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源氏“裏側”物語 もしくはいずれの帝の御時にか光源氏の兄になってしまった不運な公僕の顛末記  作者: 松本紗和子
第一章:桐壺 もしくは主人公の水面下でバタバタする白鳥の足の如き裏側の活躍
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第11話 これだから男って生き物は

◇一宮:四歳  二宮(後の光源氏):一歳  九月下旬


 さて、千寿と遊ぶから、ということで女房達を遠ざけ、打ち合わせ打ち合わせ。

 まずは、さっきの靫負命婦の件から。

 千寿は女房達が部屋のあちこちで談笑し、こっちを意識していないのを確認すると、


「……ヤバいよな」


 と呟いた。

 うん、やばいよ。

 めっちゃやばいよ。


「やばいねぇ」

「違ってたら違うって言ってくれてもいいんだけど……」


 千寿は話ずらそうに口を開いた。


「俺たちの側から言わせてもらうと―右大臣であるじいちゃんを後ろ盾とする宮様と女御様より、ろくに後ろ盾のない二宮様と桐壺更衣を選んだってことだろ?」

「私たち以外から見てもそう見えるよ」


 あってるよ。大丈夫だよー。

 とはいえ、帝はそこまで深く考えていないだろうね。

 おお息子よ愛する妻よお帰りもうああ元気になってよかった妻よお前に会えなくて気が狂うかと思ったもう離さない以下略ベッドインが結果的にそうなったってだけかもしれないし。

まあどんな意図があるにしろ、アホなことしたということに変わりはないけどね。


「しかも、一月も前に決まっていたのに」

「そうだね」

「じいちゃんの顔に泥を塗ったよな」

「泥で済めばいいな」


 泥?泥かなぁ?たまたまふんじゃった犬の汚物を思いっきり顔に擦り付けたっていうレベルで面子潰したかもしれん。

 私はタブレットを取り出すと、源氏物語の注釈本の一冊を取り出した。


「一応、ここに書いてるみたいにさ。親政を目指すべく外戚である右大臣の力を抑えようとした桐壷帝が、後ろ盾の弱い桐壺更衣を寵愛し、源氏擁立を目指した……って説もあるにはあるんだけど」


