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源氏“裏側”物語 もしくはいずれの帝の御時にか光源氏の兄になってしまった不運な公僕の顛末記  作者: 松本紗和子
第一章:桐壺 もしくは主人公の水面下でバタバタする白鳥の足の如き裏側の活躍
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第13話 隆明先生の9世紀末~10世紀初頭東アジア情勢講座

◇一宮:四歳  二宮(後の光源氏):一歳  十月上旬

二条烏丸殿 寝殿東庇


「ちょっと散歩しよっか」


 ここでグダグダするのも飽きてきたし。


「そうだな、庭に行こう」


 千寿は身舎の中に入り、唐櫃(ふたの付いた脚付きの箱)の中から蹴鞠用の鞠を取り出す。


「母上、ぼくたち庭で遊んできます」

「気を付けるのじゃぞ」

「「はーい」」


 私たちは(きざはし)を降り、庭の東側にある遣水(やりみず)の傍で、毬を投げて遊ぶふりをしながら話し合いを続けた。少し離れたところに兵衛がやってきて、私たちを見守っている。

 ちなみに、遣水というのは、屋敷内に水を引き入れて作った小川のようなものだ。貴族たちが自邸に水を引き入れるために京の側溝を破壊したため、汚水が詰まったり溢れたりすることも多かったらしい。そんなんだから病気が流行るんだよ。


「今はさ、だいたい西暦910年から919年の間のどこかなんだけど」

「まって、何でそう言う結論に達したのかまず教えてくんない?」


 先に進もうとする私を、千寿がそう引き留めた。

 あ、そうか。

 私が頭の中で勝手に考察してただけで、話してなかったな。ごめん。

 まず、そう言う結論に達した理由だけど。


「えーっと、元々、源氏物語は、その書かれている内容から醍醐天皇の時代、つまり9世紀末から10世紀初めをモデルにしてるんじゃないかといわれてはいたんだ」


 醍醐天皇。897年に即位し、930年に息子朱雀天皇に譲位している。

 さっきも言ったように菅原道真を左遷した人である。


「で……私が生まれる前に唐が滅亡したってのは聞いてるよね」

「うん。唐の滅亡は、確か……907年だっけ?」

「そう」


 西暦907年、唐は最後の皇帝哀帝が、河南地方の藩師朱全忠に禅譲したことにより滅亡する。

朱全忠は改名して朱晃と名乗り、後梁を打ち立てその初代皇帝となった。これにより、中国大陸は群雄割拠の五代十国時代へと突入する。


「それが私が生まれる前だから、3年以上前。だから、最も古く見積もって910~911年ぐらい」

「なるほど。で、919年ってのは?」

「うん。あのさ、原典には“高麗の相人”って出てくるでしょ?」


 源氏の祖母が亡くなり、宮中の桐壺帝のもとに引き取られたころだから、源氏6歳以降のことだ。


 そのころ、高麗人(こまうど)の参れる、なかに、かしこき相人ありけるを、聞こしめして……


 とあるように、“高麗(こま)”という国から使節がやってきていた。その中に相人、つまり人相見がいたので、桐壺帝は二宮を平安時代の迎賓館、鴻臚館(こうろかん)に行かせ、行く先を占ってもらっていた。

 その時に、相人は“国の親になって天子の位に上るべき相があるが、そうなると国が乱れ民が苦しむ。しかし、国家の柱石となって政を補佐する者としてみると、また違う”という不思議な予言を残している。

 そして、この相人が占った結果が決定的なものとなり、桐壺帝は最愛の二宮を臣下に下し、源氏とすることを決意するのである。

 ま、それはおいおい、これから時が進む中で話すことになるだろう。

 問題は、その“高麗(こま)”という国だ。


「確か、朝鮮半島に“高麗(こうらい)”って国がなかったっけ?」

「あるよ。高麗(コリョ)、建国918年、935年に新羅を滅ぼして半島統一、李成桂によって滅亡1392年」

「じゃあ、その国なんじゃない?」


 確かに、そのような話もあった。

 源氏物語が書かれた一条天皇の時代、朝鮮半島を支配していたのは高麗だったからだ。しかしながら、日本と高麗国の間では、ついに正式な国交が開かれることはなく、また使者が鴻臚館に滞在することもなかった。


「何で国交が開かれなかったんだ?隣国なのに」

「日本が“朝貢以外認めない”つったから」

「……」


 そんな目で見るなよ。

 朝貢、つまり日本に対して臣下の礼をとれ、ということだ。高麗は日本に対して対等の立場を求めたために、国交樹立が却下された、というわけ。

 ほかにも、高麗の前に半島を支配していた新羅と日本の関係が悪かったこと。その上、新羅は滅亡する100年ぐらい前から、日本を頻繁に襲撃していた(新羅の入寇)から、その不信とかもあったかもしれない。

