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源氏“裏側”物語 もしくはいずれの帝の御時にか光源氏の兄になってしまった不運な公僕の顛末記  作者: 松本紗和子
第一章:桐壺 もしくは主人公の水面下でバタバタする白鳥の足の如き裏側の活躍
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第14話 ぶしをみつけた なかまにしますか →はい いいえ

◇一宮:四歳  二宮(後の光源氏):一歳  十月上旬

二条烏丸殿 東中門廊


「なッ……一宮様!?」

「一宮様だと……!」


 この紋所が目に入らぬか!気分は黄門様である。

 直衣イケメンこと成昌叔父たちが、泡を食ったように平伏した。後ろで蹲っていたワイルド系偉丈夫も、ハトが豆鉄砲食らったみたいな顔でこっちを見てる。

 そうだよね。まさか皇族が出てくるなんて思わんよな。


「頭が高いっていう前に低くなっちゃったな」


 千寿くんがボソっと呟いた。やめなさい、大事な場面なんだから。吹き出すところだったわ。

 といったところで、兵衛が追いついてきた。


「一宮様!千寿君!……まあ、どうなさったのです!」

「兵衛」


 兵衛は慌てて檜扇で顔を隠し、私と土下座してる一同を交互に見てる。私は幼稚園児の如く、兵衛先生に事の次第をチクッた。


「この人たち、あの人を蹴ってたんだ!」

「なんですって!あ、藤侍従様……」


 成昌君、侍従なんか。

 あー、兵衛戸惑ってる。

 そうだよな、いくら第一皇子の乳母とはいえ、相手は右大臣の令息だもんな。どうしたらいいか困るよね。兵衛的には、早くここから私たちを連れ出したいんだろうな。

 でも、私は聞いちゃう。


「ねえ、何でこの人を蹴ってたの?」


 イケメン成昌君はすっげー嫌そうな顔をした。

 答えたくないのかな?それとも、答えにくいのかな?それともその両方かね。

 じーっと瞬きもせず見つめてやると、渋々答えた。


「……我が命に従わぬからです」

「従わなかった?」


 命令に従わなかった?はーん……。

 従いにくい命令を下したか、よっぽどプライドを踏みにじるようなな命令をしたかかな。何、おしり(・・・)合いになりましょう(強制)とでも言ったの?

 お爺の恥になるとかどうとか言ってたな。そういえば思い出したけど、平安時代の貴公子って、意外と素行悪いんだよね。

 関白の孫が一条天皇が臨席している相撲観戦の最中に、蔵人と取っ組み合いのケンカをしたり。関白の息子が自分の従者を殴り殺したり、帝の皇子が受領を拉致して袋叩きにさせたり……。

 もしかして、そのパターンじゃねーだろうな。

 私は眼を細めて詰問した。


「どんな命令をしたの」

「……」


 成昌はふいっと顔を背けた。

 おい、イケメン。いくら権力者の息子だからっつって、皇族にそんな態度取っていいんか。それとも、プイってしなきゃならんほどとんでもない命令したんか?

 こっちに聞いてみるか。私は豆鉄砲食らいっぱなしのワイルド系の前に異動した。

 したら、ワイルド系は急いで姿勢を正して平伏した。


「ねえ、名前は?」

「一宮様、その者は……」


 イケメンが私を止めようとするが、私は手でそれを制した。

 お前が黙秘するならこっちに聞くまでだ。

 ……あれ、頭下げたまま答えない。どうしたのかな?すると、兵衛が恐る恐ると言った様子でやってきた。


「その者は官位がございませんので、一宮様とお話しすることができないのです」

「そうなの?」


 あー、あれか。身分云々で取次しなきゃならんのか。面倒くせーな。

 うーん、どうしよ。千寿と顔を見合わせる。したら、千寿が何かに気づいたみたいだった。


「宮様、ほら、“直答を許す”って、言えばいいんじゃない?」

「あ、そっか」


 時代劇でよく見るアレか。よし、やってみよ。ちょっとドキドキする。


「えーっと、そこの……髭の人」

「ぶッ」


 千寿が吹き出した。兵衛もイケメンも、ちょっと笑ってる。

 仕方ないじゃん!そなたとかお前とか言うのは抵抗あるし、君って感じでもないし、名前もわからないし!おい髭の人、お前もちょっと笑ってんじゃねーよ!


