第07話 レフィアさんは絡まれ上手
疲れていたのだろう。
宿に戻るとアイリスはすぐに部屋に戻った。
「……おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
カイルは部屋に入るのを見届けて、自分の部屋に入ろうとしたその時。
「あれ、随分仲良くなったんだね」
レフィアがにやにやしながら声をかけてくる。
「ギルドはどうだった?」
「んー、まぁ普通? ていうか二人っきりでどこ行ってたのさー」
絡み方がオヤジっぽく、カイルは鬱陶しく思った。
「買い物に付き合っただけだよ」
「ふ~ん? じゃあ私にも付き合ってくれる?」
そういうとレフィアは顎で合図をすると外へ向かう。
カイルは短くため息を吐くと、レフィアの後に着いて行った。
向かった先はこの街の冒険者ギルドである。
カイルは不思議に思いレフィアに尋ねる。
「ギルドって、来たんじゃないの?」
「あー……そうなんだけど。色々とあんのよ女には」
そういってギルドに入ると、一人の男が声をかけてきた。
「あっれ? お久しぶりじゃ~ん。どしたの? 俺が忘れられなくて戻ってきたの?」
軽鎧を身に纏い腰に剣を携えた金髪の男性。
彼の近くにはマントを羽織った短髪で色黒の男性と露出の多い派手な服を着たケバい女性がおり、薄ら笑みを浮かべこちらの様子を伺っている。
「あれれ? そっちの男だーれ? まさか連れじゃないよねぇ?」
レフィアが言っていたのはこの事だった。
確かに一人では面倒くさい状況である。
レフィアは無視をし続けているが、それで揉めたことを忘れたのだろうか。
「連れですよ」
短く簡潔に、しかし突っぱねたように言う。
どうせ揉めるなら自分が揉めたい、カイルはそう思っていた。
少し殺気が漏れていたのだろうか。
金髪の男は少し後ずさりしたが退きはしない。
「おーおー、威勢の良い坊やだねぇ。俺の事知らないの?」
「知らないです」
短く即答するとカチンと来たのか急に言葉を荒げる。
「俺はBランクの冒険者、ハリマスだ! ……ここらを拠点としてんだぜ? ちっとは言動に気ぃ使えよ。ぼ・う・や」
片手に持ったグラスの中身をカイルの頭にぶちまける。
ゲラゲラと下品な笑い声を立て、その様子を見ていた仲間と笑っていた。
「ちょっと!」
突っかかろうとするレフィアを片手で制止し、不気味な笑みをカイルは浮かべた。
嬉しかったのだ。
この世界ではまだろくに戦えておらず、知らずの内にフラストレーションが溜まったいた事を、カイルは自覚した。
「じゃ、ちょっと教えてくださいよ先輩。Bランクの強さってやつを」
笑みを浮かべながらわざとらしく挑発するカイル。
あっさりと挑発に乗ったハリマスと名乗った男性はカイルの胸倉を掴んで体ごと持ちあげる。
カイルはガッカリしたような表情を浮かべながら【闘気】を展開し、左手でハリマスの両腕を払う。
両手首がひしゃげ、尺骨と橈骨が肉から顔を出す。
胸倉が解放され地に足がついた瞬間、右手を開き空いている胴体に指を軽く押し当てた。
「――憤ッ!」
一寸の距離から当てた拳に【闘気】を飛ばすイメージで解放する。
なるべく殺さず、しかし溜まったフラストレーションを解放する程度の威力を込めたその拳は、ハリマスを遥か後方まで吹き飛ばした。
飛距離を計算に入れておらず、また入れる気も無かったが、冒険者ギルド内は騒然としていた。
「何事か!!」
響き渡る怒号。
本来、冒険者ギルド内の揉め事に関して運営側は関与しない事が暗黙の了解となっている。
それ故に問題も起こるが、その程度で潰れる冒険者など無用という事でもある。
だが度が過ぎた問題は対処しなくてはならない。
この声の主は果たして運営か、はたまたハリマスの仲間の者か。
「ちょっと……カイルやりすぎちゃったんじゃない……?」
レフィアが引きつった笑みを浮かべながら声をかけてくる。
「あぁ、お陰でスッキリした」
返答になっていない返答をするカイル。
声の主が目の前に迫っている事などまるで眼中に無いらしい。
「貴様か! 騒ぎの原因は!」
その男の背丈は二メートルを優に超えているだろう。
