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第08話 箱入り娘は新世界を知る

 冒険者ギルドを出て二人は一緒に宿屋に向かう。

 辺りはすっかり暗くなり、人通りも殆ど無い。


「何かごめんね、色々巻き込んじゃってさ」

「むしろ助かった。暴れたくてウズウズしてたから」

「何それ。変なのー」


 レフィアが口を抑えながら無邪気に笑う。

 その様子を眺めながらカイルは居心地の良さを感じていた。


「そいやさー、カイルってお酒飲める年だったっけ?」

「あぁ。レフィアは?」

「んー? 私は大丈夫よ。カイルより年上かもね?」


 レフィアは上機嫌なのか、終始笑顔である。


 この国は十八歳未満の飲酒は基本禁止されている。

 だがそれを取り締まる機関はロクに存在していない。

 発覚したとしても軽い罰金ですむ程度であった。


「あ、着いちゃった」


 城のような宿屋に入る。

 部屋は全員一人部屋で取っていた。

 レフィアとは隣同士である。


「もう寝るの?」

「あぁ。明日は朝一で出発しないと、武踏会開催までに戻ってこれなくなる。それに服もこんなだしな」


 カイルは少し微笑み両手を広げてみせた。

 レフィアは、そっか、と聞こえないくらいの小ささで呟く。


「おやすみ」


 部屋に戻ろうとするレフィアにカイルは声をかける。


「また何かあったら言ってくれ。揉め事は大好きだ」


 カイルは笑いながら部屋に戻る。

 彼が部屋の中に入るまで、彼女の視線はカイルの背を追っていた。



 ***



 翌朝、カイルは二日酔いに悩まされていた。

 転生前はどれだけ酒を飲んでも酔う事は無かったし、二日酔いなど経験した事もなかった。

 それ故、失念していた。

 カイル・イングラムが今まで酒を飲んだことが無い可能性を。


「気持ち……悪い……」


 ベッドの上で唸り続ける。


「カイル? どうしたのー?」


 クリスティーナが弟の唸り声を聞きつけ扉を開けて入ってくる。

 鍵がかかっていたらどうするつもりだったのだろうと思いながら、カイルはそれを口に出そうとする事すら億劫になる程に気分が悪かった。


「ちょっと! 大丈夫!?」


 クリスティーナの声を聞きつけ、皆がカイルの部屋に集まってくる。


「あっらー……」


 レフィアだけは原因を知っていた。

 知っていたが、皆の前でそれを言う勇気はなかった。


「わたくしにお任せください」


 そういうとシーラはカイルの額に右手を乗せ、何やら呟き始めた。

 ぽぅっと乗せた手が青白く輝き始める。

 青ざめていたカイルの顔色が次第にいつもの肌色へと変化していく。


「このまま少し横になっていればすぐ良くなりますわ」

「シーラちゃんって凄いのね! じゃあカイルの事お願いねー。私食材とか色々買ってこなきゃ」

「あ、私も手伝いますよー。荷物持ち」


 クリスティーナとレフィアが部屋から出ていく。


「あたしはどうしよっかなぁ」

「……ご飯食べに行く」

「それだ! 一緒にいこー♪」


 キャミィはアイリスの腕を掴み勢いよく部屋から出ていった。

 カイルは右手の暖かな感触に感じていた。

 魔法に似た感じだがこの世界には魔法は無い。


「これは【癒し手】。わたくしの能力の一種です」


 心を読んだかのようにカイルの疑問に答える。


「わたくしは一族の中でも特異な存在でした。他の皆よりも色素が薄く、発現する能力も少し違って……それ故、あのような下賤の者に狙われてしまったのです」


「エルフの一族……だっけ?」

「えぇ、白光のエルフ。世間ではハイエルフと呼ばれています」


 シーラはカイルの顔色が戻ったのを見届け額から右手を離す。


「もう大丈夫。これで一安心です。しかし……」