 とはいえ、正式な国交がなかったってだけで、貿易はしていた。


「じゃあ、どこなの?」

「私は渤海だと思う」

「渤海……」


 渤海国。698年に大祚栄によって建国、926年に契丹の侵攻によって滅亡。

 周辺国との交易で栄え、唐からは“海東の盛国”よばれた国家だ。

 この国は、かつて高麗(こま)と呼ばれた高句麗(こうくり)の後裔として日本に朝貢(ここでもいろいろ面倒なことが起こったが省略)し、同じように高麗と呼ばれていた。

 渤海は日本に使節、すなわち渤海使を遣わし、最初は唐や新羅に対抗するため、周辺諸国との関係が安定するようになってからは貿易のため、日本と交流を持った。


「私は、源氏を占った“高麗の相人”は、渤海使としてやってきていた人物の一人だと思う。そして、最後の渤海使がやってきたのは919年」

「なるほどな」

「もちろん、源氏物語は架空世界だから、いろいろ考察しても無駄かもしれない。けど、その“架空世界が”リアルになっちまったからには、対外関係もいろいろと考えなきゃいけない訳よ」


 源氏物語は、筑紫(福岡)や明石・須磨(兵庫県)なども舞台になっているとはいえ、その出来事の殆どが京周辺で完結している。

 だが、“リアル”の世界は京だけではない。日本列島、渡島(北海道の古名と推定)、南島(南西諸島、沖縄)、そしてシベリアの諸民族、中国諸国家、東南アジア諸国、インド、中央アジア、イスラム諸国やヨーロッパ、アフリカがある。

 インドより西はともかく、私は日本という国の内政―つまり発展を目指す立場だ。国内全体と諸外国、特に東アジアのことも考えて行動する必要がある。

 

「貿易とかで内政に使える品も入ってくるかもしれないもんな」


 千寿も同意してくれた。


「だからとりあえず、“現実世界の中に源氏物語の日本をドンと置いたらどうなったか”って感じで考察してみた」

「ふーん……」


 千寿が感心したような声をあげた。

 ただ、気になることがある


「ただ、一つ疑問も残る」

「何?」


 千寿が首をかしげた。


「源氏が3歳の時に桐壺更衣が死んでるよね」

「うん」

「その時、源氏は喪に服すために里に退出してる。けど、延喜7年、つまり西暦907年に、7歳以下の幼児は喪に服すに及ばずと定められている」

「つまり……源氏物語、少なくとも桐壷が死ぬのは、907年より前の出来事として設定されている?」


 私は頷いた。

 紫式部は平安時代摂関期きっての才媛だ。当然、知っていただろう。


「そういうことになる。けど、そうなると私の考察と矛盾する」

「でも唐は滅亡している」

「うん」


 そうなんだよなー。唐の滅亡も907年なんだ。そして母上曰く唐は滅亡している。

 深く考える必要なんかないかもしれないけど、このことがこれからにどう影響するのか……。それともこの世界が、“現代人の考えるなんちゃって平安時代風”世界であることと、何か関係があるのか。


「と、考えたんだけど、今のところ答えが出ないんで考えるのをやめた」


 私は“お手上げ”と両手をあげた。

 すると、千寿が私の頭をわしゃりとなでる。やだこの子、優しい。


「仕方ないよ、ヒントが少なすぎる」

「千寿、お前優しいな……なんで離婚したの?」


 千寿くん前世(32歳)、実はバツイチらしい。


「……子供が俺の腹違いの弟の子だったんだよ」

「すまんかった」


 予想の斜め上にヘビーだった。ごめん千寿。


「だから、源氏に嫁さん寝取られた桐壺帝、ホント可哀想で……」

「申し訳ない、ホントごめん。そこまで重いとは思ってなかったんだ」


 千寿はううッとうめき声をあげると、両手で目元を覆った。わたしも見てられなくなって俯く。あー、みずのながれがきれいだなー。

 き、気まずい……。私が悪いんだけど、気まずい……。

 なんというか……シンクロしちゃってる。桐壺帝が真相に気づいていたかは、原典には書かれてないけど……。

 朱雀帝(わたし)にとってはロクな親じゃないんだけど、とりあえず黙っておこう。うん。


「……」

「……」


 この気まずい沈黙をどう打破すればいいだろう、と悩んでいると、どこかから怒号が聞こえてきた。

 それから、言い争うような声も。

 私たちは顔をあげた。


「何?」

「怒鳴り合ってる声みたいなのが聞こえるな」


 声が聞こえる方向は、かなり近い。東の方向だ。

 と、なると……遣水の向こうにある、東中門廊のどこかだろう。

 私と千寿は顔を見合わせた。


「……」

「……行ってみる?」


 千寿が囁いた。


「そうだね」


 気になるし。

 私たちは駆け足で寝殿に戻った。後ろから兵衛が慌てて走ってくる。


「一宮様、千寿君、どこへ……!」

「あっち!」


 わたしは“むじゃきないちのみやさま”のふりをして東の方向を指差すと、そのまま透渡殿(すきわたどの)わたり、東の対に入った。

 東の対には母上の三番目の妹と四番目の妹が住んでいる。二番目の妹、中君(なかのきみ)は腹違いで、どこかの宮様と結婚して女の子を産んでいるらしい。

 そして、東の対の格子を駆け抜け、そのまま釣殿(つりどの)へ向かう東中門廊(ひがしちゅうもんろう)を駆け抜けた。

 

