第51話 未来を見透す瞳
あの時ああしていれば、なんてことを考えるのは無意味だ。
過去に囚われるのは弱者の証であり、考えるべきはこれからどうすべきか、でなければならない。
これまでマリュデスはその考えの元に生きてきた。【奈落の旅団】に属したのもいずれ遠くない未来、【十王】をも超える力をこの組織が持つのを確信していたからである。
事実、一部の地域では【奈落の旅団】は一国よりも大きな影響力を持ち【十王】よりも大きな恐怖を人々に与えてきた。
しかし今この場において、【奈落の旅団】は弱者なのである。
「嬢ちゃん、どないしたんや?」
「あ、あの人たちが……」
人の、特に男の感情を操るのは実に簡単だ。少女に泣きつかれれば無条件で信用してしまう。
そして相手は極悪非道の【奈落の旅団】。彼女らが何をしたかを聞くまでもなく、状況だけでこの少女の味方をするだろう。
それを理解しているマリュデスは口答えなどする気もなく、かといって反論もしない。
彼女は考えていた。この場から切り抜ける為の手段を。
「さすが泣く子も黙る【奈落の旅団】やな。こんないたいけな少女も手にかけよいうんか」
【刃王】から放たれる殺気がこの場を支配する。シオとマリュデスは口を開く事なく身構えた。
(弁解は悪手だ。それは分かるけど……マリーは一体どうするつもりなんだ?)
戦場では力量以外にも経験がものをいう。それはどれだけ死地を潜り抜けてきたか、という事でもある。
そしてこの場には死地とは無縁の存在が若干名存在していた。
「へぇ、じゃあ今までの最高は三十分なんだ」
「あぁ。それ以上は体が耐えれなくてさー。それに時間を使えば使うほど威力も上がってくって訳でもなくて、その時のテンションとか俺的にピンときたワードじゃないとダメなんだよね!」
「変わった技だ」
「それにしてもアンタもすげーよ! まさか無傷だとはよー。ちっとショックだぜー、腕の一本でも貰おうと思ったのにさ」
「【闘気】の殆どを消滅させられた事など【十王】相手にも無かったぞ。それで追撃をかけられたらどうなっていたか」
「一撃必殺じゃねーと意味ねーよー……あ、リューネ。もうこっち話ついたから帰ろうぜー? 疲れたよー」
和気あいあいと少年と青年がエッジとリューネに歩み寄ってくる。
あまりに自然に向かってくる二人。エッジとレクスは状況を理解出来ないでいた。
「にいさん無事やったんですね! その子は? あれ、てか知り合いなん?? なんや、やけにそっくりやな……」
緊張感の走る戦場の空気が緩んだ瞬間をマリュデスは見逃さない。
「シオ!」
「あぁ、【冥府の手】!」
シオが周囲の木々を薙ぎ倒しエッジの視界を塞ぐ。
「くっ、逃がすかい!」
咄嗟に【変幻自在の操刃】を発動させる。何もない空間から曲刃がマリュデスの左足に襲いかかる。彼の能力は直接人の命を奪う事は出来ないが機動力を奪う事は容易だ。アキレス腱を切れば人は走れない。
通常ならば――
「【鮮血の宴】――」
マリュデスの左足から流れ出る血が彼女の両足を覆うと同時に硬質化する。
【鮮血の宴】は血を自由自在に操る能力だ。条件は半径十メートルに存在する血のみ。それは既に地面に流れ落ちた血でも良いし、傷からの出血でも構わない。動物のものでも可能だ。操作した血はどのような形態にも操作出来る。
硬度は鋼をも凌駕し、砕かれようとも液状化の後に再び硬質化することも出来る。
更に、一度操った血は彼女の能力の支配下となり、単純な命令であれば能力範囲外でも有効である。
今彼女には血液で出来た第二の脚がある。硬くしなやかなそれは到底人には出せない速度を出していた。
「……あかんわ、相性悪すぎやんかあれ」
「うむ、獣人でもあの瞬発力は出せないな。まるでエアンガノミのようだ」
「なんやねんそれ」
「ノミの一種だ。跳躍力ではなく瞬発力が優れており一説では空気の壁を蹴って移動しているとかなんとか」
「知らんわ! ていうか、これからどないする? この子らの事もやな……」
ちらり、と少女に視線を送るエッジ。
先ほどまで居た筈の場所に姿は無く、後から現れた少年と何やら言い争いをしているようだった。
「あ、カイルー。こいつはリューネ。俺の妹だよ」
「姉のリューネです。弟がご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「今回この村に来たのはカイル様にお会いする為なんです」
「へぇ、そらどういうこっちゃ?」
リューネの姿を見て近付いてきたエッジがそのまま背中越しに声をかける。少し怒気を含んだような強い口調は、決して友好的なものではない。
