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源氏“裏側”物語 もしくはいずれの帝の御時にか光源氏の兄になってしまった不運な公僕の顛末記  作者: 松本紗和子
第一章:桐壺 もしくは主人公の水面下でバタバタする白鳥の足の如き裏側の活躍
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第9話 売られた喧嘩は最高値で買う主義

◇一宮:四歳  二宮(後の光源氏):一歳  九月下旬


 弘徽殿女御こと我が母上が怒りで大噴火をおこしているというのに、身舎の中はブリザードという矛盾、これいかに。

 女房達もやめてよ!お前らみんな覇気の習得者だろ実は!あーあほらお隣にいる周子ちゃん、びっくりして泣いちゃってるじゃん!母上の怒号と女房達の覇気と周子ちゃんのギャン泣きのハーモニー、地獄です!

 

「どういうことじゃ命婦ッ!!」


 母上の怒号が再び命婦に浴びせかけられた。

 命婦の顔は相変わらず青いままだったけど、それ以上動揺した感じはない。さすが宮中の女房。それなりに肝は座ってるのようだ。


「実は、15日前に二宮様が酷いお熱を出され、桐壺更衣様とともに里に戻っておられたのです」

「それがどうしたのじゃッッ!!」


 ほんとだよそれがどうしただよ!| 仕事させろよもう昼だぞ!午前中の仕事もやってねえんだろその調子だと!

 まわりも寝かせとくな!更衣も起こせよ!(かけぶとん)引っぺがせ!お前らがそう甘いことするから帝も安心して仕事サボるんだよ!

 棺桶買って妻子に別れを告げて、死ぬ覚悟で嘉靖帝(明の皇帝)に諫言した海瑞を見習えや!


「その……二宮さまは一時は意識がもうろうとするほどお悪い状態でございまして、昨夜やっと桐壺更衣様とともにお帰りになり、それで……」


 ああ久々の再会に熱が上がって夜が明けるまで比翼の鳥になってたわけですね。それでお疲れになって連理の枝の如くお眠りに。

 可愛い息子が心配できっと昼も夜も眠れなかったのね。死にかけてる報告もあったんだろうねきっと。わかります。

 けどね、あなたにはもう一人息子がいるって忘れてないかな!

 あーほら母上の怒りが再噴火した。目が怖い。視線で射殺せそう。もう般若通り越えて真蛇だよ。真蛇ってわからない人はネットで探してみてね

 どうしてそう火に油じゃなくって油田火災にナパーム弾ぶち込むような真似するんだか!


「一宮は疱瘡にかかり、一時は命を落としておったのだぞッッッ!!」

「なんと申し上げたらよいか……」


 そうだよ私は疱瘡だったんだよ、死にかけてるんじゃなくて死んでたんだよ。それとも治ってたから大丈夫って思ってたんか?

 もう命婦は平身低頭、頭下げたままひたすら噴火が終わるのを待っている。クレーマー処理係ってこんな感じなのかな。命婦は悪くないだろうに、バカな上司を持つと大変だ。

 しかし桐壺帝もひどいよなあ。父親に向かってなんだけど。わかってたとはいえ、初めは賢くても、色恋沙汰でダメになる君主の典型だなこりゃ。母上が怒るのも当たり前だわ。

 もちろん、息子(わたし)の母として怒っているのもあるけど、なにより右大臣家にケンカ売られたも同然の行為をされたからだ。

 私と母上との約束が先にあった。けど、帝はあっさりと二宮と桐壺更衣を優先し、約束を破った。

 つまり帝は、第一皇子(わたし)や母上との約定などどうでもいい、愛する更衣とその子である二宮を優先するとその行動で示した。そして、更衣はそんな帝を諌めている様子がない。諌めてたら起きてちゃんと仕事してるはずだ。

 そのことは、私と母上の後ろ盾である右大臣、藤原実継(ふじわらのさねつぐ)をもコケにした行為なのだ。

 権力者の娘と、娘が産んだ子をコケにする。それがどれだけ危険な行為なのか、帝は、更衣はわかってるのか?

 特に更衣。女御と更衣との間には高い身分の壁がある。その上、桐壺更衣の身内は兄と母だけ。後ろ盾が弱いとか言ってるぐらいだから、兄はまだ若く地位も高くないはず。

 いくら帝の寵愛があっても、簡単につぶされるだろうに。

 まあ、元々は物語なんだから、私がここでだぐだいっても仕方ないんだけど……

 あーもう、こういう目にあったのが一宮くんだったらどうなってたかな。

 傷ついただろうな。私は図太いアラサー女だから脳内でツッコミいれるぐらいの余裕があるけど……。

 ある意味、私でよかったのかもしれん……こんな目にあうなんて、一宮くんが可哀想すぎる。

 ……。

 ……だんだん腹立ってきたわ。

 おかしいだろ。なんで一宮くんと母上がここまでコケにされなきゃならないんだ?

