな死にかけを引きずり込んで登場人物の一人として役割を演じさせると。


「というか、俺も登場人物なの?ただのモブじゃないの?」


 あ、そこから?

 でも、確かに右大臣家でメジャーなのって、右大臣(お爺)弘徽殿女御(母上)か、朧月夜……あとは、頭中将の嫁くらいか。

 右大臣の孫、右大臣の孫……。えーっと、えーっと……あっ。


頭弁(とうのべん)っていうのがいる」

「とうのべん?」


 源氏23歳の秋から25歳の夏までを描いた章、“賢木(さかき)”にちらっと登場する人物だ。


「名前じゃなくて役職名だけどね。弁官と蔵人頭(くろうどのとう)っていう官職を兼任してる人のことで、皇太后(母上)の兄君の藤大納言(とうのだいなごん)の子って出てるから、千寿が成長した姿ととることもできる」

「へえ……」


 千寿の父、春継は、母上の兄にあたる。母上の兄は春継だけなので、多分当たってると思う。


「で、俺はどんなことするんだ?」

「えっとね……」


 どーだったっけな。

 たしか、そうだあれだ。史記の一節だ。


「桐壺帝が死んで兄貴の朱雀帝が即位して、その後ろ盾である右大臣一族から冷遇されていた源氏に」

「うんうん」

白虹貫日はっこうひをつらぬけり 太子畏之(たいしおぢたり)ってイヤミ言う人」

「……それ、イヤミなのか?」


 現代人からすればそうだな。

 この逸話は、史記の巻83、鄒陽列伝の一節“昔者荊軻慕燕丹之義、白虹貫日、太子畏之”という故事を元にしている。

 中国戦国時代末期、燕という国の太子である丹は、始皇帝の暗殺を試み、荊軻(けいか)という人物を刺客として始皇帝の元に送り込んだ。

 その時、丹は白色の虹が太陽を貫くという現象が起こった。それを目撃した丹は、暗殺が失敗したことを悟った、という故事だ。


「で、それを踏まえ、“もし源氏が朱雀帝を廃して春宮を即位させようと画策していても、そんなものは成功しないぞ”って嫌味を言った、ってこと」

「うわぁ……」

「だから千寿くん、君私が即位したら、折を見てイヤミ言わなきゃダメだよ」

「いやだよ」


 紫式部の教養の高さをうかがわせるエピソードだろう。

 千寿がすごく嫌そうな顔をした。

 とはいえ、頭弁の気持ちもわからないことはない。

 源氏は桐壺帝に偏愛され、それこそイケイケ状態だった。一方、朱雀帝は源氏にコケにされまくっていたし(朧月夜事件参照)、右大臣一家も権勢はあったが娘弘徽殿女御は春宮を産んだにもかかわらず中宮になれず、格下の桐壺とぽっと出の藤壺に敗北することになってしまった。


「ちなみに、その“春宮”ってのが後の冷泉帝。源氏と桐壷帝の妃、藤壺中宮の不義の子」

「もっとうわぁ」


 千寿はもっと嫌そうな顔をした。

 ちなみに源氏が須磨から帰った後、朱雀帝は譲位し、冷泉帝が即位する。

 そして、自分の実父が源氏であると知った冷泉帝は、源氏の養女で六条御息所の娘を中宮(正妻)とし(秋好中宮)、源氏に太上天皇に准ずる待遇を与えるなど、許される限りの栄誉を与える。

 この時、源氏の栄華は頂点に達することになるのだ。

 それはいいんだが、この閉じた世界の“登場人物”として連れてこられた者は、脱出しない限り何度も同じ人物として生まれ変わる。

 そして、転生者だという記憶すら忘れてしまい、完全に登場人物の一人になる……と。

 

「……多分、完全に前世持ちっていう記憶が無くなった時が、21世紀での肉体が死ぬときなんだろうな」


 千寿が言った。

 多分、そうなんだろうな。

 おかしいと思ったんだ、この世界。

 話し言葉が現代風だったり、化粧が違ったり、女たちが気軽に御簾の外に出ていたり。

 それもこれも、脱出した現代人が“穴”をあけた影響だったって訳だ。

 ため息が出た。



「……戻れるのか」

「千寿?」


 文書を眺めていた千寿が、ポツリとつぶやいた。


「俺は、戻りたい」

「……」

「何年かかっても」


 そうだろうな。

 私だってそうだ。戻りたい。

 畳じゃなくて、布団で寝たい。

 味も素っ気も出汁もない食事じゃなくて、21世紀の味の濃い、お出汁のきいた食事が欲しい。

 広くても通気性がよすぎる邸宅じゃなくて、狭くてもいいから自分のアパートに戻りたい。 

 祖父母や弟夫婦や、甥や姪に会いたい。


「私も、戻りたい」


 けど、弘徽殿女御(母上)を見捨てることもできない。

 たとえ母上が転生者であっても、記憶がないのであれば肉体はもう死んでいるはずだ。

 けれど、私が脱出したとしても、この世界はまた他の死にかけを引きずり込むだろう。

 完膚なきまでに破壊されるまで。

 