「直答を許す。名前は?」

「鎮守府将軍平義持(たいらのよしもち)の子、平忠克(ただかつ)と申します。この二条烏丸殿で、宿衛の任についております」


 宿衛、ってことは、要するに警備員さんだな。

 しかし鎮守府将軍の息子か。鎮守府将軍は陸奥国(むつのくに)胆沢城(いさわじょう)(岩手県奥州市)に置かれた蝦夷対策の基地、鎮守府のトップであり、軍団長だ。けど、時代が下り、中央が国軍というものを持たなくなったため、有名無実の存在となっていた。

 しかし、軍が無くなると地方の治安が乱れてしまう。そこで、地方の私的武装集団のトップを鎮守府将軍に任ずることで、問題を解決していた。

 と、いうことで長々と解説したが、つまり髭の人平忠克氏は、後に武士を産むことになる地方の武装集団の有力者の一人なわけだ。


「それで、何があったの?」

「……それは」


 髭のイケメン、忠克氏はちらりとイケメンを見た。

 答えちゃって後から報復されても嫌だよね。報復しそうだしなーこのイケメン。


「大丈夫だよ。このことはお爺にも報告して……お前に害が及ばぬようにすると約束する」

「一宮様ッ!そのような……」


 イケメンが青い顔で叫んだ。

 いまさら遅いぞイケメン。最初から正直に言ってりゃこの場限りのことにしてやることもできたのに、それをしねーからだ。


「喋っていいとは言ってないよ、藤侍従」


 私が軽く睨み付けると、イケメンはすごい顔で私を睨んだ。

 おいおい、どんだけゴーマンなんだよお前。ガキだからって睨むなよ。

 すると、おずおず、といった様子で忠克氏が話し始めた。


「実は、藤侍従様が……」


 話によると、こういうことらしい。

 まず、藤原何某(なにがし)という中級貴族がいた。

 その何某さんが、とある貴族大江何とかさんという貴族の未亡人に求婚していたが、中々首を縦を振ってもらえなかった。要するにフラれていた。

 で、業を煮やした何某さんは、この未亡人さん宅を訪れ、無理矢理我がものにしようとした―つまり、強姦しようとしたわけだ。

 しかしその時、たまたま未亡人である姉の家を訪れていた僧侶の弟が、体を張って姉を守った。何でも取っ組み合いになったらしい。

 こうなってはたまらない。何某はいったん引き、権勢高き右大臣家の子弟の一人、自分が取り巻きとして付き従っていた侍従藤原成昌どのに強姦の加勢を頼んだ。

 で、イケメン成昌くんはそれを了承し、武芸に長けた忠克氏とその他何人かを加勢に向かわせようとした、と。

 しかしながら、忠克氏は“それはだめです。やめましょう”と逆らった。当たり前だ。

 面子は立たぬが腹が立ったイケメン成昌は、自分の従者に命じて忠克氏に暴力を振るっていた、と。こういうわけである。


「……馬鹿じゃないの?」


 思わず素が出た。でも、千寿も兵衛も忠克氏もそう思ってたんだろうね。何にも言わない。

 馬鹿じゃないの?て思っただろうね、皆。でも、史実でもこういうことはあったんだなー。かの有名な藤原道長の息子、藤原能信(よしのぶ)が、似たような事件を起こしている。しかも二回。

 ため息が出たわ。

 第一皇子を擁する重臣の息子がこんなスキャンダル起こして、不利になるとは思わないのかね。これだからボンボンは!