 私は指を顔の前に組んだ。

 千寿から……ンドウポーズ……という呟きが漏れる。


「今回の無神経な行動を見るに、ただ女に溺れてアホになっただけだと思う……」

「悪手すぎるよな……」


 フー、と長いため息が漏れた。


「……私でよかった」

「宮様」


 千寿が気遣うように声をかけてくれる。

 あまりにもひどかった。

 原点でも、一宮はかなり可哀想な目にあっていた、

 けど、これはひどすぎる。

 二宮が高熱を出していたとき、一宮(わたし)は元気に千寿や乳母子たちと遊んでいた。命の危険度は、二宮のほうが高かった。それはわかる。

 最愛の息子心配でたまらなかった、最愛の妃に会いたくて仕方なかった。それも、わかる。

 でも、もう少しまともなやりようがあったろ。

 時間をずらしたいなら、前もって伝えておくくらいできたはずだ。

 それなら、母上だってお爺だって、まだ納得しただろう。靫負命婦をはじめとする御達や蔵人たちだって、直前になってあたふたしなくて済んだはずだ。

 そもそも、謁見といっても長い時間する必要はないんだ。

 桐壺といちゃつきたかったら、「病み上がりだから」とか理由でもつけて、10分ぐらいで切り上げればいい。

 こんな扱いされたら、誰だって怒る。

 そして、傷つく。

 これが原典の隙間の中であったことなのか。

 それとも、私というイレギュラーが入ったことで起こった出来事なのかはわからない。

 後者ならともかく、前者の出来事を単純に私が体験していただけだったら……。


「……可哀想すぎる。一生の傷になる」

「……満3歳だしな」


 私はそれなりに人生経験を積んだ大人だ。喪女だけど。だから、辛い目にあっても多少は耐えられる。自分の中で昇華して、発散する術を知っている。

 けど、あの子はただの満3歳児。21世紀だったらダンゴ虫拾ってポケットに突っ込んでママに叱られてる年頃だ。


「腹立つ」

「まあね」


 腹立つ。本当腹立つ。

 私が母上ポジションだったら、バットもって夫の居所に突撃してるわ。


「はーらーたーつー」

「たーちゅー!」


 うりうりうりーと周子ちゃんの頭に頬ずりすると、周子ちゃんはきゃっきゃと笑って私の真似をした。はー癒し、可愛い。

 でも、きゃいきゃい笑う可愛い周子ちゃんを見ると、ますます桐壺帝に対する怒りが込み上げてくる。

 平安時代で、しかも皇族なんだから、21世紀人の常識をあてはめちゃダメなのはわかってる。

 けど、限度ってもんがあるだろう。こんな小っちゃい子に、あそこまでひどい真似するか?フツー。

 腹の奥で、静かな怒りがふつふつと煮え始めた。


「宮様、大丈夫?」


 千寿が私の顔を覗き込んだ。

どことなく母上に似たその顔には、純粋な心配の表情が浮かんでいる。

 いい人だなあ、千寿。きっと前世でもモテたろう。いい奴だ。

 ありがとう、でも全然大丈夫じゃない。

 ふざけたことでも喋っていないと、清涼殿に殴り込みしに行きそうないくらい腹が立っているんだ。


「大丈夫じゃない。どっかに火炎放射器ないかな?あと棘付肩パッド」

「消毒してくる気?やめといたほうがいいぜ。木造建築だから下手したら内裏大炎上だ。貴重な文化財が燃える」

「そっか……」


 そうだね、貴重な文化財が燃えたらえらいこっちゃだ。

 あーやだやだ、後だ後。

 私は無理矢理に怒りを押し込めた。とはいえ、おさまったわけじゃない。

 火薬はたっぷり詰まってるし、メラメラ燃える火種もすぐそばにある。

 

「じゃあ、謁見の時、主上にケンカ売るだけで勘弁してやるわ」

「優しいねぇ、宮様」


 どうせもうすぐ主上の色ボケ野郎と会うんだ。そのときにうんとクレーム入れてやるわ。

 この一宮さんを敵に回したこと後悔してやるぜわははははは。

 清涼殿へを消毒するかどうかはをどうするかは、謁見の後に考えよう。ケッ。


「で、靫負命婦みたいな御達たちのことだけど……」

「ああ、それね」


 私がこの話をしたくないことをに気づいてくれたらしい。

 千寿はやや強引な話の方向転換に、何も言わずに乗ってくれた。


「命婦さん、可哀想だったな」

「うん。すっごいストレスたまってたんだろうね」


 もうね、追求しといてなんだけど可哀想だった。

 本来のコマンドとは違う「慰める」という選択をしてしまったぐらい可哀想。


「れしゅー?」

「そうだよ、れしゅーだよ女一宮」

「あーい」


 周子ちゃん、癒し。はー、怒りがクールダウンしちゃう。


「それで、私たちがあっちでやりあっている間、何かあった?」

「ああ……」


 千寿の話だと、命婦がやってきたころから、女房達の一部は、見えるか見えないかのぎりぎりの位置まで行って盗み聞きをしていたらしい。

 で、話を聞いた女房がその話を室内の女房に伝えて、その女房が皆に伝え……と伝言ゲームみたいなことをしていたようだ。

 で、最初のほうは命婦ふざけんな、きっと桐壺の御方が帝に行かないでとかぬかして謁見を先延ばしにしているに違いない。

 で、次に主上のなさりようはあんまり、一宮と女御様がおかわいそう。きっと桐壺の御方が誑かしているに違いない。

 で、最後のほう。命婦が愚痴りはじめたあたりから、命婦可哀想、あちらもあちらで苦労しているのね、ひどい事言っちゃって悪かったかしら。でもあれもこれも、桐壺の御方が帝を引き留めているからよ。悪いのは桐壺の御方に違いない。


「最後のほうはもう、桐壺更衣への罵倒が続いて……」


 千寿は焦点の合っていない目で虚空を見つめた。

 私は女だったから、女社会の闇にもある程度耐性があるけど、前世も男、今も男の千寿にはきつかったろうな。

 私は千寿をねぎらった。


「ご苦労様……」

「……女怖い」


 ノーコメント。


「しかし、桐壺更衣も可哀そうだよな」


 と、思ったら、千寿が急に何かいいだしたぞ。


「桐壺が可哀想?」

「だってそうじゃん。桐壺帝に寵愛されただけなのに周りからいじめられて、こんな風に悪口言われてさ」


 んん~?千寿くん、君は何を言ってるのかな?