「んもう、一宮様!千寿君!お待ちくださいませ!」


 遅いよ、兵衛~。しょうがないか、裳唐衣のフル装備だもんね。

 兵衛に追いかけられながら、走っていると、中門のあたりに人がいた。

 ちなみに、中門というのは、東西の廊下の中ほどぐらいに、通路を開くために作った門だ。家の人やお客さんは、ここから牛車などを引き入れて出入りしていたわけ。

 で、その中門のあたりに、直衣をまとった若い男が一人と、その従者らしき人が数人。……で、その人たちに囲まれる形で、一人の男がうずくまっていた。

 うずくまっている男が顔をあげて叫んだ。


「お考えくださいませ、若君ッ!そのようなことをなされば、若君のみならず、御父君右大臣様の恥にもなりましょう!」


 恥?お爺の恥って何?

 したら、今度は直衣の人が持っていた檜扇をばんばん膝に打ちつけて叫んだ。


「うるさい!東夷(あずまえびす)ごときが逆らいおってッ!やれッ」


 え、何?何があったの?やれって何!?って思ってたら従者っぽい人がうずくまっている男を蹴ッたーッ!あ、また蹴った!

 何やってんの!?おいおい、皇族がいる屋敷で暴力事件起こしてるんじゃねーよッ!

 千寿もあんぐり口開けて見てる。

 はっ、見てちゃだめだ、止めなきゃ!私は次期帝候補、この屋敷の中じゃ一番地位が高い。止められる……はず!


「何してるんだッ!」

「やめろよッ!」


 私がそう怒鳴ると、千寿も加勢してくれた。ありがとう千寿くん。

 すると、そこにいた者達が振り向いた。

 直衣をまとった男は、ほっそりとした、涼やかな目をした美形の貴公子だった。まだ若い。15、6ってとこだろう。自信と傲慢という言葉が人になったみたいな男だ。

 有名金持ち私立の名家出身生徒会長って感じだな。多分金髪。たまたま転入してきた自分になびかない庶民のヒロインに、「お前……面白いな」とか言っちゃうタイプだ。

 数人の従者たち(随身かもしれん)も、皆顔がよく、身分が低い割には優美な男たちで占められている。乙女ゲーモノじゃなくって、BLでもイケそうだわ。

 一方、うずくまっている方は、17、8くらいかな?割とがっちりした体格をしていた。けど、顔立ちも悪くない。鼻血出てるし、顔腫れてるけど、ちょっと野性っぽい、ワイルドな感じの、顎髭を生やしたいい男である。

 ただ、平安時代で人気の“イケメン”は、優美・優雅でですらりとしたタイプのほうなので、都ではモテないだろうな。私は好きだけど。 

  

成昌(なりまさ)オジサンだ」


 誰だコイツ、と思っていると。千寿がこっそり耳打ちしてくれた。


「誰?」

「ほら、あの直衣の人。春継(ちちうえ)の腹違いの弟だ」

「へえ」

「二番目の正妻になった人の息子で、俺達のばーちゃんより身分の高い人の子供みたい。何でも、皇族の血を引く大臣の姫がお母さんらしい」


 ほー。じゃお爺の息子の一人か。皇族の血を引くらしいが、恐れるに足らんな。こちとらナチュラルボーンインペリアルじゃ。文句あっか。


「何してるの」


 私は一歩前に踏み出て男たちを睨み付けた。

 オラ、何しとるんじゃ。答えんかい。


「なんだ、(わっぱ)!邪魔するでない!」


 直衣イケメンは、私にそう怒鳴った。

 あれ、私の顔知らんのか。私も知らんから当たり前か。

 つか邪魔するなって何だ。邪魔されたくなかったら、邪魔されるようなことこれ見よがしにやってんじゃねーよイケメン野郎が!


「成昌叔父上、無礼でございますよ!こちらの方は、一宮様。今上の一の皇子であらせられます!」


 ヒューゥ、いいぞ千寿くん!カッコイイ!

 ほーれほれ、宮様だぞ~。お前ら一族が押してる次期帝候補だぞ~。控えおろう!

 控えないとぶっ飛ばすぞ暴力野郎!


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