レクスは口を開かずあらゆる状況に対応出来るよう周囲を警戒している。当然この双子に対しても、である。
「私たちは【十王】の一人、【征王】様の同志です。ですが――」
そこまで言いかけ、少女は口を紡ぐ。言葉に詰まったのでは無い。【刃王】から発せられた異常なまでの殺意によってこれ以上言葉を発せられなくなってしまったのである。
「嬢ちゃん、それ以上は言葉を選びぃや。坊主も下手な事せんほうがええで。……まだ死にたないやろ?」
能力を発動させようとしたリュウイを言葉で制す。
エッジの能力は直接的に人を殺せない。このデメリットとも言える能力は【十王】の間では有名であった。当然かれらにも聞かされていたのだが、それを知っていてもなお動けない程のプレッシャーをリュウイは感じた。
一瞬出来た嫌な空気は微妙な間を生み、沈黙が流れた。
「……あまり子供を怯えさせるな。話が進まないぞ」
沈黙を破るようにカイルは声をかける。
ピンと張り詰めた空気は一瞬のうちに解かれた。
「いややなー、ちょっと脅かしただけですやん。で、【征王】んとこの兵隊がなんの用や?」
ぱぁ、と笑顔を見せるエッジだが、プレッシャーは依然双子に向けられていた。
「……【心王】が貴方を引き込もうとしています。彼は手段を選ぶ方ではありません。気を付けてください」
それだけ話すと双子はこの場から離れようとカイル達に背を向けようとする。
引き留めるかのようにカイルは口を開いた。
「【心王】が……? どういうことだ」
「詳しい事を話しても得体の知れない子供の発言など信じて頂けないでしょう」
「時が来れば分かる。【征王】様はそう言ってたぜ! じゃあなーカイル! また遊ぼうぜ!!」
誰も双子を引き留める事はせず、かれらがこの場から去るのを見届ける。
「なんや、きな臭い流れやんけ。……一先ず【奈落】を追い払った事は報告しとこか」
「もう戦闘は無さそうだな……キャミィに戻っておくとしよう」
エッジは女神と連絡を取り合い、キャミィは能力を解除し本来の姿に戻る。
そんな中、カイルは一人物思いに耽っていた。
(【奈落の旅団】……つまらない相手だったな)
強者を求める彼の心を満たした存在は、今や敵対する立場には居ない。カイルにとってギルドの仕事やランペイジ王国の事は小事である。
自身を脅かす程の力を持った存在と対峙し、血湧き肉踊る戦いを楽しみたい。
その気持ちはカイルの心に今尚強く残っている。
この村を襲った暴力に落胆した彼は、気付かれない程度の溜め息を吐き村を去った。
***
双子は人気の少ない田舎道を歩いている。
目指すはこの地から最も近い【大都市ラングレン】。
「【刃王】エッジ・クラフト……予想以上に危ない奴だったわね」
「普通、子供相手にあんな殺気向けるか? クレイジーだね。【未来を見透す瞳】様々だぜ」
【未来を見透す瞳】はその場で発生する全ての未来を把握出来るリューネの能力である。言わば予知能力だ。
範囲は能力者の視力に依存しており、眼に見える範囲内の場所での予知のみが可能。
能力を発動してから解除するまでの時間分、能力使用者が存在する場所で起こりうる全ての未来を画像や映像として情報が脳内へと流れ込む。
便利な能力と思われるが、僅かな可能性もあればそこから派生した未来の情報が全て押し寄せてくる為、能力を使い続けると脳がパンクしてしまい、最悪の場合死に至るリスクもある。
それを回避する為に未来の選別も脳内で可能なのだが、全てが起こりうる未来である以上、情報の取捨選択が難しい。
だがリューネはこれを行い適切な未来を選びとっている。
類い稀なる情報処理能力、判断力、洞察力……それは決して【能力者】としての力ではなく、彼女自身の才能であり力なのだ。
「私以外には使いこなせない能力よ、これ」
「あー、そうでしたねーすごーい」
「いくら説明しても馬鹿には理解出来ないのよね。ねぇ、リュウイ。あなた本当に私と血が繋がってるの?」
「信じられないだろうけどそうなんだよな、最低だぜ。こんな性格ブスとたった二人の家族だなんてよ!」
笑いながらリュウイは言う。
その言葉に、リューネの口角がほんの少し緩んだ。
かれらが向かう先は 大都市ラングレン。
そこには大きな港があり、オラシオン帝国にもゼノビアス共和国にも船が出ている。
「えーと、次は?」
「……左に行くわよ。少し遠回りだけど"親切な老夫婦が乗った馬車"がこの道を通るわ。かれらのご好意に甘えましょう」
「はー、やっと歩きから解放されるぜ……」
「ラングレンに着いたら港へ行くわよ。一度"視て"おかないとね」
「へいへい。お供しますよ、お姉さま」
双子は進む。
そこに待ち受けるのがたとえ逃れられない運命だとしても。