 完全に悪いのはあっちだ。

 静かな怒りが湧き上がってくる。

 そうだ。あっちがケンカをふっかけてきたんだ。

 私の魂の中に残った一宮くんの残像が、微かに何かを呟いたような気がした。

 何を言ったのかはわからない。やめてかもしれない。もういいかもしれない。

 けど、この体の主導権を握っているのは私だ。

 これからこの体で生きるのは、他の誰でもない。私なんだ。

 自重なんて知ったことか。

 私はヘビよりも執念深いぞ。一度ケンカを売られたら、一生忘れない。

 私は俯き、眼を閉じた。


「一宮様?」

「ご気分でもお悪いので?」


 私が俯いていることに気づいた中務たちが、慌てて私の所にやってきた。

 こんな時に下を向いていたもんだから、具合でも悪くなったのかと思うわな。

 私は眼を開けた。中務と兵衛が私に寄り添い、心配そうな顔で見つめていた。

 すると、母も蛇から母上に戻り、慌てて隣にやってきて、私を抱きしめた。


「おお一宮。すまぬ、大声を出してしまって……怖かったであろう。すまぬ、すまぬな」

「いいえ」


 私は母の胸元に頭を預けて首を振った。母上の心臓はさっきまでの大激怒の名残で、まだ激しい鼓動を打ち続けている。

 大丈夫だよ、頭の中は余裕だから。ちょっと怒ってるだけ。

 私は立ち上がり、母の腕から抜け出した。母上も中務たちも女房達も、急な行動に驚いていたけど、誰も止めなかった。

 私は命婦も前で立ち止まり、目を細めてひたりと視線をあわせた。

 命婦の肩がびくりと跳ねた。


命婦(みょうぶ)


 びっくりするほど静かな声が出た。数え4歳児の声じゃねーなと自分でも思ったけど、止める必要もない。

 靫負命婦は引きつった声で返事をした。


「は、はい」

「どうして主上をお起こし申し上げないの?」


 とりあえず、私は思っていた疑問をぶつけてみた。

 いかに摂関政治全盛期で実権が弱い平安時代の帝だって、仕事はそれなりにあるはずなんだ。それをサボるってのはよくないはず。

 だってのに、なんで周りは女とイチャコラさせたまま寝かせとくんだよ。起こせ。夜御殿(帝専用ベッドルーム)だろうが突っ込んでいく頭の上がらない厳格な家庭教師とか、遠慮なく諫言してくれるような乳母子とかいなかったのか?

 やっぱり、“大君は神にしませば”な時代だったから難しいのかな。


「そ、それは……」

「今はもう未の刻だよ。本来なら、もっと早くに起きなければいけないんでしょう?」

「その通りでございますが……」


 命婦は口ごもった。だよねぇ、女と一緒に寝ている時に早朝バ○ーカしたら、とんでもない展開になりかねん。命婦にはできないだろうな。

 ほれほれ、いっちゃいなよ。「帝が女に溺れてアホになったので話聞きません」って。


「命婦だけじゃないよ。今日一緒に寝ている更衣だってそうだよ。一番近くにいるんだから、できないわけないよね?」

「は、はあ……そうでございますね」


 命婦は顔をそらした。

 ごめんね、答えづらい事言っちゃって……。数え4歳に「ねえあの男の人、女の人と一緒にはだかんぼになってベッドで何してるの?」って聞かれるようなもんか。


「桐壺更衣も、他に主上にお仕えしている人たちもそうだ。主上のためを思うのなら、やってはいけないこと、間違っていることは、きちんとご指摘申し上げるべきではないの?」

「しかし……」

「この国をお治めになっておられる主上が、よくないことや間違ったことをしていることに気づかなかったら、世の中は悪い方向、間違った方向に進んでしまうし、それをいいことに悪いことする人も増えるんじゃあないかな?」


 母上と女房達がほう、吐息を吐いた。

 そうだようね、数え4歳児の言うことにしちゃ賢すぎる。

 でも、前もって読み書きの部分で神童っぷり(カンニング万歳)を見せておいたおかげで、不自然に感じてはいないみたいだ。

 「さっすが一宮様、やっぱり神童!」みたいに思ってそう。


「……」


 命婦は唖然として、口をぽっかり開いたまま、私を見ていた。

 母上たちはずっと一緒にいたから私の非凡っぷり(カンニング)に慣れてるけど、命婦は知らなかっただろうからな。もしかしたらうわさは聞いていたかもしれないけど、どうせ噂だと思って高をくくっていたか。