 シーラは少し険しい表情をして、ずいっとカイルに詰め寄る。


「お酒の飲み過ぎは体に毒ですわ。二日酔いまでして……今後は適度に嗜んでください」


 彼女をみていると、ぷんすか、という擬音が浮かんでくる。

 カイルはそう思い、つい口元を緩めてしまった。


「あ! 何を笑ってるんですか!? 人が注意をしている時に。全く……」


「ごめん、気を付ける」


「しかしお一人で飲まれてたのですか? 今度はわたくしも誘ってくださいね。

 久し振りに美味しい葡萄酒でも飲みたいものです」


「あぁ、次は誘うよ」


 正直に話すと面倒くさそうなので適当に話題を終わらせる。

 嬉しそうなシーラを見ると少し後ろめたさを感じるカイルだった。


「気分もだいぶ良くなったみたいだ。ありがとうシーラ。助かったよ」

「あ、いえ……」


 色白の頬が真っ赤に染まる。

 その様子を見られたくないからか、顔を手で隠す仕草は可愛らしく感じた。


「飯はどうする?」

「宜しければご一緒にどうですか?」

「もちろん、エスコートさせていただこう」

「まぁ……光栄ですわ」


 カイルは跪いてシーラの手を取り部屋から出る。

 部屋から出ると、二人同時に吹き出し、互いに笑いあった。


「もう、カイル様は意外とお茶目なんですね」

「あぁ、意外とそうだぞ」


 カイルは七百年前、勇者としての自分を微かに思い出していた。

 あの日、勇者としての道を歩んでいたら……などと無意味な事を思い耽り、我に返る。

 目の前の女性はかつて憧れていた()()に似ていた。


「そういえばお食事はどこでするのでしょう?」

「その辺で出来るだろ」

「しかし、見たところまともな建物が無いように思えますが」


 シーラの視界には大衆食堂や酒場は入っていないようだ。

 ちなみにカイルは食べれれば野性動物でも構わないと思っていた。


「シーラはどういうものが好きなんだ?」

「わたくしは非常にグルメですよ? まず前菜にはイクリスの実とサマサ草のサラダが好ましいですね」


 どちらもでその辺で売っている食材だ。

 今通り過ぎたマーケットにも置いてある。


「スープはノースブライトのポタージュですね。あの味わいは忘れられません」


 ノースブライトはジャガイモである。

 北部の名産品だが流通量は非常に多い。


「魚料理はサバーモン! 大好物なんです」


 各地で取れる魚だ。

 養殖も盛んで季節問わず食べる事が出来る。

 刺身から煮付けまで調理方はとても広く、庶民に愛されている。


「肉料理は得意ではないので滅多に食しません。大体このような感じですね」


 ここまでの情報で分かったことは、彼女はとても庶民的な食事が好きだということだ。

 エルフという民族の食生活が分からないので何とも言えないが、この立ち振舞いからは想像もつかない。


「……その全てを叶えてくれる店がここだ」

「ここ……ですか……?」


 普通の酒場だ。

 中に入るとガヤガヤと騒がしく、ウェイトレスが慌ただしく料理を運んでいる。

 朝食には遅く、昼食には早いこの時間帯でもそれなりに客入りは良いらしい。


「えー……」


 シーラはあからさまに不満な表情を浮かべていた。


「飯だけ食ったらさっさと出ればいい」


 カイルはそう言うと、渋るシーラの手を引いて席に着いた。


「これと、これとこれ……あとこれね」

「かしこまりましたー! 少々おまちくださーい」


 シーラは顔を伏せたままでいる。


「あー……悪い、そんなに嫌だったなんて」

「あ、いえ、そうでは……あんな大衆の面前で手に触れるなんて……」


 シーラは、きゃっという声が出そうな様子で両手を頬に当て、くねくねする。


(相当男に面識が無いのか……余程の世間知らずだな、これは)