 未遂で済んでよかった。

 大江何とかさんの未亡人ということは、大学助大江頼臣先生の同族だ。ということは、先生を通して何かできるかもしれないな。

 とにかく、ここを収めないと。


「……このことは、お爺に報告させてもらう」

「宮様!」

「黙りなよ、藤侍従」


 イケメン成昌氏が悲痛な声で叫ぶ。もう遅いわ、バカ。


「この件、どう考えてもその無理矢理手籠めにしようとしたほうが悪い。それに加勢をするなんてもってのほか」

「しかし……」

「しかしもだってもないよ」


 しかしって何だ。

 未亡人が大人しく強姦されていればそんなことにはなりませんでしたってか?んな訳あるか。頭おかしいにもほどがあるわ。去勢されろ、ちょん切っちまえ。


「身分が高いからといって何をしてもいいわけじゃない。そなたはその身分の高さを、その何某を諌め、罰することに使わねばならなかった」


 思いっきり見下して、嘲笑してやった。


「そなたは優秀らしいが、物事の真贋を見極めることはできぬのだな」


 成昌は蒼白な顔で崩れ落ちた。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆  



 あれから兵衛と忠克を引き連れ寝殿に連れ帰ってきた私は、母上に事情を話し、端女を呼んで忠克の手当てをさせた。

 母上は大いに呆れ、怒り、止めた私を褒めた。皇位継承候補を有する貴族がスキャンダルなんて笑えないもんね。ライバルからつつかれたらえらいことになる。危ないことするなとも言われたけど。

 これであのアホ成昌氏は終わりだわ。ケケケケケ、ざまあみやがれ。中指立てちゃるわ。ふぁっきん。


「さて、これから武士をゲットしにいくわけだけど」

「そういえば、武士と鬼を味方につけるともいってたよな」


 うん。


「そもそも武士の起源っていうのはいくつかあるんだけど……とりあえず忠克氏の家をモデルにして話すね」

「わかった」


 まず、忠克氏のおうちは平氏だ。

 そして、平氏のルーツは(たいら)の姓を下賜された皇族、つまり源氏などと同じく臣籍降下した元皇族なのだ。

 平氏のルーツとなった天皇は何人かいるが、後世に残ったのはほとんどが桓武平氏、つまり桓武天皇の末裔たちだ。平将門や、平清盛もこの系統である。

 で、そんな皇族の血を引く平氏や源氏も、初代はよくても孫曾孫の代ともなれば中級貴族に成り下がってしまう。

 なぜなら、上位の官職は藤原氏によって独占されてしまっているからだ。まず大臣にはなれないし、その下の納言クラスになれるかどうかも微妙である。

 しかしながら、そんな中級貴族たちも生きるために働かねばならない。ではどうするか?生きる道は、二つある。

 一つは、国司(受領とも呼ばれる)、つまり地方長官を歴任することだ。この時代、地方の徴税は、全て国司に任されていた。

 つまり、朝廷に収める税を確保したら、あとは適当に地元民に難癖つけて搾り取るだけ搾り取り、懐に入れる。

 そして任期を終えたら、また国司となり、地元民から搾り取る。それを繰り返し、莫大な財を得て悠々自適に暮らすというわけだ。

 ただ、これには一つ欠点がある。

 誰を国司に任命するかは、朝廷上層部、つまり官職を独占する藤原氏の意のままだということだ。

 そういうわけで、国司になりたい中級貴族は、藤原氏に賄賂を送ってごまをすり、接待しぺこぺこ頭を下げることを繰り返さなければならない、ということである。

 そんなことは、プライドの高い人間には耐えられないだろう。

 そこで第二の道である。

 国司に任じられるまでは一緒だ。しかし、任期を終えても帰らずにそのまま土着し、そこで自分の農地を開墾して広げ独立自尊の道を選ぶという道である。

 国司である間は好きなだけ公的権力を使えるので、人々を使役して農地を開墾し、邸宅を作らせることもできる。

 そして任期を終えたらそこに土着し、地方の名士として暮らす、すなわちこういうことである。


「多分、忠克氏のおうちはこの土着した元国司だろうね」

「へえ……」


 しかし、土着して大農園主になったからといって、安心はできない。

 自分で頑張って土地を開いても、次の国司によって“お前ら、公有地を勝手に農園にするな!許可?そんなの知らん!召し上げ!”と取り上げられてしまう可能性もあるからだ。

 そういうわけで、土着貴族たちは、自分たちの作った農園を藤原氏のような大貴族に名目だけ寄付するのである。自分たちの土地を、中央の絶大な権力で守ってもらおう、ということだ。