 この時代の後宮ルールは説明しただろ?もっかい言ったほうがいいのか?


「千寿、この時代の後宮のルールっていうのは―」

「わかってるよ。身分が高いお妃―つまり、権力者の娘のほうが寵愛を多く受けるのが当たり前だっていうんだろ」

「そう」


 なんだ、知ってるじゃん。


「でも、そのルールを破っているのは帝だろ。悪いのは後宮の秩序を乱したくせに、桐壺更衣を守れなかった帝のほうじゃないか」

「……」


 なるほどなるほど。

 はっはーん。

 いや、筋が通っている。確かに通っている。

 この時代、権力者の娘、身分の高い娘のほうが寵愛を受けるのが当然だった。なぜならば、後宮は権力者同士の娘を使った代理戦争の場だったからだ。

 女に帝の子を産ませ、春宮とし、その子が即位した暁には外祖父として権力を握る。そして娘たちは父親たちの夢と実家の盛衰の運命を一身に背負い、後宮へとやってくる。

 だから、帝は権力者たちの娘をバランスよく入内させ、恨みを受けすぎないように寵愛をちょうどよく分配しなければならない。

 そんな戦場で、帝は更衣だけをわき目も振らずを愛した。

 妃たちも、その父たちが怒り狂うのも、当然だったのだ。

 無論、帝がアホなのはその通り。まず大前提だ。

 

 けどなあ。


「……何も見えてないな」


 私は吐き捨てた。何もわかっとらん。

 すると、千寿はむっとしたようだった。


「確かに俺は、宮様より知識もないし源氏に詳しくもないけど……」

「そうじゃない」

「そうじゃない?」


 歴史に詳しいとか詳しくないとか、そういう問題じゃない。お前、源氏物語読んだんだろ?いや、読んでなくても、今の更衣の状況見たら常識で分かるだろ。


「これだから男って生き物は」


 ふー、やれやれだぜ……。わかってねェなあ。

 首を振って肩をすくめると、千寿がはぷいっと顔をそらせた。怒ってる?ねえ怒ってる?


「お、男か女かは関係ないだろ」

「お前は何を言っているんだ」


 AA略。懐かしい。

 私は周子ちゃんをおもちゃであやつつ、源氏物語の桐壺の章を開いた。


「いいか。源氏物語において桐壺更衣は、帝と愛し合ったせいで母上をはじめとする後宮の女たちにいびり殺された、心優しく儚い女性みたいなイメージを持たれている」

「まあ、そんな感じだよな」


 ごくごく一般的な、桐壺更衣のイメージだろう。

実際優しい人だったらしいけど。


「私はそうは思わん」


 優しいだけでトップの寵愛を得られるわけがない。後宮って場所は、そんなに甘い場所じゃないッ。

 ……喪女がいうことじゃないかもしれないけどさ。


「じゃあ、宮様は桐壺更衣のことどう思っているんだよ」


 私?そうだな。私は……。


「強かな野心家。そうじゃなきゃバカ」

「バカ?」

「バカ」


 大事な事なので2回言った。

 そして、桐壺の章の一文をマーカーで塗りつぶし、千寿に見せる。


「よく見ろ、ここに、“生まれし時より思ふ心ありし人にて”……更衣は生まれた時から望みをかけていた娘だったってあるだろ。その望みってのは、娘を入内させることだ。更衣の入内は、桐壺一族の宿願だったんだ」