「……宮様」

「うん……」


 千寿が気遣うような顔で私を見た。

 どうすればいいのか、破壊すべきか、自分たちだけで脱出すべきか……。

 幸い、私は朱雀帝だ。

 チョイ役だが、その行動の影響力はデカい。

 破壊しようと思えば、多分、できる。


「……」


 いや、破壊すべきだろう。

 脱出できても、また同じように死にかけた時に同じ目にあわないとも限らない。

 私たちの親戚や子供や、身近な人が同じ目にあうなんて、考えたくない。

 母上とは会えなくなってしまうかもしれない。けど、この閉じた世界で何度も同じことを繰り返すよりはよほどいい。

 少なくとも、先には進める。私のエゴかもしれないけどね。

 解放すべきだ。

 破壊すべきだ。

 私にはその知識がある。道具もある。


「できれば」

「うん」

「破壊したいんだけど」

「……」


 私がそう言うと、千寿はくネコ目を見開いた。

 そして、少し考え、ふっと息を吐く。


「勝算はあるのか?」

「ある」


 千寿再び私をじっと見た。私も、千寿を見返す。


「……本気か?」

「割と」


 言いたいことわかるよ。

 大それたことしようとしてるな、とかそう思ってるんでしょ?

 でもさ、もちろん。


「もちろん、無理なら脱出に方向を変える。私は帰りたい。千寿も帰したい」

「宮様」


 千寿がほっと息を吐いた。

 わかってるよ、ベストは尽くす。でも、無理ならベターで我慢する。


「それに、破壊するにしろ脱出するにしろ、やることは同じだよ」

「源氏の野郎をブチのめす」

「うん」


 私はパン、と手のひらと拳を打ち付けた。

 元々悲惨生活の回避を狙って行動していたけど、新しい目標ができた。

 源氏の野郎をブチのめして、元の世界に帰る。

 千寿も一緒にね。


「できれば他の転生者にも協力してもらえたらいいんだけど……」

「うーん……でも、“あなたも転生者ですか”って聞くの、割と勇気いると思うぜ」

「スマホがあるだろ」


 千寿があっ、と声をあげた。

 そうだね千寿くん、君が転生者だってバレたのも、不用意にスマホを取り出したせいだもんね。

 スマホもってそのへんぶらぶらしてたら、それに気づいた転生者側から接触してくる可能性はある。

 ただなー。一つ問題があるんだよな。


「転生者を探すなら、できるだけ子供のうちにやっておきたい。けど、子どものうちは自由に動けないというジレンマ」

「あー……大人になると、女の人たちと直接顔合わせることができなくなるもんなー」


 みなさんご存知のように、ここは平安時代。

 いくらなんちゃって平安時代とはいえ、成人した親兄弟でもない男女が顔を合わせるということは、まずない。

 平安時代の恋愛は、お互いの顔を知らぬうちに始まる。そして、顔を合わせるとしたら、それこそ()()()()()()()ときとなる。

 源氏物語の中で夕霧(源氏の息子)が紫の上(源氏の妻)の顔を見たり、柏木(頭中将の息子)が女三宮(朱雀帝の娘)の顔を見てすごい衝撃を受けていたりするのは、そのためだ。

 夕霧君ら平安男子にとっては、女の子の顔を見る、ということは、女の子の全裸見たぐらいの衝撃だったのだ。

 さて、長くなったが、そういうわけで成長してしまうと女の人とは接触できなくなってしまう。だから子供のうちに……と思っていたのだけどな。


「難しいな……俺たち二人だけでやることを考えたほうがいいのかもしれない」

「そうだね」


 そもそも戦力と考えない方がいいのかもね。

 千寿が腕を組んだ。 


「それで、どうやってぶっ壊す?物語からかけ離れた行動をとればいいんだろ?」

「んー」


 正直、私がいればどうにかなると思う。

 内姓云々もそうだけど、私は気弱で温厚、優美で風雅を好む朱雀帝とは似ても似つかない性格の人間だ。

 気はかなり強いほうだし、温厚とは程遠い執念深くやられたら何十倍にでもしてやり返すタイプだ。優美どころかガサツだし、風雅よりも実利的でシンプルなものが好きだ。

 朧月夜を寝取られたのが私だったら、多分源氏の源氏は切り落とされてるだろう。そのほうがよかったかもしれんけど。

 だから、原典通りの展開になるはずがない。もともとそのつもりでもあったし。

 けど、そうだな。念には念を入れるなら……。


「東国武士の力を借りて、桐壺帝に反旗でも翻す?」

「それはちょっとやりすぎだろ」


 そうかな?



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