 そうすれば、農園は大貴族所有の者となり、免税特権により税を納めなくてもよくなるし、査察を拒む権利まで生まれる。名を捨てて実をとるというわけだ。

 そして、その絶大な権力をもつ中央とコネを持とうと、子息を大貴族に仕えさせる。引き立ててもらって、官位でももらえれば、ハクもつくし万々歳というわけだ。

 そして、こういう人たちが後の軍事貴族となっていくのである。


「じゃあ、忠克さんはその中央とコネのためにやってきた中級貴族、ってこと」

「多分そうだと思う」


 ちなみに、かの有名な平将門も、こういうパターンで当時の大貴族に仕えてたりする。


「で、ちょっと話は戻るけど、この時代、中央も地方も国軍というものを持っていないんだ」


 一応健児(こんでい)っていう制度はあるんだけど、軍というには弱い。

 で、軍と警察の区別が曖昧なこの時代、軍がないということは、平安時代の地方は無警察状態だったということだ。

 盗賊が出たって国は守ってくれない。自分で守るしかない。

 そういうわけで、こういう土着した開発領主たちは武装し、武芸を磨いた。こうして、武装集団は軍事貴族となり、武士へと発展していったわけである。


「今、10世紀初めごろは、ちょうどそう言うプロセスを経て武士団が発展していってる時代だ」

「なるほど。彼らを取り込むんで、手足として使うと?」

「そう」


 日本人はケガレを嫌う。死、月経、出産、汚物、その他もろもろ。古事記の時代からそうだし、平安時代は特にそうだ。

 天皇は清浄でなければならないし、貴族たちも汚れ仕事を嫌う。

 もちろん、非常時には剣をとって戦うぐらいのことはするが、基本的に汚れ仕事は他人任せだ。

 そして、穢れに対する嫌悪は、容易に()()()()()()()()()()()()()への蔑視へとと変化する。

 戦闘を行う武士たちは、死のケガレに触れやすい。

 貴族たちから重用はされても、蔑視されやすかったのだ。


「ところで、ここに21世紀の感覚を持つ人が二人います」


 私がはーい、と手を上げると、千寿がにやりとして笑った。


「成程。俺達は武士に対する差別観はない」

「むしろ、武将とかちょっとかっこいいとすら思ってる」


 人権教育をばっちりされた私たちは、“ケガレ”に触れるも人たちへの蔑視はほとんどない。あっても、顔にも口にも出さないだけの常識がある。

 その上、大河ドラマや時代劇、ゲームやマンガのおかげで、武将というものにちょっと憧れのようなものがある。


「所詮はケガレ者と蔑む他の貴族たちと、そう言う感覚を持たない俺たち。どっちに仕えたいか。当然俺たちってわけだな」

「そう」


 お爺も所詮は平安時代人だ。彼らを重用しても、同格の存在として見てくれることはない。

 その点、私たちは有利だ。

 私は皇族だから常に一歩上に立たなければならないけど、幸い千寿がいる。千寿は彼らを引き上げることに抵抗を持たない。自分と同格になってもあまり気にしないだろう。

 彼らは最初はお爺経由で雇ったとしても、お爺ではなく私たち側に心を寄せてくれる可能性が高い。

 私と千寿は、私たちだけの臣下を手に入れられるわけだ。

 それに……。いや、これは最終手段だ。

 まだいい、もう少ししてからにしよう。


「お」


 すると、千寿が何かに気づいたようだ。


「手当が終わったみたいだ」

「よっし」


 武士を手に入れるためにも、まずは、この忠克氏を口説かねばなるまい。

 そして、忠克氏が厚遇されていると知れば、他の武士の皆さんも、私や千寿に仕えてくれるかもしれない。

 責任重大だな。

 私は立ち上がり、膝についたほこりを払う。

 

「武士を口説きに行こうぜ、兄弟」

「はいよ、宮様」


 彼をあのアホ若様から守るという意味でも、私の私的な従者か護衛あたりに任命できないだろうか。

 母上を通じて、お爺にお願いできればどうにかなりそうだけど……その辺は口八丁だな。


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