 ほーん、ここでも言わないか。

 私はじっと私を見ている母上に向かって尋ねた。


「唐の国(中国)だって、それで大変なことになったのでしょう?ねえ母上」

「そ、そうじゃ。唐の国の帝が女人に溺れ、政を怠ったせいで臣下の専横を抑えられず、乱がおこった。その後唐の国は弱ってゆき、結局滅んでしまったのじゃ」


 あ、唐が滅んでいたのね。なるほど……。

 唐朝衰退の遠因となった大乱、安史の乱のことだね。玄宗と楊貴妃の悲恋で、日本でもすごく有名だ。 

 ちなみに、母上は安史の乱の原因を玄宗と楊貴妃のせいにしてるけど、実際はそんな単純じゃない。律令制の行き詰まり、力を持ち過ぎた節度使。北方異民族の行動など、様々な社会不安が重なり、複雑な様相を呈しており、一概にこれが原因、とはいえないわけで。

  私は尋ねた。


「命婦はそんなことになってしまってもいいと思っているの?」


 命婦は俯いた。

 俯くしかないよね。やっと手習い始めたばっかりの4歳児に、「お前悪党なんじゃね?」とか言われちゃうんだもの。

 すると、母上に仕える女房達が意地の悪い笑を浮かべて言った。


「その威を借る狐にとっては、虎が愚かなほうが都合がいいのですわ」

「虎が賢ければ賢いほど好き勝手することができなくなりますもの」


 くすくす、まあひどい。女房達が囁く。4歳児だからわからないと思ってるかな?それともわかってると思って言ってるのかな?どっちでも怖ッ!

 さすが母上の手先になって嫌がらせしまくって桐壺が死ぬ原因の一つになっただけある。

 今風に言えば、悪役令嬢の取り巻き令嬢って立場だな皆。


「まさか!そのような事はございませぬ!」


 命婦は顔を真っ青にして首を振った。

 こんなところで奸臣佞臣のレッテルを張られてはたまらないと思ったんだろう。

 主上の愛は桐壺にあるとはいえ、私は強力な後ろ盾を持つ第一皇子、次期帝筆頭候補だもんね。

 もちろん、「靫負命婦はちゃんと主上に御諫言申し上げてたけど帝が無視してた説」のほうが強いって知ってるよ、まだそのへんが明らかになってないよね。

 さー追い込み追い込み。


「じゃあなんで今までやらなかったの?」

「それは……」


 青い顔の命婦は、ちらりと母上を見た。

 おいおい、何で母上を見るんだ。母上に助けを求めても何もしてくれないぞ。あ、もしかして、「帝は更衣のことについては耳を貸さないけど、それを正妻格の息子の数え4歳児に言ってもいいものか」ってとこかな。

 それは言いづらいわな。でも言ってもらわないと困る。

 と思ったら、女房の皆さんが我も我もと口を出してきた。


「一宮様、女御様は、ことあるごとに主上に御諫言申し上げておられましたわ」

「さようでございます。女御様が主上をお諫め申し上げておられたこと、内裏の物なら皆知っております」

「女御様は常に主上の御為を思ってらっしゃいますもの」


 おおう、女房のみなさんすごい連携。

 完全にヒロインをいじめる悪役令嬢とその取り巻きの図だわ。

 でも、ちょうどいいから乗らせてもらおう。

 ほーら命婦、いっちゃいなよ。素直に話しちゃいなよ~。


「そうだよね、不興をかっても諫言する。それが忠臣というものだよね。ねえ母上」

「ふふん。その通りじゃ」


 よっし母上のご機嫌よくなった。チョロイ。

 もちろん、母上は実家である右大臣家の権力だの摂関の地位だの考えてるんだから、忠臣ってことはない。

 もしかしたら私と敵対するかもしれないけど、今のところは味方だ。

 だから可愛い一宮ちゃんが通じるうちにヨイショしとこ。

 おうおう命婦ちゃんが焦ってるわ。

 そうだよね。諫言していない=忠臣じゃないっていうことだもんね。

 命婦は身を乗り出し、泡を食ったように叫んだ。


「もちろん私どもも申し上げております!しかし、主上は私たちのお諫めなど耳に入りませぬ!」


 よーし言ったな。さぁ話しなさい、主上のアホっぷりを!


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