 皆この男に言われたくは無いだろうが、しかし彼女のそれは度を越していた。


「あ、料理来たぞ。さっさと食べて準備しなきゃな」

「はい。では……自然を司る全ての精霊よ。この恵みに感謝し……」


 何やら呟くシーラをよそ目に、料理にがっつくカイル。

 シーラはその様子を嬉しそうに眺める。


「……ほら、早く食べないと冷めるよ」

「そうですわね。いただきます」


 シーラの食べ方は上品そのものだった。

 姿勢も良くナイフとフォークの扱いも綺麗で、ただ食事をしているだけだというのに見とれてしまう程。


「カイル様? 早く食べないと冷めますよ?」

「え? あ、あぁ……」


 そして、気付けばシーラは完食していた。

 あの上品な食べ方でどうしたらここまで早く食べる事が出来るのか。

 カイルは疑問に思いながら料理に手をつけた。


 余談ではあるが、シーラは追加で注文をしていた。



「意外とああいう所も悪くありませんわね。内装は気に入りませんけど料理はまぁまぁでした」


 物凄い満面の笑みで不満を垂れる。


「そうか、ならもう行くのは止めだな」

「待ってください! ……もう、カイル様は意地悪です」


 短い時間ではあったが、最初のイメージとは違い結構面白い娘だなとカイルは感じていた。


「それじゃ荷物を纏めてくるから、また馬車で落ち合おう」

「えぇ、それではまた」


 ハルの街をさらに北上すると目的地であるユメリア城跡がある。

 馬車では半日といったところだろう。

 この街のギルドで得た情報ではグールの被害は他で確認されていない為、既に冒険者によって退治されてしまったか、ユメリア城跡から外に出ていないのか。

 或いは――

 そこまで思案し、カイルは外へ出る。


 カイルたちの冒険者としての活躍は、これより始まるのであった



 ***



【???】――


 人とも獣とも違う唸り声が聞こえる。

 ()()は本来、集団行動など出来る存在ではない。

 だがしかし、現実に()()は統率された部隊のように隊を成し一人の男の指示の元、動いている。


「バカな……いくら数が多いとは言えこんなやつらに……」


 黒髪の男が息を切らせながら走っている。


「は、早く逃げましょう! これ以上はもう……」


 茶髪の女性も涙目になりながら、まるで何かに追われているかのように怯えながら走る。


「ここまで来れば……一度ギルドに戻って報告しよう……」


 男は建物の影に身を潜め、息を整える。


「そ、そうですね……少なくともC級以下じゃどうしようも……う、うぅ……」

「どうした?」


 女性が突然うずくまり、ガタガタと震えだす。

 男は心配し、羽織っていたマントを彼女の肩へかけた。


「いえ、何で……モ……ヴヴ……」

「ん……? どうした? 聞こえないぞ」


 彼女の方へ耳を向けると彼女が抱き付いて来た。


「お、おい……こんな時に何を……」


 男は照れながらも、両腕を腰に回し抱き返していた。彼女の唇が耳元に触れる。

 この状況下でこんなことをしている場合ではないが、男は頼られている事に気を良くしていた。


「大丈夫、俺がついてるよ。絶対に生きてもど――」

「ガァァァァァァァ!!」


 男の言葉はけたたましい叫び声でかき消された。

 彼女だった()()は男の耳を勢い良く噛み千切る。

 男はそのまま押し倒され、()()が喉元にかぶりついた。


 ガヒュッ――


 口元から声になりそこなった音と一緒に空気が漏れた。

 男は美味しそうに自分を貪り食う彼女を眺めている。

 露出した彼女の左肩には、爪痕が赤く滲んでいた。


 男の喉元は抉り取られ、骨で辛うじて繋がっていた。

 はらわたは無惨に引きずり出され、腹部からだらしなくはみ出ている。

 幾つかの臓器も既に食べられてしまい存在しない。


 だが男は生きていた。否、正確には生かされていた。

 男は既に人間ではなくなっていた。人を食らう存在、グールへと変貌していたのである。

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