 千寿はマーカーが引かれた一文をまじまじと見た。

 桐壺一族の宿願。それは、お爺右大臣が母上にかけた願いと同じものだった。

 私はもう一つの文章を塗りつぶした。


「そしてここだ。“ただこの人の宮仕えの本意(ほい)必ずとげさせ奉れ。われなくなりぬとて、くちおしう思ひづほるな”」

「“この子の宮仕えの願いを必ずかなえてさしあげよ。私が死んだとしても、情けなくも志を曲げたりしてはならぬ”……更衣はな、一族の宿願を背負って、自分の意志で入内したんだよ」


 千寿は絶句していた。


「そんな女がか弱い訳あるか」


 私は吐き捨てた。

 更衣は一族の宿願を、その細い肩に背負ってやってきた。更衣の後ろ盾は弱い。母と兄がいるとはいえ、心細いことに変わりはない。不利な戦いだ。

 その上、寵愛され、男児を産むことができるかどうかは、博打だ。負ければ何も変わらぬ。しかし、勝てば大当たりだ。その後の幸運によっては、さらなる栄光をも呼び寄せることができるかもしれない……。

 そして、更衣は博打に勝った。


「さっき私も何回か言ってたけど、まともな女だったら仕事をサボっている帝を諌めてるはずだ。いくら外戚が力を持っても、君主の仕事がなくなるわけじゃないんだから。それをせずにいたってことは」


 千寿がため息を吐いた。

 私が言っていることがわかったんだろう。そして、私の更衣に対する評価が、あながち間違っていないことも。


「帝の子を産むために、寵愛を独占するには都合がよかった……」

「もしくは、“主上と私の、身分違いだけど真実の愛”に酔ってるバカかだ」


 後者だったら、悪役令嬢物のアホヒロインそのものだな。

 それにだ。

 私が桐壺更衣に疑いの目を向ける理由は、もう一つある。


「寵愛を受けるのはいいよ。けどな、その寵愛してくる相手が、政務を滞らせて周囲に迷惑かけて自分も白い目で見られてるってのに……それを正すことも叱ることもせず、自分にべったりな状態をキープさせといてさ」


 桐壺は短い章だし、桐壺更衣が登場するの期間はもっと短い。

 その短い期間の中に、帝を諌めたとか、政務をおこなうように言ったとか、全く書かれていない。

 つまり、更衣のこの状況は、彼女自身が作り出したものなのだ。


「それで私、いじめられてるの、病気になって死んじゃいそうなの、もっと生きていたかったわ……はないだろ」

「……ですよね」


 千寿ががっくりと肩を落とした。

 うーん、ちょっと言い過ぎたかな?

 源氏物語の注釈本とかもとにした小説とか結構読んだけど、その中の多くが桐壺更衣のことを好意的に書いている。

 もちろん、「野心家」とか「強かで下品」とか、「更衣が憎まれ、嫌われたのは仕方ない」と書かれている本もある。ちなみに、三人とも女性作家だったな。

 やっぱり、男は見抜くのは難しいってことなんだろう。


「ま、しょうがないよ」


 私は千寿の肩をぽんと叩いた。


「女の本音なんて、男が簡単に見破れるようなもんじゃないしな」

「……」


 男も女も、異性のことなんてわからないんだよ。だから、お互い話し合って擦り合わせる努力するしかないんだよね。うん。私いいこと言った。

 千寿は私の顔をじっと見て俯くと、ポツリと呟いた。


「やっぱり、女怖い」

「失礼だな」


 千寿が失礼な結論を下してからしばらくたち、やや日が傾き始めたころ。

 靫負命婦がやってきて、謁見の準備が整ったことを告げた。

  

 さーて、戦場に行くか。

 

 私は千寿に、


「ちょっと帝にケンカ売りに行ってくる」


 といって、周子ちゃんを右京に渡し、立ち上がった。

 すると、千寿が拳を突き出す。

 なんだろ、と思っていると、千寿がにやりと笑った。

 体は私と1歳しか変わらないのに、その顔には、前世さんらしき頼もしい30男の面影が浮かんでいた。


「頑張れ、兄弟」

「おう」


 私は千寿の小さな拳に、もっと小さい自分の拳を打ち付けた。


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