髪は短く髭が揉み上げにも繋がっており、逆さ絵のような顔をしている。
「そちらのハリマス? とかいう男性が連れに絡んで来て怖かったので思わず……申し訳ありません」
カイルは大袈裟に謝ってみた。
ここでこの巨漢も絡んでくればもっと楽しめる、そう思ったのだ。
「む! お嬢さん、それは本当か!?」
「え、えぇ、まぁ……」
レフィアがそう答えると、今度はハリマスの仲間の方へ向かい何やら話している。
仲間はハリマスを担ぐとギルドから出ていった。
「すまん! あいつら俺のクランの奴だわ!! 迷惑かけたお詫びにここにいる全員に一杯奢るぞー!!!」
そう叫ぶと逆さ絵の巨漢は周りの冒険者から拍手喝采を浴びていた。
「おう! 俺ぁガーランドってんだ!! 悪ぃ事したなぁ……着替えは持ってねぇからこれで勘弁してくれや!!!」
ガーランドは小さい革袋を取り出すとそれをテーブルに投げてきた。
中には結構な量の金貨が入っていた。
「しっかしよぅ! にーちゃん若ぇのに強ぇのな!! ちっと血が疼いちまったじゃねぇか!!!」
馬鹿でかい声で喋るこの男に対し、カイルは不思議と不快に感じていなかった。
レフィアも同じようでいつの間にかにこやかに雑談をしている。
「俺のクランは【血塗れの狼】ってんだ! 良かったら二人とも入らねぇか!?」
「悪いけど他にも仲間がいて、そいつらとクランを立ち上げるつもりで依頼を受けてるんだ」
「何でぇ! もうちっと早く出会いたかったぜ!! ま、気が向いたらいつでも来いよな!!!」
「おっと、これ以上はデートの邪魔だな! おっさん気が利かねぇよな!! でもお嬢ちゃん魅力的すぎるから彼氏はもっと気を付けろよ!!!」
ガハハと豪快に笑いながら席を離れるガーランド。
「何か……濃い人だね」
「あぁ、だが奴は強いな。それもとんでもなく……」
にやっとカイルが笑う。
「それにしてもデートだって。魅力的すぎるって」
何か言いたげな表情を浮かべている事はカイルにもわかるが、それが何なのかが分からない。
鈍感というよりも、そういう方面にアンテナが向かないのだ。
カイルの表情は何も変わらない。
「……何でもないわ」
頬杖をつきながら呟く。
「しかしレフィアは良く絡まれるな。二回目だろ」
レフィアは、はぁ、とため息を吐いた。
「私ね、夜魔の血が混ざってるんだ。なんていうの?フェロモンで自然と男が寄ってくるっていうか……
だから酒場とか冒険者ギルド行くと良く絡まれてたの」
夜魔とは魔族の一種である。
亜人種の中でも魔物や悪魔などに分類される者たちを魔族と呼ぶ。
語源は遥か昔、まだ人間種の数が多く未確認の亜人種が多い時代に人間種が付けた呼び名がそのまま定着してしまった。
今はネガティブなイメージは少なく、寧ろ魔族にある種の憧れを抱く者もいる。
「だからあんまり男の人と一緒に居たことないし、夜魔ってイメージがちょっと……ね」
夜魔は性に開放的な種族である、と言われている。
実際にそうなのだが、そうでないものも実際いるの。しかし世間でのイメージは前者であることが多い。
また、この種族は男女ともに異性を惹き付ける特殊な性質を持っている。
レフィアは少し照れ、また負い目も感じながら顔を伏せる。
もしかしたら冒険者ギルドに行くと言っていたのは口実で、男である自分と距離を置きたかったのかもしれない、そうカイルは感じた。
「でもカイルは何ともないんだよねー。これだけ私と一緒に居て何にもしないんだからさ」
「あぁ、そうだな」
「それはそれでちょっと残念というか、複雑な感じ? するんだけど」
少し悪戯っぽい笑みを浮かべて胸を強調してくる。
夜魔の遺伝子のせいか彼女は非常にスタイルが良い。
女神の香水ですら彼の性を暴走させるに至らなかったのだが、
「……やめとけ」
カイルは赤面しながら顔を背ける。
夜魔の力かレフィアの魅力だからか、はたまた転生先の若い体が反応したのか。
それを満足そうに眺めるレフィア。
「おー、イチャついてるねぇ。どうだい嬢ちゃん、こっちにも見せてくれよ。その大きな胸♪」
「あぁ……こうなるわけか……」
レフィアは悲しくなった。
夜魔の力は恐ろしい。